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第五話 キャラ弁とクッキーサンドとギャップ萌え
しおりを挟む「…………」
「…………」
さて、どうしたらいいんだろう。
私は機嫌の悪そうなチヒロさんと見つめ合っている。冷たいグレーの瞳は初めてあった時と変わらない。ちょっと猫目が最初よりきつく見える。
紙袋を渡されて、そのままダイニングテーブルの向かいに座ってるんだけど。
き、気まずい!
こういう時は現実逃避しよう。
昨日の晩、夕食後普通にお風呂に入って昴さんに抱き抱えられて普通に寝て。いや、普通じゃないかも?
朝起きたらサイドテーブルにメモが残されていた。
《おはよう。お茶やコーヒーは好きに飲んでいい。夜は早めに帰る。S》
昴さんからのメモを大切にポケットにしまい、ルンルン気分でグレーのワンピースを着る。
メモ!新しいメモが貰えた!
嬉しい!!
洗濯機はお風呂のところにあった。洗剤と柔軟剤は自動で入る。ボスのワイシャツと下着と靴下が入っていたから一緒に洗う事にした。
几帳面なのはわかるけど、これくらいは多分平気だと思いたい。
洗濯開始のボタンを押してリビングへ。
ケトルにお湯を沸かして、昨日洗ってくれたであろうカップを食洗機から取り出して、ダイニングテーブルに座ったところでドアのチャイムが鳴った。
そういえば昨日ケイは鳴らさなかったような。私が寝てたから聞こえなかったのかな。
ぼーっとしていたら鍵が開いて、チヒロさんがリビングへやって来た。
ネイビーのスーツを着てる。今日もいいスーツだなぁ。
彼は私がいることに驚きながらも、紙袋を私に手渡して、向かいの椅子に座って。
今現在、これはもう睨まれているのではないでしょーか。
現実逃避が終わってしまった。
「昼飯。食べてくれないか」
「はっ、はい。あの、チヒロさんは?」
「ケイのやつ名前教えたのか。俺はいい。食事が終わるまで帰れないんだ。食べろ」
冷たく言われて、しょんぼりしながら袋の中を覗き込む。
あれ?これ、手作り??
可愛いお花柄のお弁当箱。バンドで止めてあるんだけど、これもお花柄。
小さめだから女性用に見える。ピカピカだし、わざわざ買ったの?
そしてもしかしてチヒロさんがお弁当作った?!
「あ、あの!これもしかしてチヒロさんが作ったんですか?」
じっと私を見ていた瞳がそらされ、横目で見てくる。
「どこかで買えば毒の危険がある。基本だろ」
「は、はぁ」
ケイが昨日買ってきたのは内緒にしておこう。
ぱか、と蓋を開ける。ちょ、ちょっと待って!…ええぇ!!!可愛い!
人参と青菜が刻んで入れてある、彩りのいい厚焼き玉子がハート型のピックに刺さってる。
たこさんウィンナーに、おにぎり。ゴマで目がついてる。ピンクのほっぺはわざわざハムを丸く切って載せたの?
お漬物とミニトマトが詰め込まれて、端っこにあるブロッコリーは鰹節て和えてある。
昨日SNSで同じようなものを見てたんだけど、これはプロのキャラ弁と言っても過言では無いこのクオリティ!もしかしてこの人も料理ができるの?
「なんだ、不満か?」
「そんな事はなくてですね。ちょっとびっくりと言いますか、お料理上手なんですね」
「まだ食べてないから分からないだろ」
「いや、これは見ただけで美味しいと分かります」
しげしげとお弁当を眺めて、チヒロさんを見る。そっぽを向いたままほんのり頬が赤くなってる。
あれ?もしかしてツンデレさん?
「あっ、チヒロさんもお茶飲みますか?」
「君が一口食べてから自分でいれる」
ピーン、と頭の中で音が鳴る。なるほど、お弁当食べた反応が見たいんだ!
