100 / 104
第九章
我慢の限界
しおりを挟む婚約者の不躾な発言に、王太子アズライルは不機嫌と共に眉根をひそめた。
普段の彼ならこう言っただろう。
「それは君のお父上から、俺の父親である国王陛下を通して発現されるべき問題だ」
と。
しかしこの時の彼は少しばかり違っていた。
二度にわたるデートをすっぽかされたと言う男の意地もあったのだろう。
立場とか礼節とか、そんな重要なものを放り出し、自分をないがしろにした小娘を叱りつけてやりたいという思いがあったのかもしれない。
青い瞳を不機嫌で曇らせながら、それでも話してみろ、と片手で合図をする
アイリスにとってはまたとないチャンスが舞い込んできたのだ。
これを無駄にする手はなかった。
「何が気に入らない? 俺の対応か? それとも、待遇が不満か?」
「いいえ――いいえ。そういう問題ではありません。もっと根本的な事……ダイアナ様とあなたとの関係についてです」
「ダイアナ? あれは側室だ。君は正妃になる」
ますますもって理解できないという顔を王太子はしていた。
いぶかし気に顔をしかめ、側に座るヴィクターにどう思う? と肩をすくめて見せる。
問われた青黒い髪の貴公子は、婚約者であるケイトにどうして連れて来た!? そんな仕草で怒りを示していた。
「待って、ヴィクター……オンセド男爵様。あなたたちに迷惑をかける気は無いの。アズライル王子、殿下にも同じです」
「しかし――もうかかっているぞ。婚約破棄を令嬢から申し出るなんて貴族社会では許されないことだ。おまけにヴィクターは帝国の貴族で、俺はこの国の王太子。この噂が流れれば、我が国の沽券に関わる」
やはり発言を許すべきではなかった。
アズライルはそう言うと肩をすくめて首を振る。呆れ果てた婚約者だ
女はこれだから浅はかで困る。
そんないくつかの侮蔑が込められた発言を真っ正面から受けて、普段のアイリスなら黙り込んだかもしれないけれど、この時のアイリスは二年以上先の未来からやってきた人間。
それも、普通の人間には成し得ないような大冒険を体験してきている。
彼女にとっては子犬がほんの少しじゃれついたような程度にしか感じなかった。
「明らかなる女性蔑視の発言、とても情けなく思いますわ殿下」
「ほう……?」
「国際社会という問題を持ち出されるのであれば、まず正妃を迎える前に側室を迎えられた殿下の軽薄さを、全国民に笑われながら、全世界に知らしめなければならないでしょう」
「言い過ぎにもほどがあるぞ、アイリス。今はまだ婚約者として、幼い少女の戯れ言と聞き流して行ってもいい。身の程を知れ――」
そんな恫喝、あの熊さんと――小山ほどもある巨大な魔獣と戦った後のアイリスには、小鳥のさえずりにも等しい。
確かに貴族令嬢としては問題がある発言だったかもしれないけど。
やはり浮気男にはそれなりの罰を与えてやらなければ気がすまない。
「身の程なんてものは生前からよく分かっております」
「生前? まるで死に戻りでも下からのことを言うんだな」
「似たようなものかもしれません。ただし少しばかり未来からですけれども」
「おいおい聞いたかよ、ヴィクター。今度は死に戻りでしかも未来からやってきたなんて戯れ言を言い出したぞ!?」
そう信じるわけがない。
普通の人間ならありえないと信じる理由は無い。
それでもケイトなら――幼い頃からずっとそばにいてくれた親友なら。
戯れ言であっても、決して嘘だと馬鹿にはしないはず……。
信じてもらえないことを辛さを噛み締めながら、でも、と言葉を続けようとするアイリスの手を掴む誰かがいた。
そっと両手で握りしめるその掌の温かさは、冷たくなりそうな心を癒してくれる。
振り返ればそこにはケイトがいて、頑張って、そう唇でエールを送ってくれていた。
「……。アズライル王太子殿下」
「なにかな? 未来人殿?」
あざけるようなその視線。悪辣で真摯なんてものは一つも見えない青い瞳はまるでガラス玉のように見えた。
感情のない人間と話をしている気分――最悪だ。
「未来から来たなどはどうでもいいのです。建国王との約定により、この国を守護すると決められた女神サティナ様の司祭として――主からの命を伝えます。我が女司祭を諦め、ダイアナ・ナズ・ディーゼル女伯爵を正妃にするように、と。今後、ドナード侯爵家・ならびに関係者に一切の干渉を禁ずる、と……」
「ばか、な……」
「主は――サティナ様はそうお考えです。嘘だと思うのであれば、聖女様でも、大神官様でも、遠く異国にいるあなたの親戚筋に当たる、アルフォンス・レダ・シュネイル子爵にでも確認をされれば宜しいかと」
「シュネイルの名前まで出て来るとはな。あれとの縁戚関係を知る者は多はない……。アイリス、女神様の神託を騙った以上――真実でなければ、理解しているな?」
もちろん、と女司祭は頷いた。
ケイトにぎゅっと力強く握りしめてもらった片手が、自分に勇気を与えてくれるから。
ここで立ち止まったり、引いたりするなんて思いは、心に生まれてこなかった。
「お好きに調べられれば宜しいかと。何より――わたしのような正妻候補がいるのに、側室にうつつを抜かして政務をおろそかにしようするから、女神様がお怒りになられるのですよ、殿下!」
「貴様!」
叫んだ途端、アズライル王子に向けて制したつもりが、盛大な炎が出現した。
おおう……何よこれ。
熱波もすさまじいその壁が二人を両断し、床から天井に至るまで高い壁を成している。
テーブルは真っ二つに炎により切断されていて、ごめんなさいっ、とアイリスは心の中で謝罪した。
「あなたの浮気癖なんてもうたくさんなのよ! それがどれほどの人を悲しませたか、そろそろ目を覚ましなさいよ、アズライルの馬鹿ッ!」
「この期に及んで馬鹿呼ばわりするとは……なんたる暴言だ!」
暴言なんて知ったもんですか!
こんな炎が出て来るなんて予想外だったけど。
言いたいことを言えて、アイリスはすっきりとした気分だった。
18
あなたにおすすめの小説
幼馴染の王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。
藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。
何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。
同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。
もうやめる。
カイン様との婚約は解消する。
でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。
愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません!
