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タイムベル編
01_奇妙な噂
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世界は、時に美しく、時に残酷だ。当たり前だと思っていた日常が、ある時、突然、真っ黒に塗り潰されてしまうことだってあるんだ。
当たり前の日常を失って、初めて思い知らされたよ。当たり前だった日常こそが、非日常で、とても大切な時間だったのだと。
人生のどん底をさ迷っていた僕が希望を見つけて生きていられたのは、ちょっと変わった人たちと彼らの奏でる音楽のおかげだった。多くのものを失ったけれど、その代わりに、僕は僕の居場所を見つけることができた。
暗闇の中、一筋の光が舞台のピアノに座る僕を照らす。
多くの観客の目の前で、ピアノに指を置き、呼吸を整えると、静寂に包まれた空間に曲を響かせる。醜く変わり果てた素顔が、観客に見られないように、仮面をかぶっての演奏だ。
ピアノの旋律を聞いた観客がはっと顔つきを変えた。
僕が、この曲を聞いて救われたように、僕の奏でる曲を聞いて救われる人たちがいるなら、少しでも心の支えとなって、この世界で生きたいと思ってもらえたなら、うれしい。
僕ができることは、これくらいだから......だから、僕の思う最高の演奏を奏でよう。
指を走らせて、ピアノの旋律を奏でるうちに、僕の歩んできた過去の記憶が次々と思い出されていた。
決して、歩んできた人生は、あたたかな日が射すような輝かしいものではなかった。
ごく平凡な高校生だった僕の人生は、あの日、あの時を境に、完全に狂い始めてしまったんだーー。
◇◇◇
僕は、両親の仕事の都合上、日本を飛び出し、イギリスのロンドン街に住んでいた。文化や言語の壁があり、最初は、現地の人たちとなかなか打ち解けることができなくて、学校の教室でも、一人でいることが多かった。
教室の皆は、楽しく話をして盛り上がっている。なんか、寂しいな。僕にも、気軽に話ができる友達がいたならいいんだけど......。
「よお、お前、日本から来たんだって」
読んでいた小説から目を離し、教室の様子を周りの同級生を羨ましく眺めていると、誰かが、右肩を軽く叩いて話しかけてきた。
「君は、アルバート......」
孤独感に苛まれていた僕に、初めて話しかけて来てくれたのが、アルバートだった。彼は、人見知りの僕とは真逆で、社交的で活発な性格だった。その性格から、彼の周りには、たくさんの友達がいた。
全く対極にいるアルバートが、僕に興味を持ち、初めて話しかけてくれた時は、とても驚いたし、嬉しかった。
アルバートは、たくさんの友達がいるにもかかわらず、僕に気軽に話しかけてくれた。今まで一人でいるのが当たり前だった僕に、話し合える友達ができたと思った。
僕たちの共通点は、オカルト好きなところだった。ロンドン街の殺人鬼や、人食い狼男、人体実験を密かに行う精神病院など非現実で奇妙な話をして盛り上がることが多かった。
ある日、教室で、同級生たちが昼休み中に、奇妙で面白そうな話をしているのを偶然、耳にした。
「おい、知ってるか。タイムベルに出るっていう大蛇の噂」
「ああ、出るんだろ。夜中に、白い大蛇が.....」
「本当なのかな。大蛇が出るって。大蛇ににらまれたら最後、身体が硬直して動けなくなるらしいよ」
「らしいな。動かなくなった相手を大蛇が少しずつ、体に巻き付いて、一気に丸のみするらしいぜ」
「他にも、狼男や象男を見たっていう話もあるんだ」
教室のなかで、同級生たちが、楽しそうにタイムベルに出る白い大蛇の話で盛り上がっていると、同じ教室にいたジーナが不機嫌な様子で、声高々に、言いはなった。
「馬鹿じゃないの!そんなの嘘に決まってるじゃない」
途端に、先ほどまで話が盛り上がっていた男子たちが下を見て、黙った。彼女の前では、男子は皆、無力だった。
ジーナは、自分の思ったことをすぐに口に出す性格の女子だ。何かと面倒臭そうな人物のようにも思えるが、実は、人を思いやるところもあるのを知っている。僕がペンを忘れて困っていたところを見て、貸してくれたり、クラスで男子がいじめられているのを見ると、割って入って助けたり、彼女は彼女なりにいいところがたくさんあった。
そんな彼女も知っているから、わりと彼女のことが好きだった。それに、僕は自分の気持ちをあまり外に出したくても出せないタイプの人間だから、何でも思ったことが言える彼女が、羨ましくもあった。
彼女は、一言、男子たちにそう言った後、教室の外に出ると、扉を勢いよく閉めた。すると、隣の席に座っていたアルバートが、彼女が出ていくやいなや、話しかけてきた。
「よし、ジーナは教室を出たな。鬼山、これでさっきのタイムベルの話ができるな」
「やっぱり、君も、さっきの大蛇の話が気になってたのか」
同じくオカルト好きなアルバートが、大蛇の話に興味を持ち、タイムベルの話をしてくることは容易に想像できたから、たいして驚かなかったんだけれど、次のアルバートの言葉は予想できなかった。
「行ってみないか、今日の夜、白い大蛇が出るというタイムベルに!」
僕は、アルバートの言葉を聞き、目を大きく見開いた。
「ほんとに、面白そう!行こう!真偽のほどを確かめに行こう」
白い大蛇が出るというタイムベルはロンドン街にある大きな時計台だ。今は使われておらず、廃墟と化している。今日の夜中に、そこに行って、白い大蛇に会いに行く。少し怖くもあるけれど、想像するだけでオカルト好きな僕たちはわくわくが止まらなかった。
