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第九章
差し戻された婚約
しおりを挟むまあ……そんなものかな。
前世? での彼の言動・行動を思い返せば、この時代はまだ理性が効いていたのかもしれない。
人として。
いや思いやりのなさでいえば、既に婚約者としてダメだろうけど。
二年前は、こんな優しくない男性でも将来の夫として考えていたのだから。
若かったなぁ過去の自分。
しみじみと溜息を一つつき、相変わらずの自分オンリーな彼の態度に腹を立てつつ。
座れ、と手で示されたその椅子は、案内してきてくれた人物とはまた別の騎士が、礼儀正しく手前に引いてくれて二人の令嬢はそれぞれ互いの婚約者の目の前に相対する。
「……お怒りですか、殿下」
「別に。お前に会いたいから時間を作っただけだ」
「それは、ありがとうございます。……嬉しい」
「ふん」
口調はとても丁寧に、しかしその態度は忌々しい。
そんな感じに見えてしまい、あまりもの温度差にケイトとその婚約者、ヴィクターが苦笑する。
素直ではないですね、なんて。
ケイトはアズライル王子のご機嫌伺いを始めた。
仲がおよろしいようでとのたまう侍女の舌は二枚あるようで、アイリスはうわっ、と背筋に汗をかく。
演技の上手さはこの頃から育まれたらしい。
侍女、恐るべしだ。
「シス子爵令嬢、そう見えるか?」
「ええ、殿下。とてもお似合いなお二人のように見えます」
「そうか。まあ、当然だがな」
自分が気を遣ってやっているのだから当たり前だ。
尊大な彼は恥ずかしげもなくそんなことを言って退けた。
アイリスは20代後半にもなろうかというのに、こんなお世辞で喜ぶような器の小さい男と出会ったことを今更ながらに後悔していた。
過去の自分は人を見る目がなかったんだなあ。
と、つくづく自分の男運の無さというか、男を見る目の無さというか。
そんなものを思い知らされて赤面する。
「殿下の御心は雄大な空のように寛大です」
「ああ、そうだろう。そう思えるようになったなら、君も成長したものだ」
……と、すこし持ち上げてやると、この馬鹿王太子。
自分の優しさにアイリスが嬉しくて赤面しているのだ、と思い込んだらしい。
円満の笑みを浮かべてさも貴公子のごとく、伸ばした肩までの金髪をかきあげるのだから――。
思い違いにも程がある。
ケイトは亜麻色の髪に黒真珠のような瞳。
対するヴィクターは彼女よりもより黒々とした青黒い髪、青い瞳。
どう見てもこちらの方が美男美女だわ、とアイリスは思いつつ――つい、苦笑しがちな侍女の横腹を肘でつついて黙らせる。
「アズライル。今夜は貴重な時間を本当にありがとう……どうしても、お伝えしたいことがあるのです」
「……大事な話?」
アズライル。
そう呼び捨てにされ不快に感じたのだろう。
頬をぴくりと動かすが、アイリスの言う大事な話に気を取られたらしい。
王太子である自分に二度も時間を取らせたのだから、さぞや重大なことなのだろう。
彼は話してみろ、と目で許可を出した。
「ありがとう、アズライル。わたし――婚約を返上したいと思います」
「……ッ!? なん、だと――っ!」
こんな茶番劇に参加するのはもううんざりだ。
さっさと終わらせてしまおう。その方が楽になる――アイリスはまだ早い、と止めようとするケイトを無視して本題を突き付けてやった。
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