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おけいこのはじまり

07 ・・・マジィ?

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 結局何度イカされたか、覚えていない。5回ぐらいまでは意識できたが、そこから先は、分からなくなった。最後は南向きのブラインドを全開し、窓に両手をつかされ、立ったまま、朝の陽を浴びて始動する街の、これから仕事に学業に赴く人々を見下ろしながら、淫らな声を上げ続け、絶頂し、膝から崩れ落ちて、終わった。

 その後ベッドでサキさんに抱かれまどろみつつ、絶頂の余韻を楽しみつつも、もう一回して、と言ってしまった。

「お前ってやつは・・・。底なしだなあ。・・・タフなやつだ」

 呆れ顔したサキさんが溜息をついている。

「あのなあ。お前と違って僕は仕事がある。結局お前のせいで、一睡も出来なかったんだゾ。これ以上は、カンベンしてくれ」

 あの悪魔のようにスミレの身体を蹂躙し続けた男に、泣きを入れさせた。何度もエクスタシーに導いてくれたサキさんのペニスを優しくシゴきつつ、スミレは一人、満足した。

「今日中にお前の部屋も見つけてやらなけりゃな。だから、もうおしまい。ひと眠りしろ」

「サキさんの部屋でいいです」

「僕の住んでる部屋は、ここだよ」

 セレブリティーたちの中には、高級ホテルを根城にしている人物が少なくないことを、スミレは知っていた。だからさして、驚かなかった。

「じゃ、ここでいいです」

「それは、ダメだ。お前のためにならない。今日からお前は自活しろ。一人で暮らせ。それが調教の第一歩だ」

「ええーっ?」

「当たり前だろ。奴隷ってのはご主人様のお世話をするものだろ。ここまでお前、僕のお世話なんか何一つしてないじゃないか。因みにお前、料理できるか?」

「・・・」

 どーん! と音がした。料理なんてしたことがない。

 スミレの手がやっと止まる。

「ほらみろ。その辺からみっちり叩きこんでやる。それからな、あの車、お前にやる。大事に、大切に乗るんだぞ」

「ホント?! あ、でも、まだ免許が・・・」

「今日の夕方までにできる。お前の新しい部屋に行くときに持ってきてやる」

 サキさんはフンと鼻で笑った。

「もちろん、偽名で、偽造だ。立派な犯罪になる。ID代わりに他人に見せてもいいけど、慎重にやれ。立ち回りも、運転も。お巡りには見せるなよ。番号を照会されたら偽造がバレるからな。暇を見つけてサーキットに連れてってやる。そこでみっちり、運転も仕込んでやるからな」

 そう言ってサキさんはスミレの黒髪を捌き、クイ、と顎をつまんだ。

「しかし、お前は少々、知り過ぎた。まあ、出会った事情が事情だから仕方ないが、他のスレイヴが知らないことまで知ってしまったな。

 いいか、よく聞け。僕のことは、迂闊に他に喋るな。いいな。これが一番大事だぞ。これは絶対に守れ」

「守らなければ?」

「・・・消される。お前も、僕も。そのうち、わかる」

 当然のように、不安を感じる。摘ままれた顎にサキさんのキスが降りて来る。その唇を食み、舌を吸う。絡ませ合う。そこはかとない不安を、キスで忘れたい。

「だけど、それ以外なら全てなんとかしてやる。お巡りに見つかって捕まっても、昨日みたいにすぐに助け出してやる」

 やはり、謎の男だ。怖いけれど、ますます彼に惹きつけられてゆく。再びゾクゾクが襲ってきて股間が、ジュン、と鳴る。

「服はそのクローゼットにある好きなもの選べ。靴もある。それから、これだ」

 彼は傍らのブリーフケースから一枚のカードを取り出した。

「こういう時のために作った。偽名だけどな。これ使って適当に買い物して来い。このホテルのグランドフロアと地下にブティックも、宝石屋も化粧品屋もある。それと、スマホ。必要だろう? 僕の番号が入れてある。LINEとな。

 それから、最後にこれだ。赤と黒、どっちがいい?」

 首輪が彼の手にあった。

 スミレは、黒を指さした。

 彼の手で首輪が着けられる。長い髪をかき上げ、それを受けた。

「似合うぞ」

 そう言って彼はスミレの乳首を軽く抓った。

「あっ!・・・」

「スレイヴ見習いの証だ。着けたまま表を歩いても構わないぞ」

 そう言って、サキさんはまた笑った。

 彼が部屋を出て行ってしまうと、急に眠気が襲ってきた。スミレは夢も見ない深い眠りに落ちた。


 

 昼をだいぶ過ぎたあたりで目覚めた。

 まだ17歳の高校生。でも、すでにたくさん遊んでいたし、親の金で贅沢が当たり前に染みついている。こういう場での振る舞い方、楽しみ方はスミレの身体に染み込んでいた。

 電話を取ってルームサービスを呼んだ。

「注文を、いいかしら」

 で、もう昼食になってしまった朝食をベッドまで運ばせ、それからもう一度ゆったり湯船に浸かり、裸のまま、鏡の前にに立った。

 スレイヴ見習いの証。黒い首輪を着けた。

 今朝まで続いた激しい情交が思い出され、甘美な官能を呼び覚まし、自然に乳首が勃つ。股間が疼き、濡れる。

「これでわたしもスレイヴか・・・。

 でも、スレイヴって、いったい、何するの?」


 クローゼットを開けて服を選んだ。スーツや男物の服よりも女物の方が多かった。スミレと同じようにここで愛され、サキさんに好きな服を選べと言われた女が今までにも何人もいたのだろう。軽い嫉妬を覚える。はしたないが、それらの匂いを嗅いだ。どれも新品か、ビニールに包まれクリーニングがされている。じっくりと選んでいるなかに、白いプレーンなサマードレスがあった。それを手に取った。

