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1章
35話 戻ってきたメメル
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カズハが紙袋を抱えて戻ってきた。パトリック以外に、メメルとタタを伴って。
察したケイは店番をキーラに託してすぐに向かった。
キーラは冒険者ギルドでは勤続十年を超える大ベテランだ。オリーブ色の瞳に茶色い髪をカールさせている。彼女は、レッドドラゴンの襲撃で倒れた人々の介護に当たっていたギルド職員の一人。
もう一人、オーウェンという職員もいるが、彼は現在休憩中だ。もうすぐ上がってくる。
「奥へ」
「キーラさん。この後、この紙袋を取りに来る人がいるから、奥へ案内してほしい。多分、訓練室にいると思う」
「えぇ、分かったわ」
「……あれ。キーラさん、お金を数えるの、早いよな」
「あら、お褒め頂いてありがとうございます。サービスはないわよ」
「その素敵な笑顔で十分なサービスだ。スマイルゼロ円と言うし」
今日は、ハウルは非番で出掛けている。夜まで戻って来ないだろう。何と言うか、メメルに会いたいのにいつもとタイミングが合わないのは些か残念だ。
カズハ達をスタッフルームの奥にあるリビングへ案内する。そこで休んでいたオーウェンが、メメルに「よう!」と元気よく手を振った。
筋骨隆々とした肉体を持つ彼は、元々シーラと同じパーティーだった盾戦士だ。彼はメメルに久しぶりだなと笑い掛ける。
そこに邪魔させてもらって、ケイは尋ねる。
「心は決まったのか?」
「はい! ニルヴァーナ学園も退学にされたので、もうこの国には残りません!」
「えっ」「何だと!?」
「ベナードに殴られたのを殴り返したら、そのまま退学になっちゃったんだー」
あっけらかんと笑うメメルに、隣のカズハが「デブブタハゲじゃ君には勝てないだろうな」と一言。だからこそ、強制退学という形で研究資料を奪い取るしかなかったのだと付け足した。
何てヤツだ! と怒りを顕にしたオーウェンには落ち着いてもらう。
今までメメルは、タジトラ村の人々からお金をもらって入学費用などをもらって、ニルヴァーナ学園に通っていた。あの学園を卒業することが、何よりの恩返しだと言っていた彼女からは、未練が伺えなかった。
爽やかな笑顔で、彼女は言う。
「魔法ポーションが完成します」
「……完成します?」
「はい! ここで、作らせて下さい!」
は? とケイが思わず溢した横で、オーウェンは「面白そうじゃないか!」と膝を叩くと立ち上がった。
「シーラを呼んでこよう!」とオーウェン。
「材料を取ってくる。ポータルタイプの加熱器具や、必要な実験器具は?」
「全部アタシのマジックバッグに入ってるよ。アンタは材料持ってきな」
まるで事前に打ち合わせしたように、人々が立ち上がる。
「なら、訓練室を準備する。あそこなら魔法攻撃の大半が打ち消されるから、実験を行うには適している」
ケイは言う。
「皆さん、ありがとうございます!」
メメルが嬉しそうに笑う。
学生だからと、思っていた。
重傷を負い、命の危険まで犯しているのに、それでも諦めなかった彼女。
いつか自分に見た残影を、重ねていただけだった。
自分も帝国軍で活躍できる剣士になれると信じていたあの頃の自分に、似ていたから。
■□■□■
グッツグッツと薬品臭が漂う。その中に、どこか柑橘類のような爽やかさのある香りが混ざっている。
メメルは、こなれたようにすり鉢で薬草をすり潰して、次々に鍋へ投入していく。
風精霊の羽根を三枚一気にへし折って、掌で砕いていく。
水を入れて、煮立たせ始める。濁った緑色の薬液が、暗く濃くなって、深緑色になる。
その隣では、カズハが瓶の熱湯消毒をしていた。熱湯に浸かった瓶をトングで取り出して、板の上で逆さに立てられ、清潔な布巾でしっかり水分を拭い取る。
