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秘書のおけいこ

47 ナメクジのお守り

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 スミレは何かと忙しい。

 

 

 明日は講義がある。

 だが、スミレにはもう一つの厄介なミッションがあったのだ。

 

 赤い馬を東に向けて駆った。

 周りの車があまりにも遅すぎる。常にバックミラーをチェックし、追い抜いた長距離トラックのすぐ前に潜んでいるかもしれない覆面パトカーを気にしながら、すいすいと遅い車を縫って、ひたすら飛ばす。

 そこまでして急いだのに、ハイウェイの出口で渋滞にはまる。グローブした掌でステアリングを叩く。

 もうっ!

 仕方なくハイウェイを降り、面倒な信号待ちを繰り返しながら、なんとか待ち合わせのホテルに着く。

 正面玄関のスロープ少し手前に赤い馬を駐め、履いていたドライビングシューズをパンプスに履き替える。やってきたドアマンにごめんなさいと言う。

「ちょっと待ち合わせしてるんです。すぐ出ますからここに置いてもいい?」

 そう言って彼の制服の胸ポケットに畳んだ一万円札を押し込もうとした。実直な若いドアマンはそれを拒んだ。

「お客様。大変申し訳ございませんが、ここは駐車禁止になっておりまして。それにチップは受け取れません」

 押し問答をしているところへ年かさのチーフがあたふたとやって来た。

「これはこれはタチバナ様! ようこそおいでいただきまして。今日はご商談ですか」

 顔見知りのホテルマンに、同じことを繰り返して言った。

「ラウンジで人と待ち合わせしてます。5分ほど、いいかしら」

「どうぞ。お車のキーをお預かりしてもよろしいですか」

 

 スミレがエントランスに消えると、若い衛兵の上司は部下にこう諭した。

「あの方はあのタチバナホールディングスの会長の娘さんだ。まだ若いが今は社外取締役をしてる。このホテルの株主でもあるんだ。よく顔を覚えておくようにな」


 

 平日の昼間。スーツ姿の多い広いロビーを突っ切って奥のラウンジに向かった。

 彼はもう来ていた。

 相変わらず陰気臭い顔をしてスマートフォンを撫でているからすぐに分かった。

 スミレは彼の脇に立った。

「遅れてごめんなさい。・・・行きましょうか」

 ジーンズにプレーンなシャツを着たナメクジは、無言でスミレを見上げ、ジャケットを取って席を立った。

 赤い馬の隣に彼を乗せ再びエンジンをかけた。

「・・・どこに行くの?」

 と彼は言った。

 少し、オドオドしている。かつて肌を合わせたヤンなら可愛げもあるが、このナメクジには気持ち悪さしか感じない。男ならデートコースぐらい考えておけと言いたかった。つうか、自分の車で迎えに来るぐらいしろよと。

 スミレの家ほどではないにしろ、金には不自由しないのだろうに。

「行きたいところ、あるの?」

「いや・・・、別に」

 スミレの2つ下だから、もう20ぐらいのはず。それなのに、これか・・・。

 こんなのでもいずれ親の縁故でそれなりの待遇を与えられるのだろうな。こんなふにゃふにゃした男にはたとえ定年まで勤めあげたとしても係長程度も務まらないんじゃないかと思うけれど。

 もっとも、親の縁故と言う点ではスミレも同じだ。だが、こちらはなりたくてなったんじゃないし、好きでここにいるのでもない。様々なしがらみのせいで、気づいたらこうなっていたのだ。

 左ハンドルだから、助手席の彼の向こうが海になる。だだっ広いハイウェイを飛ばしていると、右手の方におとぎ話に出てくるようなお城が見えて来る。

「次で降りるの?」

 とナメクジが言う。少し嬉しそうなのが、さらにキモい。

 その歳で「おとぎの国」か? と。

 やがて彼の顔の向こうにおとぎ話のお城が過ぎてゆくと、ナメクジの顔はまた曇った。だから、

「次で降りるよ」

 と、言ってやった。

 けばけばしい装飾で壁面が覆われたお城に赤い馬を入れた。

 一階が駐車場、二階が客室の、これもある意味で「おとぎ話のお城」のようなところ、ではある。まあ、その「お城」で繰り広げられるお話は小さな子供には聴かせられないものであるわけだが・・・。

