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第一章 王国編
養子縁組
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「お父様、よく聞いてください。あの贈り物と隠されていた金貨。あわせて売却してもゆうに五千枚は下りません。それはすなわち、爵位を買い戻せるだけの額が手に入ったということです」
「しかし、サラ。それは王国の爵位ではない……」
王国より帝国の爵位の方がより上の格式なのは確かなのに。
過去に王国にはく奪された……公爵位。
それを更に各上にして取り戻せるこのチャンスをどうして生かそうとしないのか、サラは理解に苦しんでいた。
「帝国の、我が家以上に没落し、名前だけが残っている爵位を買うだけのことです。考えてお父様! 帝国の公爵位、それも帝室に連なる者がそれを手にすれば、王国の王家と同等か、それ以上の爵位が手に入るの!」
「それは分かっている! だが、私は王国貴族だぞ!?」
「だから何だと言うのですか! これまで王家にどれほど恩義があるというの?」
「それは……」
娘に気圧されて子爵は押し黙ってしまう。
彼がこれから先逃げ出さないように逃げ道を塞ぐべきだ。サラはそう思った。
「子爵位に落とされ、お父様だってさんざん馬鹿にされたじゃない。公爵に返り咲けるの。金貨は二千枚も要らないってアルナルドから返事が会ったわ。あとの残りで失った家屋敷を侯爵家から買い戻せばいいではないですか!」
「だが……結局、その侯爵家の跡取り娘が我が子爵家の跡を継ぐのでは……意味がない」
「今度はレイニーですか……はあ……」
サラのため息を聞き、レンドール子爵はがっくりとうなだれたようになってしまう。
ここ数日の間、ずっと寝ずに考えていたのだろう。彼の目の下にはクマがうっすらと出来ていた。
しかし、サラは黙らなかった。ここで諦めたら、すべてが瓦解するからだ。
唯一の報復の機会を――手放すことになるのだから。
「お父様、公爵位を手にすれば、子爵位などどうでもいいではないですか」
「何? しかし、何がどうなると……?」
「レイニーの子供を子爵家の当主にする。これは確約です。ただし、レイニーは私の養女になるのです」
「なん、だと……?」
それを聞いて子爵はようやく合点が行ったらしい。
彼の無機質だった瞳に生気が宿り始めていた。
「理解されましたか、お父様?」
「では何か? お前はレイニーを……私が公爵位を買い、その座におさまる。子爵家はお前が跡を継ぎ、レイニーをその養女にする……と? では新しい公爵家の跡取りは……?? なぜそのことを早く言わなかった!?」
貴方が情けないからですよ。
計画が破綻するかもしれない大事なことを、小心者に伝えるはずがないではないですか。
まだ、じいやのほうがましだわ。
そう思い、サラが執事を見ると彼はふいと視線をそらしてしまう。
「それこそ、母上と仲良くなってください! お父様はまだ三十代! お母様を奪われたままでいいのですか!?」
「いいや……よくない、あんな元部下である男にあれを取られたままなど。許せるはずもない……」
「ダメでもまだ従姉妹もおります、帝国の親戚もおります! 血が絶えることはありません。それよりも、レイニーをどうするかですわ」
「そうだな……サラ、それはどう考えているのだ? 妙案でもあるのか?」
ここまで説明して心を持ち上げさせて、ようやく動きだす。
レンドール子爵という人物はこういう男なのだ。
もういい加減にして欲しいわ。
ロイズといい、父親といい、私の周りにはうじうじと弱音と保身しか考えない男ばかり。
サラの脳裏には待っているよと言ってくれた彼の顔が浮かぶが、アルナルドに頼るのは今ではないと分かっている。
もうすこし頑張れば、彼に会えるかな?
