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第二章
悪戯は寂しさと共に
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「いいですか、細かいようですが教えてください、ですよ。アンナローズ。南と違って、西の大陸は年長者への礼儀作法はもっと厳しい」
「……教えてください。ラッセル、さん……」
「それなら、まずこれはコンロと言って。下に薪を燃やす必要は無くてですね。こうやって――」
魔石を加工した四角い台には円形の模様が描かれていて、そこには数字が振られていた。鍋やフライパンを置く場所を分かりやすく指示していて、それはまるで現代のIHコンロのようであり、そうでないようであり。
ラッセルはその台の手前側にある丸い円形の取っ手のようなものに手を添えると、手前に引き出してから左に捻って見せてやる。
「これで、点火するんです。あとは右に捻ると――ほら、加熱される。止めるときはまた左端に戻して、取っ手を押し込めばよし。火力は右端に回すほど強くなります」
「……はい」
「あと、水はこれ」
隣にあるシンクを指さすがそこには水が流れ出るようなものは何もなく、蛇口すらもない。井戸水を汲だすためのポンプすらないから、これを見ただけで理解しろというのは無理かもしれない。
そう思い、ラッセルは長方形のシンクの奥側が接する壁を押そうとしたその時。
「あっ……おい?」
ひょいっとアンナローズはまるで勝手知ったる場所とでもいうかのように、水をシンクに流し始めていた。
「ふーん。便利、便利」
「なん、だよ……あっ! だましたな?」
こいつ、最初から知ってた?
俺に料理させようと企んだな……してやられた。
ラッセルがそう思いにらみかえすと、アンナローズは違うよと首を振る。
「ありがとう。知ってたけど、でも、知りたかった」
「何だよ、その悪びれもしない言い方は。言っただろう、もうお嬢様でいられる時間は終わりかけているかもしれないと――」
「知ってる、ごめんなさい」
「……素直だなお嬢様。その本音を言いたいけど言えないからって我慢する癖、いつまで続けるつもりですか? 俺は殿下じゃない。あいつのように貴方に嘘もつかない」
「嘘? どういうこと?」
思ってもみなかった返事が返ってきて、アンナローズはきょとんとしてしまう。
その仕草はまるで幼い子供が不安と恐怖に耐えながら、それでも自分を頑張らせようと鼓舞しているようで、それが空回りしているようで……ラッセルにはそれ以上、責める気にはなれなかった。
「敬語は止めますよ。明日から、総合ギルドでは従兄弟の関係だからな。俺は殿下のように約束を破るような男じゃないし、守ると侯爵様に誓ったんだ。生涯をかけて守るってな。十年、アンナローズを守って来た。そうだろ?」
「うん……そう、ですね。ラッセル銃士長」
「敬語はやめろって。何を知りたかったかはっきりと言え。言えば、今夜は作ってやる」
「……意地悪。ごめんなさい、知りたかったの。私が短期で起こしたことに巻き込んで、でも、私は何もできなくてどうすればいいですか?」
どうすればいいですか?
そんなこと簡単だろ、お嬢様。あんたは、ただ生きることに集中すればそれでいいのに。
男に付き従え。そう教えて来たんだな、あの王国の国母候補への教育は……。
一人の少女の意思を、その真剣な本音すらも抑え込むその教育を、ラッセルは初めて恐ろしいと思ってしまった。
「……教えてください。ラッセル、さん……」
「それなら、まずこれはコンロと言って。下に薪を燃やす必要は無くてですね。こうやって――」
魔石を加工した四角い台には円形の模様が描かれていて、そこには数字が振られていた。鍋やフライパンを置く場所を分かりやすく指示していて、それはまるで現代のIHコンロのようであり、そうでないようであり。
ラッセルはその台の手前側にある丸い円形の取っ手のようなものに手を添えると、手前に引き出してから左に捻って見せてやる。
「これで、点火するんです。あとは右に捻ると――ほら、加熱される。止めるときはまた左端に戻して、取っ手を押し込めばよし。火力は右端に回すほど強くなります」
「……はい」
「あと、水はこれ」
隣にあるシンクを指さすがそこには水が流れ出るようなものは何もなく、蛇口すらもない。井戸水を汲だすためのポンプすらないから、これを見ただけで理解しろというのは無理かもしれない。
そう思い、ラッセルは長方形のシンクの奥側が接する壁を押そうとしたその時。
「あっ……おい?」
ひょいっとアンナローズはまるで勝手知ったる場所とでもいうかのように、水をシンクに流し始めていた。
「ふーん。便利、便利」
「なん、だよ……あっ! だましたな?」
こいつ、最初から知ってた?
俺に料理させようと企んだな……してやられた。
ラッセルがそう思いにらみかえすと、アンナローズは違うよと首を振る。
「ありがとう。知ってたけど、でも、知りたかった」
「何だよ、その悪びれもしない言い方は。言っただろう、もうお嬢様でいられる時間は終わりかけているかもしれないと――」
「知ってる、ごめんなさい」
「……素直だなお嬢様。その本音を言いたいけど言えないからって我慢する癖、いつまで続けるつもりですか? 俺は殿下じゃない。あいつのように貴方に嘘もつかない」
「嘘? どういうこと?」
思ってもみなかった返事が返ってきて、アンナローズはきょとんとしてしまう。
その仕草はまるで幼い子供が不安と恐怖に耐えながら、それでも自分を頑張らせようと鼓舞しているようで、それが空回りしているようで……ラッセルにはそれ以上、責める気にはなれなかった。
「敬語は止めますよ。明日から、総合ギルドでは従兄弟の関係だからな。俺は殿下のように約束を破るような男じゃないし、守ると侯爵様に誓ったんだ。生涯をかけて守るってな。十年、アンナローズを守って来た。そうだろ?」
「うん……そう、ですね。ラッセル銃士長」
「敬語はやめろって。何を知りたかったかはっきりと言え。言えば、今夜は作ってやる」
「……意地悪。ごめんなさい、知りたかったの。私が短期で起こしたことに巻き込んで、でも、私は何もできなくてどうすればいいですか?」
どうすればいいですか?
そんなこと簡単だろ、お嬢様。あんたは、ただ生きることに集中すればそれでいいのに。
男に付き従え。そう教えて来たんだな、あの王国の国母候補への教育は……。
一人の少女の意思を、その真剣な本音すらも抑え込むその教育を、ラッセルは初めて恐ろしいと思ってしまった。
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