37 / 41
番外編
エミルと壁の人
しおりを挟む
時系列としては、本編終了後から3ヶ月経った辺りです。
*******
エミル
アルフォンス様とレナトス様がお亡くなりになって三ヶ月、喪が明けたタイミングで僕は城へ戻った。
これから僕はマリアン様の侍従として働く。
生前のアルフォンス様には「実家に帰って、家を助けたいと」言う希望を伝えていたのだが、現実はままならないもので、様々な秘密を知りすぎた僕は再び王族に仕える様に命令されたのだ。
マリアン様はいま24歳。
現在の王、ディートフリート様にはすでにお子様がいらっしゃるので、マリアン様の王位継承順位は低く、アルフォンス様の時と同様に平民出身の僕がお側に仕えても差し支えないとの事だった。
マリアン様の傍にはリオンとラースも仕えているし、お母上のドリス妃の事も良く存じ上げているし、やがてマリアン様も爵位を得て独立なさるだろうから、それほど大変な事もなく末永く働けるだろう。
そう考えると恋人もいない独り身で、年齢的にもベテランに差し掛かった僕には今後の事を考えても丁度良い職場だ。
マリアン様は争い事を好まない穏やかな方で、毎日が静かに過ぎて行く。
毎日のように何か騒ぎがあって、忙しく過ごしていたアルフォンス様とは大違いだ。
いや、あの騒ぎを起こすのはいつもレナトス様で、アルフォンス様は面白がって追い掛け回していたんだっけ?
アルフォンス様のお友達も面白い方が多くて、遊びに来られると一騒動だったな。
でも、あの頃は楽しかった。
アルフォンス様に良く似たマリアン様のお顔を拝見していると、あのキラキラとした日々を思い出さずにはいられなかった。
「?」
ある日の午後、一人で部屋を片付けている時に、ふと、部屋の壁の隅が気になって視線を向けた。
側に近寄り、壁を叩く。
「・・・」
反応が無いので、今度は両手を組み、思い切り振りかぶった。
「止め!」
突然、壁から手が伸びてきて、僕の両手を押さえた。
「やっぱり『壁の人』だ!」
「おう、久しぶりだな。エミル。」
幻術か何かの魔法で壁に同化していたその人物が、壁から離れて姿を現した。
「本当に久しぶり、貴方もここで働いてたんだね。」
「ああ。って言うか、良くここに俺がいるのが判ったな。」
「うん。一回気付いちゃったら、なんとなくそこにいるのが判っちゃう様になって。」
アルフォンス様の所でも何度か気付いていたと言うと『壁の人』は絶句していた。
「マジか。俺やっぱり転職した方が良いのか。」
「辞めちゃうの?」
「あ~、実は俺ももういい年だから、こんな過酷な仕事は引退して、ここで普通の仕事に就いて良いってドリス様に言ってもらってな。
ま、秘密を知り過ぎてる身だから、解放はしてもらえないんだけど。」
「僕と一緒だね。」
ふふふ、と僕が笑うと『壁の人』は眉を下げてちょっと悲しそうな顔になった。
「どうしたの?『壁の人』」
「その呼び方止めろよ。
俺にはフリッツって言うちゃんとした名前があるんだから。
因みにアルフォンス様に名乗ったのは偽名だ。」
「そうなんだ。って、僕にそんなの教えちゃっていいの?」
「構わないさ。」
僕がもっと笑顔で返しても、まだ悲しそうな表情のフリッツが両手を伸ばしてきた。
そして僕の頬に触れる。
「エミル、お前すごく寂しそうな顔してる。
どうした?前と全然違うじゃないか?アルフォンス様のせいだけじゃないだろ?」
ムニムニと僕の頬を揉んで、辛そうに笑う。
図星を突かれた僕は何も言い返せなくて、きっと変な顔をしていたんだと思う。
悲しいんじゃなくて、寂しい。
独りは寂しい。
その通りだ。
暫くするとフリッツは僕の頬から手を離して、揉んでいた場所を今度は撫でながら昔話を始めた。
生まれたときから孤児院にいたフリッツは、能力を買われて、子供の頃から影の仕事をしていたのだそうだ。
アルフォンス様が王立学園に入った頃から側にいて、僕の事も良く知っているのだと言う。
昔は楽しそうにじゃれる僕たちが羨ましかったとも言っていた。
僕たちの事が弟みたいな気がして、何度もこっそり助けてくれた事があるそうだ。
「だから、お前が寂しそうにしているのを見るのが辛い。
味方になってやりたいと思っちまう。」
「そっか、兄弟か。
覗きが趣味な変態だけど、フリッツみたいな兄さんなら欲しいかも。」
「ちょ、一言二言余計だし、お前だって覗いてたし。
でも、味方って言う奴が近くにいるだけで寂しくないだろ?
