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第一章 学園編
44.戦いの終わり5
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理事長室に何とも言い難い、息苦しくなる様な沈黙が流れる。ティンベル、ユウタロウ、チサトの三人は、目元をぴくっ、ぴくっと痙攣させながらアデルに熱い視線を送っており、その疲労具合が犇々と伝わってくる。
対するアデルは真顔で、それ以上口を開こうとはしなかった。
「……………………終わり、ですか?」
思わず、ティンベルはアデルにそう尋ねた。長きに渡ったこの時間が、漸く終幕を迎えてくれるのか否か。それは彼女らにとって、何よりも重要視される事案である。
「うむ。終わったのだ」
「「はああああああああああああああああああああああああああああああああ」」
アデルがサラリと言ってのけた途端、ティンベルたちはその場に崩れ落ちるように手をついてしまった。しゃがみ込みながら話を聞いてはいたのだが、前のめりに倒れこまずにはいられなかったのだ。
アデルがエルについて説明する為に費やした時間――計一時間半。
……正気の沙汰ではない。
レディバグの面々はまだよかった。彼らはエルの事情を知っているので、アデルの話を聞く必要が無い。つまり、何か別のことで時間を潰せばいいだけなのだ。
その為、ヒメ、皓然、ディアンの三人はアデルが詳細を語る間、理事長室の端っこで談笑していた。
一方のリオは、あまりにも話が長いせいで、当然のように昼寝を始めていた。だが一度起きた際、それでも話が終わっていないことに気づくと、暇を持て余したのかエルの髪を弄り始めてしまった。
力で敵わないリオ相手に、抵抗は愚策であると理解しているのか、余計な体力を消耗しない為にもエルは、尊厳や己の自由をかなぐり捨てることに決めた。
おかげでエルの綺麗な金髪は、三つ編み、編み込み、お団子、ポニーテール、etc……と、多種多様な髪型へと変貌していった。
死んだ魚の様な目でリオに頭を預ける最中、エルはその場の感情を優先し、安易にアデルに説明を任せたことを酷く後悔していた。
レディバグの中で唯一アデルの話を真摯に聞いていたのは、ナギカぐらいのものである。
「長い……長すぎる。もっと簡潔に話せないのかい?
……ほら見てくれよ。君の話が長いせいで、僕の髪がこんな芸術的な仕上がりになってしまったでは無いか」
エルは思い切り顔を顰めると、自身の頭を指差してアデルに苦言を呈した。現在エルの頭は、ツインテールを高い位置でお団子にしている状態である。
そんな彼女の頭をジッと凝視したアデルは、キョトンと首を傾げ、
「?……良かったのではないか?可愛いのだ」
と、エルにとっての爆弾発言を投下した。
エルは忌々し気に頬を染めると、キッと鋭い眼でアデルを見上げる。
「ほんっとうに君って奴は……あの頃から何の成長も無いな」
「?」
何を指して言っているのか分からず、アデルはキョトンと首を傾げた。エルの毒舌は今に始まったことでは無いが、今回の場合は完全に照れ隠しである。
そんな中、アデルから聞いた話を自身の頭で整理したティンベルは、困惑冷めやらぬ表情で口を開いた。
「……あの、アデル兄様のお話を整理すると、こういうことでしょうか?
