モブっと異世界転生

月夜の庭

文字の大きさ
30 / 38
引き戻された現実世界

桜姫 5歳

しおりを挟む
車の後部座席に、小百合ちゃんと手を繋ぎながら、ジュニアシートの上に2人で乗る。


自分のジュニアシートを乗せて2つ並べている。


「歩いて帰るなんて心配だ」


「もう、大丈夫よ。大人なんだから」


「大人だから心配なんだ」


「私が愛してるのは将司まさしだけよ」


「分かっているが」


小百合ちゃんのパパが運転して、助手席には小百合ちゃんのママが乗り………砂を吐きそうなほど甘い空気を醸しているので見ない振りをする事にしました。


小百合ちゃん曰く「パパとママは、万年新婚夫婦だから諦めろって花菜はなちゃんが言ってたよ」と言っていた事を思い出した。


花菜ちゃんとは、小百合ちゃんのママの双子の妹らしい。


「今日は礼拝堂で卒園式の予行練習だよ」


流石は女子校の幼稚園。礼拝堂なんて有るんだなぁ。


しかも卒園式や小学校の入学式でも使用出来る大きな礼拝堂。


幼稚園の前で小百合ちゃんと手を繋ぎ降りると、結局小百合ちゃんのママを送ってくれると走り去った車を見送った。


ツッコミどころ満載です。


「パパとママは、いつもラブラブなの。深く考えると疲れるよ」


幼稚園児なのに、大人びた発言にビックリしたけど、あの二人に付き合わされたら、そりゃ~そうなるだろうと納得していました。


「だってね。ママの名前って百合ゆりなんだけど。娘に”小さい百合”って付けて、ママもパパも一番好きなのは、いつも お互いなんだよ。小百合もよって言われた事が無いの」


幼稚園児に何を言わせてるんだと小百合ちゃんの両親に憤りを感じたけど、彼女が嫌そうな顔をしていないので何も言わずに聞いている。


「でも羨ましいんだ。子供が産まれても、優先順位が変わらないほど愛し合える人と出逢えたんだもん」


「そっか」


「小百合は花菜ちゃんが居るから大丈夫なの。それにパパもママもお互いの次に、小百合を大事にしてくれるから2人とも優しいし大好きだもん」


「私も小百合ちゃんが大好きだよ」


「小百合も桜姫ちゃんが大好き」


女の子の方が精神的な成長が早いとは言うけど、あまりにも大人びた会話に、周りにいた園児の保護者や先生達がしょっぱい顔をしていました。


そして迎えた卒園式の予行練習。


幼い園児+大人都合の進行確認+静かなヒンヤリとした空気の礼拝堂=爆睡


ベンチ型の木製の椅子の上で、私と小百合ちゃんは並んで座りながら、頭が船を漕いでいる。


お互いに手を繋ぎ、眠気と戦いながらも半分寝ている私達はマシな方で、完全に寝落ちしている子も何人かいました。


先生達は、それどころじゃないと、数名の園児と打ち合わせしている。


園児にも優等生は居るものです。


モブ最高です。


面倒臭い役割は、進んでしたがる女の子達に任せておきましょう。


これだけ女の子だけが集まると、小百合ちゃん程の美少女も埋もれるのです。


木を隠すには森ってヤツです。


そのまま私達も爆睡するのに、大して時間は掛かりませんでした。


清々しい気持ちで目覚めれば、礼拝堂には誰も居ませんでした。


「あれ?小百合ちゃん??」


キョロキョロと周りを見ても、人の気配すらありません。

おかしい。

いくらモブポジでも、園児を1人だけ残して先生達が去るとは思えません。


「ニィ」


不意に足元から子猫の鳴き声がしました。


下を覗き込めば小さい毛玉………2匹の子猫が蹲っていました。


「野良猫?」


私は椅子から降り、這いつくばって子猫達の近くに行きます。


ライトグレーに茶トラ………黒猫は居ないか。カメリアは元気かな?なるべく力を入れないように手で抱き寄せる。


小さくて痩せ細った子猫はカタカタと震えていました。


体勢を変えてベンチの下から這い出ようとして……ゴッ…………。いくら子供でもベンチの下で起き上がれば頭を打つよね。脳天を強打して目がチカチカします。


痛みを我慢して片目だけ開けて、腕の中の子猫達を見れば、身動きが取れないほど衰弱している様に見えました。


よく見るとお腹に何かで引っ掻いた様な傷がある子が居て、既に血が乾いているので怪我をしてから、かなり経っているみたいです。


怪我をしていたのは茶トラだけで、ライトグレーの子は血が付いただけでした。


”死にたくない”


