婚約者の浮気現場に踏み込んでみたら、大変なことになった。

和泉鷹央

文字の大きさ
93 / 104
第八章

侍女の悪知恵

しおりを挟む
 翌朝。
 ケイトに寮の自室を占拠されたまま、夜は更けてしまった。
 侍女の返事は意外にもあっさりとしたものだった。

「ふうん……」
「なっ、何よ。本心だから――嘘はついてないわよ」
「いいえ、別に。そうなんだ。ふうん、婚約破棄、ね」
「そう、婚約破棄」
「出来るかどうかは考えているの?」

 うっ、とアイリスは言葉に詰まる。
 正直言ってそんなものは考えていない。
 というか、つい数時間前にこの時間軸にやってきた――過去にさかのぼってこれたという事実に気づいたのだ。
 自分が考えていた時間よりも少しばかり過去に戻ってしまったことを嘆きたいとは思うけれど、やって来てしまったのだからもうどうしようもない。
 ここで王太子との婚約を破棄したいという本音を口にすることしか、アイリスはできなかった。

「とりあえず、殿下に会うわ……。それから、どう話すかを考えたいの」
「やっぱり」
「え?」

 やっぱりってどういうこと?
 成功するか失敗するか、どっちを意味しているんだろう。
 不安な顔をするアイリスに、侍女はしっかりしなさいよと言い、壁に押し付けた手でもう一度、強くそれを叩きつける。

「離れたいならちゃんとする!」
「ひえっ!?」
「アイリスは我慢しすぎるのよ、いつもそうじゃないの! 今回だってそう、わたしの顔なんてどうでもいいのよ。だけど主人に信頼されてないかと思ったら泣きたくなるじゃない? もっと信じて欲しいわ……」
「……ごめんなさい。そこまで心配かけたと思ってなかったわ」
「で、どうして婚約破棄したいのよ。下手したら、あなたの侯爵家だって陛下からお叱りを受けるって理解してる?」
「それはもちろん、してるわよ。しているから、そうしたいの。あの女伯爵とさっさと結婚すればいいじゃないって……嫉妬だけが心に渦巻いてて苦しい」
「そう」

 そこまで言うとケイトは壁から手を離し、主人を怒りの囲いから解放する。
 しばし考えてから自分の部屋に戻ると言い、侍女はアイリスの部屋から退室した。

「納得――してくれた、のかしら?」

 そう不安まじりに呟いていると、部屋のドアがノックと共に返事を待たずに開いてケイトが何かを抱えて入って来た。

「何それ?」
「これ? 資料よ、家系図とか王家の系譜を知らないと話にならないでしょ」
「それって、どういうこと?」

 あのねえ、とケイトは資料と呼ぶ書籍数冊を机の上に置いて、腰に手を当てた。
 王太子の愛人たる女伯爵がもし有力者の家系だったとき、彼女が王太子の側にいる理由は愛情とは別の理由かもしれない。
 そういう下調べをせずに敵に立ち向かうのはおろか者のすることよ。
 ケイトはそう言うと、長い夜になるわなんて恰好つけたセリフを言いながら、アイリスに古い歴史書を渡したのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼馴染の王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。

藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。 何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。 同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。 もうやめる。 カイン様との婚約は解消する。 でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。 愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません! 一度完結したのですが、続編を書くことにしました。読んでいただけると嬉しいです。 いつもありがとうございます。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

諦めていた自由を手に入れた令嬢

しゃーりん
恋愛
公爵令嬢シャーロットは婚約者であるニコルソン王太子殿下に好きな令嬢がいることを知っている。 これまで二度、婚約解消を申し入れても国王夫妻に許してもらえなかったが、王子と隣国の皇女の婚約話を知り、三度目に婚約解消が許された。 実家からも逃げたいシャーロットは平民になりたいと願い、学園を卒業と同時に一人暮らしをするはずが、実家に知られて連れ戻されないよう、結婚することになってしまう。 自由を手に入れて、幸せな結婚まで手にするシャーロットのお話です。

【完結】これをもちまして、終了とさせていただきます

楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。 伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。 そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。 「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」 神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。 「お話はもうよろしいかしら?」 王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。 ※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m

『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』

しおしお
恋愛
王太子の秘書官として、陰で国政を支えてきたアヴェンタドール。 どれほど杜撰な政策案でも整え、形にし、成果へ導いてきたのは彼女だった。 しかし王太子エリシオンは、その功績に気づくことなく、 「女は馬鹿なくらいがいい」 という傲慢な理由で婚約破棄を言い渡す。 出しゃばりすぎる女は、妃に相応しくない―― そう断じられ、王宮から追い出された彼女を待っていたのは、 さらに危険な第二王子の婚約話と、国家を揺るがす陰謀だった。 王太子は無能さを露呈し、 第二王子は野心のために手段を選ばない。 そして隣国と帝国の影が、静かに国を包囲していく。 ならば―― 関わらないために、関わるしかない。 アヴェンタドールは王国を救うため、 政治の最前線に立つことを選ぶ。 だがそれは、権力を欲したからではない。 国を“賢く”して、 自分がいなくても回るようにするため。 有能すぎたがゆえに切り捨てられた一人の女性が、 ざまぁの先で選んだのは、復讐でも栄光でもない、 静かな勝利だった。 ---

真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください

LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。 伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。 真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。 (他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…) (1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い

腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。 お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。 当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。 彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。

処理中です...