殿下、幼馴染の令嬢を大事にしたい貴方の恋愛ごっこにはもう愛想が尽きました。

和泉鷹央

文字の大きさ
13 / 53
第一章 南の塔(悪だくみはここから始まります)

第13話 逃亡者 (フレンヌは思い出す)

しおりを挟む
 この世に奇跡が存在するなんて、あの日まで信じていなかった。

 フレンヌはたった一日で真逆になってしまった自分の人生を振り返り、そう思うことがたまにある。
 きっかけは国と国との戦争だった。

 祖国は隣国との争いに負け、自分達が住んでいた土地の人々は、『獣人』という物珍しさから奴隷として売られ一族は離散したと聞く。
 このイスタシアにも奴隷……というよりは、実験動物として買われた。

 移送され、牢屋に放り込まれてからものの数週間で仲間の半数が死んだ。いつかは自分の番だと思っていたら、それはあっけなくやってきて、肉体のいろいろな箇所を魔法と呼ばれる強い力によって支配され、焼かれ、痛みにも慣れそうになってしまい心は死にかけていた。

 最初にルディが出会ったときの彼女は、生命の危機にさらされていて、ただ生き延びることしか切望していなかった。
 死んでいった仲間のようになりたくない。
 どうにかここから抜け出して自由になりたい。
 あの、少し前に暮らしていた祖国でもう一度、家族と共に笑いあったようなあの時間に戻りたい。

 身体中から血を流して信じる神への祈りを捧げながら、見知らぬ建物のなかを必死に逃げまわった。
 獣人だからといって犬のように四つ足で駆けられることに優れているはずもないのに、そんなかっこうのまま四つん這いで逃げ回る自分自身がいた。

 何もないはずの場所から杖がにょっきりと顔を出したかと思うと、目に見えない光の何かが手足を貫いた。鼻が利かなくなるような凄まじい腐臭を浴びせられ、片目が光を失いそうになった。さんざんな目に合い、どうにかこうにかして渡り廊下をつなぐ橋を見つけた時は、ようやくここから解放されるとそう一瞬だが、光明を得た気がした。

 でも……それは違った。

 あの男たち。
 手に手に古めかしい杖を掲げて持ち、足元まであるような紺色のローブにすっぽりと顔以外の全身を覆われた格好の男たち。

 幾人かは女も混じっていたかもしれないけれど、彼らはフレンヌが獣人の鋭敏な嗅覚と聴覚で人がいないと思われる方向に逃げても、的確に追いかけて来た。

 最初、同じ牢屋に問らわれていた仲間のうち三人と結託して、門番の目を盗んで逃げだした。それから数分後には脱走がばれてしまい、一人、また一人と彼らの杖先から放たれたとても熱い光の球に覆われてしまい、蒸発して果てた。もしくは焦げてしまい、動かなくなった。

 その中でもフレンヌは良く逃げのびたほうだった。
 数条の魔法の光の矢が手足を貫き、ドスンっと岩よりも硬い見えないなにかに背中からはたかれて壁にたたきつけられた。
 
 肌は裂け、母親から可愛いと言われていた獣耳はズタボロになり、着さされていたボロ布は衣類としての用をなさなかった。
 背中からも頭からも血を流しすぎて意識が朦朧となった頃、一人の少年と出会った。

 もうここまでか、とそう思って覚悟を決めたらかけられた声は「大丈夫?」の一言だった。
 相手を気遣う言葉の中に、自分しか信じないという傲慢さと鋭利な刃物のような冷たさをまとったものをフレンヌは感じ取っていた。
 生か、死か。その二択だけを選ばせるような、そんな雰囲気をルディの言葉はまとっていた。

 当時の彼にしてみればそんな気はなかったのかもしれないけれど、後ろにまぎれもない死が近づいていたフレンヌには感じ取れたのかもしれない。
 この人なら、助けてくれるかもしれない。
 でも曖昧な思いは伝わらない。

 命をかけて助けを求めなければ、それは適わない。

「助けて、助けてください」

 フレンヌは通じるとも分からない祖国の言葉で、その言葉しか知らないままに懇願した。心の底から、貴方だけしかもう頼れる人はいないの。
 そんな感じに、全身全霊を込めて嘆願した。

「…………」

 少年が何かを問いかけてくる。
 しかし、フレンヌはこの国の言葉が分からない。
 何度も助けてくれと求めていたら……時間切れだった。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

私の願いは貴方の幸せです

mahiro
恋愛
「君、すごくいいね」 滅多に私のことを褒めることがないその人が初めて会った女の子を褒めている姿に、彼の興味が私から彼女に移ったのだと感じた。 私は2人の邪魔にならないよう出来るだけ早く去ることにしたのだが。

