32 / 51
軋轢と乖離
10_死際に命輝く
しおりを挟む
行く宛もなく、僕は、一人さまよった。
(半獣になってしまった今では、人と普通に生活することはもうできない。僕の日常は、完全に狂わされ壊れてしまった)
人々の社会の外側で、生きていくほかない。少なくとも今は、そういうふうにしか考えることができない心境だった。
半獣になった、こんな僕を受け入れてくれる人はいるかもしれない。でも、きっと、その人も僕と関わることで危険にさらしてしまう。傷つけてしまう。それは、僕が一番恐れていることだった。
半獣の僕が近くにいることで、大切な誰かを傷つけてしまうことは、自分の日常が失われるよりも、ずっと辛いことだ。
街中を歩いていると、足を止めた。いつか自転車置き場で、見たことがある不良グループが、いじめていた少年につれられ、路地裏に入っていくのが見えた。不思議なこともあるものだ。まるで、少年と不良グループの立場が入れ替わってしまったかのようだ。それに不良グループの男たちの様子がおかしい。目が虚ろで、心ここにあらずという感じだ。
僕は気になり、路地裏に入る。
ーーすると、その直後。
右の頬に、思いっきり、殺意のこもった拳が入り、僕は近くにあったゴミ箱に、倒れ込んだ。地面には、ゴミ箱に入っていたゴミが激しく散乱する。
(なんだ、いきなり......)
痛みの走る頬に触れ、顔を上げると、不良グループの男たちが立っていた。その中には、先ほど一緒に入っていた少年の姿はなかった。
先ほどの拳には、殺意が込められていた。僕に対する憎しみや怒りがふんだんに詰め込まれた一撃だった。この男たちは、先ほどまで、虚ろだった目から一転して、憎しみや怒りで血走った目をしている。
「ごめんなさい、先日、あなたたちにとんでもないことをしてしまった」
自転車置き場の件は、いじめられたところを救ったとはいえ、やり過ぎてしまったところがあった。もしかしたら、危うく命を奪っていたかもしれない。
「......」
僕が、謝罪しても、男たちから何も返事は返ってこない。負の感情にとらわれ、僕の話を聞いていないという様子だ。半獣の顔になった僕を見ても、驚く素振りすら見せない。ただ、僕に対する殺意だけがひしひしと伝わってきた。
(ああ、きっと、これは報いだ。人を傷つけてしまった)
男たちは、一斉に、襲い掛かってくる。路地裏で、拳の音が狂気の旋律を奏でるように鳴り響いた。
ーーー
僕は、また、行く宛もなく一人さ迷った。
(また、人を傷つけてしまった。今の僕は、生きているだけで、人を傷つけてしまう)
これから、どう生きればいいのか、全く分からない。
今まで、人々との関係のなかで生かされてきた。
多くの人々の支えがあったからこそ、僕はここまで生きてこられたんだ。
半獣となって、人々と僕の間には両者を明確に二分する線が引かれてしまった。人々の関わりなしで、生きていくところなんて想像できない。
(いっそのこと、このまま......)
ただ、何も考えず足だけを動かしていた。もう、自分がどこに向かって歩いている自分でも分からない。そうして、行き着いた先は、踏切だった。
踏切が、赤く点灯し、音を立てながら、危険を知らせる。そんなことを気にもせず、僕は、佇んでいた。
夜の暗闇を照らしながら、電車が線路の上を走って次第に近づいてくる。
そして、僕の目の前を、電車が通り過ぎようとしたところで、前に進む。
(もう、どうにでもなれ......)
