処刑されるはずが、目覚めたら敵国の隻眼王子の妄愛に囚われていました

浅岸 久

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1巻

1-1

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    プロローグ 冤罪で処刑されることになりました


 どれだけあがいても、ちっぽけな自分が掴み取れるものは多くない。
 たとえ王女という立場であっても、これまで何度も諦めてきたのだ。
 ――でも、まさか兄王子におとしいれられる日が来るなんて。

「ライラリーネ・イオネル! 国主〈宿やどり〉をしいぎゃくしたのは貴様だな!」

 屈強な兵に両脇を固められ、身体を床に打ちつけられる。胸が潰れて、私は声にならない声を上げた。

「っ……!」

 ここは宮殿の中央にある祈りの間。この国の王――国主〈火宿り〉のための謁見の間でもある。
 この国で最も神聖とされている場所で、私は兵によって地面に押しつけられていた。
 裏地のないワンピースはボロボロで、両手首にはかせ。まるで見世物のように晒されて、皆の憎しみを一身に浴びている。

「言い逃れはできんぞ。証拠は挙がっている! 国主の胸を突き刺したナイフ、貴様のものだったろう?」
「仮に私が犯人だったとして、そんなあからさまな証拠を残すはずがないでしょう!?」
「黙れ!」

 私がどれだけ否定しようと、兄王子は聞く耳を持たない。
 これは、判決の決まった一方的な裁判なのだろう。でも――
 二日前の夜、自室に兄王子の私兵が押し寄せてきた。訳もわからないままに捕らえられ、王であり養父でもある国主〈火宿り〉をしいした罪に問われた。
 それから二日、地下牢で腐った水だけを与えられ、ようやく連れ出されたと思ったら、この名ばかりの裁判に出頭させられたのだ。
 一方的な裁判だった。身に覚えのない証拠が出揃い、さらに召使いに侍女など、大勢の証人が現れた。きっと買収されたのだろう。皆口々に、私――イッジレリア国第七王女ライラリーネ・イオネルが国主の命を狙っていたと証言するのだ。もちろん、そんな事実はどこにもない。

められた……!)

 ――そう。目の前の、兄王子によって。

「カッシム兄様、これは冤罪よ!」

 全て、目の前の男が仕掛けたことなのはわかっているのだ。
 本来、国主が立つべき壇上に居座る場違いな男、イッジレリア国第一王子カッシム・イオネル。
 私をずっと目のかたきにしてきた彼のぼうりゃくなのだと。

「そのうるさい口、今すぐにでも縫いつけてやろうか?」
「きゃっ!」

 色素の薄い赤茶色の髪を後ろに撫でつけた兄王子カッシムは、踏みつけられる私を見下ろし、赤みがかった灰色の瞳をギラリと光らせた。
 灼熱の砂漠が広がるイッジレリア特有の、白を基調とした正装。ゆったりとしたズボンに、重ねた真紅の上着には金の装飾が細かく施されている。黄金の腕輪やチョーカーには最高級の赤の魔晶石がいくつもめ込まれていた。
 なによりも目を惹くのは、頭上に輝く冠だ。国主以外が身につけることを許されない赤の魔晶石きらめく冠をかぶり、カッシムはふんぞり返っている。
 本来ならば不敬罪で即刻首をねられても文句は言えない所業。それが許されているのは、すでに彼がこの国の中枢を掌握しているからに他ならない。
 赤の一族ともよばれるイッジレリアのイオネル王家に生まれながら、赤の女神の祝福が乏しいと言われる長兄カッシム。国主〈火宿り〉には遠いと言われていたはずの男だった。

「よりにもよって、あのナイフを使うとはな。貴様を家族に迎える際、父上が贈った物ではないか」

 イッジレリア王家は皆、守り刀として国主〈火宿り〉からナイフを授かる慣習がある。そのナイフには個人の紋章と、赤の女神の祝福が込められているのだ。

「貴様の身を案じた上での贈り物だったろうに、とんだ手のひら返しだ」

 さも父親を憐むかのような態度で、とぼけたように呟く。トン、トン、と肘掛けを人差し指で叩き、彼は忌々しげに表情を歪めた。

「拾われた恩をあだで返すとは。しょせん、貴様はせんの血の流れる娘だったということだ」
「出自なんて関係ない! 私はやっていない!」

 ああ、かせが邪魔だ。身体が思うように動かない。でもジッとしていてはいけないことだけは、はっきりわかる。

(この首輪さえなければ、カッシムなんてどうとでもできるのに!)

