【R18】処刑されるはずが、目覚めたら敵国王子の推し活包囲網にとらわれていました

浅岸 久

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冤罪で処刑されることになりました(1)

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 どれだけ足掻いても、ちっぽけな自分が掴み取れるものなんて多くない。
 たとえ王女という立場であっても、これまで何度も諦めてきたのだ。

 でも、今は――――。



「ライラリーネ・イオネル! 国主〈火宿り〉を弑逆したのは貴様だろう!」

 屈強な兵に両脇を固められ、身体を床に打ちつけられる。
 その衝撃で胸を強打し、私、ライラリーネは声にならない声をあげた。

「言い逃れはできんぞ。証拠は挙がっている!」
「違う! 私はやってません!」
「黙れ!」
「きゃっ!」

 両手を拘束する枷を引かれ、引きずられた。地面に這いつくばらされ、抵抗などできない。
 魔力封じの首輪をはめられてしまえば、私はこんなに無力だった。
 いくらこの国、イッジレリア国第七王女という立場であっても、この身分に価値なんてないのだから。

(事実なんて関係ない、ということね)

 裏地のない麻のワンピースはボロボロで、見世物のように晒されている。
 国内随一の神子なんて呼ばれることもあったけれど、たった一夜にしてこの凋落ぶりだ。
 捕らえられて二日。地下牢で腐った水だけを与えられ今、ここに連れてこられた。目の前の人たちは、どうあっても私が罪人だと決めつけるつもりなのだろう。


 ここは王宮の中央にある祈りの間。国主のための謁見の間でもあり、この国で最も神聖だとされている場所だ。
 部屋の四方には世界の調和を保つ四柱の女神を模した彫像が置かれている。このような姿を神々に見られているかと思うと、胸がひどく痛んだ。
 あのうちの一柱――赤の女神が私に祝福を授けてくださった。神子として、こんな姿、見せたくなかった。

 謂れのない罪を着せられ、黙っていることなどできない。
 祝福の象徴とも言える赤い髪を振り乱し、同じ色彩の瞳でキッと前を睨みつけた。

「カッシム兄様、これは冤罪――――きゃああっ!?」

 私を捕えた兵たちに上から踏みつけられ、悲鳴をあげる。

 全て。目の前の男が仕掛けたことなのはわかっているのだ。
 本来、国主が立つべき壇上に居座る場違いな男――イッジレリア国第一王子カッシム・イオネル。私をずっと目の敵にしてきた兄だ。

「その煩い口を今すぐにでも縫いつけてやろうか?」
「やめ……痛っ!」
「はっ! 所詮、お前は下賎な血の流れる娘だったということだ」

 カッシムは踏みつけられる私を見下ろし、赤みがかった灰色の瞳を、ギラリと光らせた。
 色素の浅い赤茶色の髪を後ろになでつけ、ふんぞり返っている。

 灼熱の砂漠が広がるイッジレリアの正装は白を基調としており、ゆったりとしたズボン、重ねた真紅の上着には金の装飾が細部まで施されている。黄金の腕輪やチョーカーにも最高級にあたる赤の魔晶石がいくつもはめ込まれていた。

 何よりも頭の上に輝く赤の魔晶石の冠。本来、国主以外が身に着けることを許されていないそれが新調されている。
 とてもではないけれど、一朝一夕で用意できるものじゃない。

 赤の一族ともよばれるイッジレリア王家にしては、赤の神の祝福が弱いと言われる長兄カッシム。国主〈火宿り〉には遠いと言われていた男が今、主座に居直っている。
 この男は長い時間をかけ、国主の座を簒奪する計画を練ってきたのだろう。

「出自なんて関係ない! 私はやっていない!」

 ああ、枷が邪魔だ。身体が思うように動かない。でも、ジッとしていてはいけないことだけははっきり言える。
 だって、この男は用意周到に準備をし、国ごと全て奪い取った。
 この男が頂点に立てば、この国はますます貧しくなる。民を人とも思わぬ下賎な者と決めつけ、酷使するこの男だけはダメだ。

 でも、そんなカッシムだからこそ、私を毛嫌いしていたのだろう。
 誰よりも猜疑心が強いが、自尊心だけは高い。陰湿で、私のことを誰よりも目の敵にしてきた。
 事実なんて関係がない。もう、全てが私の罪になるように仕組まれているのだろう。だから訴えても無駄なことくらいわかっている。それでも、叫ばずにいられなかった。

「簒奪者はあなたでしょう!?」
「無礼な! 控えろ!」
「きゃあああああ!」

 兵にドンッ、と蹴り飛ばされた。鈍い金属音が室内に響き、私は身体を打ちつける。
 地面に転がりながらも、キッとカッシムを睨みつけると、カッシムは忌々しいものを見るような目つきでこちらを見下ろしてきた。

「――まあいい。姦しいその口も、すぐに何も語れなくなる」

 カッシムはゆっくりと立ち上がる。

「では、判決をとろうか」

 彼が右手をあげるなり、一堂に会した高位神官たちから声が上がった。

「有罪!」
「処刑だ!」
「この恐ろしい魔女め!」
「汚らわしい!」
「殺してしまえ!」

 ぐわんぐわんと、私の有罪を決定づける声が響き渡る。
 違う。違うのに。私はやっていない。
 養父様を殺してなんかいない!

 ――でも、この場所に引きずり来られてきた時点で、私の負けは確定していたのだ。

 今まで、21年間。
 慎ましく、目立たぬように、波風を立てないように、権力争いに巻き込まれないように、それでも私は、私にできる精一杯をして、国に、王家に、仕えてきたのに。

(全部、全部無駄だった)

 国主になりたいだなんて、ただの一度も思ったことなどない。
 何度も主張してきたはずなのに、この赤の祝福を、色彩を授かった私を、カッシムは見逃すつもりなんてなかった。

「ライラリーネ・イオネル。貴様を死刑に処する!」

 赤の色彩を持って生まれた時点で、私はすべて終わっていたのだ。
 目の前の簒奪者から逃れることなどできなかった。

「――ああ、ようやくだ。目障りだったんだ。平民出身の小娘が」

 そうして一歩、二歩とゆっくりと歩いてきては、私の顎に手を当てた。

「だが、その魔力をみすみす失わせてしまうのも勿体ない。せっかくだ。一滴残らず使い潰してやろう」
「…………っ!」
「喜べ。貴様はこのカッシム様の役に立って死ねるのだ。――そうだ。あの憎きノルヴェン辺境王子ともども、死んでもらおうぞ」




 ――こうして私は自爆の首輪をはめられ、戦場に投げ捨てられることに決まった。
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