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プロローグ
第5話 杖、杖はどこ(暴力反対)
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「大神官になり、王族に近い生き方を二十年も楽しんだのですからだ、一思いにやり返してやればよかったのに! お父様は本当に意気地がないというか、だらしないというか。見ていて情けなさすら感じます!」
「随分な言い草だな、娘よ」
だってどう考えても行き当たりばったりにしか見えない。
カトリーナからすれば、ジョセフは自分の実が危うくなったから、周りを先導して逃げ出した。
そうとしか見えない行動を取っていた。
「なら、どうして。あんな使えない神官長なんかに後継を譲ったのですか……」
「それは簡単だ。女神様がもっと西の貧しい地域を救いたいと神託を下された」
「え?」
初耳だった。
それなら、この王国イスタシアを見捨てるというのか。
それにしてはまだ女神教を国教から外そうとする動きはなさそうにも思えた。
いずれあるのもしれないけれど、今ではないはず。
「この王国は?」
「ここはもうほら、神殿もあるし。きちんと結界を維持する方法も、神殿の魔法陣やらなにやらを構築する準備も完成している。あとは、誰かが制御するだけだ」
「誰かって……誰?」
ふーむ、と大神官は腕を組んで考える。
カトリーナにはそれがさもわざとらし仕草に見えて額に青筋を立てていた。
「困りのは人民だと、なんども申し上げております!」
「しかしなあ、次の移転先は女神様の御神託だ。どうしようもない、あの王国との縁が切れるタイミングというものも、主には見えていたのかもしれんな」
「つまり……民が極貧からある程度の豊かさを手にする力を貸したから、あとは自分でどうにかしろ、と。それが女神様のお考えですか」
「そう推察するしかないのだ。私にも断片的な神託しか降りなくてな。聖女なら、お前の方がそれは専門分野だろう?」
また無茶を言う。
カトリーナはそう思った。
他国では聖女もしくは大神官が神託を受けるのだという。
しかし、自分には生まれてこのかた、そんな能力は授かっておらず機会にも恵まれてなかった。
そんな神託があれば、とうの昔に王太子なんて見限っていた。
「それができれば……現実は大きく変わったでしょうか?」
「いや、どうだろうな。やはり、信じる者と信じない者の差は大きい。ここにいるほとんどは熱心な女神教の信者だ。彼らは神殿の要職から奴隷までその大半を占めている」
「それをまさか、お父様の人望とは思っていませんよね」
「違うか? 私が信用される生き方をしてきたからこそ……もちろん、お前の存在があってできたことだが、民はこうしてついてきてくれた」
私に人望が無いとは思わないだろう?
大神官はどうだ、と両手を広げて自慢する。
そう暗に言って退ける父親の自信に聖女はめまいを感じた。
「フレンヌ辺りではないかな? あれは宮廷魔導師長の娘だし、魔力も申し分ない」
「いえ、そこではなくて……。維持はできても、それは天空から見えない御椀型の結界をかぶせただけになるのですよ? 細やかな調整は? 温度管理は? 瘴気の浄化はどうするのですか」
とうとうと聖女はまくしたてる。
それらを十年に渡って制御してきた自分ってすごいなと、ちょっとだけ自分を誉めたりもした。
結界は女神にえらばれた聖女以外が制御しようとしてもまともに機能しないのだ。
「まあ、仕方ないだろう。いらないといいだしたのは王族側だ。こっちとしては約束を反故にされ、大損害だよ」
「……」
「どうした?」
なぜか勢いを失い、固まってしまったカトリーナの前に手をやってジョセフはそれを交互に振って見せる。
カトリーナの視線は生きていた。
「女神様と話せるならもっと早く! どうしてこんなどうしようもない、取り返しのつかないところまで引っ張って……娘が最愛だと思っていた男性から、婚約破棄をされ出て行けと言われ、おまけにあんなバカ女に男を奪われた虚しさを! どうして私が味わされないといけないの!」
「あー……」
と、ジョセフは申し訳なさそうに視線を逸らす。
車内には四人。
侍女たちはもちろん、カトリーナの味方だ。
女性三人に睨まれてしまい、ジョセフはごくりと唾を飲み込んだ。
「そのお前がさっき言っていたフレンヌだがな、王太子からの命令を受けて国内の辺境で女神様と同質の結界を張る実験をしていた」
「なんだかそんな話を聞いた気がする……」
大神官のローブの裾で涙を吹き、でてくる鼻をかんでカトリーナはだから? と続きを促した。
「形としては成功した。それはそうだ、元から結界のなかに小型のそれを作るのだから。成功しないわけがない」
「それで、どうつながってくるの、お父様」
「簡単だ。実験は成功し、王太子はお前よりも健康な……ああ、すまん。いた、いたいっ。クッションで殴るのは辞めなさい! 暴力反対!」
さすがに大神官が馬車の中に立てかけておいた杖を手にして殴ろうとしたのは、侍女たちによって止められた。
