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27 黒塗りの高級車

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「おいおい。プレゼントの金額聞くなんて、野暮だぞ。はは。でも、そうだなあ。

 僕の車は無理だけど、豪華客船の最高級の部屋で一週間、夫婦で南の島をクルーズするチケットぐらいは、買えるかもしれないね」

 レナは、その煌めくダイヤを散りばめたピアスのセットを、飽くことなく、眺め続けた。それを身に着けた自分の淫らな裸体を想像し、眩暈を起こしそうなほどだった。

「卒業まで、待とうか」

 もちろん、首を振った。横に。

 ギュッと、抱きしめられた。幸せ過ぎる・・・。

「またしばらく、会えない。今度は、二か月くらいかな・・・。でも、お前が、あることに協力してくれたら、二週間で、会える」

「ホントに!」

「僕も立ち会いたいんだ、お前のピアッシング。お前が僕の本当のスレイヴになる瞬間に。夏休みの内に、それが出来るかもしれない」

「なんでもやります!」

 レナは叫んでいた。

 冗談じゃない。

 こんな身体になって、二か月もだなんて・・・。出来ることなら、サキさんとずっと一緒にいられればいいのに・・・。

「何をすればいいんですか」

 迷わず、質問していた。

「ニ三日の内に、スミレと一緒にミーティングしよう。改めて言うけど、これは調教じゃない。仕事だぞ。プレイなら命にかかわることなんてないけど、これは、そうじゃない。極めて、危険だ。それでも、いいのか」

 返事の代りに、唇を奪った。深いキスのあと、サキさんの瞳を見つめた。

「サキさんのためなら、何でもする」

 レナは挑戦的とも見えるような眼差しを向けた。

「わかった。また連絡する」


 

 丸一日、二十四時間。

 ずっとレナの傍にいたサキさんは、短いキスを残し、ドアの向こうに消えた。

 しばらく、閉じられたドアを見つめていた。でも今は、この、ダイヤのピアスがある。もう一度、ピアスの小箱を見つめ、抱きしめた。

 ぐう~。

 腹が、鳴った。

 電話を取り上げ、ルームサーヴィスを頼んだ。

「えと、かつ丼とォ、ナポリタンとォ、ツナとベーコンのハーフアンドハーフピザとォ・・・」

 ここぞとばかりに好きなものを注文しまくった。サーヴィスが来るまでの間、忘れていたことを順番に片付けることにする。

 トオルはすぐに出てくれた。

「おい! 今どこに居んだ。連絡もしねえで。心配したじゃないか」

「ごめん。いろいろあり過ぎてさ、一人で考えたくなってさ、遠くまで来ちゃった」

 電話を手に、北の方角が見える窓に立った。

「あと、二三日か、三四日で戻るよ。ごめんね、心配かけて。あたしは、大丈夫だから・・・」

「・・・わかったよ。気をつけてな。ヘンな気、起こすんじゃないぞ」

 胸が、ズキズキ痛む。

 ヨウジにはLINEした。家の様子、ヨウジのことを尋ね、トオルに言ったのと同じことを打ってやった。すぐに電話が来た。

「戻ってくれないと、ウチ、大変なんだ。母さんも、戻って来て、だって」

 病弱だった、幼かったヨウジに献身的に世話をしていた頃の母とは別人のような、今の彼女。彼女もまた、相手の裏切りで傷ついて、変わってしまったのかも知れないな、とは思う。トオルに言ったことと同じ言葉を言った。そして、

「ごめんね、ヨウジ。どんなことがあっても、あたしはあんたの怖い姉ちゃんだから。それだけは、忘れないで。じゃね」

 電話を切って、溜め息を吐いた。

 ルームサーヴィスが来てテーブルの上にそれらが並べられるのが待ち遠しくて仕方なかった。一流レストランのフルコースだか知らないが、やっぱりレナにはこれが一番合っていた。

 ゆうに五人前程度にはなるだろうか。皿まで食う勢いでそれらを平らげると、さすがに動きたくなくなった。両脚を投げ出し、椅子にもたれ、ふくれた腹を撫で、盛大に、げっぷした。ガウンの前がだらしなく開き、無毛になった股間が開けても気にもしなかった。というか、疲れすぎて、それに拘る気力がなかった。

 急にある事実を思い出し、顔面蒼白になった。

 服がない・・・。

 靴も、ポーチも、全部。プレイルームか、サキさんの車か。

 ヤバい・・・。

 焦っていると、ドアがノックされた。ガウンのベルトを締め直し、応対した。

「お休みのところ、申し訳ございません。落合様より緊急のお届け物がございます」

 客室係がトレーを捧げて届けてくれたのは、レナの白いポーチだった。

 口が開かないよう、臙脂色の絹のロープで結ばれ、ホテルのエンブレムが押された封蠟までしてある。小洒落た演出に、さすが女性が好むシティーホテルナンバーワンだけのことはある、と感心した。

 LINEが来た。

(やっぱり、お前は、どっか抜けてるなWWW クローゼット見てみろ)

 また、小バカにして!