それは、ハッキリと聞こえました。


生まれて直ぐに怪我をして………母猫に見捨てられたのかな。


猫族の獣人だった記憶がある私には、放っておくという選択肢はありません。


あいにく何も持っていない。サクラの時は光属性の治癒魔法が使えたのに………今も使えないのかな?いきなり独りになり、子猫達の存在に誰も気が付かなかった不自然な空間。


何か作為的なモノを感じていました。


私は前世の記憶を頼りに、光属性の魔法を発動させる。淡い光が子猫を包むと傷が消え、怪我していた子猫の震えも止まり寝息を立て始めた。


「後は目を覚ましたら水がミルクを飲ませてあげれば………魔法って使おうと思えば使えるのね」


回復魔法は光だから………あれ?アンジェは光属性の魔力は無かったのに、聖属性の魔力には治癒や状態回復なんて出来ないのに、流行病を寄せ付けなかった。


流行病って何?


もしかして病気じゃない?


聖属性は退魔。


でも今更か。


「とりあえず何か子猫が口にできる物を探さないと」


子猫達の背中を撫でながら立ち上がると、バタンと大きな音を立てて礼拝堂の扉を開けながら駆け込んできた見慣れない制服を着た高校生くらいの女の子が入って来ました。


紺のジャンパースカートに白い丸襟のカッターシャツを着た高校生は、私が抱きかかえている子猫を見て凄い形相で近寄って来ました。


「誰よ!あんたは!!」


お前がな。


ここは私が通う幼稚園の敷地にある礼拝堂です。どう見ても部外者は彼女です。


「その猫を渡しなさいよ!」


無理矢理に子猫を奪おうと手を伸ばされて、思わず躱して抱き寄せると、いつの間にか目を覚ました子猫は私の手に擦り寄った。


「怪我は治療したからね。ごめんね、ご飯をあげたいけど、知らな人に追い掛けられているから、少しだけ我慢してね。幼稚園の先生達が、近くに居ると思うから外にさえ出れば助かる筈よ」


「いいから渡しなさいよ!そいつが居ないと転生出来ないじゃないの!!茶トラだけでも渡せ!!!」


転生?何言ってんの??なんで子猫が必要なのよ?!!必死過ぎて恐いよ!


疑問に思いながら、私は小さい身体をフル活用して、チョコマカと逃げ回る。



「そいつと一緒にトラックに引かれるのが、オリジナル ヒロインの条件なんだから!そいつが一緒じゃないと茶トラのヒロインに転生出来ないじゃないの!!」


コイツは頭がおかしい。


この小さい子猫と一緒にトラックに引かれに行くの?一緒に引かれた子猫は大丈夫なの?引いてしまった運転手さんが可哀想じゃないの!


しかも、どこ情報よ!それは?!!


子供の体力では逃げながら反論なんしたら、直ぐにバテてしまいそうなので無言で必死に逃げ回る。


微かに礼拝堂だから神様にお願いしそうになって、頭を振り考えを改める。ジャスパーお兄様を苦しめる事しかして来なかった、無責任な神様なんかが、助けてくれると思っちゃダメよ。前世の記憶を消さず、人を殺させ続けたのは神様よ。


あんな奴らに助けなんて求めたりしない!


考えろ。私は背が小さいから、礼拝堂のドアノブに背伸びして手を掛けた瞬間には、あの女に距離を詰められ、最悪の場合は子猫達を奪われる。


そして、早く打開策を見付けないと体力が続かない。


古い礼拝堂の窓は少ない上に全て私の手には届かない高さにあるし、3匹の子猫を抱えたまま登れる自信はありません。


長いベンチ型の椅子の隙間は一方通行を余儀なくされて追い詰められる可能性が高い。


ただでさえ足の長さで不利なのに。


「忌々しい!転生ヒロインの小説みたいに、茶トラの猫を助けながら死ねないなら、一緒に自殺するしか無いのに!」


飛び込み自殺?なんて傍迷惑な自殺志願者なの?!!猫にもトラックの運転手にも迷惑を掛けて、事故処理だって大変そうなのに。


ふと祭壇の右奥に上に続く階段が見切れたので向かうと、下りの階段も見えた。


登りは体力的に不利です。ならば降りね。


下へ続く階段に足を踏み出す瞬間に背中に衝撃を感じて振り返ると、いつの間にか追い付いた女の子に後ろから押された後でした。


胃がひっくり返りそうな浮遊感とフリーホールみたいな落下感に”また死ぬわ”と思いながら、少しでも子猫達に衝撃を与えないように抱き込んで階段に下に落ちていきました。


身体を床に打付ける寸前に階段下に魔法陣が現れ、私と子猫達は一緒に吸い込まれたのでした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私の生前がだいぶ不幸でカミサマにそれを話したら、何故かそれが役に立ったらしい