アデル兄様はクルシュルージュ家を出た後、エル様の元で修行をしながら生活を共にしていた。しかし、アデル兄様が十六歳の時、エル様を悪魔に殺されてしまい、アデル兄様は悪魔に対する復讐を決意した。そしてたった一人でその復讐を果たした後、アデル兄様は何とかエル様を生き返らせる為、その方法を探す旅に出た。その旅の最中、リオ様を始めとしたレディバグのお仲間たちと出会い、アデル兄様はその……神々が住まう天界へと通ずるダンジョンに挑んだ……?のですか?」
「この時点でもう意味不明すぎるよな」
ティンベルの困惑混じりの説明に、思わずユウタロウはそう零した。アデルの話の中には所々〝神〟というワードが出てきたのだが、その時点で彼らは茫然自失としていたのだ。
だがやはり、アデルが嘘の得意な性格では無いことを理解しているからこそ、否定したい気持ちをグッと堪えて、ティンベルたちはアデルの話を聞いたのだ。
「うむ。それで合っておるのだ」
「……そしてその、天界に通ずるダンジョン?を攻略したアデル兄様は、天界で創造主と呼ばれる存在に出会った。その創造主様に手ほどきを受け、亡くなったエル様を生き返らせるのではなく、死んだエル様の魂――その前世の記憶を保持したまま、新たに生まれる命へ輪廻転生させる方法を身につけた。そして無事、エル様の記憶を失わせること無く、輪廻転生を成功させ、今に至る……ということで、よろしいのでしょうか?」
「すごいのだティンベル。我の長い話をうまく要約できているのだ」
「「……」」
どこか誇らしげな満面の笑みを浮かべられてしまうと、問いただしたい気持ちが若干薄れてしまい、ティンベルたちは困惑の表情を見合わせた。
「君たちが当惑するのも無理はない。僕は君たちの気持ちがよーく分かるよ……僕も、気づいたら意味不明な方法で勝手に前世の記憶を引き継いだまま、こんな子供に転生させられた、謂わば被害者だからね……」
自嘲気味な乾いた笑みを浮かべると、エルはティンベルたちを労わる様に言った。声音からして冗談なのは確かなのだが、アデルはどこか不服そうに顔を顰めると「むぅぅ……」と唸ってしまう。だがそれは、彼が自身の非を全く認めていないという訳ではなく、僅かに罪悪感を抱いているからこそ、上手く反論できず苦悶しているのだ。
「なんだいその顔は……気持ち悪いね」
「……師匠の気持ちを考えず、勝手な行動をしたことは申し訳なく思っているが……」
「何だい?反論があるのかい?いいよ?ほら、言ってみな」
煽るような言葉運びでエルは尋ねた。するとアデルは、俯いていた顔をほんの少し上げ、どこか拗ねた様な表情を窺わせる。
「……師匠は、我と再会できたことが、嬉しくないのであるか?」
「……君は本当に女々しいな。そんなんだから勇者くんにキモがられるんだよ」
尋ねられた一瞬だけ、虚を突かれたエルは押し黙ってしまうが、すぐに平静を取り戻し、取り繕った返事をした。
「あはっ、ワンコお師匠様ったら、そんなこと言ってアデルんの尋問から逃げちゃってぇ」
「君は少し黙ろうか?リオ」
揶揄う様なリオの指摘のせいで、エルの努力は水の泡と化した。話を逸らすことで、先の質問から逃れようとしたエルの考えはリオに筒抜けだったらしい。
リオはアデルと違い鈍感では無いので、客観的に色々な側面を分析することが得意だ。だがリオは基本的にアデルの味方をする傾向にあるので、その特技を今回の様に活用することが多い。
エルは不意にアデルに視線を移すと、思わず「うっ……」とこれ以上ない程顔を顰めてしまう。何故ならアデルが、まるで捨てられた子犬様な眼差しで自らを見下ろしていたから。
「………………ま、まぁっ?……そう、だね……き、君ほどではないにしても……ほら、最期に会った日、良いお別れを出来たとは言えなかったから……そういった意味では、さ……再会できて良かったと、お、思ってるんじゃないかな?」
エルは桃のように顔を染め上げると、信じられない程目を泳がせながら、しどろもどろとした言葉運びで答えた。おかげでリオは口元を片手で押さえながら、必死に笑い声を堪えており、エルの苛立ちに拍車をかけている。
