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第一章 学園編
20.理事長2
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「……本日は急なお願いを聞いて下さり、どうもありがとうございます」
ティンベルは平静を装いつつ、ありきたりな挨拶をした。「失礼します」と先刻言ったものの、扉を開けただけで理事長室に足を踏み入れてはいない。
「構わないよ。さ。そんな所にいつまでもいないで、入っておいで」
「失礼します」
ティンベルとは対照的に、ユウタロウとチサトは何の挨拶もしないまま堂々と、理事長室へと足を踏み入れる。幸い理事長が、彼らの不遜な態度を咎めることはなかった。
彼らが来客用の椅子に腰掛けるのを確認すると、理事長は紅茶を淹れる用意を始める。慣れた手つきで紅茶を淹れる理事長の手元を、ティンベルはじっくりと観察するが、それ自体を本人に悟られないよう振舞った。
全員分の紅茶をカップに注ぎ、配ると、理事長は左手でティーカップのハンドルを持つ。紅茶を一口含むと、徐に口を開いた。
「――それで。今日はどういった用件なのかな?」
「理事長の貴重なお時間を無駄にしない為にも、単刀直入にお尋ねいたします。
理事長は今の学園について、どのようにお考えなのでしょうか?」
「今の学園?……まるでこれまでと今の学園では、大きな違いがあるような物言いだね。私は特段、この学園が変化したとは思えないのだけれど」
「この学園は今、通り魔事件によって大きな悪影響を受けています。悪魔、そして悪魔の愛し子に対する憎悪が増幅し、無関係の生徒にまで被害が広がる始末…………この状況を理事長が知らないとは言わせませんよ?」
「もちろん知っているとも。その上で私は、この学園に大きな変化など起きていないと言っている」
「……どういうことでしょうか?」
意味深な理事長の物言いに、ティンベルの表情が怪訝そうに強張る。
「……君は能力者として生まれ、その素晴らしい頭脳に恵まれた、実に優秀な生徒だ」
「それが何だというのですか?話をはぐらかすのはやめて頂きたいのですが」
「人からの称賛は素直に受け取るべきだと思うよ。君は女の子なのだから」
「……」
何てことない言葉一つ一つに、理事長な明確な悪意を感じ取る。ティンベルは増々、警戒心を露わにした。
「君は頭脳明晰で、視野も広い。操志者としての才もある。尊敬に値する素晴らしい生徒だ。でもやはり、その素晴らしい脳ミソもお花畑なら、何の価値もない。夢みる少女というのは実に愚かだね」
「ふああああああああああああああああ……」
「「……」」
張りつめた空気の中、能天気で盛大なユウタロウの欠伸が響き渡った。刹那、何とも言えない沈黙が流れる。
ティンベルの理事長に対する敵意も。理事長のティンベルに対する批判も。全てどうでもいいと言わんばかりの欠伸に、彼女らは当惑した。この状況でクスリと笑みを零すことの出来る強者は、チサトぐらいのものだ。
「あ、悪い悪い。……つまんねぇ話ダラダラ続けられっと、眠くて仕方なくてな」
自らの語りをつまらないと一蹴された理事長は、内心怒り心頭だろう。その感情を態度には一切出さず、にこやかな表情を貼りつけているので、ティンベルは余計に心が休まる気がしなかった。
「要はあれだろ?生徒会長は全てを通り魔事件のせいにしている風だが、それだと根本的な所は何も解決しない。というか、今の今まで何も変わっていない。アンタはそう言いたいわけだ」
