陰法師 -捻くれ陰陽師の事件帖-

佐倉みづき

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Case.10 白面金毛

雨後

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 安倍霖雨は苛立っていた。先立って発した布令だが、誰も成功する気配がない。
「いったい何をしている」
 霖雨は忌々しく吐き捨てる。
 陰陽師の総本山である安倍家は衰退した。人が抱く負の感情はいつの時代も魑魅魍魎を生み出すというのに、それを祓うべき陰陽師は時代が進むにつれて影に追いやられ、力を失っていった。
 霖雨も例外ではなく、陰法師の視認こそできるものの、陰陽師の手足である式鬼を扱えない。だからこそ陰陽師としての地位に固執し、家を存続させるためならば何でもやってきた。非道と誹られても構わない。安倍の家を守るためならば、多少の犠牲が出たところで瑣末なことだ。それ以上に人々を陰法師から守れば、差し引きはゼロどころかプラスになるはずだ。霖雨はそう信じていた。
「父様」
 自身を呼ぶ声に、思考を中断させた霖雨は顔を上げる。自室の机を挟んで雫が佇んでいた。
「おれ、安倍の家を継ぐよ」
 いつになく真剣な眼差しの息子は、驚くべきことを告げた。くだんの布令は、やる気がなくとも雫の耳にも届いているはずだ。冗談とは思えないが、本気とも思えない。
「気軽に言うものではない。幾ら私の血を濃く継いだお前とて、私が出した条件を達成できねば」
「泰山府君は成功させた。これで文句はないだろ」
 あの雫が? 陰陽道の修行をしょっちゅうサボり、祓うべき陰法師を苦手としていた我が子が?
 これまで背けてきた顔を真っ直ぐ霖雨に向けて、雫は宣言する。
「おれは安倍の罪と向き合うことに決めた。だから父様も罪を認めてくれ」
「適当なことを抜かすな。お前が泰山府君を成しただと? 俄には信じ難い。証拠を見せろ」
「相変わらず往生際が悪いんだな、
 差し込まれた声に霖雨の顔が強張る。黒のフードつきマントを目深に被った、影と見間違う男が雫の傍らに現れていた。
「よお、久しぶりだな。アンタの間抜け面を拝みに地獄から戻ってきたぜ」
 影の男は顔を隠していたフードを取り払う。露わになった顔を見、霖雨は絶句した。ボサボサの黒髪と黒目がちの暗澹とした瞳は記憶と違っているが、見間違えようもない。長子の霞だ。
「何故……」
「死んだと思ってたか? さっき雫が言ってただろ、泰山府君を成功させたって。俺が証拠だよ。残念だったな、雫のおかげでこの通り蘇ったのさ」
 色を失う霖雨を霞が嘲笑う。何故。疑問符が霖雨の脳内を埋め尽くす。最早生ける屍と化した彼を始末したと霧雨から報告を受けたはず。
 いや、待て。? 従妹が死んだ後、ずっと仕えていた女は何者だ? 私はずっと、狐に化かされていたのか――?
「父様……おれ、兄様のこと思い出したよ。今まで忘れることでずっと目を背けてきた。けど、もう逸らさない」
 強い覚悟を込めた瞳で、雫は霖雨を射抜く。
「おれも一緒に父様の罪を背負うから、もう一人で背負い込まないでくれ」
 霖雨は項垂れた。張り詰めていた糸が解れ、肩の荷が降りた気分だった。

 × × ×

 翌日、安倍家の陰陽師達へ、後継に関する新たな布令が発令された。安倍家を雫に継がせること。その補佐を長子の霞が行うこと。そして、雫に家督を引き継いだ後、霖雨自身は引退すると宣言した。
「これからどうするんだ、雫」
 彼女の望みは既に果たした。安倍の家を生かすも殺すも、雫次第。相当な重荷が肩にのしかかっているにも関わらず、雫はプレッシャーに押し潰されることもなく、朗らかに告げた。
「それなんだけどさ……兄様に手伝ってほしいことがあるんだ」
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