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目覚めは、敵国王子の腕の中で(1)
しおりを挟む私は爪弾き者だ。
この世に生まれて21年、結婚適齢期ではあったけれど、相手など誰もいなかった。
イッジレリア国の王女といっても第七王女だ。国主〈火宿り〉には数えるのも面倒なほどに側妃がいて、王子・王女もごまんといる。そもそも、王女という身分にさほど価値がない。第七王女ともなれば、政略結婚の駒にもならない。
その上、私は王族の血が一滴も流れていない養子だ。
イッジレリア国の端の端、砂漠の小さな村で生まれた村娘でしかなかったのだから。
血族など溢れかえっており、これ以上王族が増えても困るだけ。なのに、こんな私がどうして王族の養子になったのか。
それは、持って生まれた祝福のせいだった。
この世界を創造した光と闇の大神は、四柱の女神を娶っている。
火を司る赤の女神、水を司る青の女神、風を司る緑の女神、そして地を司る黄の女神の四柱だ。それぞれの女神が四つの大属性を調整し、世のバランスを保っているのだと言われている。
女神たちは、時として人に強い祝福を与える。
祝福とは魔力そのものだ。人が生きるためには必要不可欠なそれだが、時折、女神の祝福を強く与えられた子が生まれる。
特に強い祝福を授かった子は、髪、あるいは瞳のいずれかに、女神の色彩が如実に顕れる。
そして私、ライラリーネは、瞳と髪の両方に鮮やかな赤の色彩を宿してしまった。
それが、全ての始まり。
イッジレリアは、赤の女神に愛されし土地だ。
元々赤の祝福持ちが生まれやすいが、これほどまでに強い祝福を受けた人間は他に存在しない。だから私は、幼少期にイッジレリア王家に引き取られた。
大丈夫。私は弁えていた。
この力を利用したいなら、好きに利用すればいい。
逆らうつもりなんてない。所詮しがない村の出だ。私の意見など通るはずもないことを知っている。
だったらせめて、波風を立てることなく、穏やかに生きていきたい。
そのためにも、王家の駒として恙なく生きる意志は持っていた。
『王族の言葉には全部従います』『私は下っ端です』『害意はありません』『すべて皆様の言うとおりに』――と。
しかし、私がこの国の隅っこで穏やかに生きるためには、避けては通れぬ問題があった。
国主〈火宿り〉の選出方法である。
ここ、宗教国家イッジレリア国の〈火宿り〉は、五年に一度選出される。
国主の条件はただひとつだけ。
『国内で最も強い赤の祝福を授かっていること』――。
つまり、私だった。
ここ150年、イッジレリア国はイオネル王朝と呼ばれていた。イオネル家が脈々と〈火宿り〉の座を継いできたところに、私という存在が現れてしまったのだ。あまりにも大きな誤算と言えよう。
ひとまず私が大人になるまでは、未成年であることを理由に〈火宿り〉選出は免れたけど――。
当然、私が引き取られてから、イオネル家は荒れた。
カッシムや彼の母親をはじめとした王族の多くが、私の存在に焦りを覚えたらしい。
私自身は〈火宿り〉になる気なんて全然ないのに。
だって、こんな小娘に、国を束ねられる気なんてしない。なのに、周囲は私を放っておいてくれなかった。
だから私は、八年前、対立国であったノルヴェンへの派遣――言い方を変えると、人質の話が来たとき――一も二もなく飛びついた。
国外に出てしまえば、権力争いから逃げられると思ったから。
そこで、アーシュアルトに出会ったんだけど――。
ノルヴェンで過ごした時間は四年。
最初の一年は、アーシュアルトのことをほぼ認識せずに暮らしていた。
魔力が強すぎて王族に召し抱えられた私と対照的に、彼は魔力を持たない青年だった。
青き色彩に溢れるノルヴェン王族の中で唯一、真っ黒な見た目の彼に、私は嫌われているとさえ思っていた。
いつも何かを訴えるような視線を感じていたし、その割に何か語りかけてくるわけでもない。
とにかく気まずいから、あまり会話せずにすむ距離感を保っていたはずなのに――。
一年が経った頃だろうか。
元々軍部へ身を置いていた彼が、なぜか私の護衛に志願したのは。
最初は驚いたけれども、彼はごく真剣な瞳で、私の専属護衛を買って出てくれたのだ。
彼は生真面目だし、敵意はないようだった。
戸惑いながらも、彼を受け入れ、三年。
会話はなくとも、彼の隣が心地よく感じる程度の関係性になっていたと思ったんだけど――。
あの日のことは忘れもしない。
「ライラリーネ!」
名前を呼ばれて突き飛ばされた。
なんということもない、麗らかな午後。呼びかけたら応えてくれる場所にアーシュアルトはいてくれて。
当時の家とも言える、一番落ちつける場所で、のんびり過ごしていた日常のさなか。
――彼は矢に射られ、私の命の代わりに、右目の光を失った。
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