ケダモノ狂想曲ーキマイラの旋律ー

東雲一

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タイムベル編

08_思わぬ言葉

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 蛇女ムグリの思わぬ勧誘に、僕はどうして良いか分からず、固まってしまう。まさに、蛇に睨まれた蛙だ。

 そもそも、この勧誘を断るという選択肢はあるのだろうか。断れば、足元にすり寄っている無数の白蛇が、たちどころに僕たちの身体に鋭い牙を突き刺し、猛毒を注入してくるかもしれない。そうなれば、猛毒に体をばたつかせながら悶え苦しんで死ぬことになる。想像するだけで、戦慄が走る。 

 僕は黙りこみ、一瞬、気まずい沈黙が訪れた。その沈黙を打ち破るかのように、狼男アウルフの粗雑な声が響き渡る。

「ふざけるな!俺は、こんな貧弱なガキを仲間にするのは、反対だ。もういいだろ。話していても埒があかねー。ささっと、この場から去れ、ガキども」

 しばらく、腕を組みながら黙っていた狼男アウルフだったが、僕たちを仲間にするという話を聞いて、口を出さずにはいられなかったようだ。

「あら、さっきは、勝手にしろって言ってた癖に。でも、まあ、仲間にしても、この子たちの親が心配してしまうものね。騒がれると面倒だし。あなたたちを仲間にできないのは惜しいけど、諦めるわ」

 狼男アウルフのおかげで蛇女は、なんとか僕たちを諦めてくれた。一気に、肩の荷が下り、安堵する。

 少し緊張が、和らいだ僕は、恐る恐る蛇女ムグリに尋ねた。

「それじゃあ、僕たちをここから出してくれるの?」

 蛇女ムグリは、僕の問いかけに案外、優しく答えてくれた。

「ええ。出してあげるわ。ただし、私たちのことは誰にも秘密よ」

 蛇女ムガルは、考え直し、僕たちを解放してくれる方に順調に話が進んだ。

 獣顔の者たちに、見つかり追い詰められた時は、本気で死を覚悟したが、まさか、生きて帰れることになるとは、まさに幸運だった。

「アルバート、ここから出してくれるんだって」

 僕は嬉しくてアルバートに話しかける。

「ああ...... 」

 どうも彼の反応は悪かった。アルバートと出られる喜びを分かち合いたかったのだけど、どうしたのだろう。生きて帰れることになったのに、何か不満があるのだろうか。

 ◇◇◇

 僕たちは、二人で地下からゆっくりと階段を上り、タイムベルの扉を開けた。

 漆黒に染まった夜空に、ぽつんと浮かんだ赤銅色の三日月が、僕たちを出迎え、新鮮な外の空気が肺に流れ込む。獣顔の人たちと話を聞いている間は、ずっと生きた心地がしなかったし、息苦しかった。外の空気に触れて、全身を駆け巡る解放感に浸る。

 おそらく、この先、こんなにも恐ろしくて刺激的な出来事はないだろう。今回の一件で、未知のものと邂逅した時には、相応の覚悟と備えが必要であることを嫌になるほど思い知らされた。僕たちは、この世の禁忌に近づき過ぎた。もうこれ以上、近づくべきではない。

 これからは、今日起こったことは忘れて、いつもの変わらぬ日常を生きていこう......。

 見事に、事態は収束し、最高のエンドロールを迎える。そう思っていた矢先だった。一緒に横で歩いていたアルバートが突然、立ち止まり、意外なことを口から漏らした。

「鬼山、お前は、一人で先に帰ってくれないか。俺は、半獣の奴らと、話したいことがある」

 アルバートは、神妙な面持ちで、僕にそう告げた。にわかに彼の言葉の真意を十分に理解できなかったが、僕は、アルバートの両肩を手でつかんで、とっさに説得していた。

「えっ......何を言ってるんだ!危ないよ!絶対に止めたほうがいいよ」

 アルバートは、僕の方を見ず、俯きながら答えた。

「危ないのは承知のうえだ。どうしても、奴らと話さないといけないことがあるんだ」

「一人で、彼らのところに戻るのは危険だよ。アルバートが、戻るというなら、僕も一緒に行くよ」

 僕が、そう言うと、アルバートは頭を横に振った。

「いや、俺一人だけで行く......」

「でも、彼らは、僕たちの血肉を食らうような化け物なんだよ!一人で戻るなんて自殺行為だよ!」

「頼む、一人で行かせてくれ!これは、俺の問題なんだ。お前を巻き込みたくない」

 アルバートは、顔を上げ、真剣な表情で訴えかけるように言った。こんな真剣なアルバートは、初めて見た。

 彼の表情と言葉から強い決意と覚悟を感じ、僕は否定することができなかった。

「......分かったよ。君がそう言うなら、無理に止めたりはしないよ」

「すまない......」

 アルバートは、そう言って僕に背中を向けると、先ほどまで僕たちが歩いていた方とは、まったく逆の方向に歩み始めた。

 アルバート......君は、一体、どこへ行こうとしているんだ。

 僕は、思わずアルバートの方に手を伸ばした。彼が、このまま、どこか手の届かない遠いところに行ってしまうような気がしてならなかった。

 アルバートをほっとおける訳がないじゃないか。君は、ロンドン街で初めてできた、僕の親友なのだからーー。

 僕は、一人で帰ることはしなかった。見つからないように、身を隠しながら、こっそりとアルバートの後ろについて行くことにした。
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