【R18】処刑されるはずが、目覚めたら敵国王子の推し活包囲網にとらわれていました

浅岸 久

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降参(5)

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 アーシュの猛攻になす術もなく白旗をあげた私は――。

「っ!? 黒の祝福……!?」

 アーシュの隠し部屋に連れ込まれ、なぜかソファーにひとり寝転ぶようにゆったりと腰掛けて――。

「ライラ様! 今いいところですから、動かないでください!!」
「はい、すみませんっ!!」

 ――なぜか、ユスファに怒られていた。

 身を乗り出していたところを元の状態に引っ込め、手すりにゆったりと上半身を預ける。
 そして私の前、四角くて大きなキャンバス越しに、いつになく真剣な表情のユスファがいるんだけど。
 いや、キャンバスって何、となるのは許してほしい。

 隠し部屋とは名ばかりの、ここはアーシュ専属画家のためのアトリエだ。秘密の会話はここでできるとのことで連れてこられたはずなんだけど。

(どうして、こんなことに……)

 私が頭を抱えたくなるのは仕方がないことだと思う。

 ユスファがキャンバス前の定位置に陣取ってから、かれこれ1時間ほど経っている。そのあいだ、私は体勢を崩すことを禁じられていた。なぜかといえば、ユスファに絵を描かれているからで。

(あのアーシュの部屋にあった絵画の半数がユスファ作だなんて、思わなかったよね!?)

 そうなのだ。
 自分でも言ってて恥ずかしくなるけれど、アーシュの私好きを根っこから理解し、彼のコレクションを増やしていった犯人は目の前にいた。

 彼がアーシュの命令で私をつぶさに観察し、ことあるごとに絵を描いてきたのだそうな。
 なんとここ数日の視線も、ユスファが隠れて私を観察していただけだったらしい。ここ数日で描かれた大量の素描を見せられ、反応に困ったのがほんの1時間前のこと。

 ユスファは、最初こそ駆け出しの画家としての側面が強く、側近としては働いてなかったのだとか。だから私も、人質時代にユスファと顔を合わせていなかったわけなのだけれど。

(まあ、他国からやって来た王女兼人質に、絵画のモデルになってくれとは言いにくいわよね)

 結果、陰でコソコソスケッチしては、キャンバスに落とし込んでいたと。
 いや、そのことはいい。結果的に、アーシュの愛の深さを思い知るきっかけにもなったし。ちょっと、というかかなり恥ずかしさはあるけれども。
 それよりも問題なのは――。

 私はちらりと、アトリエの壁に目を走らせた。
 おびただしい数の私の絵があるのはちょっと怖――じゃない、なんとも言えない気持ちになるけれども。それだけじゃなくて。

(問題は、私がイッジレリアに帰った後の絵もあるってことなのよね……!)

 どういうことなんだ!と心の底から突っ込みたい。
 まあ、そこの所は簡単と言えば簡単で。ええと、イッジレリアに送った間諜に私のスケッチをさせて、それをユスファが絵に描き起こしていました――と。

(どんな間諜の使い方してるのよっ!!)

 と、そんな感じで政治と私事をごちゃ混ぜにしているから、側近中の側近のユスファに描かせないといけなかったというか、ズブズブの関係だったユスファがじつは政務も優秀にこなす男だとわかったので召し上げたというか、つまりそういうやつだった。
 執念だ。執念。
 私のどこにそんな価値が――って思うけど、アーシュがとんでもなく好いてくれるのはわかったので、そこは否定しないでおこうと思う。でもね――。

「あの、アーシュ……」
「なんだ」

 ユスファの斜め後ろで微動だにしない男がひとり。
 腕を組んで、私を少し遠くから見下ろしたまま一切視線を外さない男。

「ちょっと見すぎじゃない?」
「見すぎなものか。この絵画が描かれる間の出来事を、俺は脳の隅々にまで焼き付けなければいけない」
「っ、あ、そう……」

 恥ずかしいんだけど、という言葉は呑み込んだ。

「君がこうして、興奮して前に乗り出した瞬間の表情変化も、ユスファに止められてハッとする姿も全部」
「さすがに焼き付けすぎだと思うけど!?」

 いや、すごーく真剣な表情をしながらも、黒玉がキラキラ輝いているのはわかる。というか、わかるようになってしまったので。
 ああもう、表情を崩さないでほしい。油断すると可愛いと思えてきちゃうから、この感情はままならない。
 素直に誰かの好意を受け止めることに慣れてないのに。恋とはなんと恐ろしいものなのだろうか。