そろそろというところで、メメルが加熱を一旦中止した。
熱湯消毒を終えた瓶に薬液を流し入れていくメメル。端から見ると、血の繋がっていない兄妹が実験をしているように見える。
「えっと、ここで……」
「完全に締め切らないで、少し開けておく。一度締めてから少し開くと後で開けやすくなる」
蓋を締めてから、少し開く。そうやって七つの瓶に薬液を流し入れても、鍋の中に余っていた。
そこからさらに、沸騰している鍋の中へ入れた。
何分か経った頃、カズハが一つ瓶を取り出して、布に包んだ状態から蓋をゆっくり開いていく。
微かに、ぷしゅっと空気の抜ける音が聞こえて、すぐに蓋を閉めた。
「こんな感じだ」
「よぉうし……」
そうやって、メメルも真剣な表情で瓶の蓋をそおっとそおっと開いていって、音が聞こえたらすぐに閉めた。
七つの瓶は、それぞれ薬液の量が違う。半分入っているのもあれば、満杯近くまで入っているのもある。中には、三分の一しか入っていない薬液もあった。
再びそれらを、熱湯で加熱していく……。
しばらくグツグツと沸騰させているお湯に入れて加熱を続ける。
それから数分経った頃、瓶の入った薬液が緑色の光を放った。ほんの数秒前まで深緑だった薬液が、宝石を溶かしたように透き通ったエメラルド色の液体になっていた。
瓶から僅かに光を放っているのが伺える。それがまた一つ、また一つと光を放って姿を変える。
全てが色を変えた訳ではなかった。今の三つ以外は、いくら加熱をしても反応しなかった。
メメルが、ぷるぷると震えた。
熱湯から取り出した瓶を見下ろして、
「出来たぁあああーーーー!! 出来たよ、カズハさん!!」
カズハに振り返ったメメル。彼女に、カズハは笑い掛ける。
「おめでとう、ジェペットさん。さすがだな」
「カズハさんのお陰だよ!」
メメルが勢いよく飛び付くと、カズハはその衝撃に負けて床に頭から倒れた。メメルは、ぎゃー! と大騒ぎ。
カズハは戦闘へ出ていないから、レベル1のままだ。Bランカーの突進にも似た抱擁は、相当な衝撃だったのではないだろうか。
察したケイは店番をキーラに託してすぐに向かった。
キーラは冒険者ギルドでは勤続十年を超える大ベテランだ。オリーブ色の瞳に茶色い髪をカールさせている。彼女は、レッドドラゴンの襲撃で倒れた人々の介護に当たっていたギルド職員の一人。
もう一人、オーウェンという職員もいるが、彼は現在休憩中だ。もうすぐ上がってくる。
「奥へ」
「キーラさん。この後、この紙袋を取りに来る人がいるから、奥へ案内してほしい。多分、訓練室にいると思う」
「えぇ、分かったわ」
「……あれ。キーラさん、お金を数えるの、早いよな」
「あら、お褒め頂いてありがとうございます。サービスはないわよ」
「その素敵な笑顔で十分なサービスだ。スマイルゼロ円と言うし」
今日は、ハウルは非番で出掛けている。夜まで戻って来ないだろう。何と言うか、メメルに会いたいのにいつもとタイミングが合わないのは些か残念だ。
カズハ達をスタッフルームの奥にあるリビングへ案内する。そこで休んでいたオーウェンが、メメルに「よう!」と元気よく手を振った。
筋骨隆々とした肉体を持つ彼は、元々シーラと同じパーティーだった盾戦士だ。彼はメメルに久しぶりだなと笑い掛ける。
そこに邪魔させてもらって、ケイは尋ねる。
「心は決まったのか?」
「はい! ニルヴァーナ学園も退学にされたので、もうこの国には残りません!」
「えっ」「何だと!?」
「ベナードに殴られたのを殴り返したら、そのまま退学になっちゃったんだー」
あっけらかんと笑うメメルに、隣のカズハが「デブブタハゲじゃ君には勝てないだろうな」と一言。だからこそ、強制退学という形で研究資料を奪い取るしかなかったのだと付け足した。
何てヤツだ! と怒りを顕にしたオーウェンには落ち着いてもらう。