俺はどこにも行かない。」
「うん。」
「じゃぁな、人が来たみたいだからまたな。」
そう言うとフリッツはまた壁と同化して黙ってしまった。
直後に、若い侍女が入って来る。
僕は彼女に呼ばれて、部屋を後にした。
ひと月後、『ブレッド』と言う名のフリッツに良く似たベテランの侍従が入ってきた。
良く似たではなく、間違いなくフリッツだ。
二人きりになった時に僕が「『フリッツ』と言う名前は嘘だったのか。」と問い詰めると「本当の名前はお前にしか教えてないよ。」と耳元で色っぽく囁いた。
背筋がぞくりと粟立つ。
こいつは意外とずるい。
そんな事を言われたら、こっちだって意識してしまうじゃないか。
『兄さん』はそんな言い方しないだろ?
「なぁエミル、『ブレッド』の方はいらねぇの?」
そう言って、意地悪そうに光る瞳の中の僕は、とても物欲しそうに見えた。
*******
読んで下さってありがとうございました。
人物紹介にも少しづつ手を加えております。
「BL小説大賞」の方も今日までですね。
応援してくださった方々、ありがとうございました!
番外編はもう少し続きますので、良かったら読んでください。
*******
エミル
アルフォンス様とレナトス様がお亡くなりになって三ヶ月、喪が明けたタイミングで僕は城へ戻った。
これから僕はマリアン様の侍従として働く。
生前のアルフォンス様には「実家に帰って、家を助けたいと」言う希望を伝えていたのだが、現実はままならないもので、様々な秘密を知りすぎた僕は再び王族に仕える様に命令されたのだ。
マリアン様はいま24歳。
現在の王、ディートフリート様にはすでにお子様がいらっしゃるので、マリアン様の王位継承順位は低く、アルフォンス様の時と同様に平民出身の僕がお側に仕えても差し支えないとの事だった。
マリアン様の傍にはリオンとラースも仕えているし、お母上のドリス妃の事も良く存じ上げているし、やがてマリアン様も爵位を得て独立なさるだろうから、それほど大変な事もなく末永く働けるだろう。
そう考えると恋人もいない独り身で、年齢的にもベテランに差し掛かった僕には今後の事を考えても丁度良い職場だ。
マリアン様は争い事を好まない穏やかな方で、毎日が静かに過ぎて行く。
毎日のように何か騒ぎがあって、忙しく過ごしていたアルフォンス様とは大違いだ。
いや、あの騒ぎを起こすのはいつもレナトス様で、アルフォンス様は面白がって追い掛け回していたんだっけ?
