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4 お使い

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『ヴィゼルの魔法具店』で過ごす日々は、今までで驚くほど安らかなものだった。

 勿論鍛錬は厳しいけれど、使用人の嘲りの視線や、両親の存在に畏まらなくていいと思うと、自然と縮こまっていた姿勢がスッと伸びるようだった。

 常に妹のラティシアと比べられ、貶められ続けた日々は、知らない間に私にとっても多大なストレスになっていたらしい。

「そうそう。上手いわね」
「ありがとうございます」
「流石はエヴァンヌ家の子ね。丁寧な作業だわ」

 マティルダさんは厳しくも優しい良き先生だった。
 どこが悪いかを丁寧に説明してくれる上に、どうしてもできなければ根気よく手伝ってくれる。そして克服すると自分の事のように喜んでくれるのだ。
 些細なことでも親身になってくれるので、その期待に応えようと私は日々鍛錬に励んだ。

「魔石にも色んな種類があるのですね。知りませんでした」
「このくらいの基礎知識、エヴァンヌ家で学んでいるものと思ったのだけれど、学ばなかったの?」
「いいえ。私は魔法を扱う才能がなかったので、薬学を中心に学んでいました。魔法を扱う家庭教師は妹専属で、私はこっそり両親に隠れて魔法の本を読むだけだったんです」

 宮廷魔法士になる素養がないどころか、魔法の適性さえなかった私は早々に魔法を学ぶ機会を失った。両親がそれを許さなかったからだ。

 両親の方針で魔法を扱えない私でもできる薬学などの知識を専門に身につけながら、それでも抑えきれない魔法への好奇心は、書庫にこっそり忍び込んで魔法の本を読むことで満たしていた。

 そう話すと、マティルダさんはいつになく渋い顔をする。

「そう。随分な扱いを受けてきたのね」
「そうなのですか?」

 マティルダさんの言葉に私は首を捻る。私自身、家での自分の立場は当然のものだと考えていた。
 エヴァンヌ家は魔法を生業とする一族だった。そのため魔法の才能が全てである。実力主義と言い変えてもいいだろう。

「魔法の才能がない私にはこれくらいしかできませんから」

 手元にある緑色の石――魔石を転がす。今しがた魔法文字を刻んだ魔石は、魔法で灯されたランプの明かりを受けてエメラルドの宝石のように眩く輝いた。

 今、私は魔石に文字を刻む訓練を受けている。魔法が使えない私でもできる魔法の訓練のひとつで、魔石には魔力が込められているため、そこに魔法の文字を刻むことで用途を限定することができるのだ。

「これは明かりを灯すための魔法文字、そしてこっちは水を貯めておくもの。生活に根付いてる魔石はこうやって生まれているんですね。慣れ親しんだものですけど、こんなに繊細な作業だとは思いませんでした」

 魔力を持つもの、つまり魔法士が石に力を込めたものが魔石である。

 魔石自体は日常生活に流通する一般的なものではあるけれど、その用途を限定するために魔法文字を刻む作業は非常に集中力を要するものだった。
 もともと魔法文字というものは繊細で、きっちり決められた通りに刻まないと魔石は指定した通りの力を発揮しない。

 妹のラティシアは事も無げにやっていた作業だけれど、いざやってみるととても繊細な作業で、やはり妹は天才なのだなと認識させられてしまった。

「それでもすぐに習得してくれたじゃない。貴方は手先が器用だから、すぐに色んな文字を刻めるようになるわ」
「本当ですか!?」

 家では見ているだけだった魔法。それに携わる仕事ができるとは、こんな私にもできる仕事があるとは思わなかった。
 マティルダさんに褒められると自信が湧いてくる。

「じゃあ、私はこれを仕上げてしまいますね!」

 そう言って手元にある魔石に手を伸ばしかけると、マティルダさんに「ああ、待って」と止められた。
 なんだろうと首を傾げるとマティルダさんは私に一枚の紙を手渡してきた。

「ちょっとお使いを頼まれてくれない?」
「え? 分かりました」

 突然の頼みに困惑しながらも私は頷いた。
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