ここで息の根を止めておけば、父親に聖女として利用された恨みも晴らせるのに。
邪魔が入ってしまい、カトリーナはとても凶悪な顔つきで「チッ」とか言っていた。
大神官はそれを見聞きして滅茶苦茶びびっていた。
カトリーナは怯えぶりを見て、とりあえず溜飲を降ろした。
「随分な言い草だな、娘よ」
だってどう考えても行き当たりばったりにしか見えない。
カトリーナからすれば、ジョセフは自分の実が危うくなったから、周りを先導して逃げ出した。
そうとしか見えない行動を取っていた。
「なら、どうして。あんな使えない神官長なんかに後継を譲ったのですか……」
「それは簡単だ。女神様がもっと西の貧しい地域を救いたいと神託を下された」
「え?」
初耳だった。
それなら、この王国イスタシアを見捨てるというのか。
それにしてはまだ女神教を国教から外そうとする動きはなさそうにも思えた。
いずれあるのもしれないけれど、今ではないはず。
「この王国は?」
「ここはもうほら、神殿もあるし。きちんと結界を維持する方法も、神殿の魔法陣やらなにやらを構築する準備も完成している。あとは、誰かが制御するだけだ」
「誰かって……誰?」
ふーむ、と大神官は腕を組んで考える。
カトリーナにはそれがさもわざとらし仕草に見えて額に青筋を立てていた。
「困りのは人民だと、なんども申し上げております!」
「しかしなあ、次の移転先は女神様の御神託だ。どうしようもない、あの王国との縁が切れるタイミングというものも、主には見えていたのかもしれんな」
「つまり……民が極貧からある程度の豊かさを手にする力を貸したから、あとは自分でどうにかしろ、と。それが女神様のお考えですか」
「そう推察するしかないのだ。私にも断片的な神託しか降りなくてな。聖女なら、お前の方がそれは専門分野だろう?」
また無茶を言う。
カトリーナはそう思った。
他国では聖女もしくは大神官が神託を受けるのだという。
しかし、自分には生まれてこのかた、そんな能力は授かっておらず機会にも恵まれてなかった。
そんな神託があれば、とうの昔に王太子なんて見限っていた。
「それができれば……現実は大きく変わったでしょうか?」
「いや、どうだろうな。やはり、信じる者と信じない者の差は大きい。ここにいるほとんどは熱心な女神教の信者だ。彼らは神殿の要職から奴隷までその大半を占めている」
「それをまさか、お父様の人望とは思っていませんよね」
「違うか? 私が信用される生き方をしてきたからこそ……もちろん、お前の存在があってできたことだが、民はこうしてついてきてくれた」
私に人望が無いとは思わないだろう?
大神官はどうだ、と両手を広げて自慢する。
そう暗に言って退ける父親の自信に聖女はめまいを感じた。
「フレンヌ辺りではないかな? あれは宮廷魔導師長の娘だし、魔力も申し分ない」
「いえ、そこではなくて……。維持はできても、それは天空から見えない御椀型の結界をかぶせただけになるのですよ? 細やかな調整は? 温度管理は? 瘴気の浄化はどうするのですか」
とうとうと聖女はまくしたてる。
それらを十年に渡って制御してきた自分ってすごいなと、ちょっとだけ自分を誉めたりもした。
結界は女神にえらばれた聖女以外が制御しようとしてもまともに機能しないのだ。
「まあ、仕方ないだろう。いらないといいだしたのは王族側だ。こっちとしては約束を反故にされ、大損害だよ」
「……」
「どうした?」
なぜか勢いを失い、固まってしまったカトリーナの前に手をやってジョセフはそれを交互に振って見せる。
カトリーナの視線は生きていた。
「女神様と話せるならもっと早く! どうしてこんなどうしようもない、取り返しのつかないところまで引っ張って……娘が最愛だと思っていた男性から、婚約破棄をされ出て行けと言われ、おまけにあんなバカ女に男を奪われた虚しさを! どうして私が味わされないといけないの!」
「あー……」
と、ジョセフは申し訳なさそうに視線を逸らす。
車内には四人。
侍女たちはもちろん、カトリーナの味方だ。
女性三人に睨まれてしまい、ジョセフはごくりと唾を飲み込んだ。
「そのお前がさっき言っていたフレンヌだがな、王太子からの命令を受けて国内の辺境で女神様と同質の結界を張る実験をしていた」
「なんだかそんな話を聞いた気がする……」
大神官のローブの裾で涙を吹き、でてくる鼻をかんでカトリーナはだから? と続きを促した。
「形としては成功した。それはそうだ、元から結界のなかに小型のそれを作るのだから。成功しないわけがない」
「それで、どうつながってくるの、お父様」
「簡単だ。実験は成功し、王太子はお前よりも健康な……ああ、すまん。いた、いたいっ。クッションで殴るのは辞めなさい! 暴力反対!」
さすがに大神官が馬車の中に立てかけておいた杖を手にして殴ろうとしたのは、侍女たちによって止められた。
ここで息の根を止めておけば、父親に聖女として利用された恨みも晴らせるのに。
邪魔が入ってしまい、カトリーナはとても凶悪な顔つきで「チッ」とか言っていた。
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