 駐車スペースがひと区画ごとに分かれているのがありがたい。バックでスペースに入れる。狭い駐車場に赤い馬のいななきがブウオン、ブウオンと響く。

 固まっているナメクジを促して降ろした。

「何してるの。行こ」

 彼の先に立ってさっさと部屋に上がっていった。

 各部屋のドアの前に写真が貼ってあり、内装がわかる。んなのどれでもよかった。だから適当に選んだ。写真の下にクレジットカードのスロットがある。そこでカードを読み取ってもらい、出るときに中でもう一度精算するシステムだと書いてある。

「ねえ。時間がもったいないよ。早く入ろ」

 モジモジしているナメクジに声を掛ける。

 部屋は大きなベッドでいっぱいになるぐらいの、どうやってこのベッドを入れたのだろうという広さしかない。まあ、やることやるだけだしと浴室に行き風呂に湯を張る。湯船に浸かるかどうか聞くのさえも面倒だ。だから、「さっさと適当に」を行動指針にして、とにかくさっさと済ます。

 部屋に入っても、なおもモジモジしているナメクジをよそに、さっさと服を脱ぐ。

 これはサキさんとのプレイに使う大切な奴隷服。だから、きちんとシワを伸ばしてハンガーにかける。むしろ意識してこれを着て来た。

 どんなことがあっても、自分はサキさんのスレイヴ。それ以外の何者でもない。その自覚を忘れないためだ。

 ストッキングを丁寧に脱ぎ、もちろん下着も全て脱ぐ。身体を隠そうという気はさらさらない。まるきりの全裸になる。別に見せつけはしないが、かと言って不必要な恥じらいも見せない。ごく自然体で髪を巻き上げ髪留めで留めながら、

「服、脱がしてあげようか?」

 と誘った。

 浴室に入ってもなお、ナメクジはモジモジ君だった。

 背は高くもなく低くもなく。貧弱な胸板。猫背。太ってはいないが、どこかブヨブヨしている肢体。逆立ちしても性欲をそそられる身体ではない。

 股間に両手を当てて、ビクビク、オドオドしている。

 知能や体力が特に優れているわけでもない。野性のオスとしての魅力も片鱗さえない。取柄と言えば二次元のアイドルの作られたプロフィールの全人的な知識ぐらいか。

 もし彼に親の七光りがなかったら、社会に出て一日も持たないだろう。

 彼の上司も同僚も、憐みの眼差しで彼を遇していることだろうと想像する。気の毒と言えば、これほど気の毒な男もない。

 なまじあんな家に生まれたばかりに・・・。

 もし彼が市井の普通の家庭に生まれていれば、思う存分二次元の世界の女の子たちと戯れていられたろうに・・・。

 仕方がないからシャワーを浴びせ、

「お湯に浸かる? それとも浴びるだけでいい?」

 その問いかけにも無反応。俯いて何やらブツブツ呟きだした。

 こいつ、自閉症か。

 キんモ・・・。

 

 結納というやつをしたせいで、こんなロクでもないことに耐えねばならない。もちろん、したくてしたわけではない。


 

 やれやれ。

 ここまでしなくてはいけないのか。

 スミレは自分にもシャワーを浴びせボディーソープを塗った。すると、ナメクジの視線がスミレの胸と股間に集中しているのに気付いた。

 ああ、そうか。

 ピアスと無毛が気になるのね。そりゃあ、気になるわな・・・。

 おそらくナメクジは童貞なのだろう。

 二次元の世界の女の子の様に、女は従順でカワイイものだと思い込んでいたのかもしれない。もしかすると自分の初めての相手は処女でなければ、と期待されていたかもしれないな・・・。

 ところが自分はと言えば、年齢が2つ上なだけではない。

 そんな幻想を持たれるのが申し訳なく気恥ずかしくなるくらいの経験をしている。

 小学生で初体験を済ませ、その後の人数で言えばざっと50人は下らない。それにサキさんをマスターにいたたくスレイヴであり、身体に刻み込まれた性戯は童貞の想像をはるかに超えるドギツイものばかりだ。乳首と股間のピアスはその証だ。わざと見せているわけではないが、かといって隠そうとしても隠しきれるものではないからそのままにしている。

 ぶよぶよのナメクジに背中から抱きついてやった。ボディーソープを塗った乳房を滑らせる。ピアスでケガをさせないように気を遣わねば。なにしろ彼は、IT産業の雄である「ヒラガ・コーポレーション」を統べるヒラガ家の唯一の跡取り御曹司なのだ。