前に進んだ時、腕を横から掴まれた。優しく力強い声が僕を救った。
「死ぬな、小僧。生きろ。一人じゃない」
横を振り返ると、人間の姿をした象男ファントムがいた。
彼が放った言葉は、僕が、今、求めていた言葉だった。
ただ、生きろって、一人じゃないよって言ってほしかった。誰かに止めて欲しかった。かまってほしかった。
それだけで、僕の心は救われた。
思わず涙が頬を伝った。フードの中の顔は、涙で濡れていた。
「ありがとうございます......」
僕は、自分の命を、救ってくれたファントムに顔をしわくちゃにさせながら頭を下げた。彼が止めてくれなければ、僕は、こうして息をしていなかっただろう。彼は命の恩人だ。感謝してもしきれない。
「行くぞ」
彼は、一言言った。
「どこにですか」
「タイムベルにだ」
ファントムは、そう答えると、背中を向け、タイムベルに歩き出した。彼の背中は、たくましく、かっこ良かった。僕は、涙をぬぐい、その背中を追って、ついて行くことにした。
タイムベルの門の前まで行くと、薄暗い小道を照らしながらランプの明かりが、ゆらゆらとこちらに向かって近づいてきた。
「あら、そんな悲しそうな顔をしてどうしたの?」
門の向こう側で、蛇女ムグリが、ランプを持ってこちら側を見ていた。僕は、悲しみに沈み頼りない顔を浮かべ言った。
「あなたには、僕は、化け物に見えますか?」
ランプの光が、血まみれになった顔を照らす。
「いえ、あなたは一人の人間に見えるわ。苦しい目にあったのね。だから、私たちのところに来た」
「はい」
「生きたくて、新しい居場所を求めて、ここに来たのね」
「はい」
「そう......分かったわ。ここまでよく頑張ったわね。入るといいわ」
そう言うと、蛇女ムグリは、門を開け、中に入れてくれた。彼女は、僕の苦しみを汲み取って、優しく受け入れてくれた。
漆黒の空に、光輝く星星を見た。
今日ほど死にたいと思った日はなかった。だけど、今日ほど生きたいと思った日もなかったーー。
(半獣になってしまった今では、人と普通に生活することはもうできない。僕の日常は、完全に狂わされ壊れてしまった)
人々の社会の外側で、生きていくほかない。少なくとも今は、そういうふうにしか考えることができない心境だった。
半獣になった、こんな僕を受け入れてくれる人はいるかもしれない。でも、きっと、その人も僕と関わることで危険にさらしてしまう。傷つけてしまう。それは、僕が一番恐れていることだった。
半獣の僕が近くにいることで、大切な誰かを傷つけてしまうことは、自分の日常が失われるよりも、ずっと辛いことだ。
街中を歩いていると、足を止めた。いつか自転車置き場で、見たことがある不良グループが、いじめていた少年につれられ、路地裏に入っていくのが見えた。不思議なこともあるものだ。まるで、少年と不良グループの立場が入れ替わってしまったかのようだ。それに不良グループの男たちの様子がおかしい。目が虚ろで、心ここにあらずという感じだ。
僕は気になり、路地裏に入る。
ーーすると、その直後。
右の頬に、思いっきり、殺意のこもった拳が入り、僕は近くにあったゴミ箱に、倒れ込んだ。地面には、ゴミ箱に入っていたゴミが激しく散乱する。
(なんだ、いきなり......)
痛みの走る頬に触れ、顔を上げると、不良グループの男たちが立っていた。その中には、先ほど一緒に入っていた少年の姿はなかった。
先ほどの拳には、殺意が込められていた。僕に対する憎しみや怒りがふんだんに詰め込まれた一撃だった。この男たちは、先ほどまで、虚ろだった目から一転して、憎しみや怒りで血走った目をしている。
「ごめんなさい、先日、あなたたちにとんでもないことをしてしまった」
自転車置き場の件は、いじめられたところを救ったとはいえ、やり過ぎてしまったところがあった。もしかしたら、危うく命を奪っていたかもしれない。
「......」
僕が、謝罪しても、男たちから何も返事は返ってこない。負の感情にとらわれ、僕の話を聞いていないという様子だ。半獣の顔になった僕を見ても、驚く素振りすら見せない。ただ、僕に対する殺意だけがひしひしと伝わってきた。
(ああ、きっと、これは報いだ。人を傷つけてしまった)
男たちは、一斉に、襲い掛かってくる。路地裏で、拳の音が狂気の旋律を奏でるように鳴り響いた。
ーーー
僕は、また、行く宛もなく一人さ迷った。
(また、人を傷つけてしまった。今の僕は、生きているだけで、人を傷つけてしまう)
これから、どう生きればいいのか、全く分からない。
今まで、人々との関係のなかで生かされてきた。
多くの人々の支えがあったからこそ、僕はここまで生きてこられたんだ。
半獣となって、人々と僕の間には両者を明確に二分する線が引かれてしまった。人々の関わりなしで、生きていくところなんて想像できない。
(いっそのこと、このまま......)
