ぐみたんは覚えていない

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冬枯れの空。
物言わぬ月。


見下ろすは無数の鉄の枝。
白いコートが翻り、傾いで、紅に染まる。


傾ぐ白い影と赤く染まる月。
目に見えて完全に動きを止めたかたち。
呼吸を失った、白いかたち。
人のそれ。


狩られた野ウサギの様にか細く息を吐く
絶命寸前の黒いいきもの。
人の形。
人のそれ。
ひと。
人間。
まごうかたなきひとのにんげんのかたち。


唇から零れるは臓器の損傷を示す赤黒い体液。
血液。





──────ごぼり。



口から吐き出る言葉だった筈のもの。
ことばのふりをした葉先。
ああもうそれが言の葉だったかどうかすら。
最期に見上げた空はヒビが入って割れている。




ぱき。




ぱき。






─────ぱきん。



今際の幻覚に黒いこどもは墜ちて。
暗く。
昏く。




銀のけものが。




[私の名前を呼んで]




ぎたりと嗤う。




[この名前が]



鼻先の吐息。




[あなたの力になるように]



──────────────────……………







色を喪いつつあった唇が微かに動く。
音なき声は震える。
冷たい粉雪のような波はかろうじて。
空気だけを大気のみを僅かに、そして微かに震わせて音波になる。



彼にただ、いきてほしかった。
唯一無二である筈の彼。
『生きて』さえいればと思った大切なひと。
最期に呼ぶのは彼の名前でなければならなかった筈なのに、違う名前を呼んだ。


「─────『レギンレイヴ』」


だからこれは、裏切りのおはなしだ。



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