44 / 96
39 誠心誠意、働く、俺。
しおりを挟む
「じゃぁ、おめでとうって事で良いのかしら?」
バイト先であるブックカフェ イロトリの開店前。バイトの時間より少し早めに着いたのだが、店主のユネさんは、既に準備を始めていた。
俺も、制服に着替えてレジ開けと、フロアの掃除を始める。昨夜、ユネさんに言われた後に、自分で考えた事、タットさんに伝えた事、その結果どうなったか、掻い摘んで話をしたら、冒頭のセリフを言われた。
「はい。おめでとうです。ありがとうございます。タットさんも、今度イロトリ予約してユネさんに会いに行くって言ってました」
「ん、そう?」
それ以上、ユネさんは聞いてこなかった。
その代わり、
「いいこ」
と言って、グリグリと頭を撫でられた。
俺は、ユネさんのこう言う距離感がとても好きだと思った。
「まぁぁぁああ?色ボケしてても?お仕事は別だからね?ゆう君。今日はあなたはランチタイムまでだけど、こちとら本番は夜よ!そこまで私は体力温存するつもりだから、代わりにしっかり働きなさいなっ」
横暴な所も嫌いじゃない。
今日は夜にイロトリ名物のイベントがある。
ユネさんはそれに備えてなにかと忙しい。
言われている事も、もっともなのでコクっとうなづいて、本日予約のお客様の確認を始めた。
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
最初のお客さまは、3枠まとめてやってきた。みんな知り合いらしく、目的は「婦人会」だそうな。「女子会」と言わない所に、こだわりを感じる。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
席をご案内すれば、だいぶ賑やかな話し声と笑い声が飛び交う。
「ユネさぁぁあん!!今日のイベント外れちゃった!」
「あらあら、ごめんねぇ。人気イベントで。来年頑張ってね」
「はぁぁい。あ!でも後でレポ上がるんですよね?今年はそっち楽しみにしてまーす」
どうやらイベントに漏れた組の慰労会?らしい。女性特有のキャッキャとした黄色い声が店内に響く。
なるべく、邪魔にならないように給仕を進めていると、別の予約のお客さまが来店してきた。
「いらっしゃいませ」
出迎えると、ベビーカーに小さな子どもを乗せたお母さん。
「ご予約のサクマ様ですね」
大きなマザーズバッグを肩にかけ、額に汗を滲ませ店内に入ってくる。
「ベビーカー、押しますか?」
と、聞くと嬉しそうに頷いてくれた。
席に案内する途中、婦人会の方々の席の脇を通る。あんなにもお喋りに夢中になってた女性たちは、ピタっと会話を止め、ベビーカーに座ってる子どもをガン見し始めた。
「「「あかちゃん!!!」」」
えぇ、えぇ、あかちゃんのお通りです。
あんなに声高々とおしゃべりに夢中だったのに、赤ちゃんを刺激しない様に声を抑えて叫んでいる姿が微笑ましい。
「かわいい」「天使」「奇跡のいきもの」「産んでくれてありがとう」「5時間若返った」等と、彼女たちは、お母さんと子どもに思いつく限りの賛辞を称え、またおしゃべりに戻った。
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
いつもより、予約枠を多めにしていたせいか、ランチタイムまでの営業だったが、終始賑やかだった。ユネさんも、体力温存すると言いながら、キッチンで忙しく立ち回っている。
「予約枠の数……、間違えてたかも……!!」
そんな呟きも聞こえてきたが、ものすごく忙しいと言うわけでも無いので、いつも通り、俺はキッチンとフロアを行き来した。
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
怒涛のランチタイムも終了し、お客さまはみんな帰られた。
ユネさんが、レジの中締めをしてる間に俺がキッチンとフロアの掃除をする。
今日は大人の方が多かったので、床も特別汚れるような事も無かった。
キュッキュとリズム良く、モップで磨いていると、「カランカラン!」と、勢いよく店の扉が開いた。
「こんにちはー!!!臨時雇用のカンナでっす!こっちはネコのシノ!よろしくおねがいしまーっす!」
「こういうのって、裏口から入るんじゃないのか?あと分かりにくいネタもやめろ」
「え?でも、しのぶさん、ネ……」
スパンと小気味よい音が聞こえたのは、カンナと名乗った男が頭を叩かれたっぽい。
突然の事で対処に出遅れると、ユネさんが入ってきた2人を機嫌よく出迎えていた。
「いらっしゃい、カンナ君!……と、お連れさまね。今日はよろしく。あとカンナ君、言ったと思うけど、入ってくるのは裏口からよ」
