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第二章 帝国編(海上編)
あり得ない反逆
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「一応、今話した限りだけど、ね。奥様?」
「嘘おっしゃい!」
ダンっ、と再度。本日二度目の強烈な平手による机叩きが行われた。
今度は室外に待機する侍従たちによる制止はなしだ。誰も止めに来てくれない。
こんな時に、あの間抜けなハサウェイの飛行船でも降りて来てくれたら……そんな願いは虚しく、空想の中だけで輝いている。
嘘、何が嘘なんだろうか。
普段の自分なら、サラを抱き締めてでも何も心配ないよと言ってやれるはずなのに。今朝は何もかもが違う。
サラはぐっと顔を息がかかる程度まで近づけて、彼女の言う内縁の夫を見ていた。
「真剣な話をしています、旦那様。貴方はいつもそうじゃない。悪だくみをするときはまず、相手のところに行き、そこでいろいろなものを探ってから自分が負けないようにして、それで仕掛ける。このサラは十年近い付き合いでそんな悪いとこも良いところも知っています。こんな朝早くの来訪が、さっきの要件を告げるべきタイミングじゃないってこともね」
「あ、いや……それは違う……」
「信じられません」
「未来の――夫の言うことでも、かい?」
「もちろん。だって貴方、まだ肝心なことを私に教えてくれていないわ」
おかしいな。
彼女はこんなにも色気のある……不安を抱えた時に憂いを感じさせる表情をする女性だっただろうか。
隠しごとは確かにある。
まだ言わなくてもバレないと思っていたのも事実だ。
ほのかなローズティーの香りがそのままサラの憂いに朱色の彩りをつけているようで、アルナルドは心の中に、最近潜めていた罪悪感というものをひしひしと感じ始めていた。
「それで、どうするの? ……アルナルド。帝国に行くんでしょう? 貴方は次期皇帝にでもなるつもりなの?」
「あ、え? そこ……?」
「何を言われると思ったのよ?」
なんだか肩透かしを食らった気分だわ。
そう言うと、サラは怒る労力に無駄を感じたのか、自分で紅茶をポットから注ぐと、アルナルドから取り上げたばかりのお菓子を食べ始めた。
「僕には……」
「まだ秘密がたくさんありそうだから、全部しゃべるまでだめよ」
「そう」
君はどこまでも強くあるんだね、サラ。
王国でのあの出来事は、彼女の人生観を大きく変えたらしい。
女性というものは、ほんのすこし目を離しただけでこんなにも魅力的な存在になってしまう。
彼女の内面の変化を見過ごして都合よく扱おうとすれば、自分がいつかは痛い目を見ることになる。
アルナルドはその現実を心に刻み込んだ。
「言うから、一つ頂けないかな?」
「そうねー」
手元にはアルナルドのティーカップを用意しながら、サラはお菓子の皿だけを譲ろうとしない。
何かを思いついたようにはっとした顔をすると、アルナルドの隣に幅を寄せて来た。
以前よりも長を増した後ろ髪はより亜麻色を強調し、緑色の海の底を思わせる瞳は……それを見るだけでアルナルドを虜にしてしまうほど、少年は彼女を意識し始めていた。
「殺されるのは、嫌なの」
「……何?」
いきなりの唐突すぎるサラの独白。
それはあまりにも予想外の返答だった。
「女を利用しようとすることは貴族社会の常だもの。否定はしないわ。でもアルナルドは最初から私を帝国に連れて行く気は無かったでしょう? 違う?」
「それは違う――いや、そうかも、ね。帝国には、そう……アリズンとの挙式が終わってから連れ戻る気だった」
「やっぱり……アルナルドも皇帝陛下も、すこしだけ読みが浅いと思うの」
「浅い?」
「だって、どうにかして帝室の血を入れて元の十四王家の一角に戻ろうとして足掻いているラフトクラン王家が、その王子たちが離反したからと言ってアルナルドの手に堕ちるとは言い方が悪いけど、思わないのよ」
「随分、はっきりと言うんだね」
「だって、ロイズの性格は裏も表も知っているもの」
これでも元婚約者ですから。
サラはそう言うと、呆気に取られる未来の夫に向かい、多分こうなるわと言葉を続けた。
「ロイズが、皇帝陛下以外の君主を持つはずがないのよ。だって、ロイズには王家の正統な後継者になることと、正式な帝室との血縁を持つ、主を支えるいわば、エルムド帝国とクロノアイズ帝国の間に存在することがロイズの存在意義だもの。帝国の盾であり続け、主君への忠誠を示すこと。それが彼の壮大なる野望なのよ……そんな中に王家は廃絶・自分は内務大臣になれ、なんて言われてそれも義母の私――逃げ出した元婚約者が上に立つなんて、あれが許すはずがないわ。見ててごらんなさい、アルナルド。ハサウェイの逃げ帰って来る様が私には見て取れるから。今頃、あの飛行船の中で、近衛騎士に捕まるか断罪されてなければいいけど」
