【R18】サムライ姫はウエディングドレスを望まない

浅岸 久

文字の大きさ
18 / 67
−初秋−

1−18 あなたが理由をくれるから(1)

しおりを挟む

 ガラララ、がたん。

 ああ、とサヨは思う。
 とうとう辿り着いてしまった。


 国境の砦を出た翌日――途中の小さな街に一泊し、さらに朝から出かけてようやく。
 大きな門をくぐり抜け、トキノオとは全然ちがったつくりの街中を進んだその先――ちょうど、夕日が出る少し前の時間帯だろうか。

 シルギア王国ガルトニーレ辺境領領都オルフェン。
 その中央にある小高い丘の上の城――つまり、ディルの屋敷に到着した。

 オルフェンはサヨが想像していた以上に大きな街のようで、見たこともないような形の家が並んでいた。
 隣同士であるにも関わらず、トキノオの雰囲気とこうまでちがうと、ああ――異国に来てしまったのだと実感するに至った。

 不安で握りこんでしまっていた拳に、ディルがそっと手をのばす。
 手袋ごしにゆっくりと指を広げて、ぽんぽん、と叩かれた。まるで、大丈夫だと言わんばかりに。

 ガチャリと扉が開かれると、馬車の中にも光が差し込んでくる。
 ふとディルと目があった。瞬間、まずいとサヨは慌てる。

「ひ、ひとりで降りられるからっ」
「そうはいかない。はしたないことはしたくないだろう?」
「くっ……脅しとは卑怯だっ」
「今はそれを甘んじて受け入れる。ほら――君を抱き上げても?」
「うっ、ううっ」

 昨日から何度も繰り返された会話だ。
 彼はまだサヨの足を心配している。
 あれくらい武人のサヨにとっては怪我のうちにも入らない。彼もそれは知っているだろうに。

 靴を変えれば問題ないというのに、それすらも昨日からまともに与えてはもらえなかった。
 逃亡防止――というよりも、もっとひどくならないようにするためなのだろうけれど。

 結局、サヨの足もとは相変わらず彼のマントで隠されているのだ。もちろん、今日も包帯でぐるぐるに巻かれている。
 すでにほとんど痛みはないと訴えたのに、全然話を聞いてもらえなかった。

 もはや諦めの境地でこくりと頷く。
 すると、ディルは満足そうに微笑んだのち、サヨの膝裏と腰に腕を回した。

「よっと!」
「……重くないのか?」
「はは、オレを誰だと思っているんだ? 君と比べればそれなりの歳だが、まだまだ現役だ」
「そう――だったな」

 なんせ彼はシルギアの英雄。戦場で見たあの猛々しさを考えても、サヨ程度ならばなんということもないのだろう。
 どういう顔をしたらいいのかわからず、サヨは視線を逸らす。
 己を抱くそのたくましい存在に、どうも居たたまれず、そわそわしてしまう。

 けれどそれも、馬車の外に出るまでだった。


「…………わぁ……」

 ディルの城は、ずいぶんと高い場所にあるようだった。
 眼下に広がる大きな街並み。
 くすんだ橙色の屋根がずらりと並んでおり、そしてその向こうに広がる大きな平原。
 遥か遠くまで、真っ平らに見えるその地平線の美しさに、サヨは両目を見開いた。

 山に取り囲まれ、湖に面したトキノオの城から見える景色とはまたちがう。広い――あまりにも広大な世界。

「素敵だ」

 だから、気がつけばぽろりとこぼしてしまっていた。

「お気に召したようで嬉しいな。オレの自慢の街だ」
「……あ」

 そうだった。
 この人はシルギアの英雄でもあったけれど、この大きな街の領主でもある。
 ふとディルの顔を見上げると、誇らしげに笑う彼と目があう。
 風が彼の黒髪をさらい、なびく。光を通してみるとやはり茶色く見え――ああ、シルギアの男なのだなとも実感して。

「街はまたゆっくりと案内するさ。まもなく陽も落ちるだろうからな。今日はもうゆっくりするといい。――ああ、ほら。家のものたちだ」

 と、彼とともに振り返ると、そこにはずらりと使用人が並んでいた。

「お帰りなさいませ、旦那さま」
「ああ、今帰った。紹介する。こちらはトキノオ・サヨ姫だ。連絡はしていただろう? トキノオ領のお姫さまでな。いずれはオレの妻になってくれるはずのひとだ」
「ちょ……まだそんな!」

 まるで決定事項のように伝えられ、抗議をしようとするが、あまりに堂々とされすぎて困惑する。
 
「そうだな。だが、いずれな?」
「っ……」

 なんて甘い表情で言われてしまい、言葉に詰まった。

 ああ、また自覚させられた。
 どうもサヨは、ディルの甘ったるい表情に弱いらしい。


「それはそれは。たいへん喜ばしいことです」
「サヨ姫さま、ようこそいらっしゃいました」

 次々に挨拶を受け、サヨもつられて頭をさげる。
 サヨが敵国の娘だというのに、みな驚くほど好意的な笑顔を浮かべている。

「サヨにはエレナをつけよう。エレナ――サヨを頼む」
「ええ、かしこまりました。旦那さま。――サヨ姫さま、わたくし、エレナと申します。なんなりとお申し付けください」

 前に出てきたのは50前後くらいの、恰幅のいい女性だった。やわらかな笑顔が親しみやすく、シルギアらしい淡い茶色の髪の女性だ。

「旦那さま、例の部屋をご用意しておきました」
「ああ。助かる」

 そうしてエレナたちは連なって、城の中へと入っていく。

「突然のことで驚きました。――砦での生活はさぞ不自由なさったでしょう? 旦那さま、男所帯でこんなお若くて美しいお姫さまのお世話がちゃんとできましたか?」
「――あー、それはだな……。うん。それが難しかったから早々に連れ帰ってきたんだ」

 みなのお小言をまっすぐ受け止めたディルは、心配そうにマントで隠されたサヨの足へと視線を向ける。
 まさに、互いの意思疎通が不十分だったせいでできた傷を思い出しているのだろう。
 弱ったな、とつぶやきながら、彼は肩をすくめている。

「こちらの服にもまだ慣れていない。あまり無理はさせてやるな。足も……その、靴擦れでな。エレナ、部屋についたらしっかり看てやってくれ」

しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

鬼隊長は元お隣女子には敵わない~猪はひよこを愛でる~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「ひなちゃん。 俺と結婚、しよ?」 兄の結婚式で昔、お隣に住んでいた憧れのお兄ちゃん・猪狩に再会した雛乃。 昔話をしているうちに結婚を迫られ、冗談だと思ったものの。 それから猪狩の猛追撃が!? 相変わらず格好いい猪狩に次第に惹かれていく雛乃。 でも、彼のとある事情で結婚には踏み切れない。 そんな折り、雛乃の勤めている銀行で事件が……。 愛川雛乃 あいかわひなの 26 ごく普通の地方銀行員 某着せ替え人形のような見た目で可愛い おかげで女性からは恨みを買いがちなのが悩み 真面目で努力家なのに、 なぜかよくない噂を立てられる苦労人 × 岡藤猪狩 おかふじいかり 36 警察官でSIT所属のエリート 泣く子も黙る突入部隊の鬼隊長 でも、雛乃には……?

処理中です...