レディバグの改変<W>

乱 江梨

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第二章 過去との対峙編

99.その〝過去〟は、如何にして彼らの運命を変えたのか25

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「……で?結局何の用なんっすか?説教なら手短に頼みたいんだが」
「安心しろ。俺は子供一人を説教するためだけに時間を割ける程、暇では無いからな」
「じゃあ一体何の用で俺を呼び出したんだ……ですか?」
「慣れない敬語など使う必要はない。普段通り喋ればいい」


 そう言うとツキマは、室内で山積みになっている様々な資料を椅子代わりにして腰をかけた。その様子から、ツキマがこの部屋に保管されている物に、何の価値も見出していないことが窺えられる。


「……」
「ここ数日、俺はずっとある人物を探していてな」
「?」


 何の前触れもなく話し始めたツキマを前に、セッコウは思わず怪訝そうに首を傾げてしまう。


「その人物を探す手がかりとして、この屋敷に住まう人間の部屋を一つ一つ見て回ったんだが……」
「はぁ?アンタいつの間にそんなこと……」


 知らない内に自室を物色されていた事実に不快感を覚えたセッコウは、怪訝な表情で不満を零そうとした。だが、次の瞬間。嘲笑うような声音で紡がれた言葉の刃によって、それは遮られる。


「セッコウ。お前が狐を飼っているなんて知らなかったぞ」
「…………」


 刹那、呼吸すら忘れてしまう程の衝撃に、セッコウは言葉を失った。呆然と佇むことしか出来ないセッコウを尻目に、ツキマは話を進めていく。


「お前の部屋から狐のものと思われる毛が数本出てきてな。……駄目じゃないか、セッコウ。無断で動物を飼うなど」
「……」


 悪戯をした子供を叱るようなその声はどこか愉しげでもあり、不穏な雰囲気がまるで感じられない。それが逆に不気味で恐ろしく、心臓をじろりと覗かれているような感覚に、セッコウは冷や汗を流してしまう。

 全身が粟立つ感覚に震えが止まらず、二の句を継ぐことが出来ないセッコウを嘲笑うように、ツキマは核心を突いた。


「飼っているんだろう?狐を。……お前の身の内に」
「……だったら何だって言うんだ」


 自らが亜人の先祖返りだとツキマに露見していることを確信したセッコウは、開き直りの境地でそう問いかけた。

 項垂れるセッコウから紡がれた、低く唸る様な問いかけに対し、ツキマはキョトンと間の抜けたような表情で返す。


「言わないと分からないのか?」
「……俺を殺すって言いたいのか?」
「大正解。褒美と冥土の土産として、遺言でも聞いてやろうか?」
「要らねぇよ。……ガキだからってなめてると、痛い目見んぞ」
「まさか俺に勝つ気でいるのか?強気なのは結構だが、自信過剰も過ぎると愚かだぞ」
「俺が亜人だってことはもう分かってんだろ?亜人の戦闘能力の高さを知らないとは言わせねぇぞ」
「はっ……」


 自嘲じみた乾いた笑みは、セッコウの耳にあまりにもべっとりとこびり付き、彼は怪訝そうに首を傾げた。意味深な笑みを浮かべるツキマの瞳に光は無く、深淵の覗けない暗い沼のような眼差しに、セッコウは心臓を射抜かれたような気分になる。


「――知っているさ。文字通り……身をもってな」
「っ!?」


 刹那――。
 衝撃に揺れるセッコウの元へ、ツキマは一直線に駆け出す。流れるような動きで抜刀された切っ先は、迷うことなくセッコウを捉えていた――。

 ********

 一方その頃。一人で自室に戻るよう言いつけられたササノだったが、やはりセッコウのことが心配になってしまい、ツキマの自室付近を散策していた。


「あれ……?セッコウ兄とご当主様、どこ行っちゃったんだろう?」


 ササノは不安げな表情で辺りをキョロキョロと見回すが、当然助け舟を出してくれる存在など現れてはくれない。

 だが、双子である彼ら兄弟にとって、互いの居場所を特定することなど造作もない。互いが互いの足りない部分を補うように、いつも一緒にいる二人は離れている時間の方が少なく、セッコウを求めている状態のササノには、自然と彼の気配を辿る技術が本能として備わっているのだ。


