殿下、婚約者の私より幼馴染の侯爵令嬢が大事だと言うなら、それはもはや浮気です。

和泉鷹央

文字の大きさ
95 / 105
第四章 二人の皇女編

都合の良い男

「お前って本当に意地悪ね」
「さあ、何のことでございましょうか?」
「……ティナお姉様の前だったら、そんな口ぶりできない癖に……」

 ぼそりと仕える主に言われて、オットーはうっと口ごもる。
 確かに、あの気丈なアリズンの従姉妹は苦手だった。
 色々な意味で。

「それは言わなくても宜しいではありませんか、アリズン様。ティナ様は幼少のころから、気質が荒い……」
「苦手なのよね、お前。教育係が引っかかれて逃げ惑う様なんて、初めて見たわよ」
「あの御方は巨大な虎のようなものですからなー、それはさておき。こちらを」

 お互い気の知れた者同士。
 主従でありながら、二人は軽口を交わすと気心の知れた友人のように肩を並べて歩き始めた。
 封筒を受け取ったアリズンは、これは? と視線で文官に問いかける。
 オットーは中身をどうぞ、と手で促した。

「手紙?」
「アルナルド様よりの直筆のサインが見て取れますなあ」
「お前、中を見たの?」
「いま、殿下の御手許にそれが見て取れますが」
「あ……そう、ね。彼の直筆なんて……」
「初めてご覧になられましたか」
「……うん」

 アリズンは歩みを止めてそれに読みふける。
 数枚、斜め下からでも読み取れる枚数を、一枚、また一枚と手繰り目を走らせるその表情はたまに恋する少女でもあり、たまに帝国の指導者の一員の横顔でもあり、たまに切なげな誰かに対する心配を垣間見せる。
 彼女がどこまで読んだところで話しかけるべきか。
 タイミングを見計らって側にいたオットーは、しかし、当人から一枚のそれを手渡されて言葉に詰まった。

「読んでも宜しいのですか?」
「そう思ったから渡しました」
「……はあ。では、拝見をば」

 基本は恋文。
 アリズンを立てつつ、早くこちらに来れないことを詫びる一文からそれは始まっていた。
 口にして読み上げるわけにもいかず、さっと目を走らせるオットーだが、数行見ていくにつれ部下として嬉しくない事情に顔が曇る。
 二枚目、三枚目と渡されるにつれ、見上げればそこにはアリズンのどこか悲しみがにじみ出た顔がある。
 最後の五枚目を渡されたとき。
 可哀想に、少女は皇女という仮面を脱ぎ捨てたくてそれができない悔しさに顔を歪めていた。

「殿下……」
「なぜ?」
「殿下!」
「なぜなの、オットー」
「……お答えは致しかねます。殿下……」
「――お前たち下の者はそれでいいわね……いいえ、ごめんなさい。こんな物言い、お前に負担をかけるだけね」
「いいのですよ、アリズン様。誰もがこのような内容の言葉を語るとは限りません」
「限らないって、だって――彼はこのように書いて来てるではないの。サラ様を何よりも愛している、と」
「……それは――もしかすれば……いや……」

 同じ男としてそこには頂けない内容が書かれていた。
 皇女サラとの仲から始まり、自分たちの交友関係、これまでのラフトクラン王国での様々な活動、その成果を成すことができず、また王国へと戻ることへの詫び。サラを妹とも、姉とも思っていながら妻に迎えたいという、彼の本心。

「こんな、恥を知らない文を贈りつける男性なんて――初めて目にしたわッ!」
「お怒りはほどほどに……」
「男なんてみんなこうなのっ!?」
「そこは男性は、と。丁寧にですな……」

 だって、とおさめようのない怒りを上気させて、皇女は憤慨する。
 彼女の怒りの元は理解できても巻き込まないで欲しいオットーだった。
 アリズンはそう……狼人と人間の双方の血を引いてはいるが、そのどちらの系譜にもいるのは中興の祖だの、男性顔負けの武勇を誇る女性だのと、気概の強さでは祖母の帝妃にも負けない素地を備えている。
 多分、気の強さという意味では別の面から見て、サラと双璧を成すのではないか。
 なんてことを文官はついつい思ってしまった。
 サラはサラで静かな氷の下にあるような冷たさの炎を。
 アリズンは瞬間に燃え盛る業火のような激しさを秘めている。
 どちらが正妃になるとしても、自分の未来にはこき使われるものしかない。
 そんな未来を見てしまうオットーだった。