何年も相手にしてくれなかったのに…今更迫られても困ります

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のアンジュは、子供の頃から大好きだった幼馴染のデイビッドに5度目の婚約を申し込むものの、断られてしまう。さすがに5度目という事もあり、父親からも諦める様言われてしまった。 自分でも分かっている、もう潮時なのだと。そんな中父親から、留学の話を持ち掛けられた。環境を変えれば、気持ちも落ち着くのではないかと。 彼のいない場所に行けば、彼を忘れられるかもしれない。でも、王都から出た事のない自分が、誰も知らない異国でうまくやっていけるのか…そんな不安から、返事をする事が出来なかった。 そんな中、侯爵令嬢のラミネスから、自分とデイビッドは愛し合っている。彼が騎士団長になる事が決まった暁には、自分と婚約をする事が決まっていると聞かされたのだ。 大きなショックを受けたアンジュは、ついに留学をする事を決意。専属メイドのカリアを連れ、1人留学の先のミラージュ王国に向かったのだが…

【完】まさかの婚約破棄はあなたの心の声が聞こえたから

えとう蜜夏
恋愛
伯爵令嬢のマーシャはある日不思議なネックレスを手に入れた。それは相手の心が聞こえるという品で、そんなことを信じるつもりは無かった。それに相手とは家同士の婚約だけどお互いに仲も良く、上手くいっていると思っていたつもりだったのに……。よくある婚約破棄のお話です。 ※他サイトに自立も掲載しております 21.5.25ホットランキング入りありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

その結婚は、白紙にしましょう

香月まと
恋愛
リュミエール王国が姫、ミレナシア。 彼女はずっとずっと、王国騎士団の若き団長、カインのことを想っていた。 念願叶って結婚の話が決定した、その夕方のこと。 浮かれる姫を前にして、カインの口から出た言葉は「白い結婚にとさせて頂きたい」 身分とか立場とか何とか話しているが、姫は急速にその声が遠くなっていくのを感じる。 けれど、他でもない憧れの人からの嘆願だ。姫はにっこりと笑った。 「分かりました。その提案を、受け入れ──」 全然受け入れられませんけど!? 形だけの結婚を了承しつつも、心で号泣してる姫。 武骨で不器用な王国騎士団長。 二人を中心に巻き起こった、割と短い期間のお話。

お妃候補を辞退したら、初恋の相手に溺愛されました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のフランソアは、王太子殿下でもあるジェーンの為、お妃候補に名乗りを上げ、5年もの間、親元を離れ王宮で生活してきた。同じくお妃候補の令嬢からは嫌味を言われ、厳しい王妃教育にも耐えてきた。他のお妃候補と楽しく過ごすジェーンを見て、胸を痛める事も日常茶飯事だ。 それでもフランソアは “僕が愛しているのはフランソアただ1人だ。だからどうか今は耐えてくれ” というジェーンの言葉を糧に、必死に日々を過ごしていた。婚約者が正式に決まれば、ジェーン様は私だけを愛してくれる!そう信じて。 そんな中、急遽一夫多妻制にするとの発表があったのだ。 聞けばジェーンの強い希望で実現されたらしい。自分だけを愛してくれていると信じていたフランソアは、その言葉に絶望し、お妃候補を辞退する事を決意。 父親に連れられ、5年ぶりに戻った懐かしい我が家。そこで待っていたのは、初恋の相手でもある侯爵令息のデイズだった。 聞けば1年ほど前に、フランソアの家の養子になったとの事。戸惑うフランソアに対し、デイズは…

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない

もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。 ……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。

婚約破棄された聖女は、愛する恋人との思い出を消すことにした。

石河 翠
恋愛
婚約者である王太子に興味がないと評判の聖女ダナは、冷たい女との結婚は無理だと婚約破棄されてしまう。国外追放となった彼女を助けたのは、美貌の魔術師サリバンだった。 やがて恋人同士になった二人。ある夜、改まったサリバンに呼び出され求婚かと期待したが、彼はダナに自分の願いを叶えてほしいと言ってきた。彼は、ダナが大事な思い出と引き換えに願いを叶えることができる聖女だと知っていたのだ。 失望したダナは思い出を捨てるためにサリバンの願いを叶えることにする。ところがサリバンの願いの内容を知った彼女は彼を幸せにするため賭けに出る。 愛するひとの幸せを願ったヒロインと、世界の平和を願ったヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(写真のID:4463267)をお借りしています。

処理中です...