 ご丁寧にも下着まである。スリップも。キャミソールまで。どれもセクシーなものばかり。

 極めつけは、これは何と言うものなのだろう。革の帯だけで作られたボディースーツ、のような、スーツと呼べるのか、というもの。これを着たら、革の帯で全身を縛られたように見えるのではないか。胸の部分は両の乳房を覆うのではなく露出するように囲い、下半身の部分も、股間やヒップを覆わずに喰い込ませ強調するような。恐らくはサキさんのSM関係のものなのだろう。彼の他のスレイヴたちは、これを着せられ、責めを受けたのだろう。恥ずかしさと、淫靡さと、淫らさに萌え、顔を赤くした。

 白いサマードレスを身に着け、お揃いの色のパンプスを穿き、ルームサービスに昨日まで着ていた紫のドレスのクリーニングを頼み、サキさんに言われた通りホテルのグランドフロアと地下の店を回った。

 スミレは服やアクセサリーに目がない。自由に買えと言われたのだからと、ここぞとばかりに買いまくった。化粧品も揃え、ついでに髪もと思ったが予約もしていないし、サキさんが用意してくれているという部屋に落ち着いてからでいいだろうと、パスした。

 支払いに使ったカードには『二条令子』とあった。お公家さんかと思った。

 久しぶりに充実した気分で両手に抱えきれないほどの紙袋を下げて部屋に引き上げるとフロントからメッセージが届いていた。

『ニジョウ様。当ホテルをご利用いただき誠にありがとうございます。お車のご用意が出来ております。御用の際はフロントまでお申し付けください』

 なんと、ホテルの総支配人直々のサインまである。これでますます気分が良くなった。

 至れり尽くせり。しかも、イケメンの彼の極上のセックス付き。

 ごく普通の17歳のジョシコーセーなら感激して舞い上がってしまうところだ。

 だが、「現代のお姫様」スミレは、それらの恩恵を当然のように浴した。

 サキさんから貰ったスマートフォンが鳴った。LINEが来ていた。

「運転手を用意した。支度が済んだらフロントに行け」

 それだけだった。

 なんだ。迎えに来てくれるんじゃないのか。

 ちょっとふくれた。

 世間知らずで、自分勝手。周りの迷惑を全然顧みない、どうしようもないワガママ娘。

 やれやれ。またそう言われてしまうな。こういうところは直さねば。それまでしたことのなかった、「反省」というものを、スミレは初めてする気になった。

 大半は買い物袋だったが、ベルボーイを呼んで荷物を運ばせフロントに降りた。

「玄関にお車がお待ちしております」と案内を受けた。

 その言葉通り、黒塗りの大型の高級外車がスミレを待っていた。

「本日ニジョウ様の運転手を務めます、スズキでございます。どうぞお乗りください」

 後部座席のドアを開けられ、乗り込んだ。

 スズキさんはベルボーイから荷物を受け取りトランクに入れると運転席に着き、スミレが何も言わないのに車を出した。

「あの、何処に行くんですか?」

「アンドー様より全て申し付かっております。ニジョウ様の新居へご案内いたします」

 六十絡みの、白髪が混じった短髪にきちんと櫛を入れた、ダークスーツのスズキさんは、それ以上何も喋らず、黙々と滑らかにこの超のつく高級車を御した。

 この車種に乗るのは、初めてではない。

 総排気量7,000CC。V型12気筒48バルブ。最高時速二百五十キロ。という、怪物のようなスペックを隠した高級サルーンは、スミレの父親たちの世界ではあまり珍しくはなかった。しかし、個人的にはサキさんに「やる」と言われたあの跳ね馬のエンブレムの赤いスポーツカーの方が好きだった。ボコボコにしてしまったあの銀色の「ネコ」のエンブレムのステアリングを握ってしまった後ではなおさらだった。あの自由感、万能感は何物にも代えがたい快楽の一部になってしまった。早くあの車を運転したい。それももうすぐ実現しそうだ。

 今向かっている新居に落ち着いたら、全てが真新しい、未知の素晴らしい生活が始まる。

 スミレの心の中は期待に満ちていた。

 しかし・・・。

「到着いたしました」

 スズキさんにドアを開けてもらい、車外に立って見上げたその建物を見て、スミレは絶句した。

「ここ?」

「ハイ。ここがニジョウ様の新居でございます」

 とスズキさんは言った。

「ウソでしょ?」

 そこは今にも傾いて崩れ落ちそうな、築年数は五十年は経っていそうな、木造モルタルの共同アパートだった。

 煤けてひびの入った壁。今どき珍しい木の引き戸にはめ込まれた磨りガラスは割れ、暗い玄関の奥が覗いていた。玄関脇には錆が浮いてタイヤがパンクして久しいような自転車が数台立て掛けられ、地面のコンクリートのひび割れからは雑草が生えている。一年中日陰らしく、辺りにはジメジメした土の匂いが漂っていた。

「わたし、ヤダ。ホテルに戻ってくれる?」

「わたくしが申し付かりましたのは、ニジョウ様とお手荷物をここまでお運びすることでございます。それ以外は指示されておりません。従いまして、ご希望には添いかねます」

 スズキさんはさっさと荷物を玄関先に下ろすと、

「これが部屋のカギでございます。それでは、ここで失礼をさせていただきます」

 白い手袋がスミレの手にマンガに出てくるような古びた真鍮のカギを握らせた。

 ぶぅ~ん・・・。

 そしてスズキさんは本当に行ってしまった。

「マジぃ?」

 もう陽が落ちかけた街路を去って行く高級車のリアランプを見送りながら、スミレは途方に暮れた。
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