「……ッ、そんな丁寧な物言いをするようには育てられておりません!」
「殿下、そう言われずに……。貴人なのですから、上品に……」
「お前っ、この状況でかける言葉はそれしかないの!?」
「私が慰めのお言葉を伝えてもそれはアリズン様にとっては、あとあと、怒りの対象にしかならないではないですか、同情などいらんっ、と再度のお叱りを頂くのはこの年寄りには応えますでな」
「誰が年寄よ。――いずれやって来る旦那様のしつけをきちんとしてくれなければ、このアリズンが困ります。そうではなくて?」
「では――殿下。ご婚約はこのまま続けてよいと、そういうことですかな?」

 意地が悪いかと思いつつ、質問を一つ。
 破談にしろとでも言ってくれたら、まだ手の打ちようもあったのだが。
 
「破談になんて出来ません! 皇帝陛下の威信だってかかっているのだから。それよりも、恥知らずな婿殿を教育する方法を考えなさい」
「では、そういたしましょう。その前に一つ。この文官からも報告がございます」
「……報告? まだ何かあるの?」
「ええ、殿下。正妻の座はサラ様にお譲りされるということで決まったとして――」
「……まだ決めたわけではないわ……」
「しかし、サラ様はどちらであっても、殿下に部下ともども、命を差し出す覚悟のようでございますよ」
「サラ様が――? それはなぜ? 彼女だってこの手紙を見れば愛想を尽かすかもしれないではないですか」

 ですから、とオットーは言い淀む。
 もう愛想は尽かされているのだ、サラには。
 そのことを知らないのはアリズンが最後だったというだけの話で、最初からアルナルドが来る時期は二転三転していてはっきりとおぼつかない。
 そういう相手がアリズンの夫になることに強い忌避感を部下が覚えるのは当然といえば当然といえる。

「アリズン様。皆はこの婚約にほとほとあきれ果てておりますよ」
「そんな……」
「まあ、ここは一つ。我ら部下の心持ちも来ていただけませんでしょうか?」
「私に足りないことがある。そう言いたいの?」

 不安に不安を重ねて皇女は部下に問いかける。
 オットーは静かにうなずくと、会話を始めた。

感想 99

あなたにおすすめの小説

夫の不倫相手に「妻の座を譲れ」と言われたので、譲る代わりに全部置いていきます 〜行き先は老舗旅館。追いかけてきても、もう遅いです〜 

なつめ
恋愛
夫の愛人に「妻の座を譲れ」と言い渡された主人公は、怒鳴り返すこともしがみつくこともせず、ただ静かに頷いた。 家のこと、食事のこと、社交のこと、義実家のこと、会社の裏方のこと。 誰も価値を知らなかった“妻の座”の中身を、そっくりそのまま置いて家を出る。 向かった先は、かつて傷ついた自分を受け入れてくれた老舗旅館。 再建に奔走する若旦那とともに働く中で、主人公は初めて「役に立つから愛される」のではなく、「あなた自身がいてほしい」と言われる温かさを知っていく。 一方、主人公を軽んじた元夫の家では、生活も体裁も仕事もじわじわと崩壊を始める。 これは、何も持たずに出ていったはずの女が、自分の人生を取り戻し、最後には新しい恋と居場所を手に入れる再生の物語。

【完結】断罪された悪役令嬢は存在ごと消されました ~見えません、聞こえません、でも殿下の毒杯くらいは弾けます~

Lihito
ファンタジー
前世はごく普通のOL。唯一の趣味は学園恋愛ゲーム。 推しは第三王子。温厚で、誠実で、どうしようもなく顔がいい。 気がつけばそのゲームの悪役令嬢に転生していた。 断罪は覆せない。どれだけ対策しても、シナリオの強制力が全部潰してくる。 入学式の壇上で婚約破棄。退学宣告。控えの間に連れていかれて—— 光に包まれた瞬間、私は透明になった。 声が出ない。姿が映らない。文字を書いても消える。 触れても「風かな」で済まされる。 それでも殿下のそばにいた。 毒の杯を弾いた。刃を逸らした。嘘を暴いた。 全部、殿下には見えないところで。 殿下は夜の礼拝堂で祈っていた。 「リゼット・ヴァルシアのことも、どうかお守りください」 ——ここにいるよ。あなたの、すぐ後ろに。 届かない声。触れられない手。それでも離れられない。 これは透明な私が、見えない距離ゼロで推しを守り続ける、どうしようもなく一方通行な恋の話。