「……その通り。今この学園で起きている騒動。これらは全て、起こるべくして起こった事態だ。通り魔事件は切っ掛けに過ぎない。この世界における悪魔や愛し子に対する嫌悪意識は当然のものだ。何せ五千年前の悪魔はこの世界を滅ぼそうとし、大罪人である悪魔は死んでもまた別の悪魔として蘇る。仕方の無いことだ。悪魔の消失は、世界アンレズナの滅亡を意味するのだから。仕方の無いことだと分かっているからこそ、運命というのは残酷であり非情だ。だから人々は悪魔を嫌悪し、憎み、忌避する。悪魔の愛し子や亜人も同じこと。何せ、悪魔と似たような力を持っているのだからね。
つまりだね、ティンベル・クルシュルージュくん。悪魔という存在に対する嫌悪意識は、人間に刻まれた本能のような物。例え、通り魔事件が悪魔のせいではないと証明できたとしても、その本能が消え去るわけでは無いと、私は思っているのだよ。
……流石は、勇者ユウタロウくんは違うね。本質をキチンと理解している」
「……確かに生徒会長は、兄貴のこととなると途端に無能に成り下がる。生徒会長が脳内お花畑っていうのは、案外的を射てるな」
二人から痛いところ突かれ、ティンベルは唇を噛みしめた。反論できなかったというよりも、本人が最初から理解していたというのが大きい。改めて指摘されずとも、彼女は誰よりも理解していたのだ。自らの欠点に。
だから俯くほか、手段が無い。誰よりも、その批判が的を射ていることを理解していたから。
「だがな……俺はアンタの考えも気に入らねぇんだよ」
「っ」
精悍に言い放った刹那、ティンベルは引き寄せられるように顔を上げる。自らの不甲斐無さを心の内で嘆いていた彼女にとってその言葉は、あまりにも鮮明に響いたのだ。
「さっきから黙って聞いてりゃあ、うだうだうだうだうだと……五千年前の悪魔のことなんて知らねーんだよ。アンタ五千年前から生きてるとでも言いてぇのか?
んな大昔の話をダラダラとっ……うっぜぇんだよっいい加減。文句があんなら五千年前にでも行ってこいや」
「ゆ、ユウタロウ様?あまりにも支離滅裂が過ぎるかと……」
「お花畑生徒会長はちょっと黙ってろ」
凍てつくような鋭い瞳孔に牙をむかれ、ティンベルはビクッと肩を震わせた。色々と言いたいことは山ほどあったが、彼の睨みが恐ろしいあまり「すみません……」とティンベルが泣く泣く折れる他なかった。
哀れなティンベルへの興味をすぐに無くしたユウタロウは、腹の底から鬱憤を吐き出すように、続けざまに言葉を紡ぐ。
「通り魔事件のせいで、この学園の生徒が理不尽な迫害を受けている。俺たちが議論しに来たのは、今――この瞬間に起きている事態だ。本能だの運命だのクソ食らえなんだよ。もし本当に本能なんてもののせいで、学園の騒動が激化してんなら、本能に逆らって運命ぶち壊してでも何とかしてみせろってんだ。ここはアンタの学園だろうが」
「……」
滅茶苦茶のようでいて、筋の通った尤もな意見だった。思わず、理事長が口を噤んでしまう程に。
通り魔事件を解決さえすれば、全てが上手くいくと。そう自らに思い込ませているティンベルも。
悪魔や愛し子に対する差別意識は仕方の無いことだと切り捨て、生徒に対する理不尽な迫害を黙認する理事長も。
ユウタロウは心底気に入らなかったのだ。
「……そこまで言うのであれば、一つ賭けをしようか?」
「賭け?」
唐突にそんな提案をしてきた理事長に、ユウタロウは疑問を呈した。
「あぁ。一週間後に開催予定の武闘大会の件は知っているだろう?」
「もちろん。なんてったって、主役は俺だからな」
