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一六一話
しおりを挟む「ん? あれは……」
宿屋への帰り道。
散策ついでに行きとは別のルートで帰っていた道中、見知った看板が目に付いた。
「ああ、あれはお風呂屋さんですね」
と、俺の視線を追ったミラちゃんがそう教えてくれた。
「ああ、知ってる。アグリスタって街でも同じ物を見たからな。王都にもあるんだなって思ってさ」
「なんでも、あのお店の発祥は王都らしいですよ。王都で凄く人気が出たので、他の街にも波及していったとかなんとかかんとか」
ミラちゃんによる更に詳しい解説によると、こうした公衆浴場は今の所一つの商会が独占して経営しているらしい。
要は、王都を中心にチェーン展開しているってことだな。
ただ、独占している、というよりは、施設の設置など初期投資に膨大な資金が必要になる為、他が中々参入しずらいのが実状だろうな。
なんて考察はさておき。
当然ながら、ミラちゃんの所の宿屋、銀月の湖畔亭ではお湯は貰えるが風呂はない。というか、個人用の風呂なんてないのが普通なのだ。
むしろ、こういう風呂屋が街中にあるだけでも、かなり珍しいことなのだろう。
現に、俺がエルフの村を出てから、二つの村を通過して来たが、二ヶ所とも風呂屋なんて無かった。
まぁ、俺にはキャリッジホームという奥の手があるので、移動中、適当な場所さえ見つければ、すぐにでも風呂に入れるので何の問題もなかったがな。
しかし、今は街中ということもあり、その手は使えない。
いや、使おうと思えば使えるが、使う場合は一度街を出る必要があり、それはそれで正直面倒ではあった。
ということで、だ。
「ついでだし、入って行こうかな」
帰るついでに、ここでひとっ風呂浴びて行くことにした。
日本人の気質なのか、一日に一度は風呂に入って体を綺麗にしないと、何だか落ち着かないんだよなぁ。
「そうですか。では、わたしは先に帰ってますね」
と、踵を返して帰ろうとするミラちゃんに、ちょっと待ったをかける。
「よかったら、ミラちゃんの入って行くかい? 案内してくれたお礼に、お代は俺が持つよ」
「えっ!? 本当ですかっ! ありがとうございますっ! それじゃ、お言葉に甘えてっ!」
そう言うと、ミラちゃんは遠慮することもなくととととっと、俺より先に店中へと入って行ってしまった。
なんという切り替えの速さか……
そんなミラちゃんの背中を苦笑しつつ見送り、俺も銭湯の中へと入って行った。
チェーン店ということで、システムはアグリスタで利用したものとまったく同じだった。
初めに穴あきの木の板を渡され、一つサービスを受ける毎に、色付きの棒を木の板に刺していくスタイルだ。
サービスの内容も概ね同じだな。
変わり種……というほどでもないが、アグリスタになかったサービスとしては、高温のサウナ室の中で、大きな団扇で熱風を送る、というのがあった。
確か、日本のサウナ屋でも似た様なサービスをしている場所があったような気がする。
一通りのサービスを受け、さっぱりしたところで湯上りに魔術で冷やしたという冷たい水を一杯かっ食らい、浴場を後にする。
水以外にも、果汁を水で割った果実水もあったが、俺はシンプルに水にした。
てか、日本では定番の牛乳がなかったのは残念ではあった。
まぁ、それも仕方ないことだろう。
牛乳なんてそもそも日持ちしない食材だから、農場が近くにでもない限りそうそう簡単に口には出来る様な代物ではない。
常温のまま長距離を運んでいたら、あっという間にダメになってしまうからな。
街中で牛乳を口にするには、何か品質を保ったまま運送出来るシステムでも発明されないない限りは中々に難しいだろうな。
例えば、魔術師が延々冷やしながら運ぶとか、何か冷却出来る様なマジックアイテムを作るとか……
ん~、でもそんな手間を掛けるくらいなら、いっそ近くに牛でも飼っていた方がずっと手っ取り早いか?
