モブっと異世界転生

月夜の庭

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モフモフのモブ

お兄様が一足先に学園ライフを送っています

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「サクラお嬢様、ジャスパー様より お手紙にございます」


そう言って白い木製の学習机の上に、メイドさんが置いてくれた封筒は無駄に分厚い。


優しく置いたのにドスッと音を立てていた。


私が7歳になるとジャスパーお兄様は、王都の全寮制の学園に入学してしまいました。


この国では、15歳になる年になると龍族の王都にある国立の学園で寮生活をしながら勉強することになっています。


龍族の王都に向かう前夜は、行きたくないと落ち込むジャスパーお兄様に離してもらえず大変でした。


そして、まだひと月も経っていないにも関わらず、寂しいと分厚い手紙が一週間前から届き始めており、ペースの速さに返事が追い付いていませんでした。


「兄様のサクラに対する愛が重過ぎて引く」


一緒に勉強していたノエルが、封筒の分厚さに顔を引きつらせて見ている。


「ジャスパーはサクラが居ないと暴れる病気なのよ」


しれっと言い放つカメリアも反対側から手紙の覗き込んでいる。


「読むのは楽しいんだけど時間が掛かるし、返事が追い付かないの」


「無理じゃない?」


コテっと小首を傾げるカメリアが可愛いです。


「でも、学食のプリンが美味しいから食べさせたいとか、内容は面白いんだよ」


「切手代だけで幾ら使ってるんだろう?」


「………さぁ?」


あまりに頻繁に手紙が届くものだから、両親と驚いていて、私の分の返事の切手代は、お母様が出してくれていました。


お小遣いでは足りないだろうとの救済処置です。


今回は一段と分厚いです。


封筒を開けて中からピンク色の便箋の束を引っ張り出して読み進めて後悔しました。


段々と顔が赤くなるのが自分でも分かっていました。


これはジャスパーお兄様からのラブレターで、私が好きで会いたいという気持ちが延々と書き綴られていました。


「兄さんってシスコン通り越して病気だよね」


脇から覗いていたノエルが深い溜め息を吐いた。


「うん。ジャスパーは重症患者だって言ってるでしょう。アイツはヤバい」


カメリアは何故か、最初からジャスパーお兄様を呼び捨てです。


「きっと番が見つかれば落ち着くんだろうけど」と頭を掻きながらノエルが苦笑いしている。


この世界は獣人しか存在せず、番という魂レベルで結ばれたパートナーが存在しています。


龍族は特に、番を大切にすると聞いています。


猫族の王国には猫の獣人しか住んでいませんが、学園に行けば他の種族の子供達も集められ一緒に勉強するのです。


学園は龍族が用意した、番を探す お見合い場所でもありました。


手紙に”僕に番なんて必要ない。サクラが居てくれれば、それだけで幸せなんだ”とか書いてあった。


「まだ番が見付からないみたいね」


見付からないのは困るけど、見付かったら寂しいんだろうなと思っていました。


「6年間で見付からないと、サクラが兄様に襲われそうで恐いんだけど」


「いやいや!それ恐がるの私だから。それに兄妹だよ?」


「でも、兄様が本気になったらヤバそうだなぁ」


「不吉な事を言わないでよ。ジャスパーお兄様にも失礼よ」


「まぁ、僕も負けないけど」


「??なんか言った??」


「別に」


チュッ


音を立ててノエルが、私の頬にキスを落とした。


ジャスパーお兄様とノエルのスキンシップに慣れ始めていた私は、顔を赤らめる事は無くなったけど、恥ずかしい気持ちは消えません。


キスをした後も、ノエルが匂いを嗅ぐみたいに鼻と唇を擦り寄せるから擽ったい。


横目には半分寝ているカメリアが見える。


止めないんか。


「もぅ………ふふっ……擽ったいから止めて」


「ヤダ。サクラは甘い匂いがするから止められないんだ」


「ひゃっ!もぅ!!耳はダメ!」


耳を舐められて変な声が出ちゃったので、恥ずかしいから誤魔化したくてノエルを押し避けた。


「可愛い」


「バカ」


猫族は、くっ付くのが好きで有名らしく、両親も暖かい目で幸せそうに見守ってくれる。


そんな甘々な幸せな日常に、変化の兆しが見えたのは寒い冬の事でした。


風邪をひいて寝込んでいたアンジェお姉様の熱が一向に下がらず、三日三晩魘された後の事でした。


それまで暖かく優しくて穏やかな性格だったアンジェお姉様が一変した。


私にノエルが擦り寄ると、凄い剣幕で引き剥がされて、暴言と暴力を降り注いだ。


「モブの癖に厚かましい!」


「止めろ!サクラに手を出すな!!」


庇うように立ちふさがったノエルの脇には、既に突き飛ばされて気絶してるカメリアがぐったりと倒れている。


「はぁ??!年下攻略キャラが、なんでモブを庇ってんのよ!あんたが誘惑したんでしょう!穢らわしい泥棒猫が!」


騒ぎを聞き付けた両親が止めに入るまで、アンジェお姉様の怒りが収まりませんでした。


腕や肋骨が折れた重体の私は、ベッドの上で痛みと熱に襲われ生死の境を1週間ほど彷徨いました。


目が覚めると黒い毛は色が少し抜け、青みがかった薄いラベンダー色に変わっていました。


おぉ??!パステルカラーの猫族になってる!


自分の尻尾の色にビックリした。


「サクラ!目が覚めたのね?!良かった」


まだ身体が重くて動かせないけど、なんとか泣き腫らした顔のお母様に微笑む事ができた。


「お……おはよう…お母様」


それからノエルとお父様とカメリアにも泣き付かれた。


突き飛ばされたカメリアは、無傷だったと聞いて安堵した。


両親達が落ち着いたタイミングで、険しい顔のジャスパーお兄様に頭を撫でられた。


「あの女の事は心配要らないよ。神殿に引き取られたから。サクラは早く良くなるために、ゆっくり休むんだよ」


表情とは裏腹に、優しい声が聞こえる。


そっか………聖属性持ちだから、神殿が引き取ってくれたのか。


ピンク色の光の謎も、まだ判明していないから尚更か。


ゲームのヒロインって、なんで孤児なのに男爵の家名を名乗っているのか不思議だったけど、引き取られた男爵家で暴力事件を起こして神殿に追い出されたからだったんだなぁと思っていました。


これもシナリオ通りなのかな?


もしゲームの強制力で発作的に暴れたのなら、今頃アンジェお姉様が落ち着いて冷静になって後悔してるかもしれない。


「アンジェお姉様は、大丈夫なの?」


「こんなに傷付けられても、まだ お姉様って呼んで心配するのか?」


「病み上がりで、気が昂っていただけだよ。優しいアンジェお姉様なら、今頃は後悔してると思うの」


「サクラは優し過ぎるよ」


私に負担をかけない様に覆い被さるように抱きしめるジャスパーお兄様が、顔を私の肩に埋めると静かに震えていた。


少し熱いので泣いているのかも知れません。


まだ痛む腕を持ち上げ、優しくアッシュグレーの頭を撫でる。


それから怪我が完治するまでの間に、アンジェお姉様からの面会や謝罪の手紙等は一切ありませんでした。
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