武闘大会。それは年に一度、学園で開催される一大行事である。通常であれば、生徒同士の決闘をトーナメント方式で行うのだが、勇者が学園に在学している年だけは、その形式が変わってくる。
勇者とその他大勢の生徒との一騎打ち。勇者を倒したという名誉を得るべく、多くの生徒がその無謀な戦いに挑むのだ。
因みにユウタロウは留年し続けているので、最近では勇者との一騎打ちこそが、この武闘大会の基準になりかけてしまっている。
「流石のあなたでも、武闘大会にはきちんと出場するのですね」
「出場しねぇと勇者の権限剥奪されるからな。出ない訳にはいかねぇんだよ」
ユウタロウが学園に入学した年、当然のように彼は武闘大会出場を拒否したのだが、出場しなければ勇者の地位を剥奪するという、一族からのお達しが来てしまったのだ。流石にそれはユウタロウも困るので、この武闘大会だけは真面目に出場しているのだ。
「ははっ。君ほどの生徒でもやはり、勇者という肩書きと、付随する権利が大事なようだ」
「まぁな。それで?武闘大会が何だよ」
揶揄われたことにすら興味が無いのか、ユウタロウは飲み干したティーカップの底を覗き込みながら尋ねた。
「君は毎年、出場生徒全てを完膚なきまでに叩きのめすか、完全に手を抜いてわざと負けるかの二択を取っている。まぁどちらにせよ余裕があるということだ。それは今年も同じだろう。そこで一つ、ハンデをつけてみないかい?」
ユウタロウは生徒全員に勝つか、生徒全員に負けるかの二択しかとらないので、実際に彼と戦った人間は誰一人として、勇者に勝利したという名誉を得ることが出来ていない。
彼が〝勇者一族の恥さらし〟と呼ばれているのは、悪魔を敵対視しないその思想が原因だが、それを彼の実力不足が原因だと勘違いしている生徒がいるのは、ユウタロウが武闘大会でわざと負けていることも起因しているのだ。
「ハンデ?」
「そう。勇者である君に限り、真剣の使用を禁じ、ジルを操り攻撃することも禁止するというハンデだ」
「ちょっと待ってください。それはあまりにもっ」
思わずティンベルは立ち上がり、抗議しようとするが、理事長は続けざまに口を開く。
「このハンデを背負い、出場生徒全てを負かしたのなら君の勝ち。迫害を受ける生徒の為、粉骨砕身すると誓おう。生徒一人にでも君が負ければ、賭けは私の勝ち。……そうだな。これまでの私に対する不遜な態度を、謝罪するのはどうだろうか?」
「理事長。そのハンデはあまりにも酷では?真剣もジルの使用も禁ずるなど……」
「別にいいぜ」
「「えっ?」」
ユウタロウがあまりにもあっさりと了承したので、ティンベルだけでなく、提案してきた理事長までもが困惑の声を上げた。
「逆に聞くが、その程度のハンデで俺に勝てるって、アンタ本気でそう思ってるのか?」
「っ」
「随分と見縊られたもんだな。勇者ってのは」
呆れと落胆と、奥底に眠る怒り。低い声音からも、ギロリと鋭い瞳孔からも、燻るような彼の感情が犇々と伝わってきた。
「いいか?勇者一族は過去の偉業に呪われた、言ってしまえば狂った集団だ。そんな勇者一族に生まれた子供たちは、産まれた瞬間から。いや?生まれる前から勇者として大成することを求められる。多くのライバルを蹴落とし、その代の勇者を勝ち取る為、何時如何なる時も気を緩めることを許されない。苦汁を舐めながら、歯を食いしばりながら、地獄のような修行と研鑽の日々を過ごす。大概の奴がそうだ。
そんな狂った世界で生き抜いた奴らを勇者選定戦で競わせ、最後に勝ち残った者のみが勇者となりうる。
……勇者を見縊るっていうのは、そんな艱難辛苦を乗り越えた、勇者一族全員の実力と努力を貶す行為に等しい。
……俺の仲間を貶されるのは非常に不愉快だ。分かったか?」
