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第九章
炎の壁を越えて……
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一人の女性すら幸せにできない男に、多くの女性を得る権利などないのだ。
ごうごうと立ち上がる炎の向こうから――しかし、この炎は不思議なことに床や天井までは燃え広がらないのが不思議だったが――、アズライルは聞くに絶えないような暴言を吐きかけて来る。
「アイリスッ、お前は魔族にでも寝返ったのか? 王太子である僕に対してどういうつもりだ。……こんな娘しか育てられないのだから、平民上がりの貴族の娘など妻にするのは嫌だったのだ! 野性的で、魔力ばかり扱いに長けていても礼儀すらも知らない。夫に仕えるのが女の役割だということすら、誰も教えていないのか? 一体どうなっている、ドナード侯爵家は!? 母親の顔が見たいものだッ」
とまあ、罵詈雑言。
上から目線の語彙力の無さは、上級貴族というか。
自分を特別だと考えている連中には通じるものがあるのかもしれない。
高学歴のはずなのに、いざ、問題がおきて相手を嘲笑しようとすれば、どこかで聞いたようなセリフしか出てこない。
こちら側には熱さが伝わってこないなと思って後ろを振り向いたら、ケイトがやってくれたわね。そんな顔をして水の魔法による防火壁のようなものを張ってくれていた。
「……殿下ってあんなに幼い性格だったのね。幻滅だわ」
「ごめんね、ケイト。いきなりこんなことになってしまって」
「やめてよ、今更あやまるなんて。貴方らしくもない。どうせなにかやると思っていたから――丁度いいわ」
と、ケイトは肩をすくめると顎で向こう側を示す。
そこには彼女の婚約者がいて、「あーあ、もう……」、と聞こえそうな感じにぼやいて頭に手をやっていた。
どうするの? とケイトは身振り手振りで婚約者に問いかける。
それはこちらに来るのか、そちらでいるのかという意味であり――。
オンセド伯爵は本気で言ってるのか? と片手を挙げて信じられないよ、と叫んでいた。その声は炎の壁に遮られてこちらにすべては届かない。
しかしケイトは早くしろ、とばかりに恋人を睨みつけて行動を促していた。
ヴィクターはそれを見て諦めた顔をすると、両手を挙げて降参の意を表す。
そのまま、
「おい、オンセド男爵! どこへ行く!?」
「いやまあ……殿下。女性には勝てないと理解したほうが宜しいですよ!」
「なんだと!?」
と、男爵はそう言うと、部屋の扉を開いて廊下へと姿を消してしまった。
どうするつもりなんだろう。
アイリスがそれを見守っていると、ひょっこりと後ろにオンセド男爵が転移してきて、びっくりさせられる。
その様子をみて炎の壁の向こうのアズライルは唖然とし、アイリスは驚いて、ケイトだけが満足そうな微笑みをしながら、彼氏の腕の中に飛び込んでいた。
「やっぱり来てくれると思ったの! それでこそ、わたしのヴィクターよッ!」
「あのなケイト。僕の人生全てを君の意思が左右するような言動はちょっとやめてほしいんだけど……」
ケイトが普段はまずしない行動に嬉しい悲鳴を上げつつ、腕の中に抱きとめた彼女にヴィクターは苦言を呈した。
「何か文句あるの?」
「……いや、ない。ないが、この話は後からにしよう。二人っきりの時の方がいいだろ」
「それもそうね」
なんだか主役を張れたような気がして面白くないアイリスだったが、オンセド男爵の裏切りはアズライルにとってはそれなりに衝撃だったらしい。
異国の爵位を持つ人間とはいえ、ここは王国で自分はそこの王位継承者で。
その王太子の命令をこうもあっさりと拒絶する人間がいるなんて。
彼にはこれまで経験したことのない出来事だった。
「……よくあの炎の壁を越えて来られたわね……」
「いや? あれ、この部屋の一部だけのようだったし。廊下で隣の部屋まで移動して、壁一枚だけ越えただけだ。しかしアイリス……派手に喧嘩を売ったね?」
「当たり前でしょう? 結婚前に愛人をつくるなんてそれなら向こうを正妻にしてしまえばいいのよ。私よりも年上だし美人だし……さっき殿下がおっしゃったように、彼女は何代も前から続く名家の出身だわ」
「そんなこと気にしたのかい、君らしくもない」
「だって――王族の一員になることはお父様の夢だったし、お母様の遺言でもあったんだもの」
遺言?