一方のアデルは、先刻までの暗い相好が嘘のように、顔色をぱぁっと明るくさせており、嘘のつけない子供のようである。
「そうかっ……それなら良かったのだっ!」
「っ……」
毒気を抜かれてしまうアデルの満面の笑みを食らってしまったエルは、ギリっと歯噛みすると、朱に染まった顔を隠すようにそっぽを向く。
そんな二人の様子をジトーっとした目で傍観していたユウタロウは唐突に、リオの耳元まで顔を寄せ、潜めた声で『おい』と呼びかけた。
「ん?」
『アイツら付き合ってんのか?』
耳元で問われた一瞬、リオはポカンと呆けた面を晒してしまうが、すぐに堪え切れなくなったように「ぶっ……」と吹き出した。アイツらとは当然、アデルとエルのことである。
「そ、それがねっ……あれで付き合ってないんだよ……奇跡だよね?くくっ……」
「リオ様……」
完全に他人事のような態度でゲラゲラと笑うリオを咎めるように、ナギカは呆れ混じりの声を漏らした。
妙な生温かい視線が自身の元に集まっていることを感じたエルは「んんっ!!」と焦ったような咳払いを無理矢理して、悪い流れを断ち切る。
「――もう僕の説明は済んだだろう?そろそろ本題に入ってもいいかな?」
「そう言えば師匠、我の詰めが甘いと申しておったな……何を言いかけたのだ?」
「自分が話の腰を折ったというのに、ケロッとした顔で尋ねてくる君の図太さは本当に尊敬に値するよ」
「……ありがとうと言いたいところなのだが、何故だろうか……褒められている気がしないのだ」
「「っ……!」」
アデルが呟いた刹那、レディバグの全員がハッと息を呑んだ。ユウタロウたちは、何故彼らがそこまで衝撃を受けているのか分からず、キョトンと首を傾げている。
そんな彼らの疑問を余所に、エルはあわあわと口を震わせる。
「あのアデルに……皮肉が僅かでも通じたなんて……」
「アデルんっ……相手の悪意に塗れた皮肉に気づけるなんて……成長したわねっ」
エルに続いて、リオは感極まった様な表情を浮かべ、アデルを褒め称えた。何故この程度のことで、大袈裟な反応をするのか?とユウタロウたちは疑問符を浮かべるしか無いが、ヒメたち構成員も、感慨深い様な表情で柏手を送っている。
ユウタロウは思わず、何とも言えないぬるま湯のような空気に顔を顰めると、
「この組織ボスに甘すぎねぇか」
と、正直な感想を吐露した。
アデルは基本的にお人好しで、天然と呼ばれても仕方の無い性格をしている。それ故か、冗談、皮肉、嫌味が全く通用せず、本来の意図が伝わらないことが多いのだ。
そんな彼に、エルの毒舌もとい皮肉の意味が微かでも通じたというのは、レディバグの面々にとって中々の進歩なのだろう――アデルの性格を多少は理解しているティンベルは、朧げにそんな推測をした。
そんな中、アデルに対する称賛の柏手を止めたナギカが、そっと口を開く。
「あの。また話がズレているかと思われます」
「あぁ、ごめん。ありがとう、ナギカ譲」
「いえ」
冷静なナギカの助言により、エルは本題に入る為、揺るぎない眼差しでアデルを見上げた。
「アデル。僕が先刻、君の詰めが甘いと評した理由がわかるかい?」
「……分からぬ」
「素直でよろしい。自身の非を即座に認め、相手に教えを乞うその姿勢だけは、褒めてやってもいいかもしれないね。
いいかい?今回のティンベル嬢ならびに、そこにいる人型精霊の誘拐事件における目的を、君は看破することが出来ていなかった。僕が苦言を呈したいのはそこだよ」
「……何か他に、目的があったのか?」
ティンベルを始めとした、事件解決を目指す者の抹殺。そして、彼らにとって目の上のたん瘤であるレディバグの戦力を削ぐこと。この二つ以外の目的など、アデルは皆目見当もつかず、率直に尋ねた。
「あぁ。ティンベル嬢や人型精霊が攫われれば、アデルや勇者くんは必ず救出に向かう。それを逆手に取って、奴らは武闘大会の観客を大量に殺すつもりだったんだよ」
「「っ!」」
ほぼ全員が衝撃と不穏な胸騒ぎで目を見開く中、ティンベルは強烈な納得感で頭をフル回転させていた。