「あっ・・・」

 ナメクジが感じてる。

 キモい・・・。キモすぎる・・・。

 キモくてしかたないのだが、どこか楽しんでいる自分がいる。

 そうとでも思わないとやっていられないからでもある。

 例えばそれは、小学生が道端でもがいているミミズを見つけた時のような気分とでも言おうか。気持ち悪いと言いながら棒でつんつんつつくのに夢中になっている子供のような気分。たぶん、それだ。

 ボディーソープを塗りたくった手を背中から下に滑らせ、尻を撫でまわし、尻の間の谷間に入れ込み、そのまま前へ。睾丸を揉みこんで戻る。それを何度か繰り返すと、ナメクジは吐息を荒げ始めた。

「あ・・・。あは・・・」

 うふふ。やっぱ、キモいわ・・・。

 基本、舌は使わない。でも全く使わないのもおかしいので、首筋を舐めて後ろから顎を摘まんで振り向かせ、キスぐらいはしてやる。

「ああ・・・、ああ・・・」

 ああ、だって!。

 キモナメクジが、なんか悶えてる。面白い。

 そのぐらいはしてやらないと、またこのナメクジのママが会社に怒鳴り込んでくるからである。


 

 結納を交わし、最初に二人だけのデートをしたときのことだ。

 あまりに優柔不断なのでスミレが適当にスケジュールを決め赤い馬にのせてやっておざなりなコース、つまり、ハイウェイで適当な湖に行って適当なレストランで適当に食事をし適当にその辺をぶらぶらして適当にお茶を飲み、適当に帰ってきて自宅まで送り届けた。

 そうしたら次の日、彼の母親が父のオフィスまで訪ねてきて、

「スミレさんは本気でウチのジュンイチローと結婚する意志があるんでしょうか!」

 そんなふうに宣うたと、後からその場に同席していたマキノから聞いた。

「半日も一緒に居て手も握らず、話もロクにしなかったとか・・・。

 それではあまりにジュンイチローが可哀そうです!」

 当初マキノは、会長のフライベート向きのお話だからと席を外そうとしたのだが、タチバナとヒラガのことだからと父に同席を求められた。

「正直に言いますと、その場に居たたまれませんでした・・・」

 後日マキノはしみじみと言ったものだ。

 あいつ、そんなことまでチクりやがったのか!

 正直、ウンザリした。

 話しかけてもロクに喋らず、手でも握ってやるかと思ったら、あまりにも掌が汗で濡れまくっていたし、後半はもう、キモ過ぎて一刻も早く帰りたかった。

「あれは、ダメだな」

 マキノの話を聞いた後に父からも電話があった。

「あの息子をあんなにしたのはあの母親だな。息子も気の毒にな・・・。

 しかし、そういうことなら話は早い。お前は向こうに乗り込んでヒラガを乗っ取ってしまえばいいのだ。夫があんなのならいくらでも操縦できる。ヒラガは惜しい。この際、是が非でもタチバナのものにしてしまえ!」


 

 キモいのを我慢してこんなことまでしてやるのも、そういう事情があるからなのだった。

 股間を抑える彼の手に触れる。それをそっと取り除き、サオに触れてやる。

 だいぶ、ちいちゃい・・・。

 ナメクジが傷つきそうなのでそれは絶対に口にはしない。

 すこし半勃ち加減のそれをソープでくるんでやる。やや包茎気味のそれを剥き下ろすと、まだ赤い亀頭が露になる。その周りを指で優しくくるむように撫でると、

「あ、あ、ああ、・・・ああっ」

 情けない声を上げてナメクジは白い涙を飛ばした。

 え? 、とも、

 もう? とも言わない。

 それは絶対に言ってはいけない。

「気持ちよかった?」

「・・・」

 何とか言えよ!

 そう思うが、それも言わない。

 次第にストレスゲージが上昇してゆくのを感じる。


 

 マキノから取締役就任の要請を受けたとき、サキさんに報告した。彼はスミレの予想通りに、

「それは絶対受けろ」

 と言った。

 スミレは断りたかった。そんなことをすればますますサキさんの傍にいられなくなる。

「タチバナの役員会の構成は全部で30人。そのうちお前の御父上と社長、専務と常務の最上層部は皆、僕の雇い主の怖さを知ってる。それに外資系の銀行からの出向が3人。これで7人。