あとさん♪
ファンタジー
その瞬間を、何故かよく覚えている。 誰かに押されて、誰?と思って振り向いた。私の背を押したのはクラスメイトだった。私の背を押したままの、手を突き出した恰好で嘲笑っていた。 それが私の最後の記憶。 ※わかっている、これはご都合主義! ※設定はゆるんゆるん ※実在しない ※全五話

ぽっちゃり令嬢の異世界カフェ巡り~太っているからと婚約破棄されましたが番のモフモフ獣人がいるので貴方のことはどうでもいいです~

翡翠蓮
ファンタジー
幼い頃から王太子殿下の婚約者であることが決められ、厳しい教育を施されていたアイリス。王太子のアルヴィーンに初めて会ったとき、この世界が自分の読んでいた恋愛小説の中で、自分は主人公をいじめる悪役令嬢だということに気づく。自分が追放されないようにアルヴィーンと愛を育もうとするが、殿下のことを好きになれず、さらに自宅の料理長が作る料理が大量で、残さず食べろと両親に言われているうちにぶくぶくと太ってしまう。その上、両親はアルヴィーン以外の情報をアイリスに入れてほしくないがために、アイリスが学園以外の外を歩くことを禁止していた。そして十八歳の冬、小説と同じ時期に婚約破棄される。婚約破棄の理由は、アルヴィーンの『運命の番』である兎獣人、ミリアと出会ったから、そして……豚のように太っているから。「豚のような女と婚約するつもりはない」そう言われ学園を追い出され家も追い出されたが、アイリスは内心大喜びだった。これで……一人で外に出ることができて、異世界のカフェを巡ることができる!?しかも、泣きながらやっていた王太子妃教育もない!?カフェ巡りを繰り返しているうちに、『運命の番』である狼獣人の騎士団副団長に出会って……

異世界成り上がり物語~転生したけど男?!どう言う事!?~

ファンタジー
 高梨洋子(25)は帰り道で車に撥ねられた瞬間、意識は一瞬で別の場所へ…。 見覚えの無い部屋で目が覚め「アレク?!気付いたのか!?」との声に え?ちょっと待て…さっきまで日本に居たのに…。 確か「死んだ」筈・・・アレクって誰!? ズキン・・・と頭に痛みが走ると現在と過去の記憶が一気に流れ込み・・・ 気付けば異世界のイケメンに転生した彼女。 誰も知らない・・・いや彼の母しか知らない秘密が有った!? 女性の記憶に翻弄されながらも成り上がって行く男性の話 保険でR15 タイトル変更の可能性あり

悪役令嬢の独壇場

あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。 彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。 自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。 正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。 ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。 そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。 あら?これは、何かがおかしいですね。

没落貴族と拾われ娘の成り上がり生活

アイアイ式パイルドライバー
ファンタジー
 名家の生まれなうえに将来を有望視され、若くして領主となったカイエン・ガリエンド。彼は飢饉の際に王侯貴族よりも民衆を優先したために田舎の開拓村へ左遷されてしまう。  妻は彼の元を去り、一族からは勘当も同然の扱いを受け、王からは見捨てられ、生きる希望を失ったカイエンはある日、浅黒い肌の赤ん坊を拾った。  貴族の彼は赤子など育てた事などなく、しかも左遷された彼に乳母を雇う余裕もない。  しかし、心優しい村人たちの協力で何とか子育てと領主仕事をこなす事にカイエンは成功し、おまけにカイエンは開拓村にて子育てを手伝ってくれた村娘のリーリルと結婚までしてしまう。  小さな開拓村で幸せな生活を手に入れたカイエンであるが、この幸せはカイエンに迫る困難と成り上がりの始まりに過ぎなかった。

オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~

鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。 そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。 そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。  「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」 オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く! ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。 いざ……はじまり、はじまり……。 ※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。

転生した世界のイケメンが怖い

祐月
恋愛
わたしの通う学院では、近頃毎日のように喜劇が繰り広げられている。 第二皇子殿下を含む学院で人気の美形子息達がこぞって一人の子爵令嬢に愛を囁き、殿下の婚約者の公爵令嬢が諌めては返り討ちにあうという、わたしにはどこかで見覚えのある光景だ。 わたし以外の皆が口を揃えて言う。彼らはものすごい美形だと。 でもわたしは彼らが怖い。 わたしの目には彼らは同じ人間には見えない。 彼らはどこからどう見ても、女児向けアニメキャラクターショーの着ぐるみだった。 2024/10/06 IF追加 小説を読もう!にも掲載しています。

モブで可哀相? いえ、幸せです!

みけの
ファンタジー
私のお姉さんは“恋愛ゲームのヒロイン”で、私はゲームの中で“モブ”だそうだ。 “あんたはモブで可哀相”。 お姉さんはそう、思ってくれているけど……私、可哀相なの?

処理中です...