「こっち、かな……?」


 セッコウの気配を頼りに進行方向を定めると、ササノは再び歩を進めた。

 ササノは一族の屋敷をこうして一人で散策したことがほとんど無い。いつも、震える手を縋るようにして、セッコウの背中に隠れてばかりいたから。

 普段ササノの壁になり、強気な姿勢で守ってくれるセッコウはいない。自然と脚は震えてしまうが、それでもササノは引き返したりはしなかった。彼自身、兄に頼ってばかりでは駄目だという自覚は誰よりも持っているのだ。

 同じ顔、同じ背丈、同じ声、同い年の、たった一人の兄。その存在は、ササノにとって羨望であり、同時に劣等感の象徴でもあった。

 同じ両親から産まれ、同じ時期に、同じように育てられてきた双子は、生まれ持って与えられたものが酷似している故に、比較の対象になりやすい。ましてや、ササノとセッコウは容姿以外で瓜二つな特徴が無いので、それは顕著に経験しているだろう。

 強く、弟思いで、何があっても挫けない強靭な精神を有する兄の存在は、ササノの劣等感を増長させる有効な餌だ。そのせいで傷ついてきたことも多い。

 それでも、ササノがセッコウのことを疎ましく思ったことなど、生まれてこの方一度も無かった。
 それは、セッコウと一緒にいることで得るものが、艱難辛苦ばかりではないから。セッコウの存在がササノを苦しめることもあったかもしれない。それでも、その苦しみの何十倍も、セッコウの存在はササノの支えになっていたのだ。

 いつも。誰よりもササノの身を案じ、これ以上無いほどの愛情を注いでくれるセッコウに報いる為にも、ササノは弱い自分から脱却しようと必死だった。

 ********

 数分屋敷内を散策していたササノは、セッコウの気配がすぐ側まで近づいていることを肌で感じ、歩く速度にも段々と忙しない感情が乗ってくる。

 暗がりの中、心臓は五月蝿いぐらいに脈打っている。不安と緊張に竦む胸を押さえていると、ダンッ!という、地響きにも似た音が響いた。
 思わず足を止め、音のした部屋に視線を移すと、視界の先に古びた扉が飛び込んでくる。その扉には見覚えがあり、ササノは直感的にこの場所が目的地であることを悟る。

 何故ならその場所は、セッコウが初代勇者の資料を見つけた場所として、ササノに一度紹介してくれた部屋の扉だったから。入室したことは当然無いが、この部屋の前を通った際に、セッコウが教えてくれていたのだ。

 セッコウの気配を辿った先にこの部屋が存在していたことが、ただの偶然とは思えなかったササノは、問題の部屋に狙いを定めた。ふと同時に、先刻の奇妙な音は一体何だったのだろう?と、ササノは疑問に思う。

 何かが打ちつけられるような音に聞こえたが……。思考した刹那、ササノは途轍もない嫌な予感に襲われ、顔面蒼白になる。
 もし何らかの罰として、セッコウが体罰を受けているのなら、先の音にも説明がついてしまう。この予感が正しいのなら、一刻も早くセッコウを救わなければならない。

 生きた心地のしない焦燥感に急かされたササノは、答え合わせをするように部屋の扉に手を伸ばしてみる。ゴクリと固唾を飲み、そのドアノブに手をかけると、ササノはその扉を慎重に。室内にいる人物にバレないよう、音を立てず、中の様子を窺えられる数センチ程の隙間を作ると、ササノはそこから覗き込むようにして確認する。

 ――刹那。
 視界に映った、理解し難い凄惨な光景を前に、ササノは呆けたように言葉を失ってしまった。


「ゴホッ……」
「……」


 苦悶の声を漏らしたセッコウは、同時に口から大量の鮮血を吐き出し、左胸を一本の剣で貫かれていた。セッコウの背を貫通している刃は彼の生き血を滴るほど吸っており、その様はまるで生きた捕食者のようだ。

 セッコウの変わり果てた姿に吃驚するあまり、ササノは扉を覗き込む体勢から僅かな身じろぎすら出来ない。

 受け入れ難い現実を突きつけられたササノの視界は純黒に染まり、セッコウ以外のありとあらゆるものは、靄がかかってしまったように曖昧に映る。

 固まったまま視線だけ移すと、ササノはひゅっ……と息を呑んだ。あまりの恐怖に、口元がガタガタと震えだし、カタカタと鳴る歯の音が耳鳴りのようにササノを支配する。

 ササノは漸く気付いたのだ。セッコウの心臓を貫いたのが、勇者一族現当主のツキマであることに。

 その事実を理解した瞬間、ササノは激流のような思考に翻弄される。

 どうしてセッコウ兄が当主様に?
 一刻も早く助けないとっ……。
 でもどうやって?急所をつかれた生物を治療するなんて、勇者でも不可能な御業なのに。
 どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしようどうしようどうしようっ……。