ティンベルは知らなかった。いつもは緩い輪郭しか描くことの無い、その紫の瞳が牙をむく瞬間を。
だからティンベルは目を奪われた。突如変化したその柴玉に、吸い込まれるが如く。
(あぁ、そうか……だからこの人は……この勇者は)
ふと、降って湧いたようなその気づきに、ティンベルは思わず呆けてしまう。
思い出すのは、レディバグの構成員――ディアンに対して放ったあの一言。
『俺を誰だと思ってやがる。……勇者を舐めるな』
勇者という肩書きにさして興味が無さそうに見えるのに、勇者の実力を訝しがられると不機嫌になる彼に、ティンベルは微かな矛盾を感じていた。
〝勇者一族の恥さらし〟と自らを罵られることと、勇者という存在自体に対する侮辱を受けること。
ユウタロウにとってこの二つには大きな違いがあるのだと、ティンベルは漸く理解したのだ。
「――理事長。最後に一つ、質問してもよろしいでしょうか?」
凍てつくような空気を切り替えるように、ティンベルは声を上げた。ユウタロウに集まっていた視線が、一斉に彼女の元に集まる。
「何かな?」
「通り魔事件の犯人の目的を、理事長はどのようにお考えですか?」
「そうだね……やはり、この学園自体に恨みや敵意を持っている者の犯行なんじゃないのかな?」
「そうですか。……では、私たちはこれで失礼いたします」
ティンベルの声を皮切りに、彼らは一斉に席を立つ。呑気に欠伸をかいているユウタロウの姿を、理事長は品定めするように見上げた。
「ユウタロウくん。一週間後の武闘大会、楽しみにしているよ」
「そうか。俺は特段楽しみじゃないがな」
ユウタロウは減らず口を叩きながら、理事長室の扉を開けて背中を向ける。それに続くように、チサトとティンベルも退出していった。
バタンと。扉が完全に閉ざされる音がしたかと思うと、ティンベルが俯きがちに口を開く。
「……ユウタロウ様」
「……何だ?」
俯いているせいでその表情を窺うことはできないが、ただならぬ雰囲気を感じ、ユウタロウは思わず身構えた。
そしてティンベルは僅かに唇を震わせながら、その口を開くのだった。
ティンベルは平静を装いつつ、ありきたりな挨拶をした。「失礼します」と先刻言ったものの、扉を開けただけで理事長室に足を踏み入れてはいない。
「構わないよ。さ。そんな所にいつまでもいないで、入っておいで」
「失礼します」
ティンベルとは対照的に、ユウタロウとチサトは何の挨拶もしないまま堂々と、理事長室へと足を踏み入れる。幸い理事長が、彼らの不遜な態度を咎めることはなかった。
彼らが来客用の椅子に腰掛けるのを確認すると、理事長は紅茶を淹れる用意を始める。慣れた手つきで紅茶を淹れる理事長の手元を、ティンベルはじっくりと観察するが、それ自体を本人に悟られないよう振舞った。
全員分の紅茶をカップに注ぎ、配ると、理事長は左手でティーカップのハンドルを持つ。紅茶を一口含むと、徐に口を開いた。
「――それで。今日はどういった用件なのかな?」
「理事長の貴重なお時間を無駄にしない為にも、単刀直入にお尋ねいたします。
理事長は今の学園について、どのようにお考えなのでしょうか?」
「今の学園?……まるでこれまでと今の学園では、大きな違いがあるような物言いだね。私は特段、この学園が変化したとは思えないのだけれど」
「この学園は今、通り魔事件によって大きな悪影響を受けています。悪魔、そして悪魔の愛し子に対する憎悪が増幅し、無関係の生徒にまで被害が広がる始末…………この状況を理事長が知らないとは言わせませんよ?」
「もちろん知っているとも。その上で私は、この学園に大きな変化など起きていないと言っている」
