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第八章
侍女の悪知恵
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翌朝。
ケイトに寮の自室を占拠されたまま、夜は更けてしまった。
侍女の返事は意外にもあっさりとしたものだった。
「ふうん……」
「なっ、何よ。本心だから――嘘はついてないわよ」
「いいえ、別に。そうなんだ。ふうん、婚約破棄、ね」
「そう、婚約破棄」
「出来るかどうかは考えているの?」
うっ、とアイリスは言葉に詰まる。
正直言ってそんなものは考えていない。
というか、つい数時間前にこの時間軸にやってきた――過去にさかのぼってこれたという事実に気づいたのだ。
自分が考えていた時間よりも少しばかり過去に戻ってしまったことを嘆きたいとは思うけれど、やって来てしまったのだからもうどうしようもない。
ここで王太子との婚約を破棄したいという本音を口にすることしか、アイリスはできなかった。
「とりあえず、殿下に会うわ……。それから、どう話すかを考えたいの」
「やっぱり」
「え?」
やっぱりってどういうこと?
成功するか失敗するか、どっちを意味しているんだろう。
不安な顔をするアイリスに、侍女はしっかりしなさいよと言い、壁に押し付けた手でもう一度、強くそれを叩きつける。
「離れたいならちゃんとする!」
「ひえっ!?」
「アイリスは我慢しすぎるのよ、いつもそうじゃないの! 今回だってそう、わたしの顔なんてどうでもいいのよ。だけど主人に信頼されてないかと思ったら泣きたくなるじゃない? もっと信じて欲しいわ……」
「……ごめんなさい。そこまで心配かけたと思ってなかったわ」
「で、どうして婚約破棄したいのよ。下手したら、あなたの侯爵家だって陛下からお叱りを受けるって理解してる?」
「それはもちろん、してるわよ。しているから、そうしたいの。あの女伯爵とさっさと結婚すればいいじゃないって……嫉妬だけが心に渦巻いてて苦しい」
「そう」
そこまで言うとケイトは壁から手を離し、主人を怒りの囲いから解放する。
しばし考えてから自分の部屋に戻ると言い、侍女はアイリスの部屋から退室した。
「納得――してくれた、のかしら?」
そう不安まじりに呟いていると、部屋のドアがノックと共に返事を待たずに開いてケイトが何かを抱えて入って来た。
「何それ?」
「これ? 資料よ、家系図とか王家の系譜を知らないと話にならないでしょ」
「それって、どういうこと?」
あのねえ、とケイトは資料と呼ぶ書籍数冊を机の上に置いて、腰に手を当てた。
王太子の愛人たる女伯爵がもし有力者の家系だったとき、彼女が王太子の側にいる理由は愛情とは別の理由かもしれない。
そういう下調べをせずに敵に立ち向かうのはおろか者のすることよ。
ケイトはそう言うと、長い夜になるわなんて恰好つけたセリフを言いながら、アイリスに古い歴史書を渡したのだった。
ケイトに寮の自室を占拠されたまま、夜は更けてしまった。
侍女の返事は意外にもあっさりとしたものだった。
「ふうん……」
「なっ、何よ。本心だから――嘘はついてないわよ」
「いいえ、別に。そうなんだ。ふうん、婚約破棄、ね」
「そう、婚約破棄」
「出来るかどうかは考えているの?」
うっ、とアイリスは言葉に詰まる。
正直言ってそんなものは考えていない。
というか、つい数時間前にこの時間軸にやってきた――過去にさかのぼってこれたという事実に気づいたのだ。
自分が考えていた時間よりも少しばかり過去に戻ってしまったことを嘆きたいとは思うけれど、やって来てしまったのだからもうどうしようもない。
ここで王太子との婚約を破棄したいという本音を口にすることしか、アイリスはできなかった。
「とりあえず、殿下に会うわ……。それから、どう話すかを考えたいの」
「やっぱり」
「え?」
やっぱりってどういうこと?
成功するか失敗するか、どっちを意味しているんだろう。
不安な顔をするアイリスに、侍女はしっかりしなさいよと言い、壁に押し付けた手でもう一度、強くそれを叩きつける。
「離れたいならちゃんとする!」
「ひえっ!?」
「アイリスは我慢しすぎるのよ、いつもそうじゃないの! 今回だってそう、わたしの顔なんてどうでもいいのよ。だけど主人に信頼されてないかと思ったら泣きたくなるじゃない? もっと信じて欲しいわ……」
「……ごめんなさい。そこまで心配かけたと思ってなかったわ」
「で、どうして婚約破棄したいのよ。下手したら、あなたの侯爵家だって陛下からお叱りを受けるって理解してる?」
「それはもちろん、してるわよ。しているから、そうしたいの。あの女伯爵とさっさと結婚すればいいじゃないって……嫉妬だけが心に渦巻いてて苦しい」
「そう」
そこまで言うとケイトは壁から手を離し、主人を怒りの囲いから解放する。
しばし考えてから自分の部屋に戻ると言い、侍女はアイリスの部屋から退室した。
「納得――してくれた、のかしら?」
そう不安まじりに呟いていると、部屋のドアがノックと共に返事を待たずに開いてケイトが何かを抱えて入って来た。
「何それ?」
「これ? 資料よ、家系図とか王家の系譜を知らないと話にならないでしょ」
「それって、どういうこと?」
あのねえ、とケイトは資料と呼ぶ書籍数冊を机の上に置いて、腰に手を当てた。
王太子の愛人たる女伯爵がもし有力者の家系だったとき、彼女が王太子の側にいる理由は愛情とは別の理由かもしれない。
そういう下調べをせずに敵に立ち向かうのはおろか者のすることよ。
ケイトはそう言うと、長い夜になるわなんて恰好つけたセリフを言いながら、アイリスに古い歴史書を渡したのだった。
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