婚約者の浮気現場に踏み込んでみたら、大変なことになった。

和泉鷹央

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第四章

おやつがやってきた!

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 轟音。
 爆音とはまた違う、腹の底に太くずとんと響いてくるような、そんな音。
 耳の奥がビリビリと鼓膜の振動とともに、視界にブレが生じる。
 地上数メートルの中空に魔法で浮遊していても、足元に展開している魔法陣から足を踏み外したらあっけなく地上に落下して……あえなく人生の幕を閉じるだろう。

「あぶないあっぶない」
 
 アイリスはベージュのドレスの裾が長いことに感謝しながら、地上からの視線などを気にしつつ、思わず耳を伏せてしまった。
 音とはこれほどに強い武器になるんだ。
 勉強、その一。
 次は自分が返礼をしてやろう。
 元来、アイリスは炎の女神の司祭だ。しかも、その主が現世に降臨する際に、下手をすればその身に依り代として受け入れていたかもしれない……そんな高レベルの素質を備えている。
 その分、性格だっておしとやかを通り越して苛烈で過激で、それでいて礼儀をわきまえるなんて普段は優しい仮面を被っているのだから、彼女の闘争本能に火がついたらその効果は推して知るべし、だ。

「っふーん。楽しい、いいですねーこの感触。ずっと押しとどめていたものが湧き上がる、容赦しなくていい相手に出会えた偶然の産物に感謝しなくては」

 熊?
 バロッサムだっけ?
 出てくるのが遅すぎた。
 準備する時間は万全、おまけに神様にだって言葉が届かないような、そんな結界を張り巡らせた中にこちらが開いたドアを通ってのこのこやって来るなんて……。

「春はまだ早いわよ、赤い熊さん! 冬眠どころか――永遠の眠りを捧げますわ。あ、でも――」

 その両腕は残して消えて欲しい。
 熊の腕は蜂蜜を食べるから甘くておいしいって聞くじゃない?
 と、襲撃者からすれば冷や汗ものの発言を言下にとどめ、アイリスは二つ、三つーと指先を鳴らしていく。
 奇術師がするようにパチンっ、と通りのよい硬質音は、熊の周囲にさらに幾重もの大輪の朱華を咲かせていく。それらは熱くもなく、寒くもない。
 ましてや、冷たさなんて感じることもないし――それでも、これから凍てつくような心の寒さだけは保証する。
 そんな恐るべき魔法の先兵として、大人の男の二倍か三倍はありそうな巨体を誇る熊―ーバルッサムの全身を積層型に覆いつくしていく。

「朱色の焔よりも、蛍火のようにフワフワってさせた方が悲壮感でるかしら? でも攻撃が無いってのも変なのよねえ??」

 自分のターンがまだある?
 それとも相手にはこんなもの大して恐怖に値しないのかしら?
 アイリスはちょっとだけ嫌な予感を感じてしまう。
 こういう時はなんだか悪い方が優先されるからだ。
 ま、とりあえず手は打ってあるけど。

「じゃあ、蒸し焼きになってくださいな、熊さん?」

 最後の指先を鳴らそうとアイリスが片手を挙げた時、待ってましたとばかりに熊が大木の幹すら振動させるような咆哮を上げたのだった。
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