「代わりはいくらでもいる」と言われたので、私は消えました。——お茶会ばかりしていた私が何をしていたのか、ご存じないようで

藤原遊
恋愛
下級貴族出身の私は、伯爵家に嫁いでから、ひたすらにお茶会を重ねてきた。 それはすべて、この家を支えるためのものだった。 けれど夫は、それを「無駄な遊び」と切り捨てる。 「代わりはいくらでもいる」と。 だから私は、何も言わずに去った。 ——その日から、伯爵家は静かに崩れ始める。 お茶会で築いていたものが何だったのか、誰も知らないまま。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【完結】白い結婚を終えて自由に生きてまいります

なか
恋愛
––アロルド、私は貴方が結婚初日に告げた言葉を今でも覚えている。  忘れもしない、あの時貴方は確かにこう言った。  「初めに言っておく、俺達の婚姻関係は白い結婚として……この関係は三年間のみとする」 「白い結婚ですか?」 「実は俺には……他に愛する女性がいる」   それは「公爵家の令嬢との問題」を理由に、三年間だけの白い結婚を強いるもの。 私の意思を無視して三家が取り決めたものであったが、私は冷静に合意を決めた ――それは自由を得るため、そして『私自身の秘密を隠すため』の計算でもあった。 ところが、三年の終わりが近づいたとき、アロルドは突然告白する。「この三年間で君しか見えなくなった。白い結婚の約束をなかったことにしてくれ」と。 「セシーリア、頼む……どうか、どうか白い結婚の合意を無かった事にしてくれ」 アロルド、貴方は何を言い出すの? なにを言っているか、分かっているの? 「俺には君しかいないと、この三年間で分かったんだ」 私の答えは決まっていた。 受け入れられるはずがない。  自由のため、私の秘密を守るため、貴方の戯言に付き合う気はなかった。    ◇◇◇ 設定はゆるめです。 とても強い主人公が自由に暮らすお話となります。 もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!

この結婚は王命ですから。初夜で拒絶された花嫁です、それでは自由にやらせていただきます!

夏目みや
恋愛
「どうせ、形式だけの結婚だ。だから俺に期待するな。あんたは好きに生きればいい」 北部に嫁いできたシャルロットは夫となるイザークに、初夜で冷たく拒絶されてしまう。 南部の富豪、セバスティア侯爵家シャルロットと北部のイザーク・カロン侯爵。 北部と南部を結ぶ要となるこの結婚は、すなわち王命。 王命の重さ、理解してらっしゃいますか? ――まあ、いいか。そっちがその気なら、好きにやらせていただきます! 領地改革始めましょう。南部から持ってきた食料を市井にふるまい、お金だってジャンジャン使って景気よく! 好き勝手に過ごしていると、なぜか近づいてくる旦那様。 好きにしろと言ったのはそっちでしょう? なのに今さら距離を詰めてくるのはどうして? この結婚の本当の目的を、彼はまだ知らない――。

【完結】王妃はもうここにいられません

なか
恋愛
「受け入れろ、ラツィア。側妃となって僕をこれからも支えてくれればいいだろう?」  長年王妃として支え続け、貴方の立場を守ってきた。  だけど国王であり、私の伴侶であるクドスは、私ではない女性を王妃とする。  私––ラツィアは、貴方を心から愛していた。  だからずっと、支えてきたのだ。  貴方に被せられた汚名も、寝る間も惜しんで捧げてきた苦労も全て無視をして……  もう振り向いてくれない貴方のため、人生を捧げていたのに。 「君は王妃に相応しくはない」と一蹴して、貴方は私を捨てる。  胸を穿つ悲しみ、耐え切れぬ悔しさ。  周囲の貴族は私を嘲笑している中で……私は思い出す。  自らの前世と、感覚を。 「うそでしょ…………」  取り戻した感覚が、全力でクドスを拒否する。  ある強烈な苦痛が……前世の感覚によって感じるのだ。 「むしろ、廃妃にしてください!」  長年の愛さえ潰えて、耐え切れず、そう言ってしまう程に…………    ◇◇◇  強く、前世の知識を活かして成り上がっていく女性の物語です。  ぜひ読んでくださると嬉しいです!

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。