「なるほど……。私たちを抹殺できず、レディバグの戦力を削れなかったとしても、警備が薄くなった学園を狙えば多くの人間を殺すことが出来る……敗北を喫したとしても、仮面の組織による大量虐殺によって、最終的に悪魔や愛し子を恨む者が増幅していく……そういうことですね?」
「流石はティンベル嬢。阿呆の兄とは天と地ほどの差があるね」
「……」
出会い頭からここまで、アデルに対して手厳しい意見ばかりするエルに、ほんの僅かな不満を覚えたティンベルは、ムッと顔を顰めてしまう。
だが悪魔の愛し子であり、常人離れした力を持つアデルに対して、ここまで明け透けな意見を述べられる者など、そう多くはない。それこそ、育ての親であり彼の師匠でもあるエルにしか、こういった言動は出来ないのかもしれない。
そう考えると、不平を口にするのも憚れ、ティンベルは押し黙ってしまった。
「師匠っ、それよりも。武闘大会の観客らは無事なのであるか?」
「あぁ。そこは心配しなくて大丈夫だよ。悪魔教団のクソ共が対処してくれたからね」
「「!?」」
悪魔教団。
エルの口からその名が飛び出たことに、アデルたちは強い衝撃を受け、動揺を隠しきれないのだった。
対するアデルは真顔で、それ以上口を開こうとはしなかった。
「……………………終わり、ですか?」
思わず、ティンベルはアデルにそう尋ねた。長きに渡ったこの時間が、漸く終幕を迎えてくれるのか否か。それは彼女らにとって、何よりも重要視される事案である。
「うむ。終わったのだ」
「「はああああああああああああああああああああああああああああああああ」」
アデルがサラリと言ってのけた途端、ティンベルたちはその場に崩れ落ちるように手をついてしまった。しゃがみ込みながら話を聞いてはいたのだが、前のめりに倒れこまずにはいられなかったのだ。
アデルがエルについて説明する為に費やした時間――計一時間半。
……正気の沙汰ではない。
レディバグの面々はまだよかった。彼らはエルの事情を知っているので、アデルの話を聞く必要が無い。つまり、何か別のことで時間を潰せばいいだけなのだ。
その為、ヒメ、皓然、ディアンの三人はアデルが詳細を語る間、理事長室の端っこで談笑していた。
一方のリオは、あまりにも話が長いせいで、当然のように昼寝を始めていた。だが一度起きた際、それでも話が終わっていないことに気づくと、暇を持て余したのかエルの髪を弄り始めてしまった。
力で敵わないリオ相手に、抵抗は愚策であると理解しているのか、余計な体力を消耗しない為にもエルは、尊厳や己の自由をかなぐり捨てることに決めた。
おかげでエルの綺麗な金髪は、三つ編み、編み込み、お団子、ポニーテール、etc……と、多種多様な髪型へと変貌していった。
死んだ魚の様な目でリオに頭を預ける最中、エルはその場の感情を優先し、安易にアデルに説明を任せたことを酷く後悔していた。
レディバグの中で唯一アデルの話を真摯に聞いていたのは、ナギカぐらいのものである。
「長い……長すぎる。もっと簡潔に話せないのかい?
……ほら見てくれよ。君の話が長いせいで、僕の髪がこんな芸術的な仕上がりになってしまったでは無いか」
エルは思い切り顔を顰めると、自身の頭を指差してアデルに苦言を呈した。現在エルの頭は、ツインテールを高い位置でお団子にしている状態である。
そんな彼女の頭をジッと凝視したアデルは、キョトンと首を傾げ、
「?……良かったのではないか?可愛いのだ」
と、エルにとっての爆弾発言を投下した。
エルは忌々し気に頬を染めると、キッと鋭い眼でアデルを見上げる。
「ほんっとうに君って奴は……あの頃から何の成長も無いな」
「?」
何を指して言っているのか分からず、アデルはキョトンと首を傾げた。エルの毒舌は今に始まったことでは無いが、今回の場合は完全に照れ隠しである。
そんな中、アデルから聞いた話を自身の頭で整理したティンベルは、困惑冷めやらぬ表情で口を開いた。
「……あの、アデル兄様のお話を整理すると、こういうことでしょうか?
