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第一章 南の塔(悪だくみはここから始まります)
第12話 その名は(フレンヌです)
しおりを挟む「あの子を、カトリーナ様と僕の側につけて欲しいな」
ルディはしれっとそう要求する。
それを聞いてガスモンは耳を疑った。
ついでにちょっとばかりの出世欲が……年齢とともに枯れていた何かがにょっきっと顔を表した。
しかし、いけませんとジャスミンが悲鳴に似た拒絶を示した。
「殿下? 何をお考えになっているのですか!」
「おば様。どうして怒っているのですか」
「どうしてって、そんなこと決まっています! 獣人ですよ、それも奴隷だった……」
非常識だと乳母は叫んでいた。
ルディは面白そうに笑ってしまう。
奴隷だったのはもう昔の話なのに、と。
「今はガスモンの養女ですよ」
「……そ、それは。でも、なりません。下賤な者であることに変わりは……」
「獣人だからですか? でもそれは――」
とルディは口ごもる。
乳母は父親と仲がいい。
あまり口答えをして機嫌を損ねるのは賢くない。
「なんですか、殿下。男性が一度でも口にした言葉は最後まで言うべきです」
「……それでは言いますが。おば様、女神様の大神官ジョゼフ様は商人の息子でした。僕の妻になるカトリーナ様のお母様も商人の娘だと聞いています……」
「えっ」
今度はジャスミンが返す言葉に困っていた。
商人は王宮に入ることを許されていない、下賤な身分の者たちだ。
その娘が王太子の妻になる。
女神様に選ばれた聖女だという理由があっても……王太子を納得させるには根拠が薄かった。
乳母はやりこめられたかのように押し黙ってしまう。
「……いいでしょう。ですが、何か問題を起こしたらと思うと。私は殿下が心配なのです」
「ガスモン先生の娘だもの。僕は大丈夫だと思います、おば様」
「殿下……」
二人の会話を聞きながらこれから新しい奴隷を買うにはどうしたものかと思案を巡らせていたガスモンが絶句する。
これにはい、とでも返事をしたらそのまま義理の娘の不始末は全部、自分に戻ってくるのだ。
なんとしても思いとどまらせようとガスモンは考えるが、今度は乳母が敵に回っていた。
「殿下は人を見る目があるのだと、乳母は感じました。そうですね、ガスモン師の娘になったほどの子供ですから……ねえ、先生?」
「は!? あ、は。そうですな……それでは礼儀作法を厳しく躾けますので、しばし御時間を頂きたく……」
「どれくらい必要ですか、おば様?」
「あら、そんなことならば明日からでもよろしくてよ。きちんとこの乳母が躾けますから」
人質の代わりに。
宮廷魔導師の長の義娘をその手中に収めておけば、自分の王宮での立場はより強くなる。
ジャスミンの瞳は怪しく輝いていた。
「ですが殿下、奴隷だったものです。あまりにもひどければ、戻すことも考えなければなりません」
奴隷に。
彼女を奴隷に戻すのか。
ルディは一瞬、不快感を示した。
だけど、ここで乳母の機嫌を損ねたら手に入るものも、手に入らなくなる。
「大丈夫ですよ、殿下。その時は首輪をかければ意のままになりますから」
「そう……ですね」
それなら最初から奴隷のままにしておけばいいというのと同じじゃないか。
ルディは心の中でそう叫んでいた。
奴隷のあの娘が、従属する彼女が欲しいとは思わなかった。
いつかははっきりとさせなければならないと、ルディは心に誓っていた。
あの娘に求められたのだ。
助けて欲しいと。
それを適えるのは王族の義務だということを、彼は忘れていなかった。
「首輪をさせるようにならないように、きちんとおば様が教えて頂ければ……いいかと」
「努力しましょう」
奴隷に首輪には主人の命令に逆らったり、主人に抵抗したり逆らったり、自殺しようとすれば首が自動的に締まる魔法がかかっている。
それをルディは知っていた。
ガスモンはもう逃げ場はないと知り、承知しましたと返事をする。
「御二人のお側に……、かしこまりました。急ぎ、準備をせねば」
そんな慌てふためくガスモンに、ルディは五歳児とは思えない、いやらしさと根性がひねくれたような顔をして見せる。
「これでガスモンは女神様の結界に関しての研究ができるだろう。せいぜい、頑張ってね」
「あ……は、はい……」
ルディは幼いながらにも、女神というこの国にとっては新しい存在に護られていることへの不満があることを知っていた。
それはガスモンを始めとした宮廷魔導師たちもそうだし、王族の中にはそう言った意見を口にする者もいた。
大神官とガスモンはそれぞれ不仲だったし、いずれこの国に女神は必要かどうか。
それを調べるにはいい機会だとルディは思った。
ところで、と王太子はガスモンに質問する。
「あの子、名前はなんと言ったっけ?」
「あ、あれはその……フレンヌ、と。亡き娘の名を与えました」
「そう。なら可愛がってよ。ガスモン、よりすぐれた魔導師になるように」
「はっ……」
思えば、女神なんていう存在を認めたくないという王太子の主観はこの頃から、養われたのかもしれなかった。
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