婚約者の浮気現場に踏み込んでみたら、大変なことになった。

和泉鷹央

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エピローグ

撃癒師と新たなる旅立ち

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 そこにはあの場所。
 剣を突き立てられて死んだはずの自分の肉体があり、側には王国騎士と見なられない初老の男性がいた。
 どうにかならないのか、そんな問いかけが王国騎士の口から出て、老人はまあ待て、どうにかするから――なんて困り顔で言いながら、その腕をアイリスの剣が突き立てられた傷口の真上に押し当てて、何かをしていた。
 何か。
 そう、何かをしていたのだ。
 神聖魔法でもなく、治癒魔法でもなく、回復魔法でもない。
 それでも癒すことには違いない、そうと見れば分かる魔法を彼は行使していた。
 血が体内に戻り、傷口は綺麗な状態へと時間が戻るかのように奇跡がそこでは起こっていた。
 だが、その魔法を行うだけ男性の顔には皺が刻まれていき、全身の生命力も薄くうすく、小さくなっていくのをアイリスは見ながら感じてしまう。
 ああー―これはあれだ。
『撃癒』と王国騎士が言っていたあの、奇跡の御業だ。
 アイリスは死ぬ間際の彼との会話を思い出す。

 ――
「撃癒師、という存在がいます」
「撃癒? どういう意味ですか?」
「己の寿命を賭して行う、最高位の治癒魔法らしいですね。神の奇跡すらも捻じ曲げて死を生に、生を死にもたらすとか」
 ――

 そんなことを言っていただろうか。「もう一人、救って欲しい男がいます」、とも言われた気がする。
 それがいま自分を蘇生させようとしている、撃癒師なる男なのだろう。
 しかし、彼を救えとはどういうことなのか。

 そんなことを思っていると、いよいよ老人の寿命まで尽き果てたのか。
 彼は苦しそうな咳とうめき声を上げてアイリスの真上に倒れ伏してしまった。
 そんなに命懸けで助けてくれなくてもいいのに……。
 見ているだけで何もできない悔しさが、アイリスの心をざわつかせる。
 自分は女司祭だけど、聖女様のような力があったなら――彼を救って上げれるのに。
 この命と引き換えに。

 などと願ってみたら――、

「冗談じゃない。救うのが俺の仕事だ。邪魔されちゃこまるんだよ!」

 なんて声が脳裏に響き渡る。

「えっ……? 誰よ?」

 思わず問い返したら、彼は目の前にいる単なる撃癒師だよ、と返事をする。
 どうやら撃癒とは互いの寿命や魂を重ね合わせて、奇跡を起こす技らしい。
 救うのはこっちも本職なんだけどなー、なんてぼやいたら叱られた。

「自分の命を犠牲にするやつなんて、ろくな奴がいない」
「だって、ランバート卿の名誉の為に……それ以外にも要件はあったけど」
「それは!? 済んだのか?」
「済んだから、呼び戻されたというか……」
「なら、手伝え! 俺だってこのまま死ぬのは御免だ!」
「ええええッーー!?」

 いきなりだ。
 手を引っ張られてぐいっと現実に引き戻される感覚。
 そのついでに、サティナと通じていた自分のどこかから、大量の魔力を引きずり出された。というか、根こそぎっていっていいほど、彼は持ち出した。
 おかげで意識が混濁し、魂の共鳴が女神とだったり、この撃癒師とだったりめちゃくちゃに鳴り響いて、アイリスの中には彼の人生が走馬灯のように流れていく。
 他人との記憶の共有を無理矢理やらされるなんて――。
 吐きそうなくらい気持ちが悪い。同時に視界が揺らめき、昏倒しそうになるが、このままでも大丈夫ッなんて奇妙な自信があって、ただ黙って耐えていたら――光の扉から蹴りだされたように。

「はあっ――」

 と、アイリスの瞳は見開かれ、それまで止まっていた脈拍が動き出すと自然と全身は空気を求めてさまよいだす。
 肺のうちに大量に入り込んだ空気にむせ返り、アイリスは盛大に咳き込んでいた。

「……成功か!?」
「えー多分ね……こっちもお陰で……」

 聞きなれた声。
 それもそのはず、彼の半生とアイリスの半生は微妙な感じに共有され、またバラバラに分かれてこの世に戻って来た。
 だけど、何かが違う。
 数度深呼吸したのち、落ち着きを取り戻したアイリスは、自分を見つめる四つの視線の方を向いた。
 一人は分かる。ランバート卿。王国騎士、自分を刺し殺した男(そうさせたのは自分だけど)
 もう一人は――記憶の中に名前があった。
 年齢も、声も、彼の記憶も――彼が他人には決して明かさない過去の出来事も。
 それをランバート卿だけは知っていることも……そして。

「なんで……若い?」

 銀髪。
 年齢のせいだと思っていた。いまは見事なプラチナブロンド……均一過ぎて、あのリシェスの乙女のように美しい。
 面立ち。
 老人だったから女性かどうかもわからないほど、皺くちゃだった。いまは精悍な顔つきで――見たことがないほどの美丈夫。あのアズライル以上の……美青年。
 瞳。
 真っ青で透ける空のような……印象深い知性的な光を放っている。

「あんたの力から少し借りたから、かな」
「そっ……そう……」

 ちょっと特徴のある抑揚を抑えたような、危険な香りがする声だった。
 聞いた者を虜にする、不思議な魅力にあふれている。
 まずい。ドキドキする。
 さっき、元婚約者を振ったばかりなのに。それに私……彼の過去だけじゃない。深いところまで彼を――知ってしまっている……。
 それは相手から一方的に与えられたものだったけれど。
 彼の過去を知り、思ったことは一つ。
 この男性をもっと深く知りたい。
 そんな感情だった。

「俺は忘れる」
「え、は……?」
「見たことは忘れる。あんたは好きにしろ、誰にも言わん」
「ちょっと、待って……」

 どこに行くのよ?
 その一言をアイリスが発する前に、彼は虚空へ掻き消えてしまった。
 転移魔法。
 それもかなり高等な魔法技術。彼の過去を知れば――それも納得がいくけど。

「行ってしまいましたな」
「行ったって――何よ、これ……」

 呆然と、アイリスが佇むなか、ランバート卿はアイリスを抱き上げて問いかける。

「どうしますか?」
「……あの人、死ぬ気だわ……」

 彼が自分を助けた理由。
 その見返りに求めたもの。
 そして、これから先に行かなければならない危険が待ち構えていること。
 そのすべてをアイリスは知ってしまった。
 無視できないほどに、忘れることや、見捨てることができないほどに。
 彼を待ち受ける試練は、大きくて悲しいものだった。

「では、行かれますか?」
「……めちゃくちゃよ。こんなの……撃癒師・カール……ね」
「ええ、そんな名前ですね。では、手配を」

 何もかも知っているのか、それとも知らされていたのか。
 面白くないことに、ランバート卿は笑顔でそう言うとアイリスをその部屋から連れ出した。
 それからしばらくしてのことだ。
 カールが向かった先。
 ラフトクラン王国に女神サティナの神殿があり、そこの司祭代理としてアイリスが旅立ったのは。

                                       (了)

 ※
 
 読者様へ。
 紆余曲折ありましたが、ここまで読んで頂きましてありがとうございます。
 アイリスの冒険は一旦、ここで終了となります。
 
 
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