 少しプンプンしながら、クローゼットを開けた。

 レナの高校の真新しい制服があった。ローファーまで。

 加えて数着の洋服。季節がらなのだろうが、皆趣味はいいものの、露出度が高そうなものばかり。パンプスも一揃いある。ここで夏休み中生活出来そうだった。

 キレイな服を着てデートし、このスイートで、ピアシングされた身体を存分に抱いてもらう。そういう妄想に包まれていると、急速に睡魔がやって来た。

 フラフラとベッドに行き、倒れ込んだ。その瞬間に、寝入った。


 

 起きたのは、それからきっかり二十四時間後だった。

(それから、年下のサッカー部は程々にな。その気がないやつに無理強いして、逆ギレされて暴れられたら、後が面倒だぞ)

 第二信が来たのは、レナが高いびきをして眠りに落ちてからだった。

 若い身体は心ゆくまで眠りを貪った。だが、レナにはすることがある。

 岩塩入りの入浴剤が少し肌を刺す。赤いバラの花びらを浮かべて、ゴージャスな気分を味わう。クラスはおろか、全校中、こんな優雅な夏休みを送っているのは自分ぐらいだろう。小さな優越感を楽しんだ。縄目はまだ残るが、手首をサポーターすれば大丈夫だろう。

 レナは制服を着た。少し、というか、だいぶキツい。いや、キツいのではない。デザインが、ちょっと違う。

 レナの高校の夏服は男女とも上は白いシャツで、裾はパンツやスカートにたくし入れても入れなくともいい。ただし、女子のスカート丈は膝下。それだけは厳しい。

 その制服のシャツは、裾に行くにしたがって布が絞られ、胸とウェストが強調されていた。スカートも、普通はウェストからタックで裾が広がるのだが、ヒップに密着し、少しタイトな裁断になっている。

 つまり、体の線を強調した、何となく、色っぽく見えるデザインに変えてあった。そこを規制する校則はない。大概が学校の指定した服屋から購入するから変えようもないのだ。こんな手の込んだデザイン変更をするには三四倍は金がかかる。

 サキさん・・・。こんなトコまで、凝るんですね。

 ポーチは持っていけない。財布とスマートフォンを制服のスカートにねじ込み、ラウンジで軽く朝食代わりのトーストを食べ、フロントを通り過ぎようとした。

 野中詩織様。

 シルクハットをかぶった、ベルボーイのエラい人だろうか。プラカードを持って侍立し、時折ベルを鳴らして人目を引いているのが目に留まった。

 なんか、聞いたことあるような、名前。

 ああ、自分だ。

「あのう・・・」

 おすおす進み出たレナに、そのホテルマンは営業用の微笑を湛えた。

「野中詩織様、ですね。お車の用意ができております」

 玄関前に、サキさんのより高そうな、黒塗りの高級車が停まっていた。

 六十絡みの、白髪が混じった短髪にきちんと櫛を入れた、ダークスーツの運転手さんがレナに気付き、左側のドアを開けて降りて、後部座席のドアを開けて侍立した。

「お早うございます、野中様。本日のお車を担当いたします、スズキでございます。何なりとお申し付けください」

 丁寧な応対でレナを迎えてくれた。

「・・・どうも」と、レナは言った。

「ホテルご滞在中、わたくしがお車を担当いたします。アームレストの物入れにわたくしのカードが入っております。QRコードで電話番号とメールアドレスも入るようになっております。御用の際はいつでもご連絡ください」

 白い、柔らかな革の沈み込むようなシート。足の長いレナが投げ出しても前に届かないほど、広い足元。真新しいローファーがふかふかのカーペットに埋まる。

 孫のような歳のレナに、スズキさんは慇懃に応対してくれた。

「どちらに行かれますか」

「あ、あの、・・・」

 うっかり、高校の名前を言いそうになって慌てた。たしか、大学生で通っているはずなのだ。制服を着ているからもう、どうしようもないのだが・・・。

 まあ、いいや。

 どうせホテルにいるのはあと二三日だ。高校の名前を言った。

「かしこまりました」

 レナをのせた車はゆっくりと玄関前を滑り出した。

 必要なことだけを言い、質問には丁寧に応え、あとは一切黙っている。王女様を乗せた馬車の御者は、職務に忠実に、安全運転で北を目指した。


 

 確かに、落ち着いて考えれば、レナのやろうとしていることは常軌を逸している。例えば運転席でハンドルを握るスズキさんのような普通の人から見れば、頭がおかしいとしか思われないだろう。半年前までは、レナもあちら側にいた。

 だがもうレナはこちら側にいる。あちら側には戻れない。トオルやヨウジのいるあちら側には、いられない。ガマンが出来なくなってしまったのだ。そう、なってしまった。身体も心も。

「年下の男の子を誘惑して、あわよくば、性欲処理の道具にしてしまおう」

 そんなことは、アダルトビデオか、男の読むエロ本の中だけのことだと思っていた。だがもうそれは、現実で、すぐそこにある。今までそれを異世界だと思っていた。今は手を伸ばせば届くそこにあるものがレナの現実で、今まで居た場所が異世界になってしまった。もうあこがれや好奇心の段階はとうに過ぎて、それを手にするために必死に追い求めていた。


 

 校門のずいぶん手前で降ろしてもらった。知っている子に見られると、いろいろ面倒だからだ。ドアを開けてレナを下ろすとき、スズキさんは目立たぬように会釈した。

「御用がお済みでしたらご連絡下さい。ご希望の場所にお迎えにあがります」

 そう言って静かに車を走らせ、去って行った。

 イシダ君は、いなかった。

 フェンス越しに彼の名を言い、所在を尋ねたら、顔を知っている二年生のヤツが苦虫を噛み潰したような顔をして、明日からの公式戦に備えて、レギュラー陣は何処かで調整をしていると教えてくれた。

「何、お前、アイツの何なの」

「別に。・・・ありがと」

 仕方なく、今日は帰ろうと校門に向かって歩き出し、スズキさんを呼び出すためにスマートフォンを取り出しかけた時、一台の大型バスが校門を入って来た。
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