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番外編、〇〇とゆい

うそとゆい

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「みゃ~みゃ~」
ある雨の日にゆいが拾った、かわいい黒猫。
ももたのご飯担当は、ゆいだ。
「もむちゃ?ごはんぱべる~?」
ももた、がまだ上手に発音できないらしく、
もむちゃ、だったりもむたん、だったり、
色々とゆいのアレンジが加わる。
ゆいは朝起きると、
ままである零からももたの餌を受け取り、
ゲージの扉を開けるところから一日が始まる。
前までは零が家事をする間テレビを見せていたが、今はももたがゆいと遊んでくれるのでテレビはたまに見るようになった。
「ままぁ~?もむちゃおしっこした」
零が洗濯物を干していると、ゆいがエプロンの端を引っ張り、そう教えてくれたので、急いでリビングに戻る。
「ありゃ…ももたおしっこしちゃったの?」
リビングのカーペットには、まぁるく濡れたようなシミができている。
「みゃ~」
ももたはそんなの知りませんよ!という顔で餌をカリカリと音を立て貪っている。
しかし、おしっこというには色が透明で、臭いもしない。
「ん?これお水かな?」
零は更に近くに顔を寄せてにおいを嗅いでみるが、やはりなんの臭いもしない。
ももたの飲む水はぺろぺろと銀色の玉を舐めると水が出てくる容器に入っているし、
これはおかしい。
そして零はあることを確信し、ゆいの方を見る。
「ゆい~?これ、お水だねえ」
ゆいはしまった…!バレた…!という顔で自分の服をぎゅっと掴む。
「ん~ん、もむちゃ、おしっこした」
零は思った。この子、隠し通す気だ。
そっちがその気なら、こっちもこれでどうだ!
「そっか~ももたがおしっこしたのか~。
じゃあももたのこと叱らないといけないね~?」
にこにこと勘ぐる零に、ゆいは苦い顔をした。
ももたに罪を被せるまではできても、
この子は優しい子だから、自分のせいで叱られてるのを見るのは嫌なのだろう。
「本当のこと、言ってごらん?まま怒らないよ」
今度はゆいの肩に手を置き、微笑む。
すると、ままに初めて嘘をついたことへの罪悪感で、ゆいは泣き出してしまった。
「ままぁ~ごめんなしゃ…ゆい…ごめんなしゃい…」
くしゃりと顔を歪め、一生懸命謝る姿に、
零は成長を感じた。
「ゆい、お水零してもまま怒らないよ。
なんで嘘ついちゃったの?」
ゆいはしゃくりあげながら、それでも真剣に話す。
「ゆいっ…おにいちゃっ…だから…お水こぼしちゃ…めっ…だからっ」
おにいちゃん?だれの??
零はゆいの言葉に、一瞬なんのことかわからなかった。
もしかして、ももたのおにいちゃんってこと?
でも、それだったら尚更濡れ衣を着せるようなこと…
そこまで考えて、あることが頭をよぎった。
「あれ…?そういえば…」
最近、体調不良が続いてたっけ…
それで、吐いたりとか…
零は自分のお腹に手をあてる。
「ゆい、おにいちゃんになるの?わかるの?」
零が戸惑いながらもそう聞くと、ゆいは泣いて真っ赤になった顔で、こくりと頷く。
すごい…こんなこと…あるんだ…
半年前に二人目が生まれたママ友も、そういえばこんなことを言っていた。
『子どもってすごいわよね~
うちの子、ほら上の娘ね、妊娠がわかる前、
わたしのお腹に向かって赤ちゃんいるね~って言ったのよ。
だからもしかしてって検査してみたんだけど、
陽性でね、もうびっくりよ~』
それを聞いて、なんとなくそんなこともあるんだ、なんて思っていたけど。
「ゆい、ままのお腹に赤ちゃんいるの?」
もう一度、ゆいはこくりと頷く。
その瞬間、初めてついたゆいの嘘でさえも愛おしくて、ぎゅっと抱きしめた。
「そっか…おにいちゃんになるからお水零したらだめって思ったんだね…
でもゆい、ももたのせいにするのはだめだよ?」
この日、ゆいは最初で最後の嘘をついた。
もう二度と嘘は言わないと、零と約束をした。

「圭吾さんおかえりなさい」
帰宅した夫に、手を洗ったらすぐに座るよう促した。
「どうしたの?そんなに慌てて」
なにかあった?
と聞く圭吾に、零はあるものを見せる。
「え…?これって…」
圭吾の前に差し出されたのは、プラスチックでできた一本の棒。
その中心には、四角の窓があり、
さらにその中心には、二本の線がくっきりと浮かんでいる。
圭吾はこの棒を、過去にも見たことがあった。
「これって、赤ちゃんの…?零、ほんとに…?」
そわそわと落ち着かない様子の圭吾の手をとり、
零は自分のお腹にあてた。
「今日ゆいが、言ったんです。
おにいちゃんになるんだって…。
だから急いでこれを買ってきました、それで、ここに…赤ちゃんいるって…」
零は涙ぐみながら、一生懸命伝える。
一人目も、二人目も、同じだけうれしくて、
同じだけ怖い。
「これからは、この子もちゃんと守っていかなきゃって…」
ゆいの時は他に守るものがなくて、
ただ圭吾に守られていた。
でも今は、ゆいもももたもいる。
そんな零の不安を、相変わらず圭吾は一瞬で取り除いてしまう。
「零、今日一日怖かったね。
でもきっと、これからはゆいもももたも一緒にこの子を守ってくれるからね。
もちろん俺もね」
圭吾は零が苦しくないくらいの強さで、ぎゅっと抱きしめた。
うれしい反面、触れたら一瞬で壊れてしまうような存在に、底知れぬ恐怖を感じる。
ただここを選んできてくれたであろうこの子に、
零は同じくらいの愛情を注ぎたい。
圭吾と、ゆいと、ももたと。
家族が増えることが、嬉しくてたまらなかった。

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