アルフォンス様のお友達も面白い方が多くて、遊びに来られると一騒動だったな。
でも、あの頃は楽しかった。
アルフォンス様に良く似たマリアン様のお顔を拝見していると、あのキラキラとした日々を思い出さずにはいられなかった。
「?」
ある日の午後、一人で部屋を片付けている時に、ふと、部屋の壁の隅が気になって視線を向けた。
側に近寄り、壁を叩く。
「・・・」
反応が無いので、今度は両手を組み、思い切り振りかぶった。
「止め!」
突然、壁から手が伸びてきて、僕の両手を押さえた。
「やっぱり『壁の人』だ!」
「おう、久しぶりだな。エミル。」
幻術か何かの魔法で壁に同化していたその人物が、壁から離れて姿を現した。
「本当に久しぶり、貴方もここで働いてたんだね。」
「ああ。って言うか、良くここに俺がいるのが判ったな。」
「うん。一回気付いちゃったら、なんとなくそこにいるのが判っちゃう様になって。」
アルフォンス様の所でも何度か気付いていたと言うと『壁の人』は絶句していた。
「マジか。俺やっぱり転職した方が良いのか。」
「辞めちゃうの?」
「あ~、実は俺ももういい年だから、こんな過酷な仕事は引退して、ここで普通の仕事に就いて良いってドリス様に言ってもらってな。
ま、秘密を知り過ぎてる身だから、解放はしてもらえないんだけど。」
「僕と一緒だね。」
ふふふ、と僕が笑うと『壁の人』は眉を下げてちょっと悲しそうな顔になった。
「どうしたの?『壁の人』」
「その呼び方止めろよ。
俺にはフリッツって言うちゃんとした名前があるんだから。
因みにアルフォンス様に名乗ったのは偽名だ。」
「そうなんだ。って、僕にそんなの教えちゃっていいの?」
「構わないさ。」
僕がもっと笑顔で返しても、まだ悲しそうな表情のフリッツが両手を伸ばしてきた。
そして僕の頬に触れる。
「エミル、お前すごく寂しそうな顔してる。
どうした?前と全然違うじゃないか?アルフォンス様のせいだけじゃないだろ?」
ムニムニと僕の頬を揉んで、辛そうに笑う。
図星を突かれた僕は何も言い返せなくて、きっと変な顔をしていたんだと思う。
悲しいんじゃなくて、寂しい。
独りは寂しい。
その通りだ。
暫くするとフリッツは僕の頬から手を離して、揉んでいた場所を今度は撫でながら昔話を始めた。
生まれたときから孤児院にいたフリッツは、能力を買われて、子供の頃から影の仕事をしていたのだそうだ。
アルフォンス様が王立学園に入った頃から側にいて、僕の事も良く知っているのだと言う。
昔は楽しそうにじゃれる僕たちが羨ましかったとも言っていた。
僕たちの事が弟みたいな気がして、何度もこっそり助けてくれた事があるそうだ。
「だから、お前が寂しそうにしているのを見るのが辛い。
味方になってやりたいと思っちまう。」
「そっか、兄弟か。
覗きが趣味な変態だけど、フリッツみたいな兄さんなら欲しいかも。」
「ちょ、一言二言余計だし、お前だって覗いてたし。
でも、味方って言う奴が近くにいるだけで寂しくないだろ?
俺はどこにも行かない。」
「うん。」
「じゃぁな、人が来たみたいだからまたな。」
そう言うとフリッツはまた壁と同化して黙ってしまった。
直後に、若い侍女が入って来る。
僕は彼女に呼ばれて、部屋を後にした。
ひと月後、『ブレッド』と言う名のフリッツに良く似たベテランの侍従が入ってきた。
良く似たではなく、間違いなくフリッツだ。
二人きりになった時に僕が「『フリッツ』と言う名前は嘘だったのか。」と問い詰めると「本当の名前はお前にしか教えてないよ。」と耳元で色っぽく囁いた。
背筋がぞくりと粟立つ。
こいつは意外とずるい。
そんな事を言われたら、こっちだって意識してしまうじゃないか。
『兄さん』はそんな言い方しないだろ?
「なぁエミル、『ブレッド』の方はいらねぇの?」
そう言って、意地悪そうに光る瞳の中の僕は、とても物欲しそうに見えた。
*******
読んで下さってありがとうございました。
人物紹介にも少しづつ手を加えております。
「BL小説大賞」の方も今日までですね。
応援してくださった方々、ありがとうございました!
番外編はもう少し続きますので、良かったら読んでください。
1
あなたにおすすめの小説
異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる
七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。
だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。
そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。
唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。
優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。
穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。
――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。
令嬢に転生したと思ったけどちょっと違った
しそみょうが
BL
前世男子大学生だったが今世では公爵令嬢に転生したアシュリー8歳は、王城の廊下で4歳年下の第2王子イーライに一目惚れされて婚約者になる。なんやかんやで両想いだった2人だが、イーライの留学中にアシュリーに成長期が訪れ立派な青年に成長してしまう。アシュリーが転生したのは女性ではなくカントボーイだったのだ。泣く泣く婚約者を辞するアシュリーは名前を変えて王城の近衛騎士となる。婚約者にフラれて隣国でグレたと噂の殿下が5年ぶりに帰国してーー?