アデル兄様はクルシュルージュ家を出た後、エル様の元で修行をしながら生活を共にしていた。しかし、アデル兄様が十六歳の時、エル様を悪魔に殺されてしまい、アデル兄様は悪魔に対する復讐を決意した。そしてたった一人でその復讐を果たした後、アデル兄様は何とかエル様を生き返らせる為、その方法を探す旅に出た。その旅の最中、リオ様を始めとしたレディバグのお仲間たちと出会い、アデル兄様はその……神々が住まう天界へと通ずるダンジョンに挑んだ……?のですか?」
「この時点でもう意味不明すぎるよな」
ティンベルの困惑混じりの説明に、思わずユウタロウはそう零した。アデルの話の中には所々〝神〟というワードが出てきたのだが、その時点で彼らは茫然自失としていたのだ。
だがやはり、アデルが嘘の得意な性格では無いことを理解しているからこそ、否定したい気持ちをグッと堪えて、ティンベルたちはアデルの話を聞いたのだ。
「うむ。それで合っておるのだ」
「……そしてその、天界に通ずるダンジョン?を攻略したアデル兄様は、天界で創造主と呼ばれる存在に出会った。その創造主様に手ほどきを受け、亡くなったエル様を生き返らせるのではなく、死んだエル様の魂――その前世の記憶を保持したまま、新たに生まれる命へ輪廻転生させる方法を身につけた。そして無事、エル様の記憶を失わせること無く、輪廻転生を成功させ、今に至る……ということで、よろしいのでしょうか?」
「すごいのだティンベル。我の長い話をうまく要約できているのだ」
「「……」」
どこか誇らしげな満面の笑みを浮かべられてしまうと、問いただしたい気持ちが若干薄れてしまい、ティンベルたちは困惑の表情を見合わせた。
「君たちが当惑するのも無理はない。僕は君たちの気持ちがよーく分かるよ……僕も、気づいたら意味不明な方法で勝手に前世の記憶を引き継いだまま、こんな子供に転生させられた、謂わば被害者だからね……」
自嘲気味な乾いた笑みを浮かべると、エルはティンベルたちを労わる様に言った。声音からして冗談なのは確かなのだが、アデルはどこか不服そうに顔を顰めると「むぅぅ……」と唸ってしまう。だがそれは、彼が自身の非を全く認めていないという訳ではなく、僅かに罪悪感を抱いているからこそ、上手く反論できず苦悶しているのだ。
「なんだいその顔は……気持ち悪いね」
「……師匠の気持ちを考えず、勝手な行動をしたことは申し訳なく思っているが……」
「何だい?反論があるのかい?いいよ?ほら、言ってみな」
煽るような言葉運びでエルは尋ねた。するとアデルは、俯いていた顔をほんの少し上げ、どこか拗ねた様な表情を窺わせる。
「……師匠は、我と再会できたことが、嬉しくないのであるか?」
「……君は本当に女々しいな。そんなんだから勇者くんにキモがられるんだよ」
尋ねられた一瞬だけ、虚を突かれたエルは押し黙ってしまうが、すぐに平静を取り戻し、取り繕った返事をした。
「あはっ、ワンコお師匠様ったら、そんなこと言ってアデルんの尋問から逃げちゃってぇ」
「君は少し黙ろうか?リオ」
揶揄う様なリオの指摘のせいで、エルの努力は水の泡と化した。話を逸らすことで、先の質問から逃れようとしたエルの考えはリオに筒抜けだったらしい。
リオはアデルと違い鈍感では無いので、客観的に色々な側面を分析することが得意だ。だがリオは基本的にアデルの味方をする傾向にあるので、その特技を今回の様に活用することが多い。
エルは不意にアデルに視線を移すと、思わず「うっ……」とこれ以上ない程顔を顰めてしまう。何故ならアデルが、まるで捨てられた子犬様な眼差しで自らを見下ろしていたから。
「………………ま、まぁっ?……そう、だね……き、君ほどではないにしても……ほら、最期に会った日、良いお別れを出来たとは言えなかったから……そういった意味では、さ……再会できて良かったと、お、思ってるんじゃないかな?」
エルは桃のように顔を染め上げると、信じられない程目を泳がせながら、しどろもどろとした言葉運びで答えた。おかげでリオは口元を片手で押さえながら、必死に笑い声を堪えており、エルの苛立ちに拍車をかけている。
一方のアデルは、先刻までの暗い相好が嘘のように、顔色をぱぁっと明るくさせており、嘘のつけない子供のようである。
「そうかっ……それなら良かったのだっ!」
「っ……」
毒気を抜かれてしまうアデルの満面の笑みを食らってしまったエルは、ギリっと歯噛みすると、朱に染まった顔を隠すようにそっぽを向く。
そんな二人の様子をジトーっとした目で傍観していたユウタロウは唐突に、リオの耳元まで顔を寄せ、潜めた声で『おい』と呼びかけた。
「ん?」
『アイツら付き合ってんのか?』
耳元で問われた一瞬、リオはポカンと呆けた面を晒してしまうが、すぐに堪え切れなくなったように「ぶっ……」と吹き出した。アイツらとは当然、アデルとエルのことである。