「……どういうことでしょうか?」
意味深な理事長の物言いに、ティンベルの表情が怪訝そうに強張る。
「……君は能力者として生まれ、その素晴らしい頭脳に恵まれた、実に優秀な生徒だ」
「それが何だというのですか?話をはぐらかすのはやめて頂きたいのですが」
「人からの称賛は素直に受け取るべきだと思うよ。君は女の子なのだから」
「……」
何てことない言葉一つ一つに、理事長な明確な悪意を感じ取る。ティンベルは増々、警戒心を露わにした。
「君は頭脳明晰で、視野も広い。操志者としての才もある。尊敬に値する素晴らしい生徒だ。でもやはり、その素晴らしい脳ミソもお花畑なら、何の価値もない。夢みる少女というのは実に愚かだね」
「ふああああああああああああああああ……」
「「……」」
張りつめた空気の中、能天気で盛大なユウタロウの欠伸が響き渡った。刹那、何とも言えない沈黙が流れる。
ティンベルの理事長に対する敵意も。理事長のティンベルに対する批判も。全てどうでもいいと言わんばかりの欠伸に、彼女らは当惑した。この状況でクスリと笑みを零すことの出来る強者は、チサトぐらいのものだ。
「あ、悪い悪い。……つまんねぇ話ダラダラ続けられっと、眠くて仕方なくてな」
自らの語りをつまらないと一蹴された理事長は、内心怒り心頭だろう。その感情を態度には一切出さず、にこやかな表情を貼りつけているので、ティンベルは余計に心が休まる気がしなかった。
「要はあれだろ?生徒会長は全てを通り魔事件のせいにしている風だが、それだと根本的な所は何も解決しない。というか、今の今まで何も変わっていない。アンタはそう言いたいわけだ」
「……その通り。今この学園で起きている騒動。これらは全て、起こるべくして起こった事態だ。通り魔事件は切っ掛けに過ぎない。この世界における悪魔や愛し子に対する嫌悪意識は当然のものだ。何せ五千年前の悪魔はこの世界を滅ぼそうとし、大罪人である悪魔は死んでもまた別の悪魔として蘇る。仕方の無いことだ。悪魔の消失は、世界アンレズナの滅亡を意味するのだから。仕方の無いことだと分かっているからこそ、運命というのは残酷であり非情だ。だから人々は悪魔を嫌悪し、憎み、忌避する。悪魔の愛し子や亜人も同じこと。何せ、悪魔と似たような力を持っているのだからね。
つまりだね、ティンベル・クルシュルージュくん。悪魔という存在に対する嫌悪意識は、人間に刻まれた本能のような物。例え、通り魔事件が悪魔のせいではないと証明できたとしても、その本能が消え去るわけでは無いと、私は思っているのだよ。
……流石は、勇者ユウタロウくんは違うね。本質をキチンと理解している」
「……確かに生徒会長は、兄貴のこととなると途端に無能に成り下がる。生徒会長が脳内お花畑っていうのは、案外的を射てるな」
二人から痛いところ突かれ、ティンベルは唇を噛みしめた。反論できなかったというよりも、本人が最初から理解していたというのが大きい。改めて指摘されずとも、彼女は誰よりも理解していたのだ。自らの欠点に。
だから俯くほか、手段が無い。誰よりも、その批判が的を射ていることを理解していたから。
「だがな……俺はアンタの考えも気に入らねぇんだよ」
「っ」
精悍に言い放った刹那、ティンベルは引き寄せられるように顔を上げる。自らの不甲斐無さを心の内で嘆いていた彼女にとってその言葉は、あまりにも鮮明に響いたのだ。
「さっきから黙って聞いてりゃあ、うだうだうだうだうだと……五千年前の悪魔のことなんて知らねーんだよ。アンタ五千年前から生きてるとでも言いてぇのか?