 魔力封じの首輪をめられた今の私は無力だ。王女という立場であっても、この肩書きに価値などないのだから。

(私の努力は、無駄だったの?)

 誰よりも強い祝福を授かり、国内随一の神子なんて呼ばれることもあったけれど、たった一夜にしてこのちょうらくぶりだ。
 部屋の四方には、世界の調和を保つ四柱の女神を模した彫像が置かれている。この情けない自分の姿を神々に見られていると思うと、胸がひどく痛んだ。
 あのうちの一柱、赤の女神こそ、私に祝福を授けてくださった存在だ。
 私は今まで、女神の祝福に恥じぬ行いをして生きてきたつもりだった。
 だからこそ、こんな姿を見せるわけにはいかない。いわれのない罪を着せられ、黙って受け入れるわけにはいかないのだ。
 私は祝福の象徴とされる赤い髪を振り乱し、同じ色彩の瞳でキッと前をにらみつけた。

さんだつしゃはあなたでしょう!?」
「無礼な! 控えろ!」
「きゃあああ!」

 兵にドンッ、と蹴り飛ばされた。鈍い金属音が室内に響き、身体が床に打ちつけられる。
 でも、これくらいの痛みでめげるつもりはない。
 この男が頂点に立てば、国はますます貧しくなる。民をせんなものと決めつけ、人を人と思わず酷使する……そんな男が国主になるなんて絶対に駄目だ。
 でも、そんなカッシムだからこそ、私を毛嫌いするのだろう。底抜けの劣等感に反して自尊心は天井知らず。さいしんが強く、陰湿で、私のことを目のかたきにしてきた。
 なにを訴えても無駄。そんなことはわかっている。それでも。
 地面に転がりながらもキッとカッシムをにらみつけると、彼は忌々しいものを見るような目つきでこちらを見下ろしてきた。

「――まあいい。かしましいその口も、すぐになにも語れなくなる」

 カッシムはゆっくりと立ち上がる。

「では、評決をとろうか」

 彼が右手を掲げるなり、一堂に会した高位神官たちが声を上げた。

「有罪!」
「処刑だ!」
「この恐ろしい魔女め!」
「国主の座を狙った、汚らわしい罪人が!」
「殺してしまえ!」

 ぐわんぐわんと、私の有罪を決定づける声が響き渡る。
 ――違う。違うのに。
 ――私はやっていない。養父とう様を殺してなんかいない!
 でも、この場所に引きずり出された時点で私の負けは確定していた。
 二十一年間。慎ましく、目立たぬように、波風を立てないように、権力争いに巻き込まれないように、それでも私は、私にできる精一杯のことをして、国に、王家に、仕えてきたのに。

(全部、全部無駄だった)

 国主になりたいだなんて、ただの一度も思ったことはない。
 何度もそう主張してきたのに、この赤の祝福を授かった私を、カッシムが見逃すはずなかった。

「ライラリーネ・イオネル。貴様を死刑に処する!」

 どれだけ身を潜めて生きようと、赤の色彩を持つ私が目の前のさんだつしゃから逃れる術はない。

「――ああ、ようやくだ。目障りだったんだ。平民出身の小娘が」

 生まれてきた時点で、終わっていたのだ。
 そうして一歩、二歩とゆっくりと歩き、義理の兄だったはずの男は私の顎に手を当てた。

「だが、その魔力をみすみす失うのは惜しい。せっかくだ。一滴残らず絞りとってやろう」
「……っ!」
「喜べ。貴様はこのカッシム様の役に立って死ねるのだ。――そうだ。あの憎きノルヴェン辺境王子ともども、死んでもらおうぞ」


 両手両足首を縛られたまま、三日三晩の移動。
 私は自爆の首輪をめられ、戦場にうち捨てられていた。
 乾いた大地が広がる国境の平原。向こうに砂埃が巻き上がるのが見えた。
 騎馬の大軍。率いるのは黒の辺境王子――ノルヴェン王国第二王子アーシュアルト・サヴィラ・ノルヴェンだ。あの軍人王子が国境を守っているから、イッジレリア国は北へ領土を広げることができなかった。大陸最強と噂される彼を、カッシムはずっと目のかたきにしていた。
 私とアーシュアルト、邪魔な存在を同時にほふることができるのだ。今頃カッシムはほくそ笑んでいるだろう。

