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1976
34 Raindrops are falling on my head
しおりを挟むその年の一番のニュースは元総理大臣が汚職でタイホされたことでしょうか。
わたしは二十一歳になり、相変わらず女子大生をしていて、寮に住みバレーをして、相変わらずマスターの女をやっていました。
マスターの若干インポ気味のむすこさんも相変わらずでしたが、一度それがいきり立つとその辺の男など敵わないぐらいに暴れて十分にイカせてくれるので別れられませんでした。そういうミもフタもない言い方はイケないと思うのですが、当のマスター自身が、
「それでいいじゃねえか。オレのチンポの切れ目がお前との縁の切れ目だ。オレとお前はそういう関係なんだから。それでいいんだ」
でも自分を気持ちよくしてくれる男と一緒に居る時間を少しでも長くしたいと思うのは自然な女心です。
ちゅっぱ、ちゅっぱ。レロレロ。ちゅっぱ、ちゅっぱ・・・。
彼のが元気になるまで根気よくご奉仕して、一気に楽しまずに出来るだけ長く、途中でインターバルを置きながら気長に繋がるやり方を覚えました。
マスターもしばらくなら付き合ってくれました。
わたしが彼のをちゅっぱしながら体勢を入れ替え、彼に舐めてもらいやすいようにお尻を向けるとワザと焦らすようにその周りをチロチロしながら愉しんでくれます。ですがあんまりそれが長びくと、
「なあ・・・。ちゃっちゃとやっちゃってお仕舞いにしねえか」
「なあに? そんなに挿入れたくなっちゃったの? ガマン出来なくなっちゃったのお?」
「て、いうかさ、そうじゃなくてさ、早いとこ満足してもらってオレもピッピ出してさ、手早く済まそうっていう・・・」
「ねえ、どうしてそういうこと言うの? ムード無さすぎ! 黙って舐めてよ」
「・・・ったくよォ・・・」
そんなミもフタもない言い方ができる女になっていました。
マスターに股間を舐めてもらい、彼のを愛おしく舐めあげているのが一番心が安らぐようになっていたのです。
二年前の秋。
リーグ戦の結果は大学中の学生たちと活動費を出し渋った事務局を驚かせました。対戦成績は十一戦全勝。そのうちストレートで勝った試合が九試合でした。
ヤマダさんを先頭にバレー部全員で事務局長室に押しかけ、占拠しました。リーグ戦の結果を事務局のサークル活動を管理する係を飛び越えて直接事務局長に叩きつけました。
「わたしたちバレー部は夏に活動費を削減されました。しかも年度半ばに。しかも一方的にです。いかがでしょうか。この成績でもまだ大学側は不服なのでしょうか」
「いや、それは課外活動課で勝手に決めたことで私は何も・・・」
「では来年度はあのようなことはないと考えてよろしいですね」
「も、もちろんだとも。活発な課外活動は学生の大学生活の励みになるし、本学の名誉でもある。これからも大いに応援させていただくよ」
「今、今後も応援するというお言葉をいただきました。ということは、活動費も今年度より増額していただけると考えていいですね。もちろん、当初予算に加えてです。いいですね?」
Fリーグの最終戦の後の表彰式が終わると、ヤマダさんは部員を前にしてこのシーズンで引退すると宣言しました。わたしは事前に聞かされていたので驚きませんでしたが、他の子たちも薄々感じるものがあったようで大騒ぎすることはありませんでした。
もちろん、ヤマダさんのためだけの追い出しコンパは盛大に行いました。半年前に四年生を追い出したのとは全く別の意味で男子禁制で部員だけで大騒ぎして送り出しました。
「わたしが抜けると三年生は3人、二年生は2人。これからはあんたたち一年生が主体にならないとやってけないからね。
ミオ、頼んだよ。これからはあんたが市ヶ谷のバレー部を引っ張っていくんだからね。みんなも、ミオを援けて盛り立ててあげてね・・・」
あまりにも偉大すぎる先輩に後を託され、身が引き締まる思いがしました。