 残りの23のうち14、5が御父上の反対勢力。

 で、残りが日本の銀行や取引先企業からの出向組で日和見の連中だ。

 ここで会長が取締役会を去ればその勢力図が崩れる。だから雇い主は追加の人間を捻じ込んでくるはずだ!」

 ここでサキさんは全裸で黒い首輪をつけたスミレをオーディオセットの傍の椅子に座らせ、バッハの無伴奏チェロ組曲第一番をいささか大音量で流し始めた。

「毎日掃除させてるが、念のためだ」

「掃除」というのは、この場合、盗聴器の除去のことだ。

 背後からスミレの耳元に囁くようにサキさんは続けた。

「お前は表向き雇い主の意を実現するために役員になる。だがそれも、しばらくの間だ」

「え?」

 意外なことを言われ、スミレは戸惑った。

「サキさんは、どっちの味方なの?」

 彼はふふ、と笑った。そして、スミレの乳房を包み込むように愛撫した。

「いつか言わなかったか。

 僕の雇い主は神のようなもんだ。全知全能。今この世で彼に敵う人間はいない。

 だが、それでも彼は神じゃない。いずれは死ぬ、人間なんだ、と」

 彼の指が乳首の先を爪でコリコリと掻く。たまらずに吐息が漏れ、乳首が固くなる。

「あ、・・・ふう・・・、あは・・・」

「彼の死んだ後、世の中はだいぶ変わるはずだ。だが、それでもお前は生きていかなきゃならんだろ。そのためには、タチバナは安泰であるべきだ。あまり外資の連中が増えすぎると、タチバナは混乱する。会長のオーラがなくなれば、必ずそうなる。役員の中の物わかりの悪い連中の中でマキノさんは孤立し、いつか追い出されてしまうかもしれない。彼は今、唯一の御父上の意思の継承者なんだ。

 それにタチバナ一社の問題じゃない。

 巷ではIT流行りで、あたかも今やITこそが産業の主流だと言わんばかりだ。

 だが、タチバナグループは、地味だが産業の基幹をなす粒選りの会社が集まっている。タチバナの擁する鉄鋼、機械、化学、エネルギー、電力、流通、そして電話網。これらが無ければチップのウエハーも作れないし、そもそもパソコンさえ動かない。世の中の目の見えた連中はみんなこれを知ってる。タチバナは、この国の高度に集積された産業システムの中枢中の中枢なんだ。

 それがガタガタになれば、この国は早晩東か西の国に乗っ取られる。必ずそうなる。

 お前はタチバナの娘として、会社を保全し、発展させる義務がある。そして、それが、いずれ僕のためになる」

 え?

 訳のわからない呪文を唱えられて困惑しつつ、スミレは訴えた。

「なんだかわかんない。でも、でも・・・、サキさんと離れるのはイヤ。・・・イヤよ、イヤなのォ・・・」

「僕のためだと思え。ガマンしろ」


 

 サキさんにそう言われてしまうと黙って従わざるを得ない。

 結局、ナメクジのお守りも、回り回って愛するサキさんのためなのだ。今、スミレがいやいやながらナメクジとベッドを共にしているのも、突き詰めればそのためなのだ。

 折衷案として、社外取締役の道をスミレは選んだ。

 拠点はあくまでもサキさんの傍に。表向きはいくつかの会社の経営があるからとした。そのほとんどがダミー会社であるわけなのだが。


 

 ナメクジがあまりにもスミレのピアスを気にするので、じっくり見せてやる。

 煌々と明かりをつけたままベッドに仰向けになり、大きく脚を広げ、股間に手を添えて広げてみせた。

「ほら、どう? キレイでしょ。好きにしていいよ」

 こんなことをすると、また彼はママにチクるのかなとも思う。

 ママ。今日ね、彼女の裸を見せられたんだ。彼女、乳首とオマタにピアスしてたよ。今は別れたそうだけど、前の彼氏に着けられたんだって。ママ、どう思う?・・・。

 あまりにもキモ過ぎて吐きたくなる。

 またママに怒鳴り込まれそうだが、ママもさすがにマキノのオフィスにはイカないだろうし、スミレのところまでわざわざ新幹線で来たりもしないだろう。結局、父の所へクレームが行くのだろう。

 だが、ナメクジ母はそれをどうやって父に伝えるのだろうか?


 

「スミレさんは乳首とオマタにピアスをしているそうですね。それでジュンイチロウと結婚するつもりなのでしょうか!」


 

 あまりにも下らな過ぎて笑いが止まらない。どうしよう・・・。


 

「どう? ここにオチンチンが入るんだよ。挿入れてみたい?」

 ナメクジはそれにも答えず、じっと食い入るようにスミレの股間を見つめている。
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