(ごめんなさい、アーシュアルト殿下)

 こんなことに巻き込んでしまって。
 国内随一と言われる私の魔力。それを自爆の首輪で暴走させたら、大爆発が起こるだろう。いくら無敗の辺境王子といえど、ひとたまりもない。

(ごめん、ごめんなさい……)

 嫌だ。アーシュアルトだけでも助かってほしい。
 幼い日の記憶がチリ、と脳裏によみがえり、私は砂を掴む。
 いくら敵国の王子でも、彼を傷つけたくなんてない。なのに、アーシュアルトは容赦なく近づいてくる。
 自ら先頭に立ち、軍を指揮するアーシュアルト。そんな彼の姿が眩しかった。
 麗しい黒髪。意志の強そうな黒曜石の瞳が前を見据えている。
 でも、右の瞳は眼帯で隠れていて――ああ、駄目だ。もっと。もっと、彼の姿を目に焼き付けたいのに。
 カッチリとめられた自爆の首輪に、魔力が吸い取られていく。
 呼吸が、できない。苦しい。嫌だ。死にたくない。
 死なせたくない。
 ――アーシュアルトと目が合った。
 私が転がされていることに気づいたのか、真っ直ぐにこちらを見つめている。
 きっと私の向こう側に待ち受けるイッジレリア軍とぶつかるつもりで速度を上げているのだろう。あの勢いで踏み潰されたら助かるはずがない。
 青毛の馬が目の前に迫る。
 その後の記憶は、ない。




    第一章 目覚めは、敵国王子の腕の中で


 私は爪弾き者だ。
 この世に生まれて二十一年。結婚適齢期になっても相手など誰もいなかった。
 王女といっても、しょせん第七王女だ。イッジレリア国の国主〈火宿り〉には数えるのも面倒なほどに側妃がいて、王子・王女もごまんといる。そもそも、王女という身分にさほど価値はない。第七王女ともなれば、政略結婚の駒にすらならない。
 その上、私には王族の血が一滴も流れていないのだ。養子として王族に迎え入れられただけ。
 血族は溢れかえっており、これ以上増えても意味はない。なのに、こんな私がどうして王女となったのか。それは、持って生まれた祝福のせいだった。
 この世界を創造した光と闇の大神は、四柱の女神をめとっている。
 水を司る青の女神、風を司る緑の女神、地を司る黄の女神、そして火を司る赤の女神の四柱だ。それぞれの女神が四つの大属性を調整し、世のバランスを保っているのだと言われている。
 女神たちは、時として人に強い祝福を与える。
 祝福は魔力に宿る。魔力とは人が生きるために必要不可欠なものだが、時折、女神の祝福を強く与えられた子が生まれる。
 特に強い祝福を授かった子は、髪、あるいは瞳のいずれかに、女神の色彩が如実にあらわれる。
 そして私、ライラリーネは、瞳と髪の両方に鮮やかな赤の色彩を宿してしまった。
 それが、全ての始まり。
 イッジレリアは、赤の女神に愛されし地だ。
 もともと赤の祝福を持つ子が多く生まれるが、私ほど強い祝福を受けた人間は他に存在しないという。イッジレリア国の端の端、砂漠の小さな村で生まれた村娘であった私が、イッジレリアを統べるイオネル家に引き取られたのは、それが理由だった。
 強大な力を持つからといって、おごりたかぶるようなことはしない。大丈夫。私は弁えていた。
 力を利用したいなら、好きに利用すればいい。逆らうつもりなんてない。どうせ、しがない村の出だ。自分の意見が通るはずもないことは知っている。
 だったらせめて、波風を立てることなく、穏やかに生きていきたい。
 そのためにも、王家の駒としてつつがなく生きる覚悟はあった。
『王族の言葉に従います』『私は下っ端です』『すべて皆様の言う通りに』――と。
 でも、私がこの国の隅っこで穏やかに生きるためには、避けては通れぬ問題があった。
 国主〈火宿り〉の選出方法である。
 宗教国家イッジレリア国の〈火宿り〉は、五年に一度選出される。
 国主に選ばれる条件は一つだけ。