一度完結したのですが、続編を書くことにしました。読んでいただけると嬉しいです。
いつもありがとうございます。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。
そんなに妹が好きなら死んであげます。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』
フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。
それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。
そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。
イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。
異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。
何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……
諦めていた自由を手に入れた令嬢
しゃーりん
恋愛
公爵令嬢シャーロットは婚約者であるニコルソン王太子殿下に好きな令嬢がいることを知っている。
これまで二度、婚約解消を申し入れても国王夫妻に許してもらえなかったが、王子と隣国の皇女の婚約話を知り、三度目に婚約解消が許された。
実家からも逃げたいシャーロットは平民になりたいと願い、学園を卒業と同時に一人暮らしをするはずが、実家に知られて連れ戻されないよう、結婚することになってしまう。
自由を手に入れて、幸せな結婚まで手にするシャーロットのお話です。
【完結】これをもちまして、終了とさせていただきます
楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。
伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。
そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。
「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」
神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。
「お話はもうよろしいかしら?」
王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。
※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m
『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』
しおしお
恋愛
王太子の秘書官として、陰で国政を支えてきたアヴェンタドール。
どれほど杜撰な政策案でも整え、形にし、成果へ導いてきたのは彼女だった。
しかし王太子エリシオンは、その功績に気づくことなく、
「女は馬鹿なくらいがいい」
という傲慢な理由で婚約破棄を言い渡す。
出しゃばりすぎる女は、妃に相応しくない――
そう断じられ、王宮から追い出された彼女を待っていたのは、
さらに危険な第二王子の婚約話と、国家を揺るがす陰謀だった。
王太子は無能さを露呈し、
第二王子は野心のために手段を選ばない。
そして隣国と帝国の影が、静かに国を包囲していく。
ならば――
関わらないために、関わるしかない。
アヴェンタドールは王国を救うため、
政治の最前線に立つことを選ぶ。
だがそれは、権力を欲したからではない。
国を“賢く”して、
自分がいなくても回るようにするため。
有能すぎたがゆえに切り捨てられた一人の女性が、
ざまぁの先で選んだのは、復讐でも栄光でもない、
静かな勝利だった。
---
真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください
LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。
伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。
真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。
(他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…)
(1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)
「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い
腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。
お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。
当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。
彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。
侯爵家の婚約者
やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。
7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。
その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。
カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。
家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。
だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。
17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。
そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。
全86話+番外編の予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる