婚約者の浮気現場に踏み込んでみたら、大変なことになった。

和泉鷹央

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第八章

我が主よ

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「かっ変えれるはずが……ないじゃない。そんなこと、誰もが許さないわ……誰もが、許してくれないわよ。こんな人間に良いようにされた女神なんて誰も……誰も」

 そう自暴自棄気味に呟くサティナの顔はいつもより、色白に見えた。
 いや、蒼白気味と言うべきか。
 ある事情で力を失いかけ、王国の建国に役立った。
 とある事情が妹神の件で、それが二千年を越えるはるか前。
 まだ地上に神殺しを名乗る人間や、神に従わない超越者たちがたくさん残っていた時代。勇者や聖女や魔王ですらも、神や魔神が己に都合の良い神託を下せば反逆することもあったという過去の英雄時代。
 そんな歴史のど真ん中にいてこの人はどんな思いで過ごしたんだろう。

「サティナ様」
「触らないで。……触れないで、お願いだから。貴女に力を向けたくない。お願いだから、来ないでアイリス」
「……」

 怒りがあるのだろう。
 人間でいえば国王や皇帝がはるか格下の奴隷の前にひざまづいたような感覚かもしれない。
 世界の為に、同胞の為に、兄妹の為に、信徒の為に。
 やりたくもないことをやり、心と身体を削り取られたのだから。
 肉体のある人間なら、神の本体は心そのものになるのかな。そんな大事な場所を汚されて、しかも誰にも奪えないはずのものをあっさりと、信徒や世界の為なんて理由で縛られたら。
 何千年もそんな仕打ちを受けてきたらすべてを拒絶もしたくなる。 
 復讐だってしたいはずだ。

「愛していたんですね、サティナ様?」
「何がよ」
「建国王のこと。大好きだったんでしょ? 頼まれただけならしないと思います。だって、アミュエラ様のことで人間不信になってると思うもの。前に言われたじゃないですか、世界有数の魔法使いになったって。女神なんて枠っていうか、本体は青い月にあっても心はこっちに降りて来た? それは分かりませんが……でも、聞いていたらサティナ様の建国王にかける想いはとても強いもの」
「強い? そう思うの、どうして?」
「……わたしもアズライルがまだ好きではないけど。過去に戻ってどうこうしたいという思いも、恨みだってありますけど。変えれるなら変えたいですよ。同じ過ちを繰り返さないように。彼とは結婚が決まる前のどこかで別々の道を歩みたい」
「だからって――今更、歴史は変えれない。あんな痛みをまた受けるようなそんな過去なら改変したって意味がない……もう苦しむのは嫌よ。人なんて二度と信じたくない」

 嫌、とサティナは顔を背けてしまう。
 でもアイリスは思うのだ。強情だなあって、騙されるかもしれないと思って騙されたところもあるんじゃないですかって、人と神は共に永遠にはいきれないのに、それを一瞬でも信じたことが――サティナ様、貴方の罪だと神々は言われているのではないですかって。

「サティナ様、質問です。今のサティナ様と妹のアミュエラ様……そう、あの神封じの結界に巻き込まれたときのアミュエラ様。どちらがお強いですか?」
「それは今――」

 と言いかけてサティナははっとする。
 アイリスの言いたいことを理解したようにでも、無理だわと否定するように。
 小さく首を振った。

「協力がいるわ。私だけでは無理」
「いらっしゃるのではないでしょうか。例えば、水晶族の女神リシェス様とか。腐食の神バルッサム様とか」
「……は?」
「二千以上前なら、もしかしたらあちらも仲たがいされたかもですよ。それでようやく仲直りしたのかもしれません。でないと、バルッサムなんてあんな古代の魔獣、都合よくでてくるはずがありませんもの」

 早く行ってくださいな。
 そう言いアイリスは女神の後ろにいつのまにか出て来たあの扉にサティナを押し出した。

「ばかっ、触ったら――」

 そのセリフの後半はこちら側には残らなかった。扉がばたん、と閉じてしまったからだ。
 今度の行き先は全てサティナに任します。
 アイリスは権限を献上して女神を追い出してやった。今度は悔いのないように、愛を確かめてくださいね。 
 そう思いながら。
 
「あーあ……失敗、かな。これじゃ戻れない……」

 女神の遺した呪いにも近い豪炎はアイリスの指先から始まり、ゆっくりとその輪郭を包んで燃やし尽くそうとしていた。痛みがないまま、灼けた部位から炭化して消えていくのを見るのは不思議な気分だった。死にゆくはずなのに大きな何かに包まれて自分が消えていく。
 安心感とこれでもう何もできないという後悔と、それを越えるさらに尽きることの無い安堵感。
 これが神に仕えて死んでいく者が得るやすらぎというものなのかもしれない。
 死んだら、どう――なるのかな。
 ごめんなさい、過去の私……我が主よ。
 女司祭の想いはそこで途切れた。
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