『国内で最も強い赤の祝福を授かっている者』

 ――つまり、私だった。
 ここ二百年、イッジレリア国はイオネル王朝が続いている。
 祝福を持つ者の子は、親と同じ祝福に恵まれることが多い。二百年前にイオネル家から国主が選出されて以来、歴代の国主はイオネル家の血族から選ばれてきたのだ。
 血によってではなく力によって国主が選ばれるはずのイッジレリア国で、イオネル家は王家と称されるほどに力を持ち続けた。そうしてイオネル家が脈々と〈火宿り〉の座を継いできたところに、私という存在が現れてしまったのだ。イオネル家にとって、あまりにも大きな誤算と言えよう。
 ひとまず私が大人になるまでは、未成年であることを理由に〈火宿り〉選出は免れたけど――
 当然、私が引き取られてからイオネル家は荒れた。
 カッシムや彼の母親をはじめとした王族の多くが、私が〈火宿り〉になるのではと危機感を覚えたらしい。
 私自身は〈火宿り〉になんて興味ないのに。
 こんな小娘に、国を束ねられるわけがない。なのに、周囲は私を放っておいてくれなかった。
 だから八年前、対立国であったノルヴェンへの派遣――言い方を変えると、人質――の話が来た時、私は一も二もなく飛びついた。
 国外に出てしまえば、権力争いから逃げられると思ったから。
 そこで、アーシュアルトに出会った。


 ――ノルヴェンで過ごした期間は四年。
 最初の一年は、アーシュアルトのことをほぼ認識せずに暮らしていた。
 魔力が強すぎて王族にされた私と対照的に、彼は魔力を持たない王子だった。
 青き色彩に溢れるノルヴェン王族のなかで唯一、真っ黒な見た目のアーシュアルト王子。
 彼は、きっと私のことを嫌っているのだろうと思っていた。いつもなにかを訴えるような視線を感じていたし、その割に話しかけてくるわけでもない。
 とにかく気まずくて、会話せずにすむ距離を保っていたはずなのに――
 一年が経った頃だろうか。もともと軍部へ身を置いていた彼が、なぜか私の護衛に志願したのは。
 最初は驚いたけれども、彼はごく真剣な瞳で、私の専属護衛を買って出たのだ。
 生真面目な彼に敵意はないようだった。
 戸惑いながらも彼を受け入れ、三年。
 会話はなくとも、彼の隣が心地よく感じる程度の関係になれたと、思っていた。
 ――あの日のことは、今でも忘れられない。

「ライラリーネ!」

 名前を呼ばれて突き飛ばされた。
 麗らかな午後のことだった。
 ――命を狙われた私の代わりに、彼は右目の光を失った。


 ふわりと、意識が浮上した。
 空気が違う。そう思った。
 ううん。鼻腔の奥には、いまだにあの乾いた土の匂いが残っている。
 数多の騎馬が巻き起こす土埃。私はあの大群に巻き込まれ、首輪の暴走によって死んだはず。
 ――じゃあ、ここはどこだろう。
 身体のどこも痛くはない。手首足首を拘束していたかせは外されている。
 自爆の首輪だけが、今もずっしりと首に巻きついていた。

「ん……」

 パチリと目を開けた。
 周囲は薄暗く、すでに昼ではなさそうだ。知らない建物の中、ふわふわのベッドの上に寝かされている。

「気がついたのか!」

 ぼんやりしていたところに、誰かの声が聞こえた。
 焦ったようなテノール。その声はどこか懐かしく、心地よく響く。

(この声……?)

 記憶の引き出しから取り出すよりも、視界にその誰かが映りこむほうが早かった。
 ダンッ! とベッドに手をつき、こちらの顔を覗き込んでくる男性がいる。
 考えの読めない真っ黒な片眸に、右目を覆う眼帯。漆黒の髪はランプの光に照らされ、艶めいて見える。身につけていた鎧は外しているのか、今はドレスシャツの上に黒のコートを纏っているわけだけれど――

(え? なに? どういうこと?)