んな大昔の話をダラダラとっ……うっぜぇんだよっいい加減。文句があんなら五千年前にでも行ってこいや」
「ゆ、ユウタロウ様?あまりにも支離滅裂が過ぎるかと……」
「お花畑生徒会長はちょっと黙ってろ」
凍てつくような鋭い瞳孔に牙をむかれ、ティンベルはビクッと肩を震わせた。色々と言いたいことは山ほどあったが、彼の睨みが恐ろしいあまり「すみません……」とティンベルが泣く泣く折れる他なかった。
哀れなティンベルへの興味をすぐに無くしたユウタロウは、腹の底から鬱憤を吐き出すように、続けざまに言葉を紡ぐ。
「通り魔事件のせいで、この学園の生徒が理不尽な迫害を受けている。俺たちが議論しに来たのは、今――この瞬間に起きている事態だ。本能だの運命だのクソ食らえなんだよ。もし本当に本能なんてもののせいで、学園の騒動が激化してんなら、本能に逆らって運命ぶち壊してでも何とかしてみせろってんだ。ここはアンタの学園だろうが」
「……」
滅茶苦茶のようでいて、筋の通った尤もな意見だった。思わず、理事長が口を噤んでしまう程に。
通り魔事件を解決さえすれば、全てが上手くいくと。そう自らに思い込ませているティンベルも。
悪魔や愛し子に対する差別意識は仕方の無いことだと切り捨て、生徒に対する理不尽な迫害を黙認する理事長も。
ユウタロウは心底気に入らなかったのだ。
「……そこまで言うのであれば、一つ賭けをしようか?」
「賭け?」
唐突にそんな提案をしてきた理事長に、ユウタロウは疑問を呈した。
「あぁ。一週間後に開催予定の武闘大会の件は知っているだろう?」
「もちろん。なんてったって、主役は俺だからな」
武闘大会。それは年に一度、学園で開催される一大行事である。通常であれば、生徒同士の決闘をトーナメント方式で行うのだが、勇者が学園に在学している年だけは、その形式が変わってくる。
勇者とその他大勢の生徒との一騎打ち。勇者を倒したという名誉を得るべく、多くの生徒がその無謀な戦いに挑むのだ。
因みにユウタロウは留年し続けているので、最近では勇者との一騎打ちこそが、この武闘大会の基準になりかけてしまっている。
「流石のあなたでも、武闘大会にはきちんと出場するのですね」
「出場しねぇと勇者の権限剥奪されるからな。出ない訳にはいかねぇんだよ」
ユウタロウが学園に入学した年、当然のように彼は武闘大会出場を拒否したのだが、出場しなければ勇者の地位を剥奪するという、一族からのお達しが来てしまったのだ。流石にそれはユウタロウも困るので、この武闘大会だけは真面目に出場しているのだ。
「ははっ。君ほどの生徒でもやはり、勇者という肩書きと、付随する権利が大事なようだ」
「まぁな。それで?武闘大会が何だよ」
揶揄われたことにすら興味が無いのか、ユウタロウは飲み干したティーカップの底を覗き込みながら尋ねた。
「君は毎年、出場生徒全てを完膚なきまでに叩きのめすか、完全に手を抜いてわざと負けるかの二択を取っている。まぁどちらにせよ余裕があるということだ。それは今年も同じだろう。そこで一つ、ハンデをつけてみないかい?」
ユウタロウは生徒全員に勝つか、生徒全員に負けるかの二択しかとらないので、実際に彼と戦った人間は誰一人として、勇者に勝利したという名誉を得ることが出来ていない。
彼が〝勇者一族の恥さらし〟と呼ばれているのは、悪魔を敵対視しないその思想が原因だが、それを彼の実力不足が原因だと勘違いしている生徒がいるのは、ユウタロウが武闘大会でわざと負けていることも起因しているのだ。
「ハンデ?」
「そう。勇者である君に限り、真剣の使用を禁じ、ジルを操り攻撃することも禁止するというハンデだ」
「ちょっと待ってください。それはあまりにもっ」
思わずティンベルは立ち上がり、抗議しようとするが、理事長は続けざまに口を開く。