ただ、何も考えず足だけを動かしていた。もう、自分がどこに向かって歩いている自分でも分からない。そうして、行き着いた先は、踏切だった。
踏切が、赤く点灯し、音を立てながら、危険を知らせる。そんなことを気にもせず、僕は、佇んでいた。
夜の暗闇を照らしながら、電車が線路の上を走って次第に近づいてくる。
そして、僕の目の前を、電車が通り過ぎようとしたところで、前に進む。
(もう、どうにでもなれ......)
前に進んだ時、腕を横から掴まれた。優しく力強い声が僕を救った。
「死ぬな、小僧。生きろ。一人じゃない」
横を振り返ると、人間の姿をした象男ファントムがいた。
彼が放った言葉は、僕が、今、求めていた言葉だった。
ただ、生きろって、一人じゃないよって言ってほしかった。誰かに止めて欲しかった。かまってほしかった。
それだけで、僕の心は救われた。
思わず涙が頬を伝った。フードの中の顔は、涙で濡れていた。
「ありがとうございます......」
僕は、自分の命を、救ってくれたファントムに顔をしわくちゃにさせながら頭を下げた。彼が止めてくれなければ、僕は、こうして息をしていなかっただろう。彼は命の恩人だ。感謝してもしきれない。
「行くぞ」
彼は、一言言った。
「どこにですか」
「タイムベルにだ」
ファントムは、そう答えると、背中を向け、タイムベルに歩き出した。彼の背中は、たくましく、かっこ良かった。僕は、涙をぬぐい、その背中を追って、ついて行くことにした。
タイムベルの門の前まで行くと、薄暗い小道を照らしながらランプの明かりが、ゆらゆらとこちらに向かって近づいてきた。
「あら、そんな悲しそうな顔をしてどうしたの?」
門の向こう側で、蛇女ムグリが、ランプを持ってこちら側を見ていた。僕は、悲しみに沈み頼りない顔を浮かべ言った。
「あなたには、僕は、化け物に見えますか?」
ランプの光が、血まみれになった顔を照らす。
「いえ、あなたは一人の人間に見えるわ。苦しい目にあったのね。だから、私たちのところに来た」
「はい」
「生きたくて、新しい居場所を求めて、ここに来たのね」
「はい」
「そう......分かったわ。ここまでよく頑張ったわね。入るといいわ」
そう言うと、蛇女ムグリは、門を開け、中に入れてくれた。彼女は、僕の苦しみを汲み取って、優しく受け入れてくれた。
漆黒の空に、光輝く星星を見た。
今日ほど死にたいと思った日はなかった。だけど、今日ほど生きたいと思った日もなかったーー。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
視える僕らのシェアハウス
橘しづき
ホラー
安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。
電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。
ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。
『月乃庭 管理人 竜崎奏多』
不思議なルームシェアが、始まる。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2025/12/16:『よってくる』の章を追加。2025/12/23の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/15:『ちいさなむし』の章を追加。2025/12/22の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/14:『さむいしゃわー』の章を追加。2025/12/21の朝8時頃より公開開始予定。
2025/12/13:『ものおと』の章を追加。2025/12/20の朝8時頃より公開開始予定。
2025/12/12:『つえ』の章を追加。2025/12/19の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/11:『にく』の章を追加。2025/12/18の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/10:『うでどけい』の章を追加。2025/12/17の朝4時頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【完結】毎日きみに恋してる
藤吉めぐみ
BL
青春BLカップ1次選考通過しておりました!
応援ありがとうございました!
*******************
その日、澤下壱月は王子様に恋をした――
高校の頃、王子と異名をとっていた楽(がく)に恋した壱月(いづき)。
見ているだけでいいと思っていたのに、ちょっとしたきっかけから友人になり、大学進学と同時にルームメイトになる。
けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。
けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど――
このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる