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Episode.5
欲しくてたまらない① 桐生視点
しおりを挟む「欲しくてたまらないって顔をしているね」
「あ?」
「梓ちゃんのこと」
梓の着替え待ちをしている俺達。全てを見透かしているような、そんな顔で微笑んでいる雄大。
『何言ってんだ。相手は高校生のガキだぞ。んなわけねぇだろ』そう即答できない時点で、俺はどうかしてんだろうな。
「……なぁ」
「ん?」
「後悔してないか」
俺がそう言うと呆れたような顔をして、やれやれと言いたげな表情の雄大。
「好きだね、そのセリフ」
「別に好きとかそんなんじゃねぇよ」
「なら、決めゼリフかな?」
「ふざけんな」
笑いながら俺をおちょくる雄大。コイツはそういう奴だ、昔から。
「後悔なんて死んでもしないから、僕にはもうそのセリフは必要ないかな~。というか……今、君の周りにいる人達にそんなことを聞くのは失礼じゃないかな」
「……どういう意味だ」
「そんなの簡単なことだよ……誠の傍にいたい、そう思って自分の意志で君の傍にいるんだ。『後悔してないか』なんてさ、愚問だよ」
おちょくる様子もなく、真剣な眼差しで俺を見ている。
── 俺は本来、誰とも関わるべきではない人間だ。
俺と関わったばかりに、カタギである雄大を危険に晒したことだって何度もある。初めて雄大を危険に晒したのは、いつだったか……クソガキの頃だったな。俺はガキながらに責任を感じた。だからもう二度、危険には晒さないと……そう雄大を遠ざけようとした……が、しつこく付き纏う雄大がうざすぎて根負けした。
「おい。いい加減にしろよ、オマエ」
「いい加減にするのはキミのほうだよ。諦めたらどう?」
「……後悔してもしんねぇぞ」
「ははっ。しないよ? だってボク達……“親友”だろ?」
「はっ。勝手に言ってろ」
── それから雄大は危険に晒される度に『いやぁ~、危なかったね。鍛えておいてよかったよ~』と笑い飛ばしていた。
俺に気を遣っているんじゃないか……どうしてもそう思わずにはいられなかった俺は、事あるごとに『後悔してないか』と問うようになった。
・・・俺は弱い、俺なんかと関わって俺が原因で何かあった時、コイツらは本当に後悔はしないだろうか……と怯えている。嫌われたくないだのなんだのって話じゃねえ。コイツらには“後悔”なんてしてほしくない……俺なんかの為にな。
そう思って生きてきたはずだ……なのに、カタギである梓のことが欲しくて、欲しくてたまらない。後悔させる、間違えなく後悔しかさせられねえ。梓のことを思うなら、俺なんかとは関わらないほうがいい。
あの日、俺のことを避けてくれれば諦めもついたはずだったのにな。
「あの誠がこんだけ執着するんだ。もう諦めるにも諦められそうにないだろ?」
「……まあな」
「梓ちゃんだって誠が“何者”かを知ってて、それを承知の上で関わってる。いいんじゃないか? その“事実”さえあれば」
雄大の握り拳が俺の胸にコツンッと当たって、グッと押された。まるで『大丈夫だ』と言っているように。
── 大切なもの、特別は作らないと決めていた。
「すみません! お待たせしましたぁ……って、桐生さん……?」
俺は、どうしようもなく── お前が欲しい。
「梓」
「あ、はい」
不思議そうに俺を見上げて、綺麗な瞳でジッと見つめてくる梓。穢れも何も知らないその綺麗な瞳に、俺はどう映ってんだろうな。
『お前が欲しくてたまらない』そんなこと、言えるわけねぇだろ。
「……タコ、忘れんなよ」
「……はい?」
「くくくっ……はははっ!!」
俺の隣で爆笑する雄大に殺意が芽生えたのは言うまでもない。
「た、たしかにタコは重要ですけど……あまりにも真剣な顔してたから正直拍子抜けしました。ていうか、はぁぁ……焦ったぁ!」
胸を撫で下ろすように笑って『もう桐生さんって本当に掴めない~』なんて言いながら、俺の隣に自然と並ぶ梓。
「桐生さん、タコ……忘れないように」
ニヒッと俺を小馬鹿にするような笑みを向けてきた梓。それがどうしようもなく愛おしく思えた。そして俺の手は、無意識に梓の頭を撫でている。
「あ、あのっ! 桐生さんって……人の頭を撫でるのが癖なんですか?」
いや、そんな癖ねぇし。
「ははっ。誠がそんなことをするのは君だけだよ~」
「え?」
「溺愛だね」
なんてボヤいた雄大の後頭部を容赦なく殴った。
「……あの、私……そんなにも可愛いですか……?」
「あ? い、いや……」
なぜかムスッとして俺を見上げている梓に、柄にもなく焦ってテンパる俺も相当キショイわ。
「妹みたいで」
── は?
「桐生さんって私を妹か何かだと思ってますよね」
そう思えてたら苦労してねえっての。
「私、妹じゃないです」
いや、分かってんだよ、んなことは。つーか、なんで機嫌悪ぃんだよ。
「怒ってんのか」
「怒ってないですよ、別に」
「怒ってんだろ」
「怒ってない」
「なんだよ」
「なんでもないです」
マジで分かんねえ……俺のことを“掴めない”だのなんだの言ってるが、俺からするとお前のほうが掴めねぇんだけど。
女の顔色なんざいちいち伺ったことねえし。機嫌が良いだの悪いだの、俺の知ったこっちゃなかったからな。
「好きなもん買ってやる」
「……はい?」
「だから機嫌直せ」
「うわぁ……そりゃアウトだわ、誠」
「あ?」
「結構ですっ!!」
プンスカしながら先を歩く梓。それすらも可愛いと思う俺は、どっかおかしいのか?
「つーか、なんで怒ってんだ」
「『女なんてどれも変わらん』なーんてスカしてたツケがとうとう回ってきたね~、誠」
「あ?」
「ま、せいぜい頑張りなよ。恋愛初心者さん」
「チッ。別にそんなんじゃねぇ」
── 恋だの愛だの、そんなの俺には分かんねえ。
ただ一つ言えるのは、“恋”だ“愛”だ……そんな言葉じゃ言い表せねえくらい、梓が欲しくてたまらない。人を好きになる、人を愛す……そんなこと俺にはよく分かんねぇけど、梓に対するこの“執着心”や“独占欲”が全ての答えだろ。
自信はない、危険な目に遭わせない自信も守りきる自信も。
俺の傍にいれば安全だ、そんなできねえ約束はしない。俺と一緒にいれば、必ず何かは起きると思っていたほうが賢明だ。後悔するかもしれねえ……もちろん俺自身もだ。だが、この感情はどうにも抑えきれそうにない。
俺は他の誰よりも、お前のことを──。
「梓」
俺が名前を呼ぶとピタッと止まって、ムッとしながら振り向いた梓。
「ダッツハーゲンの抹茶アイス」
「……あ?」
「ダッツハーゲンの抹茶アイス、3つで」
ああ、そういうことか。
「フッ。結局つられてんじゃねぇかよ。3つも食うと腹壊すぞ」
「はぁぁ、誠。失言野郎も大概にしないと」
「あ?」
「そういうこと言うならもういいです!!」
「ほら、梓ちゃん怒ってる」
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