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第九章
子供の殿下
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「……アイリス。君は君の思うようにすればいいと思う。ケイトとかそうしたようにね――」
「あなたっ、それはばらさない約束っ」
「今更いいだろう? 隠していてもいつかはバレるんだから……僕が親のを継がずに帝国の爵位を弟たちに譲ろうとした時、ケイトは実家を捨てても付いてくるって言い張っていた。女性だってそれぐらい強くていいと思うんだよ」
「ヴィクター……。ケイトとのことはどうでもいいけど、お母様は天国で悲しまれてるかもしれないわ」
どうでもいいと言われてケイトの眉間に皺が寄った。
それを宥めながら、気にしすぎじゃないかなーとヴィクターが慰めようとしたら、そこに呼ばれていないはずの叫び声が割って入って来た。
炎の壁の向こうに隔離された王太子、アズライルの声だった。
「はっ! それ見ろ――ッ、亡き母御殿の遺志を継ぐこともできず、結局はお前のわがままではないか! 黙って待っていれば二年後には王太子妃の座が約束されているというのに! わがままにもほどがあるぞ――ッ!」
その二年後の結婚式の前夜に、あなたは全てを反故にして他に正妻を求めるって言い出したから――すべてはそこから狂いだしたのよ。
などと、アイリスはこの場にいる誰もが知り得ないことを叫んでやろうかと思ったけど、やめた。
あれの原因は女神様の声が聞こえなくなった聖女と大神官が役に立たないからと、女神サティナの独断と偏見で幼いアイリスだけに語りかけてきたことが原因だったからだ。
「うるさいですわよ、殿下。そのような大声を出されて、一国の王太子としての威厳も体面もあったものではございませんわ。お静かに願います。まったく……情けない」
「んなっ――っ!?」
「もうすこし王族としての覇気など持ち合わせておられませんの? このアイリス、もっと貴公子然とした殿方を求めたいと思いますの」
「……」
このばっさりと斬って捨てた物言いに、アズライルは絶句していた。
幼い子供だと侮っていた少女にここまで言われるなんて……。
彼の繊細な心は傷ついてしまい、可哀想に、片膝をついて落ち込んでしまった。
「情けないなあー。これならまだ――」
あの聖騎士や、王国騎士の方がどれほどかっこよかったことか。
地位が人を作るとはいうけれど、彼にはその例は当てはまらないらしい。
もう少し続くかと思われたアイリスと王太子との舌戦はあえなく、終了してしまった。
「これならまだ何なのアイリス? ……あなたまさか、他に意中の男性なんていたりしないわよね?」
「まさか。いるわけないわよ、そんなもの。だって、出会いすらないのだもの」
「……それにしては、誰? 聖騎士とかなんだとか。少し未来から来たとかっていうのは――信じがたいわねー」
ケイトがいぶかしむ隣で、ヴィクターはどうだろう、と顔を傾けている。
「未来から来た来なかったはどうでもいいことだけど。これから先どうするつもりだ、アイリス。これもまた女神様のお導きっていう話になるんだったら――まあ僕たちも理解しないでもないけどね」
「女神様の導きなのは間違いないわ。ただ――この時間に戻ってきてからまだお会いしてはないけど」
「未来ではお会いしたっていうことかい?」
「そうね。お会いして、色々なことがあって……どうしてもこの場所で。そう、どうしても殿下を愛するより、もっともっと大事なことを見つけてしまったの。それは恋愛とかじゃないけど。でも大事なことなの」
「うーん……聞いても教えてくれなさそうだけれど。どの辺りでどうか関わってくるんだ?」
「どうと言われても、そうね。殿下は国王になるだろうし、あなたたちは帝国で幸せに暮らすだろうし、私は――この体を未来の私が借りているだけだから。いなくなれば、元の十四歳に戻るかな――できれば、アズライル王太子から守って欲しいけど……。そこは女神様にすがるしかない、と思う。国は――安泰よ。女神様が、サティナ様がきちんとして下さるから」
「ほう……」
ヴィクターはこの場所にいる人物の中では、唯一、帝国の人間にして自ら爵位を持つ男性だった。
肝心のアズライルは炎の壁の向こうで打ちひしがれて役に立ちそうにない。
そんな意味で彼はアイリスの発言に面白そうな声をあげた。
未来において自分たちはうまくいっているらしい。
あの向こうでバカみたいになっている王太子でも国王になれるなら、帝国と王国の平和も続くということだ。
少なくともこれから二年間は――。
「女神様がきちんとしてくださる、か。それは、神様の兄君にあらせられる帝国の守護神ヌアザ様にも関係してるのかい?」
「……どうかな。そこまでは私、詳しく知らないの……。ただ、彼の――アズライルのわがままと傲慢さに振り回されるのが嫌になっただけ。それだけかな……」
「君の言った通り、現在は側室の女伯爵様が王子妃になれば、何か変わる、と?」
「うーん……そこはちょっと違うのよね。これはあくまで副次的というか、個人的な恨みというか……」
昨夜の調べ物の間に、アイリスは炎の女神の司祭の特権を行使して、ここ数年の間に聖女と大神官の二人にサティナが神託を告げているかどうかを調べさせた。
もちろん、誰にかというと、深夜に彼女の連絡を受けた従者によって、たたき起こされた神殿の騎士たちである。
報告の結果、まあ多分それは行われてるんだろう。
そんなものだったから、これから先、王太子が結婚式直前に他に正妻を求めるという決断を下す可能性は……限りなく低い。
そのことを考えれば、彼がこれに懲りて他に愛人を作らなくなれば女伯爵だって、悪い気はしないと思うのだ。
ついでに、自分がこの時間軸から去った後も……同じ男性を愛した女同士――。
なんとなく、ここにはいない彼女には理解してもらえるような気がしていた。
「個人的な恨みって。いかにも君らしい行動だね、アイリス」
「まったくだわ。これでヴィクターともども反逆罪に問われたらどうしようかしら」
「あー……多分、それは大丈夫。女神様がなんとかするはず、だから……」
確信があるようなないようなそんな返事を口にした時、まだまだ勢いの衰えない炎の壁の中にアイリスはいくつかの幻影を目にしていた。
「あなたっ、それはばらさない約束っ」
「今更いいだろう? 隠していてもいつかはバレるんだから……僕が親のを継がずに帝国の爵位を弟たちに譲ろうとした時、ケイトは実家を捨てても付いてくるって言い張っていた。女性だってそれぐらい強くていいと思うんだよ」
「ヴィクター……。ケイトとのことはどうでもいいけど、お母様は天国で悲しまれてるかもしれないわ」
どうでもいいと言われてケイトの眉間に皺が寄った。
それを宥めながら、気にしすぎじゃないかなーとヴィクターが慰めようとしたら、そこに呼ばれていないはずの叫び声が割って入って来た。
炎の壁の向こうに隔離された王太子、アズライルの声だった。
「はっ! それ見ろ――ッ、亡き母御殿の遺志を継ぐこともできず、結局はお前のわがままではないか! 黙って待っていれば二年後には王太子妃の座が約束されているというのに! わがままにもほどがあるぞ――ッ!」
その二年後の結婚式の前夜に、あなたは全てを反故にして他に正妻を求めるって言い出したから――すべてはそこから狂いだしたのよ。
などと、アイリスはこの場にいる誰もが知り得ないことを叫んでやろうかと思ったけど、やめた。
あれの原因は女神様の声が聞こえなくなった聖女と大神官が役に立たないからと、女神サティナの独断と偏見で幼いアイリスだけに語りかけてきたことが原因だったからだ。
「うるさいですわよ、殿下。そのような大声を出されて、一国の王太子としての威厳も体面もあったものではございませんわ。お静かに願います。まったく……情けない」
「んなっ――っ!?」
「もうすこし王族としての覇気など持ち合わせておられませんの? このアイリス、もっと貴公子然とした殿方を求めたいと思いますの」
「……」
このばっさりと斬って捨てた物言いに、アズライルは絶句していた。
幼い子供だと侮っていた少女にここまで言われるなんて……。
彼の繊細な心は傷ついてしまい、可哀想に、片膝をついて落ち込んでしまった。
「情けないなあー。これならまだ――」
あの聖騎士や、王国騎士の方がどれほどかっこよかったことか。
地位が人を作るとはいうけれど、彼にはその例は当てはまらないらしい。
もう少し続くかと思われたアイリスと王太子との舌戦はあえなく、終了してしまった。
「これならまだ何なのアイリス? ……あなたまさか、他に意中の男性なんていたりしないわよね?」
「まさか。いるわけないわよ、そんなもの。だって、出会いすらないのだもの」
「……それにしては、誰? 聖騎士とかなんだとか。少し未来から来たとかっていうのは――信じがたいわねー」
ケイトがいぶかしむ隣で、ヴィクターはどうだろう、と顔を傾けている。
「未来から来た来なかったはどうでもいいことだけど。これから先どうするつもりだ、アイリス。これもまた女神様のお導きっていう話になるんだったら――まあ僕たちも理解しないでもないけどね」
「女神様の導きなのは間違いないわ。ただ――この時間に戻ってきてからまだお会いしてはないけど」
「未来ではお会いしたっていうことかい?」
「そうね。お会いして、色々なことがあって……どうしてもこの場所で。そう、どうしても殿下を愛するより、もっともっと大事なことを見つけてしまったの。それは恋愛とかじゃないけど。でも大事なことなの」
「うーん……聞いても教えてくれなさそうだけれど。どの辺りでどうか関わってくるんだ?」
「どうと言われても、そうね。殿下は国王になるだろうし、あなたたちは帝国で幸せに暮らすだろうし、私は――この体を未来の私が借りているだけだから。いなくなれば、元の十四歳に戻るかな――できれば、アズライル王太子から守って欲しいけど……。そこは女神様にすがるしかない、と思う。国は――安泰よ。女神様が、サティナ様がきちんとして下さるから」
「ほう……」
ヴィクターはこの場所にいる人物の中では、唯一、帝国の人間にして自ら爵位を持つ男性だった。
肝心のアズライルは炎の壁の向こうで打ちひしがれて役に立ちそうにない。
そんな意味で彼はアイリスの発言に面白そうな声をあげた。
未来において自分たちはうまくいっているらしい。
あの向こうでバカみたいになっている王太子でも国王になれるなら、帝国と王国の平和も続くということだ。
少なくともこれから二年間は――。
「女神様がきちんとしてくださる、か。それは、神様の兄君にあらせられる帝国の守護神ヌアザ様にも関係してるのかい?」
「……どうかな。そこまでは私、詳しく知らないの……。ただ、彼の――アズライルのわがままと傲慢さに振り回されるのが嫌になっただけ。それだけかな……」
「君の言った通り、現在は側室の女伯爵様が王子妃になれば、何か変わる、と?」
「うーん……そこはちょっと違うのよね。これはあくまで副次的というか、個人的な恨みというか……」
昨夜の調べ物の間に、アイリスは炎の女神の司祭の特権を行使して、ここ数年の間に聖女と大神官の二人にサティナが神託を告げているかどうかを調べさせた。
もちろん、誰にかというと、深夜に彼女の連絡を受けた従者によって、たたき起こされた神殿の騎士たちである。
報告の結果、まあ多分それは行われてるんだろう。
そんなものだったから、これから先、王太子が結婚式直前に他に正妻を求めるという決断を下す可能性は……限りなく低い。
そのことを考えれば、彼がこれに懲りて他に愛人を作らなくなれば女伯爵だって、悪い気はしないと思うのだ。
ついでに、自分がこの時間軸から去った後も……同じ男性を愛した女同士――。
なんとなく、ここにはいない彼女には理解してもらえるような気がしていた。
「個人的な恨みって。いかにも君らしい行動だね、アイリス」
「まったくだわ。これでヴィクターともども反逆罪に問われたらどうしようかしら」
「あー……多分、それは大丈夫。女神様がなんとかするはず、だから……」
確信があるようなないようなそんな返事を口にした時、まだまだ勢いの衰えない炎の壁の中にアイリスはいくつかの幻影を目にしていた。
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