「あー、こほん」

 だめだめ。ちょっと落ち着こう。
 問答無用でなにかが絵に残るのであれば、もう少しすました表情を残してもらいたい。
 これ以上絵を増やさないで、というとアーシュがとんでもなく落ちこみそうなので、たまになら。まあ。付き合ってもいい、ということにしておこうと思う。
 返す返す、とんでもなく恥ずかしいけれども。

「話を戻すけど、その、黒の祝福ってほんとに? 存在するの?」
「実際、俺はこの特性を買われて辺境領へやって来ている。表立っては公表していないが、恩恵は何度も受けてきた」

 黒の祝福。
 名前だけでもそれが、どれほどとんでもないものか、私だってわかる。
 人類がこの世界に誕生してからこのかた、祝福を捧げてくれるのはもっぱら四柱の女神のみだった。赤、青、緑、黄――人は必ずいずれかの属性を宿して生まれるわけだけれども、アーシュはそのどの属性も持ちあわせていない。
 代わりに授かったのが、黒。

 つまり光と闇の大神。かの神が司るふたつの属性のうちのひとつ、闇。その祝福を授かっているのだとすれば、稀少どころの話ではない。

 でも、黒の祝福は他の祝福と根本的に異なる。
 アーシュが魔力を持ちあわせていないのは真実で、何らかの魔法が使えるわけでもない。〈命脈〉に触れられるわけでもない。
 その代わりに、彼はどんな属性の魔法も根こそぎ吸収するという特異体質を持っていた。

(私が果てるたびに放出してた魔力、彼が根こそぎ吸収してたってわけね)

 というか、身体を重ねることで魔力を放出すること自体聞いたことがない。
 もしかしたらアーシュの特異体質に引きずられて、私自身魔力を放出してしまっていたのかもしれない。

 とまあ、私の魔力枯渇問題は解決していないわけだけれど、それは一旦横に置いておいて、だ。

「……ノルヴェン王家も、よく公表しなかったわね」
「この力の本質がわかったのは、大人になってからだからな」
「そうなの?」
「ああ、きっかけはこれ」

 そう言いながら彼が触れたのは、右目を覆う眼帯。私としてはとても苦い思い出だから、つい身構えてしまったけれど、アーシュはそれを見越したように優しく目を細める。

「あのとき受けた矢には、毒が塗られていた」
「ええ……」
「君を殺すために、相反する青の魔法をたっぷりと込めてな」
「そう、だったんだ」

 植物や動物性の毒ではなく、まさか魔法性だったとは。
 でも、魔法性は時間が経過すれば自然と属性が抜けてしまう。証拠を残さないようにするためには便利なものではあるけれど。

「俺は魔力を持たない。だから、どの属性だって俺の身体にはすぐに染みこみ、抵抗なく殺されるはずだったが」
「うん」
「魔法性の毒は、俺の身体に吸い込まれるようにして自然と消えた」

 なるほど。魔力を吸収するということは、魔法攻撃自体効かないのか。

「毒さえなければ、まあ、あとは鏃による物理の傷だけだ。失うものもあったが、君の命の代わりになると思えば安いものだ」
「全然安くないよ……」
「くくっ」

 あ、笑ってる。
 心底嬉しそうに、吹きだして。

「そう言ってもらえて光栄だ」

 蕩けるような笑みを向けられると、落ち着かなくて困る。
 ほら、隣にいるユスファも、ちょっとなにでろあまな空気出してるんですか?みたいな微妙な顔をしているのに。

「だったら、もしかして、戦場で私を助けてくれたときも?」
「同じだな。首輪が発動する直前に、君を回収して抱き上げた。爆発する瞬間に放出した魔力は、全部俺の身体に吸収されたわけだ」
「すごいけど……」

 今は動けないのに、なんだかちょっとアーシュの服の裾を掴みたくなっちゃった。
 心がキュッと、痛い感じがするので。

「危ないことは、もうしないで」

 拗ねたくなって口を尖らせると、アーシュがうっと呻き、一歩、二歩と後ろに下がった。

「ユスファ、見たか。今の顔。今の顔をこの絵に描き留めておいてくれ」
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