なんて、どうすれば銭湯で冷えた牛乳を飲むことが出来るだろうか? ということについて一人脳内議論をしつつ、ロビーの様な所に出る。
ここでミラちゃんと待ち合わせをしているのだが、軽く周囲を見渡すもミラちゃんの姿はまだないみたいだった。
というわけで、ミラちゃんが出て来るまで暫し待つ。
「いやぁ~、お風呂屋さんに来るのなんて、ほんっっっとうに久しぶりです!」
俺が近くに設置されていたソファーに座っていると、頭からホコホコと湯気を立てたミラちゃんが、実にご満悦な表情で女湯の方から姿を現した。
「そいはよかったな」
「はいっ! おにいさん、ありがとうございましたっ!」
と、座っている俺にミラちゃんがぺこりと頭を下げ、手にしていた板っ切れを俺へと差し出す。
まぁ、料金は俺持ちだと言ったからな。だが……
「穴、全部埋まってるな……」
「料金の限度額は指定されていなかったので……この度は、大変楽しませて頂きました」
そう言って、ミラちゃんが再度ぺこりと頭を下げた。
「だろうな」
俺持ちとは言ったが、ここまで思い切って豪遊してこれば、そりゃ楽しいだろうよ。
ある意味、その思い切りの良さに感心してしまう。
しかし、この豪遊っぷり。何処かの誰かを思い出すな。とはいえ、まぁ、ソアラの場合はまだ悪びれた様子はあったか。
ミラちゃんの場合、何かこう確信犯的なところがあるからな。
なんにしても、俺はそんなミラちゃんに苦笑しつつ木板を受け取り、清算を済ませて店を出たのだった。
店を出ると、外はすっかり暗くなっていた。
♢♢♢ ♢♢♢ ♢♢♢ ♢♢♢
宿屋、銀月の湖畔亭に帰ると、夕食の準備がすぐに整うというので部屋には戻らず食堂のカウンター席で待つことにした。
ミラちゃんは手伝いの為に厨房へ。
その間、厨房では宿を出て行ってからのことをミラちゃんが母親であり、この宿の女将さん……名前はイースさんというらしい……に話して聞かせていた。
勿論、風呂屋のことも、だ。
「うちの娘が度々ご迷惑をお掛けした様で申し訳ありません……」
そう言いつつ、イースさんが出来上がった料理を俺の前へ置く。
「別に迷惑なんてかけてないもんっ! ねっ、おにいさんっ♪」
「ええ、街を案内してくれたお礼をしただけですから、お気になさらず。
まぁ、その対価として都合3000ディルグくらい飛びましたけど、お気になさらず」
ちなみに、入浴だけなら一回300ディルグである。
参考までに、俺の入浴料は1200ディルグだった。
「ちょっ、ちょっちおにいさんっ!?」
「なっ! ほっ、本当にうちの娘がご迷惑をっ! りょ、料金の方はっ、半分程はウチで出させて頂きますので……」
「そんなに気を使わなくても結構ですよ。俺が好きでやったことなので」
てか、イースさん。声が震えてますがな。
半分とはいえ、今のこの宿の経営状況を考えれば、1500でも結構な額なんだろうな。
「そ、そうですか……本当に……その、ありがとうございます。
……ミラちゃん。あとでちょとお話しましょうか?」
「ひゃっ!」
で、キっとイースさんに睨まれ、ミラちゃんが小さく悲鳴を上げていた。
その日の夕食は、シチューの様な煮込み料理と、ナンの様な平べったいパン、それとサラダ? 的な何かだった。
味はどれも絶品で、とても美味しく頂いた。
サラダっぽいものの正体は、酢漬けにされ所謂ピクルスの類だった。
生野菜は手に入り難くまた生では保存も難しいため、こうしてピクルスにして保存が効くようにするのがこの辺りでは一般的なんだと、イースさんがそう教えてくれた。
「いやぁ~、どれも本当に美味しかったです」
「ありがとうございます」
「お母さんの料理は王都一だからねっ!」
「もう、そんなわけないでしょ。変な事言わないの」
そうは言いつつ、満更でもない様にイースさんが照れ笑いを浮かべていた。
王都では他の料理を食べたことはまだないが、ミラちゃんが言う一番ではないにしても上から数えた方が早いくらいには美味しいのではないかとは俺も思ったけどな。
「それで、おにいさんの明日のご予定は?」
「そうだな……一応、昼から学術庁の人と会う申請を出しているけど……こればっかりは、どうなるかは明日次第だな。
ダメだったら別の人に会いに行くことになると思う」
「学術庁に用事……ですか? スグミ様は官職に就かれておいでなのですか?」
驚いた様な感じでそう聞いて来るイースさんに、俺は軽く首を横に振って見せた。
「まさか。俺は一般人ですよ。ちょっと個人的な用事で、古代遺跡について知りたい事がありましてね」
「古代遺跡関係ってことは……もしかしておにいさんって自由騎士なんですか?」
次にそう聞いて来たのはミラちゃんだった。
「ああ、一応ね。話してなかったっけ?」
「初耳ですよ?」
そっか。なんだか話した気がしていたが勘違いだったか。
ということで。
「それじゃあ、はい。これが自由騎士証な」
取り敢えず証明のために、俺はジャケットの内ポケにしまっていた自由騎士証を取り出すと、それをカウンターの上に置いて見せた。
「っ!? こっ、これってもっ、もしかして銀級証じゃないですかっ!」
途端。ミラちゃんが俺の自由騎士証をムンズつ掴むと、鼻息荒らく、穴が空きそうなくらいタグを凝視していた。
「あらら……うちに、銀級自由騎士の方がお泊りになられたのは、初めてのことですね……」
イースさんも驚いた様に目を丸くしていた。
「そんなに珍しいことですか?」
「銀級ともなれば、もっと高級な宿に宿泊していると思いますので……」
まぁ、ブルックの話しだと、銀級ともなれば結構なVIP待遇らしいから、そういうものなのかもしれないな。
と、そんなことを考えていると……
「おにいさんっ! おにいさんっ! 是非うちの公認になってくだいさいっ! お願いしますっ!」
「ぬおっ!!」
突然、ミラちゃんが俺の手を掴むと、互いの鼻の頭がぶつかりそうなくらい顔を詰め寄らせて来た。
てか、近いっ! 近いっ!
そのあまりの近さに、荒いミラちゃんの鼻息が顔にもろにかかっていた。
「ちょっ、ちょっと落ち着こうか……」
興奮冷めやらぬミラちゃんを力づくで押し退け、強引に距離を取る。
「そ、そういえば、銀級になると名義を貸したりすることがあるんだっけ?
で、見返りに売り上げの一部を上納してもらえる……とかなんとか?」
以前ブルックに聞いた話だが、俺自身は名義貸しなんてするつもりは毛頭なかったので、確り聞いてなかったんだよな……
「はいっ! 銀級証の公認ともなれば、そりゃもう自由騎士さん達が次から次へとひっきりなしで、うちの宿もウッハウッハのガッポガッポですよ!」
と、ミラちゃんが目を金貨にして宣っていた。
てか、こらこらっ! 年頃の娘が指で輪っかを作るんじゃないっ!
しかし、だ。
「残念ながら。聞いた話じゃ、それで儲かる様になるのは上位ランクの公認を受けた時だけみたいだぞ?」
「えっ? ……そうなんですか?」
「俺も詳しくは知らないから何ともだが、結局は名の知られている有名な自由騎士が公認するから人気が出るのであって、俺みたいに銀は銀でも、一番下の十級が公認したところで“誰それ?”ってなるだけだと思うぞ?」
別に、法的、ルール的に下位が名義を貸してはいけない、とそう定められているわけでもないのだろうが、結局は知名度の問題だと思う。
たまたま立ち寄った料理屋に、聞いたこともない芸人のサインとかあっても誰それ? ってなるあれだ。
……まぁ、アグリスタではかなり“スグミ”の名は知れ渡っている様だが、王都では無名なのでノーカンである。
ふと、アグリスタで出会ったアシス君のことが脳裏を過って行った。
名義を貸すと、あの手の人達が挙って公認店とかに押しかけて行くんだろうな……
「ぶぅ~、それじゃ公認してもらっても仕方ないですね……」
ミラちゃんは本当に残念そうにそう言うと、手にしていたタグを俺に返してくれた。
「それじぁ、早くランクを上げてうちの公認をしてくださいね♪」
また笑顔で無茶苦茶を言う子だなぁ……
聞いた話しなので俺はよくは分からないが、階級を上げるのってクソ大変なんじゃなかったか?
まぁ、そもそも、俺は必要が無い限りはランクを上げるつもりもないので、名義を貸すことはないだろうけどな。
「でも、折角当店初の銀級証のお客様ですし、記念にタグの写しだけでも取らせてもらってよろしかったでしょうか?」
とは、イースさんからの申し出る。
まぁ、写しくらいなら、と俺はタグをイースさんへと預けることに。
なんでも、取った写しは入り口の受付用カウンターの所に飾ることにするのだとかなんとか……
そんな大層な物でもないと思うんだがな……
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