あっさりとそこまで言ってのけるサラの見識に、アルナルドはただただ圧倒されていた。
「嘘おっしゃい!」
ダンっ、と再度。本日二度目の強烈な平手による机叩きが行われた。
今度は室外に待機する侍従たちによる制止はなしだ。誰も止めに来てくれない。
こんな時に、あの間抜けなハサウェイの飛行船でも降りて来てくれたら……そんな願いは虚しく、空想の中だけで輝いている。
嘘、何が嘘なんだろうか。
普段の自分なら、サラを抱き締めてでも何も心配ないよと言ってやれるはずなのに。今朝は何もかもが違う。
サラはぐっと顔を息がかかる程度まで近づけて、彼女の言う内縁の夫を見ていた。
「真剣な話をしています、旦那様。貴方はいつもそうじゃない。悪だくみをするときはまず、相手のところに行き、そこでいろいろなものを探ってから自分が負けないようにして、それで仕掛ける。このサラは十年近い付き合いでそんな悪いとこも良いところも知っています。こんな朝早くの来訪が、さっきの要件を告げるべきタイミングじゃないってこともね」
「あ、いや……それは違う……」
「信じられません」
「未来の――夫の言うことでも、かい?」
「もちろん。だって貴方、まだ肝心なことを私に教えてくれていないわ」
おかしいな。
彼女はこんなにも色気のある……不安を抱えた時に憂いを感じさせる表情をする女性だっただろうか。
隠しごとは確かにある。
まだ言わなくてもバレないと思っていたのも事実だ。
ほのかなローズティーの香りがそのままサラの憂いに朱色の彩りをつけているようで、アルナルドは心の中に、最近潜めていた罪悪感というものをひしひしと感じ始めていた。
「それで、どうするの? ……アルナルド。帝国に行くんでしょう? 貴方は次期皇帝にでもなるつもりなの?」
「あ、え? そこ……?」
「何を言われると思ったのよ?」
なんだか肩透かしを食らった気分だわ。
そう言うと、サラは怒る労力に無駄を感じたのか、自分で紅茶をポットから注ぐと、アルナルドから取り上げたばかりのお菓子を食べ始めた。
「僕には……」
「まだ秘密がたくさんありそうだから、全部しゃべるまでだめよ」
「そう」
君はどこまでも強くあるんだね、サラ。
王国でのあの出来事は、彼女の人生観を大きく変えたらしい。
女性というものは、ほんのすこし目を離しただけでこんなにも魅力的な存在になってしまう。
彼女の内面の変化を見過ごして都合よく扱おうとすれば、自分がいつかは痛い目を見ることになる。
アルナルドはその現実を心に刻み込んだ。
「言うから、一つ頂けないかな?」
「そうねー」
手元にはアルナルドのティーカップを用意しながら、サラはお菓子の皿だけを譲ろうとしない。
何かを思いついたようにはっとした顔をすると、アルナルドの隣に幅を寄せて来た。
以前よりも長を増した後ろ髪はより亜麻色を強調し、緑色の海の底を思わせる瞳は……それを見るだけでアルナルドを虜にしてしまうほど、少年は彼女を意識し始めていた。
「殺されるのは、嫌なの」
「……何?」
いきなりの唐突すぎるサラの独白。
それはあまりにも予想外の返答だった。
「女を利用しようとすることは貴族社会の常だもの。否定はしないわ。でもアルナルドは最初から私を帝国に連れて行く気は無かったでしょう? 違う?」
「それは違う――いや、そうかも、ね。帝国には、そう……アリズンとの挙式が終わってから連れ戻る気だった」
「やっぱり……アルナルドも皇帝陛下も、すこしだけ読みが浅いと思うの」
「浅い?」
「だって、どうにかして帝室の血を入れて元の十四王家の一角に戻ろうとして足掻いているラフトクラン王家が、その王子たちが離反したからと言ってアルナルドの手に堕ちるとは言い方が悪いけど、思わないのよ」
「随分、はっきりと言うんだね」
「だって、ロイズの性格は裏も表も知っているもの」
これでも元婚約者ですから。
サラはそう言うと、呆気に取られる未来の夫に向かい、多分こうなるわと言葉を続けた。
「ロイズが、皇帝陛下以外の君主を持つはずがないのよ。だって、ロイズには王家の正統な後継者になることと、正式な帝室との血縁を持つ、主を支えるいわば、エルムド帝国とクロノアイズ帝国の間に存在することがロイズの存在意義だもの。帝国の盾であり続け、主君への忠誠を示すこと。それが彼の壮大なる野望なのよ……そんな中に王家は廃絶・自分は内務大臣になれ、なんて言われてそれも義母の私――逃げ出した元婚約者が上に立つなんて、あれが許すはずがないわ。見ててごらんなさい、アルナルド。ハサウェイの逃げ帰って来る様が私には見て取れるから。今頃、あの飛行船の中で、近衛騎士に捕まるか断罪されてなければいいけど」
あっさりとそこまで言ってのけるサラの見識に、アルナルドはただただ圧倒されていた。
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