手を腰に当て、イタズラをした子どもを叱るような仕草でユネさんが彼らに言うと、
「ごめんなさぁい。ちょっとお客さまが見る景色を確認したかったんです」
と、彼はしおらしく謝罪していた。
ユネさんは、納得したみたいで
「あ~……、そう言う事ね。いやでも今じゃなくても良くない?」
と、突っ込むと、
「えへ!」
と、彼は舌を出してイタズラが成功した子どものような表情をしていた。
子ども……子どもでは無い。
けど、入ってきた2人は、随分と小柄な男性だった。夜のイベントの臨時雇用なのであれば、2人とも成人しているはず。
でも……高校生と言われても……俺は納得する。
ハタと、2人と目が合う。
ペコッと頭を下げると、カンナと名乗った方の小柄な男性が自己紹介をしてくれた。
「今日の夜間イベントでお手伝いします、ステージネーム、カンナです。と、言ってもOBなんですけどね」
もう1人の方は、普通に自己紹介をしてくれ、「新井しのぶ」さんと名乗っていた。
はにかんだ笑顔が、小動物を彷彿させる可愛らしさだ。
俺も、日中のアルバイターとして名前を名乗り、お互いに挨拶を済ませると、2人はすぐにキッチンへと向かった。
早々に夜の仕込みにかかるらしい。
「あとで専属の料理人さんも来るんだけどね、下ごしらえくらいは彼らに任せてもいいかなって思って、早めに呼んでおいたのよ」
「夜、大変そうですね。今日はタットさんと予定入れちゃったので来れませんが、明日の夜は来れますよ?」
「んーん、大丈夫。そのための臨時雇用ですもの。夜はオコサマはお呼びじゃないのよ」
コツンと額をつつかれる。
ユネさんは、いつもそう言って夜のイベントは別のスタッフを雇う。
俺、唯一の不満なのだが、
「危ないのよ……食われるのよ……」
と、真顔で呟かれると、俺も頷かるを得なかった。
✂ーーーーーーーーーーーーーーーーーー✂
【★宣伝★】
臨時雇用として登場した「カンナ(神田ミキ)」「新井しのぶ」ですが、
本編完結「ミニマム男子の睦事」
番外編「コトコトコトの番外事」
にて、メインカプとして登場しています。
今後、当作品の更新頻度が不定期になっていくため、未読でしたら、お待ちの合間にそちらも合わせてお付き合い頂ければと思います。
バイト先であるブックカフェ イロトリの開店前。バイトの時間より少し早めに着いたのだが、店主のユネさんは、既に準備を始めていた。
俺も、制服に着替えてレジ開けと、フロアの掃除を始める。昨夜、ユネさんに言われた後に、自分で考えた事、タットさんに伝えた事、その結果どうなったか、掻い摘んで話をしたら、冒頭のセリフを言われた。
「はい。おめでとうです。ありがとうございます。タットさんも、今度イロトリ予約してユネさんに会いに行くって言ってました」
「ん、そう?」
それ以上、ユネさんは聞いてこなかった。
その代わり、
「いいこ」
と言って、グリグリと頭を撫でられた。
俺は、ユネさんのこう言う距離感がとても好きだと思った。
「まぁぁぁああ?色ボケしてても?お仕事は別だからね?ゆう君。今日はあなたはランチタイムまでだけど、こちとら本番は夜よ!そこまで私は体力温存するつもりだから、代わりにしっかり働きなさいなっ」
横暴な所も嫌いじゃない。
今日は夜にイロトリ名物のイベントがある。
ユネさんはそれに備えてなにかと忙しい。
言われている事も、もっともなのでコクっとうなづいて、本日予約のお客様の確認を始めた。
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
最初のお客さまは、3枠まとめてやってきた。みんな知り合いらしく、目的は「婦人会」だそうな。「女子会」と言わない所に、こだわりを感じる。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
席をご案内すれば、だいぶ賑やかな話し声と笑い声が飛び交う。
「ユネさぁぁあん!!今日のイベント外れちゃった!」
「あらあら、ごめんねぇ。人気イベントで。来年頑張ってね」
「はぁぁい。あ!でも後でレポ上がるんですよね?今年はそっち楽しみにしてまーす」
どうやらイベントに漏れた組の慰労会?らしい。女性特有のキャッキャとした黄色い声が店内に響く。
なるべく、邪魔にならないように給仕を進めていると、別の予約のお客さまが来店してきた。
「いらっしゃいませ」
出迎えると、ベビーカーに小さな子どもを乗せたお母さん。
「ご予約のサクマ様ですね」
大きなマザーズバッグを肩にかけ、額に汗を滲ませ店内に入ってくる。
「ベビーカー、押しますか?」
と、聞くと嬉しそうに頷いてくれた。
席に案内する途中、婦人会の方々の席の脇を通る。あんなにもお喋りに夢中になってた女性たちは、ピタっと会話を止め、ベビーカーに座ってる子どもをガン見し始めた。
「「「あかちゃん!!!」」」
えぇ、えぇ、あかちゃんのお通りです。
あんなに声高々とおしゃべりに夢中だったのに、赤ちゃんを刺激しない様に声を抑えて叫んでいる姿が微笑ましい。
「かわいい」「天使」「奇跡のいきもの」「産んでくれてありがとう」「5時間若返った」等と、彼女たちは、お母さんと子どもに思いつく限りの賛辞を称え、またおしゃべりに戻った。
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
いつもより、予約枠を多めにしていたせいか、ランチタイムまでの営業だったが、終始賑やかだった。ユネさんも、体力温存すると言いながら、キッチンで忙しく立ち回っている。
「予約枠の数……、間違えてたかも……!!」
そんな呟きも聞こえてきたが、ものすごく忙しいと言うわけでも無いので、いつも通り、俺はキッチンとフロアを行き来した。
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
怒涛のランチタイムも終了し、お客さまはみんな帰られた。
ユネさんが、レジの中締めをしてる間に俺がキッチンとフロアの掃除をする。
今日は大人の方が多かったので、床も特別汚れるような事も無かった。
キュッキュとリズム良く、モップで磨いていると、「カランカラン!」と、勢いよく店の扉が開いた。
「こんにちはー!!!臨時雇用のカンナでっす!こっちはネコのシノ!よろしくおねがいしまーっす!」
「こういうのって、裏口から入るんじゃないのか?あと分かりにくいネタもやめろ」
「え?でも、しのぶさん、ネ……」
スパンと小気味よい音が聞こえたのは、カンナと名乗った男が頭を叩かれたっぽい。
突然の事で対処に出遅れると、ユネさんが入ってきた2人を機嫌よく出迎えていた。
「いらっしゃい、カンナ君!……と、お連れさまね。今日はよろしく。あとカンナ君、言ったと思うけど、入ってくるのは裏口からよ」
手を腰に当て、イタズラをした子どもを叱るような仕草でユネさんが彼らに言うと、
「ごめんなさぁい。ちょっとお客さまが見る景色を確認したかったんです」
と、彼はしおらしく謝罪していた。
ユネさんは、納得したみたいで
「あ~……、そう言う事ね。いやでも今じゃなくても良くない?」
と、突っ込むと、
「えへ!」
と、彼は舌を出してイタズラが成功した子どものような表情をしていた。
子ども……子どもでは無い。
けど、入ってきた2人は、随分と小柄な男性だった。夜のイベントの臨時雇用なのであれば、2人とも成人しているはず。
でも……高校生と言われても……俺は納得する。
ハタと、2人と目が合う。
ペコッと頭を下げると、カンナと名乗った方の小柄な男性が自己紹介をしてくれた。
「今日の夜間イベントでお手伝いします、ステージネーム、カンナです。と、言ってもOBなんですけどね」
もう1人の方は、普通に自己紹介をしてくれ、「新井しのぶ」さんと名乗っていた。
はにかんだ笑顔が、小動物を彷彿させる可愛らしさだ。
俺も、日中のアルバイターとして名前を名乗り、お互いに挨拶を済ませると、2人はすぐにキッチンへと向かった。
早々に夜の仕込みにかかるらしい。
「あとで専属の料理人さんも来るんだけどね、下ごしらえくらいは彼らに任せてもいいかなって思って、早めに呼んでおいたのよ」
「夜、大変そうですね。今日はタットさんと予定入れちゃったので来れませんが、明日の夜は来れますよ?」
「んーん、大丈夫。そのための臨時雇用ですもの。夜はオコサマはお呼びじゃないのよ」
コツンと額をつつかれる。
ユネさんは、いつもそう言って夜のイベントは別のスタッフを雇う。
俺、唯一の不満なのだが、
「危ないのよ……食われるのよ……」
と、真顔で呟かれると、俺も頷かるを得なかった。
✂ーーーーーーーーーーーーーーーーーー✂
【★宣伝★】
臨時雇用として登場した「カンナ(神田ミキ)」「新井しのぶ」ですが、
本編完結「ミニマム男子の睦事」
番外編「コトコトコトの番外事」
にて、メインカプとして登場しています。
今後、当作品の更新頻度が不定期になっていくため、未読でしたら、お待ちの合間にそちらも合わせてお付き合い頂ければと思います。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
70
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる