婚約者の浮気現場に踏み込んでみたら、大変なことになった。

和泉鷹央

文字の大きさ
102 / 104
第九章

子供の殿下

しおりを挟む
「……アイリス。君は君の思うようにすればいいと思う。ケイトとかそうしたようにね――」
「あなたっ、それはばらさない約束っ」
「今更いいだろう? 隠していてもいつかはバレるんだから……僕が親のを継がずに帝国の爵位を弟たちに譲ろうとした時、ケイトは実家を捨てても付いてくるって言い張っていた。女性だってそれぐらい強くていいと思うんだよ」
「ヴィクター……。ケイトとのことはどうでもいいけど、お母様は天国で悲しまれてるかもしれないわ」
 
 どうでもいいと言われてケイトの眉間に皺が寄った。
 それを宥めながら、気にしすぎじゃないかなーとヴィクターが慰めようとしたら、そこに呼ばれていないはずの叫び声が割って入って来た。
 炎の壁の向こうに隔離された王太子、アズライルの声だった。

「はっ! それ見ろ――ッ、亡き母御殿の遺志を継ぐこともできず、結局はお前のわがままではないか! 黙って待っていれば二年後には王太子妃の座が約束されているというのに! わがままにもほどがあるぞ――ッ!」

 その二年後の結婚式の前夜に、あなたは全てを反故にして他に正妻を求めるって言い出したから――すべてはそこから狂いだしたのよ。
 などと、アイリスはこの場にいる誰もが知り得ないことを叫んでやろうかと思ったけど、やめた。
 あれの原因は女神様の声が聞こえなくなった聖女と大神官が役に立たないからと、女神サティナの独断と偏見で幼いアイリスだけに語りかけてきたことが原因だったからだ。

「うるさいですわよ、殿下。そのような大声を出されて、一国の王太子としての威厳も体面もあったものではございませんわ。お静かに願います。まったく……情けない」
「んなっ――っ!?」
「もうすこし王族としての覇気など持ち合わせておられませんの? このアイリス、もっと貴公子然とした殿方を求めたいと思いますの」
「……」

 このばっさりと斬って捨てた物言いに、アズライルは絶句していた。
 幼い子供だと侮っていた少女にここまで言われるなんて……。
 彼の繊細な心は傷ついてしまい、可哀想に、片膝をついて落ち込んでしまった。

「情けないなあー。これならまだ――」

 あの聖騎士や、王国騎士の方がどれほどかっこよかったことか。
 地位が人を作るとはいうけれど、彼にはその例は当てはまらないらしい。
 もう少し続くかと思われたアイリスと王太子との舌戦はあえなく、終了してしまった。

「これならまだ何なのアイリス? ……あなたまさか、他に意中の男性なんていたりしないわよね?」
「まさか。いるわけないわよ、そんなもの。だって、出会いすらないのだもの」
「……それにしては、誰? 聖騎士とかなんだとか。少し未来から来たとかっていうのは――信じがたいわねー」

 ケイトがいぶかしむ隣で、ヴィクターはどうだろう、と顔を傾けている。
 
「未来から来た来なかったはどうでもいいことだけど。これから先どうするつもりだ、アイリス。これもまた女神様のお導きっていう話になるんだったら――まあ僕たちも理解しないでもないけどね」
「女神様の導きなのは間違いないわ。ただ――この時間に戻ってきてからまだお会いしてはないけど」
「未来ではお会いしたっていうことかい?」
「そうね。お会いして、色々なことがあって……どうしてもこの場所で。そう、どうしても殿下を愛するより、もっともっと大事なことを見つけてしまったの。それは恋愛とかじゃないけど。でも大事なことなの」
「うーん……聞いても教えてくれなさそうだけれど。どの辺りでどうか関わってくるんだ?」
「どうと言われても、そうね。殿下は国王になるだろうし、あなたたちは帝国で幸せに暮らすだろうし、私は――この体を未来の私が借りているだけだから。いなくなれば、元の十四歳に戻るかな――できれば、アズライル王太子から守って欲しいけど……。そこは女神様にすがるしかない、と思う。国は――安泰よ。女神様が、サティナ様がきちんとして下さるから」
「ほう……」