タイムベルで起きる出来事が、僕たちの人生を大きく狂わせてしまうことになることも知らずにーー。
当たり前の日常を失って、初めて思い知らされたよ。当たり前だった日常こそが、非日常で、とても大切な時間だったのだと。
人生のどん底をさ迷っていた僕が希望を見つけて生きていられたのは、ちょっと変わった人たちと彼らの奏でる音楽のおかげだった。多くのものを失ったけれど、その代わりに、僕は僕の居場所を見つけることができた。
暗闇の中、一筋の光が舞台のピアノに座る僕を照らす。
多くの観客の目の前で、ピアノに指を置き、呼吸を整えると、静寂に包まれた空間に曲を響かせる。醜く変わり果てた素顔が、観客に見られないように、仮面をかぶっての演奏だ。
ピアノの旋律を聞いた観客がはっと顔つきを変えた。
僕が、この曲を聞いて救われたように、僕の奏でる曲を聞いて救われる人たちがいるなら、少しでも心の支えとなって、この世界で生きたいと思ってもらえたなら、うれしい。
僕ができることは、これくらいだから......だから、僕の思う最高の演奏を奏でよう。
指を走らせて、ピアノの旋律を奏でるうちに、僕の歩んできた過去の記憶が次々と思い出されていた。
決して、歩んできた人生は、あたたかな日が射すような輝かしいものではなかった。
ごく平凡な高校生だった僕の人生は、あの日、あの時を境に、完全に狂い始めてしまったんだーー。
◇◇◇
僕は、両親の仕事の都合上、日本を飛び出し、イギリスのロンドン街に住んでいた。文化や言語の壁があり、最初は、現地の人たちとなかなか打ち解けることができなくて、学校の教室でも、一人でいることが多かった。
教室の皆は、楽しく話をして盛り上がっている。なんか、寂しいな。僕にも、気軽に話ができる友達がいたならいいんだけど......。
「よお、お前、日本から来たんだって」
読んでいた小説から目を離し、教室の様子を周りの同級生を羨ましく眺めていると、誰かが、右肩を軽く叩いて話しかけてきた。
「君は、アルバート......」
孤独感に苛まれていた僕に、初めて話しかけて来てくれたのが、アルバートだった。彼は、人見知りの僕とは真逆で、社交的で活発な性格だった。その性格から、彼の周りには、たくさんの友達がいた。
全く対極にいるアルバートが、僕に興味を持ち、初めて話しかけてくれた時は、とても驚いたし、嬉しかった。
アルバートは、たくさんの友達がいるにもかかわらず、僕に気軽に話しかけてくれた。今まで一人でいるのが当たり前だった僕に、話し合える友達ができたと思った。
僕たちの共通点は、オカルト好きなところだった。ロンドン街の殺人鬼や、人食い狼男、人体実験を密かに行う精神病院など非現実で奇妙な話をして盛り上がることが多かった。
ある日、教室で、同級生たちが昼休み中に、奇妙で面白そうな話をしているのを偶然、耳にした。
「おい、知ってるか。タイムベルに出るっていう大蛇の噂」
「ああ、出るんだろ。夜中に、白い大蛇が.....」
「本当なのかな。大蛇が出るって。大蛇ににらまれたら最後、身体が硬直して動けなくなるらしいよ」
「らしいな。動かなくなった相手を大蛇が少しずつ、体に巻き付いて、一気に丸のみするらしいぜ」
「他にも、狼男や象男を見たっていう話もあるんだ」
教室のなかで、同級生たちが、楽しそうにタイムベルに出る白い大蛇の話で盛り上がっていると、同じ教室にいたジーナが不機嫌な様子で、声高々に、言いはなった。
「馬鹿じゃないの!そんなの嘘に決まってるじゃない」
途端に、先ほどまで話が盛り上がっていた男子たちが下を見て、黙った。彼女の前では、男子は皆、無力だった。
ジーナは、自分の思ったことをすぐに口に出す性格の女子だ。何かと面倒臭そうな人物のようにも思えるが、実は、人を思いやるところもあるのを知っている。僕がペンを忘れて困っていたところを見て、貸してくれたり、クラスで男子がいじめられているのを見ると、割って入って助けたり、彼女は彼女なりにいいところがたくさんあった。
そんな彼女も知っているから、わりと彼女のことが好きだった。それに、僕は自分の気持ちをあまり外に出したくても出せないタイプの人間だから、何でも思ったことが言える彼女が、羨ましくもあった。
彼女は、一言、男子たちにそう言った後、教室の外に出ると、扉を勢いよく閉めた。すると、隣の席に座っていたアルバートが、彼女が出ていくやいなや、話しかけてきた。
「よし、ジーナは教室を出たな。鬼山、これでさっきのタイムベルの話ができるな」
「やっぱり、君も、さっきの大蛇の話が気になってたのか」
同じくオカルト好きなアルバートが、大蛇の話に興味を持ち、タイムベルの話をしてくることは容易に想像できたから、たいして驚かなかったんだけれど、次のアルバートの言葉は予想できなかった。
「行ってみないか、今日の夜、白い大蛇が出るというタイムベルに!」
僕は、アルバートの言葉を聞き、目を大きく見開いた。
「ほんとに、面白そう!行こう!真偽のほどを確かめに行こう」
白い大蛇が出るというタイムベルはロンドン街にある大きな時計台だ。今は使われておらず、廃墟と化している。今日の夜中に、そこに行って、白い大蛇に会いに行く。少し怖くもあるけれど、想像するだけでオカルト好きな僕たちはわくわくが止まらなかった。
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