婚約者の浮気現場に踏み込んでみたら、大変なことになった。

和泉鷹央

文字の大きさ
92 / 104
第八章

殿下と婚約……

しおりを挟む
「新しい侍女の当てがあるなんて話自体、信じられないわ。昨日まではそんな素振りすら見せなかったじゃない」
「……うっ、それは……」
「わたしとヴィクターの結婚を応援するとか言いながら、その裏ではどんな奇行を思いついたのか」

 是非、聞かせて欲しいわ。
 そう続けるとケイトは黒い瞳でアイリスをじっと咎めるように見つめる。
 夜が始まるにはまだ早い時刻。
 夕暮れのオレンジ色の光と、学院の時計塔の鳴らす夕刻の鐘と、ケイトが不機嫌なときに刻む足の裏のタップが同時にアイリスの耳に入って来た。
 
「奇行なんてそんな言い方ないでしょ。まるで私が頭の足りない女みたいじゃない」
「見たいじゃなくて、その通りよ。バカな主を持つと本当に苦労するわ」

 ほぼ同じ目線、亜麻色の髪が窓から差し込んだ夕陽に染められて金色のように輝き、ふわりと秋の小麦を収穫したときのような少し甘い香りが鼻孔をくすぐる。ケイトは本気で怒っていて返事次第では自分から侍女を辞めそうな勢いだ。
 しかし、ここで多くを語ればあの時と同じことになる。
 サティナの御前。
 聖騎士と女神と自分とケイトと――あの場所でケイトはサティナすらも思いつかなかった解決法を提案した。
 あの水屋ではこちらから帝国側へと転送しなければ、彼女はアイリスを死なせるよりも自分が死を選んで消えて行っただろう。
 
「私は貴女のことを思って――」
「はあ? 思って何? 不名誉なことでもそれが主の為なら何でもするけど。抱かれてこいと言われたら、あなたの恋人にだって抱かれてもいいわよ? いまそれが必要なら! でも……そうは思えない」
「そんなバカなこと命じるはずがないじゃない」
「……同じくらい愚かな命令を下そうとしてるって自覚あるの、お嬢様?」

 最後は大事な主人のために散る。
 それが従者の生き様であり、それを成すことを本人は何一つ疑わないのだ。
 多分、今ここで私のために死になさい、それが侯爵家の為になるから。そう言い、短剣でも渡せばそれがアイリスの本気だと分かれば――ケイトはためらうことなく短剣を取り、自分で心臓を突くだろう。
 それがケイト・シスという女。

「あるのは、ある……けど、愚かなこととは思わない」
「ねえ、アイリス!」
「何よ」
「生まれてから今まで、私の存在意義はあなたの忠実な部下であり、親友であるために存在しているの。それを聞いても、まだ侍女を辞めろ、と。そう言うの?」

 足元の距離を詰め、いい加減我慢の限界も近かったケイトはアイリスを壁際まで追いこんで返事を急かした。自分よりも赤く、髪を凛々しく夕陽に染めた侍女は片手をバンッと壁に叩きつけた。

「こ、怖いから……ね?」
「返事、下さいな。御主人様」
「真顔で迫らないで……」
「いい加減、面倒くさいのよ! 理由は!?」

 限界だ。アイリスの心がそう告げ、警鐘を鳴らしていた。
 これ以上のらりくらりと誤魔化したら、侍女の限界は近い。そして、自分も無事ではいられない。
 侍女は父親にクビだと言われましたと申し出るだろう。それはいろいろな意味でまずかった。

「で……」
「で?」
「殿下に……婚約破棄をしたい、のよ……」
「……は?」

 数舜の沈黙が流れる。
 それはアイリスが知る限り、人生で二番目くらいには気まずい沈黙だった。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

「『お前に書く手紙などない』と言った婚約者へ、私は7年間手紙を書き続けた——ただし、届け先は別の人でした」

歩人
ファンタジー
辺境伯令嬢リゼットは、婚約者に7年間手紙を書き続けた。返事は一度もなかった。 「お前に書く手紙などない。顔も覚えていない」——婚約破棄。しかしリゼットは 泣かなかった。手紙の本当の届け先は、最初から別にあったから。前世の情報分析 能力で辺境の異変を読み解き、暗号として織り込んだ7年分の手紙。それを受け取り 続けていたのは第一王子。リゼットは誰にも知られず、王国を守っていた。 婚約破棄の翌朝、王子からの手紙が届く。「7年間、ありがとう。迎えに行く」

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。

藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。 そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。 私がいなければ、あなたはおしまいです。 国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。 設定はゆるゆるです。 本編8話で完結になります。

幼馴染に振られたので薬学魔法士目指す

MIRICO
恋愛
オレリアは幼馴染に失恋したのを機に、薬学魔法士になるため、都の学院に通うことにした。 卒院の単位取得のために王宮の薬学研究所で働くことになったが、幼馴染が騎士として働いていた。しかも、幼馴染の恋人も侍女として王宮にいる。 二人が一緒にいるのを見るのはつらい。しかし、幼馴染はオレリアをやたら構ってくる。そのせいか、恋人同士を邪魔する嫌な女と噂された。その上、オレリアが案内した植物園で、相手の子が怪我をしてしまい、殺そうとしたまで言われてしまう。 私は何もしていないのに。 そんなオレリアを助けてくれたのは、ボサボサ頭と髭面の、薬学研究所の局長。実は王の甥で、第二継承権を持った、美丈夫で、女性たちから大人気と言われる人だった。 ブックマーク・いいね・ご感想等、ありがとうございます。 お返事ネタバレになりそうなので、申し訳ありませんが控えさせていただきます。 ちゃんと読んでおります。ありがとうございます。

【番外編も完結】で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?

Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。 簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。 一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。 ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。 そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。 オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。 オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。 「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」 「はい?」 ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。 *--*--* 覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾ ★2/17 番外編を投稿することになりました。→完結しました! ★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓ このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。 第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」 第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」 第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」 どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ もしよかったら宜しくお願いしますね!

兄を溺愛する母に捨てられたので私は家族を捨てる事にします!

ユウ
恋愛
幼い頃から兄を溺愛する母。 自由奔放で独身貴族を貫いていた兄がようやく結婚を決めた。 しかし、兄の結婚で全てが崩壊する事になった。 「今すぐこの邸から出て行ってくれる?遺産相続も放棄して」 「は?」 母の我儘に振り回され同居し世話をして来たのに理不尽な理由で邸から追い出されることになったマリーは自分勝手な母に愛想が尽きた。 「もう縁を切ろう」 「マリー」 家族は夫だけだと思い領地を離れることにしたそんな中。 義母から同居を願い出られることになり、マリー達は義母の元に身を寄せることになった。 対するマリーの母は念願の新生活と思いきや、思ったように進まず新たな嫁はびっくり箱のような人物で生活にも支障が起きた事でマリーを呼び戻そうとするも。 「無理ですわ。王都から領地まで遠すぎます」 都合の良い時だけ利用する母に愛情はない。 「お兄様にお任せします」 実母よりも大事にしてくれる義母と夫を優先しすることにしたのだった。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...