翌年のEリーグも10勝1敗で優勝し、Dリーグに昇格して臨んだ秋のリーグ戦でようやく分厚い壁にぶつかりました。辛うじて勝ち越しは決めましたが、ここが正念場になりそうでした。ですがその年のわたしの後輩になる一年生は十人も入部し、部創設以来初めて部員が二十名を超えました。体育館の使えない火曜日木曜日も自主的に走り込みや調整をする部員も増え、それは自然ににルーティンに組み込まれていったのでした。やっと目標を持って活動する喜びを分かち合える部活になり、前の年とは全く雰囲気が変わりました。
バレー部は名実ともに市ヶ谷女子大の体育系サークルの最大かつ中心的存在になりました。もちろん目標はDリーグの完全制覇。Cリーグ昇格です。たった一年前に存亡の危機に見舞われていたのが信じられないほどでした。
全てはヤマダさんの功績だったと思います。
しかし、そこで問題が発生したのです。原因はわたし個人にありました。
「あのう・・・、みなさんにお伺いしたいんですがあ・・・、あんたたち単位ってどのくらい取った?」
二年生の秋のリーグ戦を目前にして、バレー部の同期たちに訊いて回ったのです。皆だいたい40から45。中にはすでに専門課程の基礎講座まで履修していた子もいました。
ショックでした。こいつらいつの間に、という感じでした。
それに比べてわたしはと言えば、他の子たちに比べ二年時までに取得しておかななくてはいけない最低限の単位数が10単位も少なかったのです。たたでさえ三年次は最も単位を取らねばならず、加えて専攻のゼミも始まります。四年になったらもう卒論に取り掛からねばならず、就職戦線にも加わらなくてはなりません。逆算してゆくほどに背筋が寒くなりすぎてバレーどころではなくなってしまったのです。八方塞がりとはこのことでした。辛うじて秋のリーグ戦だけは全試合出ましたが、それが終わるや、当分の間コートから離れねばなりませんでした。
そもそも物理学科の実験課程を選んだのも理論の方は面倒臭そうで実験の方がおもしろそうで簡単そうだったからという、恐ろしく安直な理由からでした。ところがフタを開けてみると、当たり前なのですが実験課程は拘束時間が長く、それだけ単位取得も難しいことを知り唖然としたのです。
考えれば考えるほど目の前が暗くなり、せめて現実逃避しようとしてマスターの部屋のインターホンを押す日も増えてしまっていたのです。
ようやくカタくなったマスターのものに跨り、目を瞑ってセックスだけに集中しようとしました。
「ああん、気持ちい・・・」
「なあ、ミオ・・・。お前また、なんかやらかしたろ」
「ああん、うるさいいいいい。いいから黙ってて、ああん、気持ちいいんんん・・・」
「大方、あれだろ。単位不足で留年の危機に瀕してるとかじゃねえのか」
「ぎゃーあああ。何で知ってるのォおおおん、言わないでえええええっ! 」
「そろそろそういう時期かと思ったんだが、図星かよ。まあったく・・・。どんな大学行ってても、何年経っても、アホはアホだなあ・・・」
「もういいん! もういいからっ! とにかくいっぱいイカせてよ~ん、全部忘れさせてええん! ねえ、ねえんんんんっ!」
当たり前のことですが、思いきりセックスでイカされようが、ラジオから流れてくる曲に合わせて鼻歌を歌ってごまかそうが、布団を被って夢の中に逃げ込もうが、目の前の現実は変わりません。結局のところは、ひとりで地道にしこしこ頑張るしかないのです。
真っ白は一瞬で、覚めるのも早いものでした。脳のどこかがいつも危機感に満ち、緊張していたせいだったと思います。
それでも、一生懸命に頑張ってくれたマスターに申し訳ないので、
「すっごい、良かった・・・」
と、かりそめではありましたがねぎらいのキスをしました。
ステレオのFMラジオが少し前に流行った映画の主題歌を流していました。
雨つぶが俺の頭に落ちてくる。何かしっくりこないんだ
足が長すぎてベッドからはみ出してる。そんな男になった気分さ
そんな雨が俺の頭に落ちてくる。雨はずっと止まない・・・。
でも一つだけわかったことがある。
ユーウツなことに出会ったって俺は負けやしないんだ
幸せは俺の元にやってくるのも遠くない。大きな幸せが俺を迎えてくれる・・・
音楽は不思議です。どうしようもなく落ち込んでいる時でも、それが流れてくるだけで勇気を貰ったり慰められたりするのです。
「ま、何だか知らんが、とりあえず、頑張れや・・・」
そのままマスターの部屋で少し眠り、いつものようにおばちゃんズが開錠する前に寮に戻り朝食を食べていると、
「来てたよ」
おばちゃんズの一人から葉書を貰いました。
ヤマギシ君からのエアメールでした。消印がケニアのナイロビになっていました。夕陽をバックにして草原を歩くゾウの写真がキレイでした。
ワシオ君とのツーショットの写真を貰ってから、彼とは気まずくなっていました。取り立てて何がどうというわけではなかったのですが、会うと何故か気まずいのです。
そのうちに単位のことがあってわたしがバイト先のスタジオを辞めてしまうとさらに疎遠になりました。それでも同じ高校から上京している同窓生同士ですから月に一度は会ってお昼を一緒に食べたりはしていたのです。
ハンバーガーを食べながら、スタジオで撮った彼の創作写真を見せられ、
「いいんじゃない。結構プロっぽいじゃん」
そんな感じで感想を述べたりしていました。
「だろ?」
「でもさ、わたしシロートだからよくわかんないけど、どっちかっているとヤマギシは人物とか、それも芸能人じゃなくて普通に生活してる人を撮った方がいいような気がする」
「・・・ほう」
彼の広い額の下の小さな目が光りました。
「前にもらったわたしのバレーの写真とかワシオ君とのとか。あれ、すっごいよかったよ。
あ、でも参考までにしといてね。シロートの言うことだから・・・」
「いや。写真を評価するのはプロじゃない。一般の、シロートの人だ。だからそういう意見は貴重だよ。
ありがとう、ハヤカワ。実を言うとさ、最近オレも悩んでたんだ。作りこんで撮る写真よりも、現実に目の前にあるものを切り取って表現する写真の方に興味が出て来たんだよなあ。・・・ってより、高校の頃に戻ったっていうかさ・・・」
それからしばらく経って彼もスタジオを辞め、もっと稼げるバイトを始めました。マスターが言っていたドカタとか、ホテルの結婚式場のカメラマンとか。どちらも当時で一日一万円近く稼げるものでした。そうして貯めたお金で、彼は撮影旅行に行くようになっていたのです。
なにか、自分の一言が彼の運命を変えたような気がして気が引けたところもあったのですが、会うたびに緊張していたせいか、距離が広がって実はホッとしていたのです。
ワシオ君は気持ちをストレートにぶつけてくる男の子でした。マスターもナガノさんもオレはこうなんだ。だからこうしてくれ、と素直に言ってくれる人たちでした。
ヤマギシ君は、複雑で繊細過ぎました。
ワシオ君との写真を渡され、わたしは彼の重い感情を感じていたのです。
彼はずっとわたしを思っていてくれたのだと気づいたのです。わたしがワシオ君と付き合っている間も、それが破局してわたしが消沈している間も。どこの大学に行ったのかも知っていたのに連絡を取ろうともせず、偶然にあのスタジオで再会してからも、高校の時と同じ「ヘビとマングース」を演じつつ、ただ写真だけを大事に持っていてくれたのです。
「肩の荷が降りた」と言った時の、彼の爽やかな笑顔の片隅にあった影に、わたしは気づいてしまっていたのです。
彼の、わたしへの気持ちを知ってしまったあとでは、その繊細さが、重すぎて苦しかったのです。彼の下宿先に行ったとき、そのままキスしてしまえばよかったと何度も思いました。そうすれば、こんなに思い悩むことはなかったんじゃないかと。
でも、わたしには彼の思いに応えられるほどの気持ちはありませんでした。ヤマギシ君からは「男」を感じなかったのです。キスしなかったのは、マスターやナガノさんに対するような気持でしてはいけないような気がしたからです。そういう「ノリ」で彼に応対してはイケないような気がして、出来なかったのです。
彼を「穢して」しまいそうで、怖かったのです。
彼からわたしの唇を奪ってくれれば、話は別でした。でも、そうではなかった。だからわたしは、彼にわたしの方程式をあてはめるのを控えたのです。
それに、『明日に向かって撃て!』のキャサリン・ロスは「待つ女」でした。高校の時とは違い、わたしは待つのが嫌いな女になっていました。わたしにはジェーンのほうが性に合っていたのです。
「Raindrops are falling on my head・・・」
わたしは無理に口笛を吹きながら、自転車のペダルを漕いで学校へゆきました。
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