40 / 61
降参(5)
しおりを挟むアーシュの猛攻になす術もなく白旗をあげた私は――。
「っ!? 黒の祝福……!?」
アーシュの隠し部屋に連れ込まれ、なぜかソファーにひとり寝転ぶようにゆったりと腰掛けて――。
「ライラ様! 今いいところですから、動かないでください!!」
「はい、すみませんっ!!」
――なぜか、ユスファに怒られていた。
身を乗り出していたところを元の状態に引っ込め、手すりにゆったりと上半身を預ける。
そして私の前、四角くて大きなキャンバス越しに、いつになく真剣な表情のユスファがいるんだけど。
いや、キャンバスって何、となるのは許してほしい。
隠し部屋とは名ばかりの、ここはアーシュ専属画家のためのアトリエだ。秘密の会話はここでできるとのことで連れてこられたはずなんだけど。
(どうして、こんなことに……)
私が頭を抱えたくなるのは仕方がないことだと思う。
ユスファがキャンバス前の定位置に陣取ってから、かれこれ1時間ほど経っている。そのあいだ、私は体勢を崩すことを禁じられていた。なぜかといえば、ユスファに絵を描かれているからで。
(あのアーシュの部屋にあった絵画の半数がユスファ作だなんて、思わなかったよね!?)
そうなのだ。
自分でも言ってて恥ずかしくなるけれど、アーシュの私好きを根っこから理解し、彼のコレクションを増やしていった犯人は目の前にいた。
彼がアーシュの命令で私をつぶさに観察し、ことあるごとに絵を描いてきたのだそうな。
なんとここ数日の視線も、ユスファが隠れて私を観察していただけだったらしい。ここ数日で描かれた大量の素描を見せられ、反応に困ったのがほんの1時間前のこと。
ユスファは、最初こそ駆け出しの画家としての側面が強く、側近としては働いてなかったのだとか。だから私も、人質時代にユスファと顔を合わせていなかったわけなのだけれど。
(まあ、他国からやって来た王女兼人質に、絵画のモデルになってくれとは言いにくいわよね)
結果、陰でコソコソスケッチしては、キャンバスに落とし込んでいたと。
いや、そのことはいい。結果的に、アーシュの愛の深さを思い知るきっかけにもなったし。ちょっと、というかかなり恥ずかしさはあるけれども。
それよりも問題なのは――。
私はちらりと、アトリエの壁に目を走らせた。
おびただしい数の私の絵があるのはちょっと怖――じゃない、なんとも言えない気持ちになるけれども。それだけじゃなくて。
(問題は、私がイッジレリアに帰った後の絵もあるってことなのよね……!)
どういうことなんだ!と心の底から突っ込みたい。
まあ、そこの所は簡単と言えば簡単で。ええと、イッジレリアに送った間諜に私のスケッチをさせて、それをユスファが絵に描き起こしていました――と。
(どんな間諜の使い方してるのよっ!!)
と、そんな感じで政治と私事をごちゃ混ぜにしているから、側近中の側近のユスファに描かせないといけなかったというか、ズブズブの関係だったユスファがじつは政務も優秀にこなす男だとわかったので召し上げたというか、つまりそういうやつだった。
執念だ。執念。
私のどこにそんな価値が――って思うけど、アーシュがとんでもなく好いてくれるのはわかったので、そこは否定しないでおこうと思う。でもね――。
「あの、アーシュ……」
「なんだ」
ユスファの斜め後ろで微動だにしない男がひとり。
腕を組んで、私を少し遠くから見下ろしたまま一切視線を外さない男。
「ちょっと見すぎじゃない?」
「見すぎなものか。この絵画が描かれる間の出来事を、俺は脳の隅々にまで焼き付けなければいけない」
「っ、あ、そう……」
恥ずかしいんだけど、という言葉は呑み込んだ。
「君がこうして、興奮して前に乗り出した瞬間の表情変化も、ユスファに止められてハッとする姿も全部」
「さすがに焼き付けすぎだと思うけど!?」
いや、すごーく真剣な表情をしながらも、黒玉がキラキラ輝いているのはわかる。というか、わかるようになってしまったので。
ああもう、表情を崩さないでほしい。油断すると可愛いと思えてきちゃうから、この感情はままならない。
素直に誰かの好意を受け止めることに慣れてないのに。恋とはなんと恐ろしいものなのだろうか。
「あー、こほん」
だめだめ。ちょっと落ち着こう。
問答無用でなにかが絵に残るのであれば、もう少しすました表情を残してもらいたい。
これ以上絵を増やさないで、というとアーシュがとんでもなく落ちこみそうなので、たまになら。まあ。付き合ってもいい、ということにしておこうと思う。
返す返す、とんでもなく恥ずかしいけれども。
「話を戻すけど、その、黒の祝福ってほんとに? 存在するの?」
「実際、俺はこの特性を買われて辺境領へやって来ている。表立っては公表していないが、恩恵は何度も受けてきた」
黒の祝福。
名前だけでもそれが、どれほどとんでもないものか、私だってわかる。
人類がこの世界に誕生してからこのかた、祝福を捧げてくれるのはもっぱら四柱の女神のみだった。赤、青、緑、黄――人は必ずいずれかの属性を宿して生まれるわけだけれども、アーシュはそのどの属性も持ちあわせていない。
代わりに授かったのが、黒。
つまり光と闇の大神。かの神が司るふたつの属性のうちのひとつ、闇。その祝福を授かっているのだとすれば、稀少どころの話ではない。
