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目覚めは、敵国王子の腕の中で(2)
しおりを挟むふわりと、意識が浮上した。
空気が違う。そう思った。
ううん。鼻腔の奥には、いまだにあの乾いた土の匂いが残っている。
数多の騎馬が巻き起こす土埃。私はあの大群に巻き込まれ、首輪の暴走により死亡したはず。
――だったらここは?
身体のどこも痛くはないし、手首足首を拘束していた枷は外されている。
自爆の首輪だけが今もずっしりと首に巻きついている感覚だけはあるけれど。
「ん……」
パチリと目を開いた。
周囲は薄暗く、すでに昼ではなさそうだ。知らない建物の中、ふわふわのベッドの上に寝かされて――?とぼんやりしていたところで、誰かに声をかけられた。
「気がついたのか!」
焦ったようなテノール。どこか懐かしく、心地いい響きを含んだそれに心臓が跳ねる。
(この声……?)
知っている。
記憶の引き出しから呼び戻そうとするも、視界にその誰かが映りこむ方が早かった。
ダンッ!とベッドに手をつき、こちらの顔を覗き込んでくる男性。
考えの読めない真っ黒な片眸に、右目を覆う眼帯。漆黒の髪はランプの光に照らされ、艶めいて見える。
身に着けていた鎧は外しているのか、今はドレスシャツの上に黒のコートを纏っているわけだけれど、ちょっと待ってほしい。
(え? なに? どういうこと?)
状況が何ひとつ理解できずに口をパクパクと開け閉めする。
ただ、ひとつだけはっきりと言える事実があった。
「アーシュアルト、殿下……?」
私はなぜか敵国の王子アーシュアルトに抱き込まれ、ベッドの上で眠っていたらしい。
「…………っ!」
と思えば、次の瞬間。彼の目が見開かれ、私は硬直した。
「ひっ!?」
だって、アーシュアルトってば、殺気を隠そうともしないのだから!
いや、当たり前なのはわかる。だって、彼は敵国の王子だ。
久しぶり。とか。元気にしてた?とか。いろんな言葉が脳内で渦巻くけれどもその前に。
対する私は自爆の首輪によって、彼と彼が率いる軍を巻き込もうとしていた。というか、今もその自爆の首輪は巻きついたままだ。
つまり、今の私はイッジレリアの兵器状態。過去の関係性など考慮に入れてもらえるわけもなく、軍人である彼が警戒するのは当然だから。
「えっと、あの、その、これは……」
刺激を与えないよう、己が首輪にそっと手を触れる。
外そうと思っても、私に外せるはずがない。たしか強引に外そうとしたら、すぐにでも自爆処理が成されるはず。
全身から色んな汗が噴き出した。私は身を硬直させることしかできず、息を飲む。
どうすればいい。どうすれば、ここから逃げられる?
昔とは違う。きっと私は、アーシュアルトによく思われていない。
今は眼帯に隠れた彼の右目は、その昔、私が奪ったといっても過言ではないのだ。彼が私を敵視するのは当然のことだと思う。
となると、このあと待っているのは尋問で。
どうやったかはわからないけれど、彼は私を戦場で確保した。私のことを知り尽くした彼だからこそ、何らかの形で私を利用するため、まだ生かしているにすぎない――ということか。
(逃げ道は、ない……?)
いやいや、落ちつけ。ライラリーネ・イオネル。まずは冷静になって、周囲の状況を確認しろ。
(逃げなきゃ)
この状況がよろしくないことだけは絶対にわかる。せめて状況を確認しようとしたその時、ふと気がついた。
そういえば自分は、着替えさせられているようだ、と。
もう何日も牢に閉じ込められた末の、戦場への遺棄だった。全身酷い匂いがしていたし、肌も薄汚れていたはずだ。
それが今はどうだろう。綺麗に清められ、さらに白いネグリジェを着せられている。
首には変わらず自爆の首輪がついているのが恐ろしいが、それよりも、だ。
(あれ……?)
ちょっと落ち着こう。
今、私は何を着ているのだろうか。
(さらさら、してる……?)
なんとも言えない違和感がある。
ネグリジェはシンプルなデザインだけど、妙に手触りが良いのだ。
というか、このきめ細かな布地、極上の絹ではないだろうか。とてもではないが、尋問する相手に着せるようなものではない。
(どういうこと……?)
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