 ヴィクターはこの場所にいる人物の中では、唯一、帝国の人間にして自ら爵位を持つ男性だった。
 肝心のアズライルは炎の壁の向こうで打ちひしがれて役に立ちそうにない。
 そんな意味で彼はアイリスの発言に面白そうな声をあげた。
 未来において自分たちはうまくいっているらしい。
 あの向こうでバカみたいになっている王太子でも国王になれるなら、帝国と王国の平和も続くということだ。
 少なくともこれから二年間は――。

「女神様がきちんとしてくださる、か。それは、神様の兄君にあらせられる帝国の守護神ヌアザ様にも関係してるのかい?」
「……どうかな。そこまでは私、詳しく知らないの……。ただ、彼の――アズライルのわがままと傲慢さに振り回されるのが嫌になっただけ。それだけかな……」
「君の言った通り、現在は側室の女伯爵様が王子妃になれば、何か変わる、と?」
「うーん……そこはちょっと違うのよね。これはあくまで副次的というか、個人的な恨みというか……」

 昨夜の調べ物の間に、アイリスは炎の女神の司祭の特権を行使して、ここ数年の間に聖女と大神官の二人にサティナが神託を告げているかどうかを調べさせた。
 もちろん、誰にかというと、深夜に彼女の連絡を受けた従者によって、たたき起こされた神殿の騎士たちである。
 報告の結果、まあ多分それは行われてるんだろう。
 そんなものだったから、これから先、王太子が結婚式直前に他に正妻を求めるという決断を下す可能性は……限りなく低い。
 そのことを考えれば、彼がこれに懲りて他に愛人を作らなくなれば女伯爵だって、悪い気はしないと思うのだ。
 ついでに、自分がこの時間軸から去った後も……同じ男性を愛した女同士――。
 なんとなく、ここにはいない彼女には理解してもらえるような気がしていた。
 
「個人的な恨みって。いかにも君らしい行動だね、アイリス」
「まったくだわ。これでヴィクターともども反逆罪に問われたらどうしようかしら」
「あー……多分、それは大丈夫。女神様がなんとかするはず、だから……」

 確信があるようなないようなそんな返事を口にした時、まだまだ勢いの衰えない炎の壁の中にアイリスはいくつかの幻影を目にしていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

「『お前に書く手紙などない』と言った婚約者へ、私は7年間手紙を書き続けた——ただし、届け先は別の人でした」

歩人
ファンタジー
辺境伯令嬢リゼットは、婚約者に7年間手紙を書き続けた。返事は一度もなかった。 「お前に書く手紙などない。顔も覚えていない」——婚約破棄。しかしリゼットは 泣かなかった。手紙の本当の届け先は、最初から別にあったから。前世の情報分析 能力で辺境の異変を読み解き、暗号として織り込んだ7年分の手紙。それを受け取り 続けていたのは第一王子。リゼットは誰にも知られず、王国を守っていた。 婚約破棄の翌朝、王子からの手紙が届く。「7年間、ありがとう。迎えに行く」

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。

藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。 そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。 私がいなければ、あなたはおしまいです。 国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。 設定はゆるゆるです。 本編8話で完結になります。

兄を溺愛する母に捨てられたので私は家族を捨てる事にします!

ユウ
恋愛
幼い頃から兄を溺愛する母。 自由奔放で独身貴族を貫いていた兄がようやく結婚を決めた。 しかし、兄の結婚で全てが崩壊する事になった。 「今すぐこの邸から出て行ってくれる?遺産相続も放棄して」 「は?」 母の我儘に振り回され同居し世話をして来たのに理不尽な理由で邸から追い出されることになったマリーは自分勝手な母に愛想が尽きた。 「もう縁を切ろう」 「マリー」 家族は夫だけだと思い領地を離れることにしたそんな中。 義母から同居を願い出られることになり、マリー達は義母の元に身を寄せることになった。 対するマリーの母は念願の新生活と思いきや、思ったように進まず新たな嫁はびっくり箱のような人物で生活にも支障が起きた事でマリーを呼び戻そうとするも。 「無理ですわ。王都から領地まで遠すぎます」 都合の良い時だけ利用する母に愛情はない。 「お兄様にお任せします」 実母よりも大事にしてくれる義母と夫を優先しすることにしたのだった。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...