レディバグの改変<W>

乱 江梨

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第一章 学園編

45.戦いの終わり6

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「悪魔教団……始受会しじゅかいのことであるか?」


 衝撃から僅かに立ち直ったアデルは、確認を取るように尋ねた。その表情はどこか不安気で、エルを気遣っているようである。


「当たり前だろう?始受会以外に悪魔教団なんてイカれた集団がいちゃ困るだろうが」
「……大丈夫であるか?師匠」


 エルは終始涼しい顔色だったが、そんな彼女の奥底を覗くように、アデルは尋ねた。
 だが、エルの表面的な部分しか見えていないユウタロウたちからすると、アデルが過敏にエルを心配する理由が分からない。

 その理由に対する答えを求めるように、エルの元へ視線が集まる――彼女は、感情の読めない、それでいて何か言いたげな神妙な面持ちをしていた。


「……ギルドニスの時も言っただろう?アイツらにはアイツらなりの信念があり、奴らはそれに従って行動している。そして僕は、自分の責任は自分でとれる大人だ。蟠りがあったとしても、己の我が儘で不利益になる様な愚行は犯さない。
 それに、今となっては僕に一切興味のない連中のことだ。どうとも思わないね」


 どうでもいい――エルの態度からは、そんな感情が伝わってきた。エルが意図的に、そう見えるよう振舞っているからだ。嘘をついているわけでは無いが、エルが悪魔教団に対して嫌悪感を持っているのは確か。それでもエルは、アデルを不安にさせないよう、そんな気持ちをおくびにも出さなかったのだ。

 一方。事情を知らないティンベルたちではあるが、恐らくエルは悪魔教団と何らかの因縁があるのだろうと予想をつけていた。


「……師匠が大丈夫なのであれば、それでよいのだ……。
 だが……師匠もたまには、我が儘を言ってよいのだぞ?」


 アデルの温かい言葉に触れた一瞬、エルは虚を突かれ、呆けた面を晒した。そして何かを思い、その何かを口から零してしまいそうになるのをグッと堪えるよう、口を真一文字に結ぶ。

 そのままエルは、息を吐く程の口を開くと、かき消える声でボソッと呟く。


『……僕の一番の我が儘は、もう叶ってるよ』
「?師匠、今何か言って……」
「大したことは言ってないさ。弟子の君が師匠であるこの僕を心配するなんて、随分と偉くなったものだと言っただけだよ」
「そう、であるか……」


 アデルは本能的に、感覚的に思った。自分は今、エルに嘘をつかれたと。それでも、何故エルが嘘をついたのか。どういう類の嘘なのか、アデルには分からない。そして、あんなにもはっきりと言い放たれてしまえば、それ以上追及することなど、アデルには出来なかった。


「話を戻すけどね。学園を襲撃した仮面の奴らを拘束して、今空き教室に軟禁してるから。アデルたちが倒した仮面の奴らもそこに連れてきなよ。後は騎士団の方から学園に来てもらえばいい」
「分かったのだ」
「あぁ、それと。本物の理事長もこの僕直々に見つけてやったから、感謝することだね」
「「っ!!」」


 唐突に、何でも無い様に、エルはサラッとそんな報告をした。告げられた内容に衝撃を受け、一同は目を見開くのだった。

 ********

 その少し前――悪魔教団始受会の三人がエルに依頼され、学園を襲撃しに現れた仮面の構成員を、一人残らず殲滅し終えた頃である。

 この頃にはもう、始受会の面々とエルは別行動をしており、彼らが戦いの火蓋を切った屋外修練場には、人っ子一人いない状態である。観客や武闘大会の出場選手は、早い内に避難を済ませていたのだ。そしてこれも、エルの働きによる賜物である。

 そしてエルの言っていた空き教室にはササノ、ニーナ、ハッチの三人と、既に虫の息である仮面の構成員だけが残され、ササノは拘束を終えた構成員の一人を椅子にしてしゃがみ込んでいた。