「このハンデを背負い、出場生徒全てを負かしたのなら君の勝ち。迫害を受ける生徒の為、粉骨砕身すると誓おう。生徒一人にでも君が負ければ、賭けは私の勝ち。……そうだな。これまでの私に対する不遜な態度を、謝罪するのはどうだろうか?」
「理事長。そのハンデはあまりにも酷では?真剣もジルの使用も禁ずるなど……」
「別にいいぜ」
「「えっ?」」
ユウタロウがあまりにもあっさりと了承したので、ティンベルだけでなく、提案してきた理事長までもが困惑の声を上げた。
「逆に聞くが、その程度のハンデで俺に勝てるって、アンタ本気でそう思ってるのか?」
「っ」
「随分と見縊られたもんだな。勇者ってのは」
呆れと落胆と、奥底に眠る怒り。低い声音からも、ギロリと鋭い瞳孔からも、燻るような彼の感情が犇々と伝わってきた。
「いいか?勇者一族は過去の偉業に呪われた、言ってしまえば狂った集団だ。そんな勇者一族に生まれた子供たちは、産まれた瞬間から。いや?生まれる前から勇者として大成することを求められる。多くのライバルを蹴落とし、その代の勇者を勝ち取る為、何時如何なる時も気を緩めることを許されない。苦汁を舐めながら、歯を食いしばりながら、地獄のような修行と研鑽の日々を過ごす。大概の奴がそうだ。
そんな狂った世界で生き抜いた奴らを勇者選定戦で競わせ、最後に勝ち残った者のみが勇者となりうる。
……勇者を見縊るっていうのは、そんな艱難辛苦を乗り越えた、勇者一族全員の実力と努力を貶す行為に等しい。
……俺の仲間を貶されるのは非常に不愉快だ。分かったか?」
ティンベルは知らなかった。いつもは緩い輪郭しか描くことの無い、その紫の瞳が牙をむく瞬間を。
だからティンベルは目を奪われた。突如変化したその柴玉に、吸い込まれるが如く。
(あぁ、そうか……だからこの人は……この勇者は)
ふと、降って湧いたようなその気づきに、ティンベルは思わず呆けてしまう。
思い出すのは、レディバグの構成員――ディアンに対して放ったあの一言。
『俺を誰だと思ってやがる。……勇者を舐めるな』
勇者という肩書きにさして興味が無さそうに見えるのに、勇者の実力を訝しがられると不機嫌になる彼に、ティンベルは微かな矛盾を感じていた。
〝勇者一族の恥さらし〟と自らを罵られることと、勇者という存在自体に対する侮辱を受けること。
ユウタロウにとってこの二つには大きな違いがあるのだと、ティンベルは漸く理解したのだ。
「――理事長。最後に一つ、質問してもよろしいでしょうか?」
凍てつくような空気を切り替えるように、ティンベルは声を上げた。ユウタロウに集まっていた視線が、一斉に彼女の元に集まる。
「何かな?」
「通り魔事件の犯人の目的を、理事長はどのようにお考えですか?」
「そうだね……やはり、この学園自体に恨みや敵意を持っている者の犯行なんじゃないのかな?」
「そうですか。……では、私たちはこれで失礼いたします」
ティンベルの声を皮切りに、彼らは一斉に席を立つ。呑気に欠伸をかいているユウタロウの姿を、理事長は品定めするように見上げた。
「ユウタロウくん。一週間後の武闘大会、楽しみにしているよ」
「そうか。俺は特段楽しみじゃないがな」
ユウタロウは減らず口を叩きながら、理事長室の扉を開けて背中を向ける。それに続くように、チサトとティンベルも退出していった。
バタンと。扉が完全に閉ざされる音がしたかと思うと、ティンベルが俯きがちに口を開く。
「……ユウタロウ様」
「……何だ?」
俯いているせいでその表情を窺うことはできないが、ただならぬ雰囲気を感じ、ユウタロウは思わず身構えた。
そしてティンベルは僅かに唇を震わせながら、その口を開くのだった。
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