でも、黒の祝福は他の祝福と根本的に異なる。
アーシュが魔力を持ちあわせていないのは真実で、何らかの魔法が使えるわけでもない。〈命脈〉に触れられるわけでもない。
その代わりに、彼はどんな属性の魔法も根こそぎ吸収するという特異体質を持っていた。
(私が果てるたびに放出してた魔力、彼が根こそぎ吸収してたってわけね)
というか、身体を重ねることで魔力を放出すること自体聞いたことがない。
もしかしたらアーシュの特異体質に引きずられて、私自身魔力を放出してしまっていたのかもしれない。
とまあ、私の魔力枯渇問題は解決していないわけだけれど、それは一旦横に置いておいて、だ。
「……ノルヴェン王家も、よく公表しなかったわね」
「この力の本質がわかったのは、大人になってからだからな」
「そうなの?」
「ああ、きっかけはこれ」
そう言いながら彼が触れたのは、右目を覆う眼帯。私としてはとても苦い思い出だから、つい身構えてしまったけれど、アーシュはそれを見越したように優しく目を細める。
「あのとき受けた矢には、毒が塗られていた」
「ええ……」
「君を殺すために、相反する青の魔法をたっぷりと込めてな」
「そう、だったんだ」
植物や動物性の毒ではなく、まさか魔法性だったとは。
でも、魔法性は時間が経過すれば自然と属性が抜けてしまう。証拠を残さないようにするためには便利なものではあるけれど。
「俺は魔力を持たない。だから、どの属性だって俺の身体にはすぐに染みこみ、抵抗なく殺されるはずだったが」
「うん」
「魔法性の毒は、俺の身体に吸い込まれるようにして自然と消えた」
なるほど。魔力を吸収するということは、魔法攻撃自体効かないのか。
「毒さえなければ、まあ、あとは鏃による物理の傷だけだ。失うものもあったが、君の命の代わりになると思えば安いものだ」
「全然安くないよ……」
「くくっ」
あ、笑ってる。
心底嬉しそうに、吹きだして。
「そう言ってもらえて光栄だ」
蕩けるような笑みを向けられると、落ち着かなくて困る。
ほら、隣にいるユスファも、ちょっとなにでろあまな空気出してるんですか?みたいな微妙な顔をしているのに。
「だったら、もしかして、戦場で私を助けてくれたときも?」
「同じだな。首輪が発動する直前に、君を回収して抱き上げた。爆発する瞬間に放出した魔力は、全部俺の身体に吸収されたわけだ」
「すごいけど……」
今は動けないのに、なんだかちょっとアーシュの服の裾を掴みたくなっちゃった。
心がキュッと、痛い感じがするので。
「危ないことは、もうしないで」
拗ねたくなって口を尖らせると、アーシュがうっと呻き、一歩、二歩と後ろに下がった。
「ユスファ、見たか。今の顔。今の顔をこの絵に描き留めておいてくれ」
175
あなたにおすすめの小説
義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
捨てられ王女は黒騎士様の激重執愛に囚われる
浅岸 久
恋愛
旧題:愛されないとわかっていても〜捨てられ王女の再婚事情〜
初夜、夫となったはずの人が抱いていたのは、別の女だった――。
弱小国家の王女セレスティナは特別な加護を授かってはいるが、ハズレ神と言われる半神のもの。
それでも熱烈に求婚され、期待に胸を膨らませながら隣国の王太子のもとへ嫁いだはずだったのに。
「出来損ないの半神の加護持ちなどいらん。汚らわしい」と罵られ、2年もの間、まるで罪人のように魔力を搾取され続けた。
生きているか死んでいるかもわからない日々ののち捨てられ、心身ともにボロボロになったセレスティナに待っていたのは、世界でも有数の大国フォルヴィオン帝国の英雄、黒騎士リカルドとの再婚話。
しかも相手は半神の自分とは違い、最強神と名高い神の加護持ちだ。
どうせまた捨てられる。
諦めながら嫁ぎ先に向かうも、リカルドの様子がおかしくて――?
『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』
透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。
「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」
そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが!
突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!?
気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態!
けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で――
「なんて可憐な子なんだ……!」
……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!?
これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!?
ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる