食べたい2人の気散事

黒川

文字の大きさ
上 下
81 / 96

71 変わる、俺。

しおりを挟む
俺がご飯を作りに行った数日後の夜、タットさんから、仕事が落ち着いたと連絡が入った。

『ゆん君が作ってくれたご飯、とても美味しかったし、元気出たよ。ありがとう』
『口に合ったなら良かったです。また大変な時は教えてください。いつでもご飯作ります』

メッセージアプリで文字のやり取り。
俺が返事を送ると直ぐにスポンっ!とウサギの周りにハートがちらばったスタンプが送られてきた。
俺もハートのイラストが入ったスタンプを送り返す。
最初の頃こそ、タットさんの愛情表現激しいスタンプに戸惑いがあったが、今となってはそれが嬉しく思えるし、俺も同じようにスタンプを使いたいと思うようになった。
文字のコミュニケーションでも、こんなに表情が出るようになったのも、タットさんのおかげだ。

『ゆん君の試験が終わったら、2人で休みを合わせてゆっくりどこかに出かけたいな』
『いいですね。イロトリは月末ハロウィンイベントありますけど、それ以外は緩い営業だと思います』

そろそろ、俺が夏休みの集中講義も含めて勉強をしていた資格試験があり、月末の日曜日にはイロトリのハロウィンイベントが待ってる。
取り敢えず、試験さえ乗り切ればあとは普段通りの生活に戻れる。

『試験の日、終わったら会えませんか?午後には終わるので、夕飯を一緒に食べたいです』

流石に試験の日はイロトリは休んだので、終わった後はタットさんに会いたい。

『もちろんだよ。お疲れさま会しよう』
『それならイシヤマさんの所がいいです』
『オッケー。予約取っておくよ』
『ありがとうございます。よろしくお願いします』

最後に、タットさんから試験に向けての応援メッセージを貰ってやり取りを終えた。

「下手な結果は出せないな……」

過去問を開いて最終調整に入った。


✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼


試験当日、試験会場は家からだいぶ離れた私立大学。
受験番号を見て、指定された講義室へ向かい、座席を確認して受験票を机に置き、筆記用具を取り出す。
緊張よりも、これが終われば、またしばらくはこの勉強に囚われなくて済むと言う開放感の方が強い。

今回受ける試験は、俺が専攻しているジャンルとは全く異なる。

保育士だ。

資格試験は複数の科目試験があり、俺は去年受かっている科目もある。落ちた残り3科目を受けるので、去年よりは負担は少ない。
俺が通っている大学の人間学部には、児童学科がある。そこに入れば卒業と共に幼稚園教諭1種の資格が取れるのだが、保育士は取れない。取るなら試験を受けるしかない。そんなニッチな学科なのだが、教授陣が有名な人達なのか、異様にその学科は人気が高い。そして、幼稚園教諭を求める学生の中には、保育士の資格を求める人もいる。そう言う学生向けに、この大学は毎年夏に集中講義の1つとして、保育士試験対策を開催している。夏に経済学部の俺が受講していた講義の1つがコレだった。

保育士になりたいか?と、言うのは今のところ気持ち半々だ。高校の頃からイロトリのバイトを始めて、小さな子どもと関わるようになってから、「子どもってなんだ?」と興味を持つようになった。それをユネさんに話すと「ゆう君、保育士なんていいんじゃない?」と言われ、意識するようになった。なら、今通ってる大学も、経済学部では無くて人間学部に行けば良かったのでは?と思うかも知れないが、幼稚園教諭は違うのだ。
我が家がエリートほい卒揃いのせいか、興味あるのは保育士だけだった。そう言った専門学校や、保育士の資格も取れる大学を目指しても良かったのだが、どうしても保育士の道を選びたいか?と言われると、迷いはあった。
それならばと、他の事も学びながら資格試験のサポートをして貰える、この大学を俺は選んだ。

「はじめ」

試験監督の声と共に、ペンを握り問題を開くと、見慣れた単語が並んでいる。
大丈夫そうだ。
俺は、今まで学んで得た知識総出で回答欄を埋め始めた。


✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼


「おわり。受験者はペンを置いて」

試験監督の声と共に、俺はペンを置いた。
受ける科目は3科目。そして、これが最後の科目だ。
都合良く、俺が受ける科目が3つ続いていたので、連続で受ける事が出来た。
試験監督補助の方が回答用紙を集め終わり、退出の許可が出たので俺は荷物をまとめて講義室を出た。

軽いっ!!
気持ちが軽いっ!!足取りもかるいっ!!
何ならスキップでもしてしまいそうな気分で、足を進めた。

「相原先輩!?」

キンっ!と耳を付く声で呼ばれた。振り向くと…………誰だ?

「私です!レイカです!!」

誰……?下の名前で自己紹介されても、俺が知ってる女の人の下の名前って母さんと姉ちゃんとユネさんくらいしか居ないんだけど?

「先輩も試験受けてたんですねっ!私もなんです」

グイグイと近づいてくるので、ジリジリと俺は距離を保つために後ずさる。

「この後も試験ですか?私、不安で不安で心細いんです。一緒にいてくれませんか?」

グイグイ近づく、ジリジリ後ずさる。
『やだ、ぼく帰る』と、言う言葉が喉から出てきたが、グッと抑える。

「俺は、君のこと知らないけど、俺の事を先輩って呼ぶなら、同じ大学の後輩って事だよね。試験頑張って。俺はもう終わりだから帰るよ」

……言えた!!かなり早口だったけど、言えた!
彼女はポカンと口を開けてたけど気にしない。俺はクルッと踵を返して早足でその場を去った。


✂ーーーーーーーーーーーーーーーーー✂


試験の雰囲気はふんわりと受け止めて頂けると助かります。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

私の婚約者は、いつも誰かの想い人

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:107,368pt お気に入り:2,709

ポンコツな私と面倒な夫達 【R18】

恋愛 / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:796

そのうさぎ、支配者につき

BL / 完結 24h.ポイント:191pt お気に入り:1,539

夢見る恋人~愛と幻想の物語~

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

【R18】幼馴染が変態だったのでセフレになってもらいました

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:71pt お気に入り:39

性感マッサージに釣られて

恋愛 / 完結 24h.ポイント:149pt お気に入り:17

処理中です...