頑張らない政略結婚

ひろか

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 今朝も奥様は愛人宅へ向かわれました。

 セルシオ様から他に愛する女性の存在を告げられたのでしょう。結婚式の翌日からルイーゼ様は隠すことなく早朝から屋敷を出て行かれます。
 相手はノエル=エルスター。エルスター家の長男で有名な白金の乙女シリーズの画家でした。二人は幼馴染でもあり、恋人同士だったようです。

 キツく結い上げられたプラチナブロンドの髪と、意思の強さを感じるつり上がった眉と瞳。感情が現れることのない顔は美しいが、冷たく、精巧な陶器人形のような印象を与えるルイーゼ様。そんな女性との、家の繋がりの為だけの婚姻。

 もともとルイーゼ様はセルシオ様の兄上、ルシエール様と婚約を結んでいました。しかしルシエール様は学友であった平民の女性と恋に落ち、妻にと望まれたのです。もちろん周囲からは反対され、女性にも危害がおよぶ可能性が出たルシエール様は駆け落ちを計画し、計画に気づいた大旦那様の命で監禁となったのですが……、兄弟大変仲が良く、セルシオ様が家督を継ぎ、婚約者も引き継ぐことでルシエール様を好きな人と一緒にさせてほしいと大旦那様に頭を下げられたのでした。

『私には好きな人はいないから、婚約者とは友好な関係を築けるだろう』
 そうおっしゃったセルシオ様。

 しかし一年前、セルシオ様は恋を知ったのです。ルシエール様同様、平民の少女に。

 愛することを知ったセルシオ様が婚約者に会われても、好意を持つことはできず、友好な関係を築くことも出来ず、それでも家の為に義務として、婚姻を結んだのでした。

 奥様があっさり愛人の元へ行ったことに私たちは安心してしまいました。奥様がセルシオ様の想い人に何かするようなことはなさそうだと、そう思うのと同時に、セルシオ様に愛されることのない奥様が別の方と愛を育まれることに……、安心していました。
 セルシオ様も心置きなく彼女と会えるでしょう。

 姿と名を偽り食堂で働くリーゼさんとの逢瀬は、週に四回、たった二時間ほど。
 こちらが焦れるほど、清らかで緩やかな関係です。
 彼女への贈り物も一輪の花やレースのリボンと、高価ではありませんがセルシオ様が自ら悩み選んだ物です。
 涙を浮かべ、喜んでくれる少女に、こっそり覗き見る私たちも、いつしかこの方が奥様であればいいのに……と、思うようになりました。

 気をきかせて食堂の店主も、セルシオ様が訪れるとリーゼさんを休憩に入らせ、共に食事をするようになりました。女将、グッジョブです。

 セルシオ様が笑顔で食事をする姿に、屋敷で奥様との食器の音も立てない『無音の食事』との差に、セルシオ様の心を満たしてくれる少女に常に隣にいてほしいと、そう私たちは望むようになりました。

 清らかな関係も一年と六ヶ月たったある夜、いつも通りお迎えにあがった私に、セルシオ様はおっしゃったのです。

「今夜は彼女と共に過ごすから、引き返してくれ」

 出会って一年と半年! やっと進展する二人の仲に、いい加減焦れてた私たち使用人一同、拳握って頷き合ったのでした。


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