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王都への呼び出し(1)
しおりを挟む日々は過ぎていく。
結論から言うと、前と同じ2週間くらいで、髪の色がうっすら元に戻ってきているのはわかった。
色彩に関してはユスファが色として描きとめてくれていたから、間違いがないと思う。
今はほんのりピンクがかったグレーの髪に、似た色彩の瞳の色。とにかく、祝福自体がなくなったわけではなかったことに心底安心した。
一度〈命脈〉にも触れてみて、以前と同じように調整できることにほっとする。体調が整ってきているからか、魔力の調子もよくて、以前よりも余裕があった。
ギヴァリオ・リュカスの不可解な動きもある。
だから私はできるだけこまめに〈命脈〉に潜りつつ、日々を過ごしていたんだけど。
――辺境領で過ごしてから間もなく1カ月半が経とうとしていたころ、王都からの呼び出しがあった。
私たちとしても、国境の心配があるから伸ばし伸ばしになっていたのだけれど、アーシュのお父様がいいかげん挨拶に来い、と言っているわけで。正式に結婚を認めてもらうため、行かないわけにはいかなかった。
どうにもきな臭いところもあるから、南のイッジレリア側だけでなく、リュカス領側にも十分警戒するように指示をして、ノルヴェン王国の王都リファミアスに向かった。
ちなみに、ノルヴェンの初代王妃の名前がリファミアだったため、都市の由来は推して知るべし。辺境領の領都ライラスの意味も、ちょっと決める際フライングしすぎなのでは、という話はさておき。
一面の雪景色だ。
北へ向かうほどに、冬は深く、世界は凍えていく。
見渡すかぎりの大雪原。それでも、国道が完全に閉ざされぬように、魔晶石を駆使してなんとか物流を確保しているのが伺える。
砂漠のイッジレリアとは対称的な真冬の景色に、私はどこか寂しさを覚えてぼんやりと外を見ていた。
「変わったね……」
「ああ」
私が知っているノルヴェンとは全然違う。
私がこの国にいたころには、長い冬はもちろんあったが、きちんと春が訪れ、穏やかな陽気のしたで色とりどりの花々が風に揺れていた。
王都リファミアスは雪と花の都とも言われていたのだ。
それが、今はあまりに寂しい。
外門をくぐると、多少の冷気は和らいだ。
魔晶石をふんだんに使用し、人々が住める気候を保っているのだろう。
それでも、人々の表情はどこか暗く、閉塞感のようなものを感じる。
王城は王都の中心にある。
この国で最も太い〈命脈〉が集まっている場所の上に建て、街――いや、国全体にその恩恵が行き渡るようにしてあるのだ。
正面に見える尖塔。白い外壁と青い屋根が美しい、雪と花の都に相応しい城ではあるけれど。
「あれ?」
南側の外門をくぐって城までは一本道のはずだ。なのに、馬車が横に逸れ、私は目を丸くした。
「俺たちは北の離宮に向かうことになっているからな」
「しばらくは離宮でお世話になるってこと?」
なるほど、と思う。
昔、人質としてこの国にやって来たとき、私は離宮でお世話になっていた。
慣れ親しんだ場所だから、落ち着きそうだ。
もちろん、ライラリーネではなくライラとして来ているから、初めての場所に向かったものとして反応しなくちゃいけないのだけれども。
自分の演技力は大丈夫かな、と不安もあるけれども、腹を括るしかない。
でも、改めて考えてみて、だ。王の呼び出しで王都へ来たと言うのに、離宮滞在とはどういうことだろうか。
王城はとにかく広く、他の王子たちも王城に住んでいたはずだ。当然、アーシュの部屋もあるはずだし、諸外国からのお客さまも王城に宿泊していた記憶はある。
「やっぱり私が平民だから、王城に真っ直ぐ通せないってことなのかな?」
だとしたら、少し申し訳ない気持ちになるけれど。
「そうではない。俺は、離宮に居を構えているから」
「え?」
思いがけない言葉に、私は息を飲む。
「そうだったの? えっ? いつから?」
私が人質だったときもそうだったのだろうか。
いや、でもさすがに――と思ったところで、アーシュが目を細める。
「10歳になる頃にはすでに」
「まだ子供じゃない!」
全然知らなかった。
あまりにギョッとして身を乗り出してしまうも、アーシュが転ばないように支えてくれる。
それから、ごく自然に彼の膝の上に座らされ、後ろからぎゅうと抱きしめられた。
ちょっとだけ、寂しがりな子供のような顔をして。
「でも、そんな。アーシュ、ご家族とはみんな、仲良かったし」
「そうだな。もったいないくらい、気に掛けてもらっていた」
彼のお母さまこそ、亡くなっていることは知っているけれど、不仲などの話は聞いたことがない。
アーシュはずっと、私が彼の兄弟に取られないか心配していたけれども、どちらかといえば、周囲の貴族たちの意見を気に掛けていたのだ。
後継者が大勢いれば、自然と貴族に派閥はできるもの。
ノルヴェンはすでに長兄が立太子しているけれど、それでも、各王子ごとに勢力は分かれている。
自分の派閥の力を高めるため、周囲の貴族たちが先回りして動く可能性が高かったのだ。
(えっと、ノルヴェン王家には今、国王陛下と正妃陛下の他、側妃はもうひとりいらっしゃったわよね。もともとはアーシュのお母さまがご正妃だったけれど、お亡くなりになって、側妃のひとりが正妃になったと――)
現在の王妃陛下のお子である王太子殿下に、アーシュ、それからもうひとりの側妃のお子である第三王子が続き、同じく王妃陛下のお子である第一王女の四人兄弟だ。
正妃と側妃も互いの責務を全うする真面目な性格らしく、この難しい局面の中、よく国を支えていると聞いていた。
兄弟内で権力争いを繰り広げるイッジレリアの王家と異なり、ノルヴェン王家は皆同じ方向を向いているのだなって羨ましく思ったものだ。
だから、余計になんで?とも思う。
アーシュは本人こそ他者を突き放すような言動をすることも多かったが、ご家族は彼を愛していた。
アーシュも王位継承権を持たないためか、他の兄弟たちに対して一歩引いたようなところもあったが、別々に暮らしていたとは思わなかった。
「陛下もすぐに会いに来てくれるそうだ。だから、離宮で一緒に陛下を待ってくれるか?」
「もちろん、だけど」
しかも、国王陛下が会いに来る?
挨拶に王城に伺うわけではなく。
なぜ?と頭がはてなでいっぱいになる。
「――俺は、王城に足を踏み入れる資格がないから」
「は?」
それだけ言って、アーシュは口を噤んでしまった。
いや、ここで寡黙な性格発揮するのやめよう?と思うけれど、思い詰めるような彼の表情を見るとなにも言えなくなってしまう。
だから私は、言葉の代わりに彼をぎゅーっと抱きしめ返した。
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