 状況がなに一つ理解できずに口をパクパクと開け閉めする。
 ただ、一つだけ、はっきりわかることがあった。

「アーシュアルト、殿下……?」

 私はなぜか敵国の王子アーシュアルトに抱き込まれ、ベッドの上で眠っていたらしい。

「…………っ!」

 と思ったら、次の瞬間。彼の目が見開かれた。

「ひっ!?」

 凄まじい殺気。それを隠す気もないのか、だだ漏れすぎて、一気に私の目が覚める。
 いや、殺気を向けられるのは当然だ。彼は敵国の王子なのだから。

(すごく、久しぶりだけど……)

 再会を喜ぶような状況ではない。
 私は自爆の首輪によって、彼と彼が率いる軍を巻き込もうとしていた。その首輪は今も私の首に巻きついたまま。
 今の私は、イッジレリアの兵器なのだ。
 過去の関係など考慮してもらえるわけがない。軍人である彼が私を警戒するのは当然のこと。

「えっと、あの、その、これは……」

 刺激を与えないよう、首輪にそっと触れる。
 自ら外すことは不可能だ。強引に外そうとしたら、すぐにでも爆発するはず。
 全身からいろんな汗が噴き出した。私は身を硬直させることしかできず、息を呑む。
 どうすればいい。どうすれば、ここから逃げられる?
 昔とは違う。きっと私は、アーシュアルトによく思われていない。
 今は眼帯に隠れた彼の右目は、私が奪ったと言っても過言ではないのだ。彼は私を恨んでいるはず。
 となると、この後待っているのは尋問だろう。
 どうやったかはわからないけれど、彼は私を戦場で捕獲した。私のことを知り尽くしている彼のことだから、なんらかの形で利用するつもり――ということか。

(逃げ道は、ない……?)

 いやいや、落ちつけ。ライラリーネ・イオネル。まずは冷静になって、周囲の状況を確認しろ。

(逃げなきゃ)

 状況がよろしくないことだけはわかる。周囲を確認しようとした時、ふと気がついた。
 そういえば自分は、着替えさせられているようだ、と。
 もう何日も牢に閉じ込められた末の、戦場への遺棄だった。全身ひどい臭いがしていたし、肌も薄汚れていたはずだ。
 それが今はどうだろう。綺麗に清められ、さらに白いネグリジェを着せられている。
 首には変わらず自爆の首輪がついているのが恐ろしいが、それよりも、だ。

(あれ……?)

 今、私はなにを着ているのだろうか。

(さらさら、してる……?)

 なんとも言えない違和感がある。
 ネグリジェはシンプルなデザインだけど、妙に手触りがいい。
 というか、このきめ細かな布地、極上の絹ではないだろうか。とてもではないが、尋問する相手に着せるようなものではない。

(どういうこと……?)

 自国でも着たことがないような高級品であることは間違いない。悲しいかな、私は爪弾き者の名ばかり王女だったもので、贅沢とは無縁だったのだ。

(っていうか、ここはどこ? 牢、じゃないみたいだけど)

 シンプルな石造りの部屋ではあるけれど、このふかふかなベッド。大きな窓だってあるし、牢であるはずがない。
 シーツも絹ではないだろうか。この肌触り、どう考えても一級品だ。

(暖炉に火がついてるってことは、イッジレリアですらない?)

 赤の女神の祝福が強すぎるイッジレリアは灼熱の大地が広がっている。近年は雨季ですら雨が降ることがほとんどなく、深刻な問題となっているくらいだ。暖炉なんてあるはずがない。
 それに、暖炉に火が灯っていてもこの肌寒さ。

(ということは、ノルヴェン王国内?)

 ノルヴェン王国といえば、青の女神に愛されすぎた冬の大地だ。
 灼熱の地イッジレリアから国境を越えて北へ行くと、夏から冬に変わるがごとく凍土に変わる。気を失っている間に、国境を越えて運ばれたというのか。

「私、助かって……ひっ!?」

 混乱したまま再度アーシュアルトに目を向けると、彼の纏う殺気が突き刺さった。
 大きな声が出そうになるのをぐっと堪えていると、彼の手が伸びてくる。

「あ、あああ、あの、なにを……?」

 長い指だ。剣ダコができたゴツゴツとした手。それがちゅうちょするように宙を掻き、やがて私の頬に触れた。

(な、なに!? なんなの……!?)

 でも――
 その指先が、わずかに震えている。静かな片眸が私を捉え、ジッと見つめたまま。
 もともと寡黙な性格なのは知っているけれど、正直、なにか言ってほしい。

「あの、殿下……?」

 焦れる気持ちで彼を呼ぶと、アーシュアルトはますます表情を険しくした。

(ヒイイイ!)

 毎日のように顔を合わせていた人質時代とは違うのだ。久しぶりに見ると、この強面、結構怖い。

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