サラはそう思い、言葉をつづけた。
「もちろんですわ、お父様。レイニー様は自らやってくるでしょう。このサラの元へ。そして命乞いをするはずです。国王陛下からの刺客に怯えて、生きた心地もしないままやってくるでしょう」
「だが、殿下からの呼び出しがあった際はどうする? 会わせない訳にはいかなくなるぞ?」
「お忘れですか、お父様。私は殿下の婚約者。レイニーは私の義理の娘です。同格の王家からどうこう言ってきたところで、母親が許可しなければ会えないのは貴族社会の常識……でしょう?」
「はあ……いざとなれば、我が一族は帝国に帰属するとそういうことか……。まったく……そこから先はうまく流れるように祈るしかないな。ではサインをするとしよう」
レンドール子爵は手にした二枚の用紙にサインするべく片手にもったペンをインク壺に浸し、二枚の書類にサインをした。
一枚は帝国で売りに出されている、帝国の帝室と縁戚関係にあったとある公爵家の爵位を金貨二千枚で購入するというもの。
もう一枚は現レンドール子爵第一令嬢サラと、ラグラージ侯爵令嬢レイニーの親子の縁組を正式に認めるという書類だった。
「しかし、サラ。それは王国の爵位ではない……」
王国より帝国の爵位の方がより上の格式なのは確かなのに。
過去に王国にはく奪された……公爵位。
それを更に各上にして取り戻せるこのチャンスをどうして生かそうとしないのか、サラは理解に苦しんでいた。
「帝国の、我が家以上に没落し、名前だけが残っている爵位を買うだけのことです。考えてお父様! 帝国の公爵位、それも帝室に連なる者がそれを手にすれば、王国の王家と同等か、それ以上の爵位が手に入るの!」
「それは分かっている! だが、私は王国貴族だぞ!?」
「だから何だと言うのですか! これまで王家にどれほど恩義があるというの?」
「それは……」
娘に気圧されて子爵は押し黙ってしまう。
彼がこれから先逃げ出さないように逃げ道を塞ぐべきだ。サラはそう思った。
「子爵位に落とされ、お父様だってさんざん馬鹿にされたじゃない。公爵に返り咲けるの。金貨は二千枚も要らないってアルナルドから返事が会ったわ。あとの残りで失った家屋敷を侯爵家から買い戻せばいいではないですか!」
「だが……結局、その侯爵家の跡取り娘が我が子爵家の跡を継ぐのでは……意味がない」
「今度はレイニーですか……はあ……」
サラのため息を聞き、レンドール子爵はがっくりとうなだれたようになってしまう。
ここ数日の間、ずっと寝ずに考えていたのだろう。彼の目の下にはクマがうっすらと出来ていた。
しかし、サラは黙らなかった。ここで諦めたら、すべてが瓦解するからだ。
唯一の報復の機会を――手放すことになるのだから。
「お父様、公爵位を手にすれば、子爵位などどうでもいいではないですか」
「何? しかし、何がどうなると……?」
「レイニーの子供を子爵家の当主にする。これは確約です。ただし、レイニーは私の養女になるのです」
「なん、だと……?」
それを聞いて子爵はようやく合点が行ったらしい。
彼の無機質だった瞳に生気が宿り始めていた。
「理解されましたか、お父様?」
「では何か? お前はレイニーを……私が公爵位を買い、その座におさまる。子爵家はお前が跡を継ぎ、レイニーをその養女にする……と? では新しい公爵家の跡取りは……?? なぜそのことを早く言わなかった!?」
貴方が情けないからですよ。
計画が破綻するかもしれない大事なことを、小心者に伝えるはずがないではないですか。
まだ、じいやのほうがましだわ。
そう思い、サラが執事を見ると彼はふいと視線をそらしてしまう。
「それこそ、母上と仲良くなってください! お父様はまだ三十代! お母様を奪われたままでいいのですか!?」
「いいや……よくない、あんな元部下である男にあれを取られたままなど。許せるはずもない……」
「ダメでもまだ従姉妹もおります、帝国の親戚もおります! 血が絶えることはありません。それよりも、レイニーをどうするかですわ」
「そうだな……サラ、それはどう考えているのだ? 妙案でもあるのか?」
ここまで説明して心を持ち上げさせて、ようやく動きだす。
レンドール子爵という人物はこういう男なのだ。
もういい加減にして欲しいわ。
ロイズといい、父親といい、私の周りにはうじうじと弱音と保身しか考えない男ばかり。
サラの脳裏には待っているよと言ってくれた彼の顔が浮かぶが、アルナルドに頼るのは今ではないと分かっている。
もうすこし頑張れば、彼に会えるかな?
サラはそう思い、言葉をつづけた。
「もちろんですわ、お父様。レイニー様は自らやってくるでしょう。このサラの元へ。そして命乞いをするはずです。国王陛下からの刺客に怯えて、生きた心地もしないままやってくるでしょう」
「だが、殿下からの呼び出しがあった際はどうする? 会わせない訳にはいかなくなるぞ?」
「お忘れですか、お父様。私は殿下の婚約者。レイニーは私の義理の娘です。同格の王家からどうこう言ってきたところで、母親が許可しなければ会えないのは貴族社会の常識……でしょう?」
「はあ……いざとなれば、我が一族は帝国に帰属するとそういうことか……。まったく……そこから先はうまく流れるように祈るしかないな。ではサインをするとしよう」
レンドール子爵は手にした二枚の用紙にサインするべく片手にもったペンをインク壺に浸し、二枚の書類にサインをした。
一枚は帝国で売りに出されている、帝国の帝室と縁戚関係にあったとある公爵家の爵位を金貨二千枚で購入するというもの。
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