「ササノってばすごいわね……私たちの出る幕無かったじゃない」
「あの野郎……一人で全部片づけやがって。俺にも分けろや」
「いいじゃない。今のササノ怒らせたら何されるか分かったもんじゃないし。良いストレス発散になったんじゃない?このまま疲れて寝落ちでもしてくれれば、いつものササノに戻って万々歳だし」


 今回、襲撃してきた彼らを片付けたのはササノ一人で、ニーナとハッチの二人は一切手出しをしていなかった。しなかったというよりも、隙が無さすぎるあまり、出来なかったのだ。
 おかげでニーナはお役御免とでも言わんばかりにだらけ、顔を両手で包むように頬杖をついている。


「……おい」
「な、なぁに?ササノ」


 相変わらず殺気立っているササノに唐突に呼びかけられ、ニーナは動揺と怯えを気取られないよう、繕った声音で返した。内心では、一体何を言われるのだとビクビク震えているのだが、そういった態度でササノを苛立たせないよう、細心の注意を払っているのだ。


「このきめぇ仮面共の他に、誰かの気配とか、感じたか?」
「えっ……いや。感じなかったけど……ハッチは?」
「さぁな。有象無象共が避難した後は、コイツらの気配しか感じなかったと思うが」
「……それならいい。さっさと第三支部に戻んぞ」
「えっ、もう?」


 徐に立ち上がったかと思うと、急いで始受会の第三支部へと帰還する準備を始めたササノを前に、ニーナは困惑を露わにした。
 因みに、ニーナが主教を務める第三支部はこのアオノクニに拠点を構えており、ゼルド王国にある本部からやって来た彼らが寝泊まりする場所でもある。


「あのガキの話だと、アデル様がこの国にいるらしいからな。どうせ片が付いてんだろ。この界隈で起きてた通り魔事件は収束するだろうよ。ま、だからと言ってこの連中が計画自体をやめるとは限らねぇから、第三支部で様子見ってとこ……だろう……な――」
「っ」


 言い切ると同時に、ササノは力尽きた様にガクッと膝から崩れ落ちる。即座に反応したハッチが、倒れる寸前でササノの腕を掴んだことで、彼が地面に膝をつくことは無かった。
 ぷらーんと身体を腕一本で吊るされているササノは不安定な状態で、首のすわっていない赤子のように頭を前後に揺らしている。
 気絶したササノは白目をむいており、口は半開き状態――先刻までの威厳は皆無であった。

 そんなササノの相好をジッと観察した二人は、

「「……良かった。ササノだ……」」

 と、心の底から安堵の声を漏らした。
 恐らく気絶した瞬間、先刻までの別人格も眠りに落ちたのだろう。

 ササノの助言に従い、第三支部へと帰還することにしたハッチは、気絶したササノをおぶってやった。そして空き教室に仮面の構成員を残し、ニーナと共に帰路に就くのだった。

 ********

 理事長室から退出したアデルたちは空き教室ではなく、本物の理事長を保護している場所へと向かっていた。


「それで師匠。本物の理事長はどこにいたのだ?」
「……ティンベル嬢はどう思う?」


 エルはアデルの問いに答えることなく、ティンベルを探るように見上げると、彼女にその答えを探らせた。ティンベルは口元に手を添えると、ジッと空を見つめて思考を深める。


「そうですね……生きていたとなると、拘束する際にそれなりの抵抗をされるのは必至……それに、捕らえた後に偽の理事長を学園に送り込むのですから、誰かに現場を目撃されるのは絶対に避けなければなりません……。一切目撃されること無く計画を実行に移すのなら、理事長をかどわかした場所に監禁するのが最善手。つまり、理事長が一人になるタイミングを狙う必要があります。……例えば、先の理事長室や、理事長の自宅でしょうか?」
「その通り。ビンゴったのは後者だったね」


 満足げに破顔すると、エルは答え合わせをするように言った。後者――理事長の自宅に監禁されていた理事長を、エルは発見したようだ。


「よく理事長の家など知っておったな、師匠」
「武闘大会が始まる前に、理事長の孫娘だって法螺吹いたら、そこら辺の教師があっさり教えてくれたさ」
「相変わらず……師匠は逞しいのだ」
「褒め言葉として受け取らせてもらうよ」


 エルが自身を理事長の孫娘と偽った時の様子をリアルに想像したアデルは、呆けた様な声でそう称した。さぞ猫かぶりをして何も知らない教師を騙したのだろうと、アデルはその教師をほんの少し哀れに思ってしまう。


「まぁとにかく、理事長とそのナオヤ・コモリっていうガキも一緒に騎士団に連れて行く必要があるだろうね。詳しい話を聞かれると思うから」
「では、ナオヤも後で仮面の連中と一緒に連れてくるとするのだ」
「そうするのが賢明だろうね……ティンベル嬢」
「はい?」


 唐突に名前を呼ばれたティンベルはキョトンと首を傾げると、エルをまるい瞳で見下ろす。


「仮面の連中を引き渡す役目は、君に任せたいと思っている。まぁそこの勇者くんでもいいだけど……」
「俺、騎士団嫌いだからうっかり殴るかもしれねぇぞ」
「なんとなくそんな気がしたんだよ……」


 エルがちらりとユウタロウを一瞥すると、彼は洒落にならない爆弾発言をサラッと零した。何故か泰然自若としているユウタロウに、エルは思わず死んだ魚の様な目を向けてしまう。エルからしてみれば、嫌な予感が的のど真ん中に当たってしまったようなものなのだ。


「僕たちレディバグは、大手を振って騎士団と接触できるような集団じゃないんでね。後始末を押し付けるようで悪いが……」
「いえ。構いませんよ。この学園の生徒会長、そしてクルシュルージュ伯爵家の後継者という肩書きを持つ私が仲介に入った方が、すんなり進みそうですし」
「話が早くて助かるよ。ホント、アデルの妹にしとくには勿体ないぐらいだ」
「我もそう思うのだ……まぁだからと言って、他の奴の妹にやるつもりもサラサラないのだがな」
「っ」


 悪戯っ子のように笑って見せたアデルを前に、ティンベルは頬を染めつつ目を見開いた。そんな兄妹の様子を傍観していたリオは内心「アデルんは本当に人タラシなんだから……全然学習しないわね」と呆れの眼差しを向けている。

 リオが心の内でそんなことを思っているとは露程も知らないエルは「あぁ、そうだ。ティンベル嬢」と話を元に戻した。


「騎士団の連中にはくれぐれも、構成員たちを自害させないよう細心の注意を払うよう言っておいてくれるかな?騎士団って、プライド高い割に詰めがアデルよりもあまあまだからさ」
「はい。それはもちろん……例え両手両足を拘束され、視界の自由を奪われ、猿轡を咥えさせられたとしても、操志者はジルを操ることで自害することが可能ですからね」


 エルが最も危惧しているのは、騎士団に連行された仮面の面々が自害することで、有益な情報を得る機会を失うことだった。だがティンベルの言うように、操志者はどんな方法を使って自害するか分かったものでは無いので、警戒するに越したことはない。
 身体に含まれているジルを全て放出する。体内のジルを操って、心臓を始めとした臓器を傷つける。近くにある鋭利な物を自身の心臓に突き刺す――その気になれば、操志者はありとあらゆる方法で自らを殺すことが出来るのだ。


「よろしく頼むよ」


 ――エルに頼まれた通り、ティンベルはアデルたちと別れた後、その旨を騎士団に伝え、捕らえた仮面の組織の構成員たちは無事、騎士団に連行されていった。

 だが――。

 エルたちの危惧していた嫌な予感はまんまと的中し、騎士団が犯人たちから情報を引き出すことは、終ぞ叶わなくなってしまったのだった。


 **第一章「学園編」終幕**

 ********

 第一章「学園編」はここまでとなります。第二章の更新まで、十日間ほどお休みをいただきます。申し訳ありません。ですが、お休みの間、二話程番外編を投稿するつもりですので、是非お待ちください。
 12月8日(水)、12月12日(日)に一話ずつ、番外編を投稿し、12月14日(火)より、本編の更新を再開いたします。

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