今までメメルは、タジトラ村の人々からお金をもらって入学費用などをもらって、ニルヴァーナ学園に通っていた。あの学園を卒業することが、何よりの恩返しだと言っていた彼女からは、未練が伺えなかった。
爽やかな笑顔で、彼女は言う。
「魔法ポーションが完成します」
「……完成します?」
「はい! ここで、作らせて下さい!」
は? とケイが思わず溢した横で、オーウェンは「面白そうじゃないか!」と膝を叩くと立ち上がった。
「シーラを呼んでこよう!」とオーウェン。
「材料を取ってくる。ポータルタイプの加熱器具や、必要な実験器具は?」
「全部アタシのマジックバッグに入ってるよ。アンタは材料持ってきな」
まるで事前に打ち合わせしたように、人々が立ち上がる。
「なら、訓練室を準備する。あそこなら魔法攻撃の大半が打ち消されるから、実験を行うには適している」
ケイは言う。
「皆さん、ありがとうございます!」
メメルが嬉しそうに笑う。
学生だからと、思っていた。
重傷を負い、命の危険まで犯しているのに、それでも諦めなかった彼女。
いつか自分に見た残影を、重ねていただけだった。
自分も帝国軍で活躍できる剣士になれると信じていたあの頃の自分に、似ていたから。
■□■□■
グッツグッツと薬品臭が漂う。その中に、どこか柑橘類のような爽やかさのある香りが混ざっている。
メメルは、こなれたようにすり鉢で薬草をすり潰して、次々に鍋へ投入していく。
風精霊の羽根を三枚一気にへし折って、掌で砕いていく。
水を入れて、煮立たせ始める。濁った緑色の薬液が、暗く濃くなって、深緑色になる。
その隣では、カズハが瓶の熱湯消毒をしていた。熱湯に浸かった瓶をトングで取り出して、板の上で逆さに立てられ、清潔な布巾でしっかり水分を拭い取る。
そろそろというところで、メメルが加熱を一旦中止した。
熱湯消毒を終えた瓶に薬液を流し入れていくメメル。端から見ると、血の繋がっていない兄妹が実験をしているように見える。
「えっと、ここで……」
「完全に締め切らないで、少し開けておく。一度締めてから少し開くと後で開けやすくなる」
蓋を締めてから、少し開く。そうやって七つの瓶に薬液を流し入れても、鍋の中に余っていた。
そこからさらに、沸騰している鍋の中へ入れた。
何分か経った頃、カズハが一つ瓶を取り出して、布に包んだ状態から蓋をゆっくり開いていく。
微かに、ぷしゅっと空気の抜ける音が聞こえて、すぐに蓋を閉めた。
「こんな感じだ」
「よぉうし……」
そうやって、メメルも真剣な表情で瓶の蓋をそおっとそおっと開いていって、音が聞こえたらすぐに閉めた。
七つの瓶は、それぞれ薬液の量が違う。半分入っているのもあれば、満杯近くまで入っているのもある。中には、三分の一しか入っていない薬液もあった。
再びそれらを、熱湯で加熱していく……。
しばらくグツグツと沸騰させているお湯に入れて加熱を続ける。
それから数分経った頃、瓶の入った薬液が緑色の光を放った。ほんの数秒前まで深緑だった薬液が、宝石を溶かしたように透き通ったエメラルド色の液体になっていた。
瓶から僅かに光を放っているのが伺える。それがまた一つ、また一つと光を放って姿を変える。
全てが色を変えた訳ではなかった。今の三つ以外は、いくら加熱をしても反応しなかった。
メメルが、ぷるぷると震えた。
熱湯から取り出した瓶を見下ろして、
「出来たぁあああーーーー!! 出来たよ、カズハさん!!」
カズハに振り返ったメメル。彼女に、カズハは笑い掛ける。
「おめでとう、ジェペットさん。さすがだな」
「カズハさんのお陰だよ!」
メメルが勢いよく飛び付くと、カズハはその衝撃に負けて床に頭から倒れた。メメルは、ぎゃー! と大騒ぎ。
カズハは戦闘へ出ていないから、レベル1のままだ。Bランカーの突進にも似た抱擁は、相当な衝撃だったのではないだろうか。
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