「いただきます!」
「召し上がれ」
うわぁ。チヒロさん育ちがいい!
はっ、早く食べないと。
「ふぁ、おいひ!!」
これはっ!昴さんとは方向性の違う、お出汁の旨みが強め、塩味弱めの味付け!!
つまり、上品かつ美味しい。そして可愛い。
よく見たらたこさんウィンナーにも、ちゃんと目がついてる。
「チヒロさん、すごく美味しいです!お出汁は何を使ってるんですか?タコさんのおめめ可愛い!塩味もとってもいいバランスで素晴らしいです!!」
「そうか。ふん。普通の出汁だ」
わー、やっぱり。ニコリともしないけど、ほっぺの赤みが強くなった。
うーん、たこさんウィンナーもチヒロさんも可愛い。
「卵の中に入ってる人参と青菜も下味がついてますね、卵の甘さも好きです。ブロッコリーと鰹節ってこんなにあうんですね。初めて食べました」
「よく分かったな。ゆっくり食べろ。喉につかえるぞ」
ほんのりほほ笑みを浮かべながら、チヒロさんがケトルの電源を入れ直し、立ち上がってキッチンからコーヒーカップとドリップコーヒー用のセットを取り出してくる。
あれ?私の分も?テーブルにカップをふたつ並べてる。
「お菓子があるから。コーヒーの方がいい」
「はっ!お菓子!も、もしや……」
「作ってるに決まってるだろ」
「ふぁぁぁ……」
たこさんウィンナーを齧りつつ、自分の目がキラキラしてるのを自覚してしまう。
丁寧なお仕事でお弁当を作ってくれた、チヒロさんが作るお菓子が美味しくないわけない。
「ちょ、ちょっと待ってください、お弁当ももうちょっと味わいたくてですね」
「ゆっくりでいいって言ってるだろ」
言葉は変わらないけど、不機嫌そうな顔が微笑みに変わる。
長い前髪の間から、冷たい印象から暖かい色になったグレーの瞳と目が合う。
猫目がほんのり細くなって、口角が上がって。
「なるほどな。ケイが言っていたのはこれか」
「ケイ?」
「気にするな」
頬杖をついて、今度はじっと見つめられる。
た、食べづらい。
何とか食べきって、お茶を飲む。
美味しかった……!!
「ご馳走様でした!」
「ん、お粗末さま。まだ入るか?」
「デザートは別腹ですっ」
「ふ。分かった」
チヒロさんがコーヒーを入れてくれるなんて。
湧きたてのお湯でペーパーフィルターを湿らせて、コーヒーの粉を入れる。
少しお湯を垂らして、粉を蒸らし始める。
ほわほわと香ばしい薫りが広がる。
ドリップコーヒーなんて、何年ぶりだろう?
チヒロさんの丁寧な所作、伏せ目でコーヒーを見てる眼差しがちょっと色っぽい。まつ毛が長い。
うーん、可愛いし美人さんだ。
最後の雫が落ちる前に、チヒロさんが脇に置いたカバンの中からジップロックを取り出す。
クッキーかな?美味しそう。
小さなお皿にそれを取り出し、私の目の前にコーヒーと共に添えてくれる。
「こ、これは!?クッキーの間になにかはさまってます!」
「塩キャラメルチョコのクッキーサンド。まとめて作るからおすそ分けだ。甘いからブラックでいいだろ?あ、しまった。アレルギーは?」
「ないですっ!!」
「そ、そうか。コーヒーは?」
「いつもブラックです!!」
「…召し上がれ」
「いただきます!!」
食い気味に答えてしまったのは仕方ない。だって、美味しそうなんだもの。
匂いからしてアーモンドパウダーを使ったザクザク系のクッキー、間にキャラメルチョコかな?
表面にほんの少し岩塩が散らされてる。
オシャレ!
そっとクッキーをつまんで口に入れる。
ザクザクした食感、バターと甘いキャラメルの味と匂いとほんのり感じる塩気、キャラメルチョコがちょこっとの苦味と共にとろりと溶けてくる。
「んー!!!」
足をじたばたさせつつ、自分の頬を抑える。
美味しい!美味しいーー!!!
「お、落ち着けよ。そんなに好きなのか」
こくこく頷き、キャラメルの余韻を残したままコーヒーをすする。
お口が幸せになりました!こんなに美味しいお菓子初めて食べた。
「神様ですか?」
「何を言ってんだ。甘いものが好きなんだな」
「それはそうですけど、こんなに美味しいお菓子生まれて初めて食べました!」
「君の人生どうなってるんだ」
呆れられつつ、大事に大事にクッキーを味わう。
はぁ。もうなくなってしまった。
「気に入ったなら少し置いていく。食べすぎるなよ、カロリーが高いから」
「本当ですか!!わああぁ……」
ジップロックごと渡され、そっと抱きしめる。私のクッキーサンドちゃん!大切にするからね!!
「お前、本当にそういうキャラなんだな。はぁ。警戒して損した。初日に乱暴なこと言ってごめん。許してくれ」
片手で頬杖をついて私を優しく見つめてくる彼は、初めて会った時のあの色はもう無くなっていた。
作っていただいたお弁当とお菓子を食べていただけなんだけど。でも、良かった…よね?
お仕事上仕方ないことだと思うし、こうやって正面切って謝るなんて大人ではなかなか難しい事だと思う。
「いえ、あの、私の方こそすみません。私反応が薄くて勘違いさせてしまいましたよね」
「ん…ケイから聞いた。そういうのが苦手なんだろ?これからは気をつけるから。
それに、よく見ていればちゃんとわかるよ。弁当の時もクッキーの時もコーヒー入れてる時も顔がうるさかった」
「うるさくてすみません」
ふふ、と笑われてしまう。顔がうるさい、なんて初めて言われた。
「そうだ。仕事のことだが、お客さんがよろしく伝えてくれって言ってた。いい人たちだな。だれも文句言わなかった」
「あっ!昨日お聞きしました。予約先までご案内して下さったって。ありがとうございます」
「いや、こちらの都合だから礼を言われる立場じゃないが。うん、まぁ…うん……」
チヒロさんが複雑そうな顔になる。
ケイも昴さんも同じこと言ってた。
やってくれてるのは確かだし、お礼は礼儀だと思う。
お客様は素直に受け止めてくれたんだ。ちょっと寂しいけど、嬉しいな。素敵なネイルサロンと出会えます様に。
ん?視線を感じる。ワンピース見てる?
「グレー、似合うな。俺もその色が好きだ」
「あ、ありがとうございます。無意識でした。チヒロさんの瞳の色ですね」
「うん、まぁな。他にもあるのか?その色の服」
「何着かありましたね。黒の方が多いですけど」
「ふぅん。分かった」
何がわかったのか分からないけど、なんとか仲良くなれそう。
「君は25と言っていたが、そうしてると幼く見えるな」
クッキーを抱きしめてるから?
だって私のクッキーサンドちゃんだし。
「そうでしょうか。あっ、チヒロさんはお幾つなのですか?」
「30。おじさんはやめてくれ」
「い、言わないですよ。三人とも敏感なお年頃ですね?」
「そうだよ。なんでさん付けなんだ?ケイだけ呼び捨てか?昴は?」
「昴さんはさん付けもいいな、と仰ってたのでそのように。ケイは呼び捨てにしてくれと言われてそのままです」
「ふぅん、じゃあ俺も呼び捨てでいい」
「えっ、でもちょっと抵抗が。」
コーヒーをすすりつつ、チヒロさんが首を傾げる。
こういうのちょっとドキッとする。チヒロさんがたまにする、可愛い仕草が…うう。
「何となくですけど」
「1番年上はケイだろ?昴は良いとして。ボスだし。年齢的には呼び捨てじゃないのか?」
「うーん、イメージと言いますか。うーん」
言葉にするのは難しい。
昴さんもケイも年上だから本当はさん付けにしたいけど。
「呼び捨ての方がいいなら、あの…」
「その方がいい。」
「そ、そうします」
じ、と見つめられてさらにドキドキしてしまう。な、なんですか?
「早く。呼んで」
「えっ…い、今ですか?」
「うん」
ううっ!上目遣いまで!?どこまでギャップ萌を提供してくるんですか!!
「チヒロ…」
「うん、その方がいい。昇龍 千尋だ。よろしくな」
手を差し出されて、恐る恐る握る。
「緑川 蒼です。こちらこそ、よろしくお願いします。私も呼び捨てでいいですよ」
「わかった。蒼」
はわわ……満面の笑顔になりました。破壊力すごい。
「さて、そろそろ仕事に戻る。明日はまたケイがくる。ちなみにそのキスマークは昴だよな?」
あっ!また忘れてた。
「すみません、忘れてました」
襟が広めで鎖骨が見えるくらいだから、薄くなっているとはいえ見えてる。ごめんなさい。
「別に謝ることは無いが、昴だけじゃなく他の男も刺激するからなそういう物は。つけた本人にも言っておくが気をつけろよ」
「はい。すみません」
「蒼のせいじゃないだろ。昴にしては珍しいから驚いたけどな。」
そういえばケイさんも言ってた。いつもは跡をのこさないって。
監禁するからいいと思ったのかな?
うーん?
悩み始めると、ポンポンと頭に手を置かれる。
「集中しすぎるなよ、安全確認は定期的にするから。今日はちゃんと返事してくれ」
「あっ!昨日はご迷惑をお掛けしました」
「気にしなくていいよ。じゃあな」
玄関までついて行って、笑顔で去っていくチヒロを眺めた。
パタン、とドアが閉まり間をおかずカチャ、と鍵が締まる。
また一人の時間。静かになったリビングに戻り、コーヒーの道具を片づける。
チヒロが片付けようとしてくれたけど、さすがにそこまではさせたらダメだと思う。
お弁当箱はしっかり回収して行ったから、また作ってくれるみたい。
手作りのご飯にお菓子。思っていたより優しかったチヒロに胸が暖かくなる。
昴さんも、ケイもチヒロも、いい人だと思う。
お仕事のことは銃を持っていたりするし、最初の乱闘や警戒心丸出しのところを見ると難しい人達なんだとは思うけれど。
騙したり、バカにしたり、私のことを無碍に扱ってこない。
むしろ、大切にしてくれて気遣ってくれていると思う。
今まで付き合った人が余りいなかったから参考にはならないけど。
ピコピコ!とメッセージアプリの音が鳴る。
昴さんに言われて音を常に出しておくようにしたんだった。
アプリを開くと、チヒロから。
『片付けさせて悪い。好きな食べ物があるなら教えてくれ。あと、好きな甘いものも』
メッセージアプリ自体久しぶりに見た。こんなふうにやり取りするのなんて仕事意外になかったから、なんだかこそばゆい。
『ありがとうございます。チヒロが負担にならない物なら何でもいいです。
卵焼きはまた食べたいです。クッキーも大切にいただきます。甘いものはサクサクしたものと溶ける系統が好きです』
直ぐに既読が着いて、メッセージが返ってくる。
『卵焼きは必ず入れる。表現が面白いが好みはわかった。また作る。仕事中でも気にせずメッセージしていいからな』
『たのしみです!ありがとうございます』
ニコニコマークの絵文字をつけて、既読がつく。
『返事しなくても見てるから。またな』
…はー。これはいいですね!素晴らしいツール。あまりにも送ってしまうとお仕事に差支えると思うからしないけど、一人でいても独りじゃないという感じがする。
キッチンのシンクにカップたちを置いて、スポンジで洗う。
これは食洗機に突っ込んだらダメなカップです。後で昴さんに伝えないと。
カップの繊細な装飾をなぞり、ため息を落とした。
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