「そ、それがねっ……あれで付き合ってないんだよ……奇跡だよね?くくっ……」
「リオ様……」
完全に他人事のような態度でゲラゲラと笑うリオを咎めるように、ナギカは呆れ混じりの声を漏らした。
妙な生温かい視線が自身の元に集まっていることを感じたエルは「んんっ!!」と焦ったような咳払いを無理矢理して、悪い流れを断ち切る。
「――もう僕の説明は済んだだろう?そろそろ本題に入ってもいいかな?」
「そう言えば師匠、我の詰めが甘いと申しておったな……何を言いかけたのだ?」
「自分が話の腰を折ったというのに、ケロッとした顔で尋ねてくる君の図太さは本当に尊敬に値するよ」
「……ありがとうと言いたいところなのだが、何故だろうか……褒められている気がしないのだ」
「「っ……!」」
アデルが呟いた刹那、レディバグの全員がハッと息を呑んだ。ユウタロウたちは、何故彼らがそこまで衝撃を受けているのか分からず、キョトンと首を傾げている。
そんな彼らの疑問を余所に、エルはあわあわと口を震わせる。
「あのアデルに……皮肉が僅かでも通じたなんて……」
「アデルんっ……相手の悪意に塗れた皮肉に気づけるなんて……成長したわねっ」
エルに続いて、リオは感極まった様な表情を浮かべ、アデルを褒め称えた。何故この程度のことで、大袈裟な反応をするのか?とユウタロウたちは疑問符を浮かべるしか無いが、ヒメたち構成員も、感慨深い様な表情で柏手を送っている。
ユウタロウは思わず、何とも言えないぬるま湯のような空気に顔を顰めると、
「この組織ボスに甘すぎねぇか」
と、正直な感想を吐露した。
アデルは基本的にお人好しで、天然と呼ばれても仕方の無い性格をしている。それ故か、冗談、皮肉、嫌味が全く通用せず、本来の意図が伝わらないことが多いのだ。
そんな彼に、エルの毒舌もとい皮肉の意味が微かでも通じたというのは、レディバグの面々にとって中々の進歩なのだろう――アデルの性格を多少は理解しているティンベルは、朧げにそんな推測をした。
そんな中、アデルに対する称賛の柏手を止めたナギカが、そっと口を開く。
「あの。また話がズレているかと思われます」
「あぁ、ごめん。ありがとう、ナギカ譲」
「いえ」
冷静なナギカの助言により、エルは本題に入る為、揺るぎない眼差しでアデルを見上げた。
「アデル。僕が先刻、君の詰めが甘いと評した理由がわかるかい?」
「……分からぬ」
「素直でよろしい。自身の非を即座に認め、相手に教えを乞うその姿勢だけは、褒めてやってもいいかもしれないね。
いいかい?今回のティンベル嬢ならびに、そこにいる人型精霊の誘拐事件における目的を、君は看破することが出来ていなかった。僕が苦言を呈したいのはそこだよ」
「……何か他に、目的があったのか?」
ティンベルを始めとした、事件解決を目指す者の抹殺。そして、彼らにとって目の上のたん瘤であるレディバグの戦力を削ぐこと。この二つ以外の目的など、アデルは皆目見当もつかず、率直に尋ねた。
「あぁ。ティンベル嬢や人型精霊が攫われれば、アデルや勇者くんは必ず救出に向かう。それを逆手に取って、奴らは武闘大会の観客を大量に殺すつもりだったんだよ」
「「っ!」」
ほぼ全員が衝撃と不穏な胸騒ぎで目を見開く中、ティンベルは強烈な納得感で頭をフル回転させていた。
「なるほど……。私たちを抹殺できず、レディバグの戦力を削れなかったとしても、警備が薄くなった学園を狙えば多くの人間を殺すことが出来る……敗北を喫したとしても、仮面の組織による大量虐殺によって、最終的に悪魔や愛し子を恨む者が増幅していく……そういうことですね?」
「流石はティンベル嬢。阿呆の兄とは天と地ほどの差があるね」
「……」
出会い頭からここまで、アデルに対して手厳しい意見ばかりするエルに、ほんの僅かな不満を覚えたティンベルは、ムッと顔を顰めてしまう。
だが悪魔の愛し子であり、常人離れした力を持つアデルに対して、ここまで明け透けな意見を述べられる者など、そう多くはない。それこそ、育ての親であり彼の師匠でもあるエルにしか、こういった言動は出来ないのかもしれない。
そう考えると、不平を口にするのも憚れ、ティンベルは押し黙ってしまった。
「師匠っ、それよりも。武闘大会の観客らは無事なのであるか?」
「あぁ。そこは心配しなくて大丈夫だよ。悪魔教団のクソ共が対処してくれたからね」
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前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける!
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