その言葉はアイリスをそれほどまでに悩ませるものだったのだろうか。
ケイトとヴィクターは顔を見合わせた。
「君の母上は、殿下との婚約が決まった後、少しして亡くなられたはずだったよね」
「……そうだけど」
「どんな遺言だったの、アイリス?」
そういえば、とケイトは記憶を探る。
あの頃からシス伯爵家の娘として、彼女はアイリスの側に仕えていたが――。
「淑女でいてね、アイリス。殿下に相応しい女性になりなさい。って……そんな内容よ」
「それはまた――」
娘は母親の期待を裏切って、相応しい女性になるどころか、反旗を翻したに等しい。
親の希望を土足で踏みにじったことになってしまう。
言い淀むヴィクターは、しかし、アイリスを責めることはなかった。
ごうごうと立ち上がる炎の向こうから――しかし、この炎は不思議なことに床や天井までは燃え広がらないのが不思議だったが――、アズライルは聞くに絶えないような暴言を吐きかけて来る。
「アイリスッ、お前は魔族にでも寝返ったのか? 王太子である僕に対してどういうつもりだ。……こんな娘しか育てられないのだから、平民上がりの貴族の娘など妻にするのは嫌だったのだ! 野性的で、魔力ばかり扱いに長けていても礼儀すらも知らない。夫に仕えるのが女の役割だということすら、誰も教えていないのか? 一体どうなっている、ドナード侯爵家は!? 母親の顔が見たいものだッ」
とまあ、罵詈雑言。
上から目線の語彙力の無さは、上級貴族というか。
自分を特別だと考えている連中には通じるものがあるのかもしれない。
高学歴のはずなのに、いざ、問題がおきて相手を嘲笑しようとすれば、どこかで聞いたようなセリフしか出てこない。
こちら側には熱さが伝わってこないなと思って後ろを振り向いたら、ケイトがやってくれたわね。そんな顔をして水の魔法による防火壁のようなものを張ってくれていた。
「……殿下ってあんなに幼い性格だったのね。幻滅だわ」
「ごめんね、ケイト。いきなりこんなことになってしまって」
「やめてよ、今更あやまるなんて。貴方らしくもない。どうせなにかやると思っていたから――丁度いいわ」
と、ケイトは肩をすくめると顎で向こう側を示す。
そこには彼女の婚約者がいて、「あーあ、もう……」、と聞こえそうな感じにぼやいて頭に手をやっていた。
どうするの? とケイトは身振り手振りで婚約者に問いかける。
それはこちらに来るのか、そちらでいるのかという意味であり――。
オンセド伯爵は本気で言ってるのか? と片手を挙げて信じられないよ、と叫んでいた。その声は炎の壁に遮られてこちらにすべては届かない。
しかしケイトは早くしろ、とばかりに恋人を睨みつけて行動を促していた。
ヴィクターはそれを見て諦めた顔をすると、両手を挙げて降参の意を表す。
そのまま、
「おい、オンセド男爵! どこへ行く!?」
「いやまあ……殿下。女性には勝てないと理解したほうが宜しいですよ!」
「なんだと!?」
と、男爵はそう言うと、部屋の扉を開いて廊下へと姿を消してしまった。
どうするつもりなんだろう。
アイリスがそれを見守っていると、ひょっこりと後ろにオンセド男爵が転移してきて、びっくりさせられる。
その様子をみて炎の壁の向こうのアズライルは唖然とし、アイリスは驚いて、ケイトだけが満足そうな微笑みをしながら、彼氏の腕の中に飛び込んでいた。
「やっぱり来てくれると思ったの! それでこそ、わたしのヴィクターよッ!」
「あのなケイト。僕の人生全てを君の意思が左右するような言動はちょっとやめてほしいんだけど……」
ケイトが普段はまずしない行動に嬉しい悲鳴を上げつつ、腕の中に抱きとめた彼女にヴィクターは苦言を呈した。
「何か文句あるの?」
「……いや、ない。ないが、この話は後からにしよう。二人っきりの時の方がいいだろ」
「それもそうね」
なんだか主役を張れたような気がして面白くないアイリスだったが、オンセド男爵の裏切りはアズライルにとってはそれなりに衝撃だったらしい。
異国の爵位を持つ人間とはいえ、ここは王国で自分はそこの王位継承者で。
その王太子の命令をこうもあっさりと拒絶する人間がいるなんて。
彼にはこれまで経験したことのない出来事だった。
「……よくあの炎の壁を越えて来られたわね……」
「いや? あれ、この部屋の一部だけのようだったし。廊下で隣の部屋まで移動して、壁一枚だけ越えただけだ。しかしアイリス……派手に喧嘩を売ったね?」
「当たり前でしょう? 結婚前に愛人をつくるなんてそれなら向こうを正妻にしてしまえばいいのよ。私よりも年上だし美人だし……さっき殿下がおっしゃったように、彼女は何代も前から続く名家の出身だわ」
「そんなこと気にしたのかい、君らしくもない」
「だって――王族の一員になることはお父様の夢だったし、お母様の遺言でもあったんだもの」
遺言?
その言葉はアイリスをそれほどまでに悩ませるものだったのだろうか。
ケイトとヴィクターは顔を見合わせた。
「君の母上は、殿下との婚約が決まった後、少しして亡くなられたはずだったよね」
「……そうだけど」
「どんな遺言だったの、アイリス?」
そういえば、とケイトは記憶を探る。
あの頃からシス伯爵家の娘として、彼女はアイリスの側に仕えていたが――。
「淑女でいてね、アイリス。殿下に相応しい女性になりなさい。って……そんな内容よ」
「それはまた――」
娘は母親の期待を裏切って、相応しい女性になるどころか、反旗を翻したに等しい。
親の希望を土足で踏みにじったことになってしまう。
言い淀むヴィクターは、しかし、アイリスを責めることはなかった。
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