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第二章
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「あの、な。アンナローズ……そのどう言えばいいのか。そうだな……」
参った。
迷える子羊はこいつじゃなくて俺の方だ。
こんな不安に怯える彼女は初めて見てしまった。
いいや――国母候補としての重責に人知れず涙する、そんなアンナローズは幾度となく見て来た。
いまはラッセルの方が不安に怯える始末だ。
「何かしら? 知りたいの。もう子供ではないわ」
いや、そうじゃない。確かに子供じゃない。
貴族でなくても、庶民だって十六歳は立派な大人だ。
しかし、どう伝えればいい?
お前は王家に恥をかかせて侯爵家を断絶の憂き目に会わせた上に、更に責任から逃れて逃亡している。
自分の守るべき家臣たちの信頼を裏切り、ここにいる卑怯者だと、言えというのか?
「子供かどうかは関係ないんだ。そう、だな……」
「ラッセルも私を生き恥を晒している女だって蔑むの?」
アンナローズの目尻にひそやかに涙が浮かぶ。
この主の泣いた姿なんてもう何年見ていないだろうか?
愛犬が死んだとき以来、六年は見ていない――が。
「嘘泣きはやめろ。そんな程度のことで自分を見失うような、そんな弱い女じゃないことは知ってるぞ」
「……可愛くないわねー……」
「これでも十年間、あの殿下より長い時間を付き合ってきたからな。あざとい真似は自分を見知らぬ相手にやるもんだ」
「あっ……。バカ、なんでこんな時にクレイグのこと言うのよお……」
「何!? あ、いやそれは……すまん」
どうやら気丈な少女にも、触れないようにしていた部分があったらしい。
アンナローズは今度は本気でその目尻にじんわりと涙を浮かべ始めたように、ラッセルには見えた。
しまった。藪蛇だったか――まさかそこまで思い込んでいるとは……。
「馬鹿、ラッセルにはわからないわよ。どうせ、私はクレイグに婚約破棄された上に出て行けと言われた侯爵家の恥知らずな女よ! その上……あなたみたいな優しさのかけらもない男が従者だなんて。お父様から自決して家の汚名をそそげって言われるまで、ほんの少しだけ人生を楽しもうと思ったら働けって言われるし――ラッセルにはひどい仕打ちしか受けてないわよ! この人でなし!」
「言い過ぎだろ!? 俺だってお前があんなことしなきゃ、本当はソフィと結婚する予定だったんだぞ!?」
「は……?」
アンナローズの涙がぴたりと止んだ。
結婚? 何それ、嘘だって言っていたじゃないの、と更にラッセルはにらみつけられた。
「何、だよ」
「誰よ、ソフィって?」
「お前には関係ない!」
「だから、誰よ!? そんな名前のメイドなんてうちにはいなかったじゃない!」
「関係ないだろう。それにメイドじゃない……」
女というものは勝手だ。
自分の機嫌が悪くなれば、それはすべて男のせいにできるものなのだから。
「今夜はラッセルが作って!!」
「は? おい……」
アンナローズは勢いよく調理台を叩くと、自室に飛び込んでしまった。
参った。
迷える子羊はこいつじゃなくて俺の方だ。
こんな不安に怯える彼女は初めて見てしまった。
いいや――国母候補としての重責に人知れず涙する、そんなアンナローズは幾度となく見て来た。
いまはラッセルの方が不安に怯える始末だ。
「何かしら? 知りたいの。もう子供ではないわ」
いや、そうじゃない。確かに子供じゃない。
貴族でなくても、庶民だって十六歳は立派な大人だ。
しかし、どう伝えればいい?
お前は王家に恥をかかせて侯爵家を断絶の憂き目に会わせた上に、更に責任から逃れて逃亡している。
自分の守るべき家臣たちの信頼を裏切り、ここにいる卑怯者だと、言えというのか?
「子供かどうかは関係ないんだ。そう、だな……」
「ラッセルも私を生き恥を晒している女だって蔑むの?」
アンナローズの目尻にひそやかに涙が浮かぶ。
この主の泣いた姿なんてもう何年見ていないだろうか?
愛犬が死んだとき以来、六年は見ていない――が。
「嘘泣きはやめろ。そんな程度のことで自分を見失うような、そんな弱い女じゃないことは知ってるぞ」
「……可愛くないわねー……」
「これでも十年間、あの殿下より長い時間を付き合ってきたからな。あざとい真似は自分を見知らぬ相手にやるもんだ」
「あっ……。バカ、なんでこんな時にクレイグのこと言うのよお……」
「何!? あ、いやそれは……すまん」
どうやら気丈な少女にも、触れないようにしていた部分があったらしい。
アンナローズは今度は本気でその目尻にじんわりと涙を浮かべ始めたように、ラッセルには見えた。
しまった。藪蛇だったか――まさかそこまで思い込んでいるとは……。
「馬鹿、ラッセルにはわからないわよ。どうせ、私はクレイグに婚約破棄された上に出て行けと言われた侯爵家の恥知らずな女よ! その上……あなたみたいな優しさのかけらもない男が従者だなんて。お父様から自決して家の汚名をそそげって言われるまで、ほんの少しだけ人生を楽しもうと思ったら働けって言われるし――ラッセルにはひどい仕打ちしか受けてないわよ! この人でなし!」
「言い過ぎだろ!? 俺だってお前があんなことしなきゃ、本当はソフィと結婚する予定だったんだぞ!?」
「は……?」
アンナローズの涙がぴたりと止んだ。
結婚? 何それ、嘘だって言っていたじゃないの、と更にラッセルはにらみつけられた。
「何、だよ」
「誰よ、ソフィって?」
「お前には関係ない!」
「だから、誰よ!? そんな名前のメイドなんてうちにはいなかったじゃない!」
「関係ないだろう。それにメイドじゃない……」
女というものは勝手だ。
自分の機嫌が悪くなれば、それはすべて男のせいにできるものなのだから。
「今夜はラッセルが作って!!」
「は? おい……」
アンナローズは勢いよく調理台を叩くと、自室に飛び込んでしまった。
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