 セッコウを助けたい。
 だが、その為に自分が何をすべきか。何かできることなど本当にあるのか。
 ササノはパニックに陥ってしまい、覗き込みながらジワリと涙を滲ませた。

 ――その時だった。


「っ!?」


 ササノがセッコウの気配を辿ってここまで来たように。セッコウもササノの存在に気づき、彼の今にもかき消えそうな眼と、涙ぐむササノの瞳がバッチリと合った。衝撃のあまり、先刻までの鬱陶しい思考が一瞬にして消し飛ぶと同時に、セッコウも目を見開いていた。

 当然である。セッコウからしてみれば、いるはずのないササノがこんな危険な領域に足を踏み入れているのだから。ツキマの毒牙がササノにまで及ぶのではないかと危惧するのは当然である。

 そして何より――。
 セッコウは、今まで見落としていたある真実に気づいてしまい、抱えきれない程の困惑と焦燥感に、見開いた瞼を震わせた。

 一方。こんな状況でも、彼が路頭に迷っていれば、誰よりも逸早く気づいてくれるセッコウを前に、ササノは言葉では表現できない熱い思いを抱えた。同時に、助けたいという心の声が大音量で響く中、それでもその術を持たない自分自身に対する不甲斐なさで、ササノは今にも叫び出したい思いである。


「……」
(……?何か、言ってる……?)


 パクパクと。声を出さずに唇を動かすセッコウは、何かを必死に訴えかけているようで、ササノは不安げに首を傾げた。ササノは読唇術など嗜んでいないが、それでもセッコウが訴えかけようとしていることが分かるような気がした。

 この状況下で、セッコウが弟に伝えようとすること――そんなもの、ササノには一つしか思いつかなかったから。


『――逃げろ』

「っ……」


 言葉を直接かけられた訳でも無いのに、セッコウの強い意志にてられたササノは、一歩後退ってしまう。そして一瞬、ササノは逡巡してしまう。

 セッコウの言うように、ツキマから逃げるべきか。それとも逆らって、ツキマからセッコウを救い出すべきか。

 だが、無計画に飛び込んでいったところで、セッコウですら敵わなかった当主相手にササノが立ち向かえるわけも無い。ササノもツキマに仕留められ、犬死するのが関の山だろう。

 例え何らかの策でセッコウを回収できたとしても、当主であるツキマによって害された彼を癒してくれる大人など、ササノの思いつく限りでは存在しなかった。今のユウタロウたちでは、これ程重症の人間を治癒する術を持っていないので、頼れる人間は実質一人もいなかった。


「っ……」


 耐え難い程の悔しさと苦汁を堪えるように、ササノはグッと唇を噛みしめる。舌に広がる鉄臭い味に顔を顰めると、ササノはズキリと痛む胸を押さえた。


(セッコウ兄を助けたい……でも、今の僕じゃ、セッコウ兄を助けることが出来ないっ……。っ……セッコウ兄も、それを分かってるから僕に逃げろって伝えてくれたんだ……。
 自分がもう、死んじゃうって……)


 心の内で言葉にすると、漠然とした恐怖が形を帯びてしまい、ササノは火傷しそうな程熱い涙を流した。


(……セッコウ兄を置いて逃げるなんて……セッコウ兄がいない世界で生きるなんて……僕には考えられないっ……。
 でもっ……今までは、セッコウ兄に縋ってばかりの、どうしようもない弟だったけど……セッコウ兄の最期の望みぐらい叶えて、セッコウ兄を安心させてあげたいっ……。セッコウ兄の思いを無駄にすることだけはっ、絶対にしたくないっ……!)


 涙で滲んだ瞳でキッと睨み据えると、ササノは己を奮い立たせる。涙の粒が空に飛び、落ちる前にササノは扉に背を向けた。

 噛み締める唇の震えが治まった訳でも、胸の痞えが払拭されたわけでもない。経験したことも無い重みを全身に浴びながら、ササノは鉛のような足を一歩ずつ動かした。


『――逃げろ』


 言葉にもならなかった、愛する兄の最期の命令に従って――。


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