という、婚約者大好き年下王子☓元令嬢のカントボーイ騎士のお話です。前半3話目までは子ども時代で、成長した後半にR18がちょこっとあります♡
短編コメディです
災厄の魔導士と呼ばれた男は、転生後静かに暮らしたいので失業勇者を紐にしている場合ではない!
椿谷あずる
BL
かつて“災厄の魔導士”と呼ばれ恐れられたゼルファス・クロードは、転生後、平穏に暮らすことだけを望んでいた。
ある日、夜の森で倒れている銀髪の勇者、リアン・アルディナを見つける。かつて自分にとどめを刺した相手だが、今は仲間から見限られ孤独だった。
平穏を乱されたくないゼルファスだったが、森に現れた魔物の襲撃により、仕方なく勇者を連れ帰ることに。
天然でのんびりした勇者と、達観し皮肉屋の魔導士。
「……いや、回復したら帰れよ」「えーっ」
平穏には程遠い、なんかゆるっとした日常のおはなし。
転生して王子になったボクは、王様になるまでノラリクラリと生きるはずだった
angel
BL
つまらないことで死んでしまったボクを不憫に思った神様が1つのゲームを持ちかけてきた。
『転生先で王様になれたら元の体に戻してあげる』と。
生まれ変わったボクは美貌の第一王子で兄弟もなく、将来王様になることが約束されていた。
「イージーゲームすぎね?」とは思ったが、この好条件をありがたく受け止め
現世に戻れるまでノラリクラリと王子様生活を楽しむはずだった…。
完結しました。
【完結】悪役に転生したので、皇太子を推して生き延びる
ざっしゅ
BL
気づけば、男の婚約者がいる悪役として転生してしまったソウタ。
この小説は、主人公である皇太子ルースが、悪役たちの陰謀によって記憶を失い、最終的に復讐を遂げるという残酷な物語だった。ソウタは、自分の命を守るため、原作の悪役としての行動を改め、記憶を失ったルースを友人として大切にする。
ソウタの献身的な行動は周囲に「ルースへの深い愛」だと噂され、ルース自身もその噂に満更でもない様子を見せ始める。
【新版】転生悪役モブは溺愛されんでいいので死にたくない!
煮卵
BL
ゲーム会社に勤めていた俺はゲームの世界の『婚約破棄』イベントの混乱で殺されてしまうモブに転生した。
処刑の原因となる婚約破棄を避けるべく王子に友人として接近。
なんか数ヶ月おきに繰り返される「恋人や出会いのためのお祭り」をできる限り第二皇子と過ごし、
婚約破棄の原因となる主人公と出会うきっかけを徹底的に排除する。
最近では監視をつけるまでもなくいつも一緒にいたいと言い出すようになった・・・
やんごとなき血筋のハンサムな王子様を淑女たちから遠ざけ男の俺とばかり過ごすように
仕向けるのはちょっと申し訳ない気もしたが、俺の運命のためだ。仕方あるまい。
クレバーな立ち振る舞いにより、俺の死亡フラグは完全に回避された・・・
と思ったら、婚約の儀の当日、「私には思い人がいるのです」
と言いやがる!一体誰だ!?
その日の夜、俺はゲームの告白イベントがある薔薇園に呼び出されて・・・
ーーーーーーーー
この作品は以前投稿した「転生悪役モブは溺愛されんで良いので死にたくない!」に
加筆修正を加えたものです。
リュシアンの転生前の設定や主人公二人の出会いのシーンを追加し、
あまり描けていなかったキャラクターのシーンを追加しています。
展開が少し変わっていますので新しい小説として投稿しています。
続編出ました
転生悪役令嬢は溺愛されんでいいので推しカプを見守りたい! https://www.alphapolis.co.jp/novel/687110240/826989668
ーーーー
校正・文体の調整に生成AIを利用しています。
異世界で孵化したので全力で推しを守ります
のぶしげ
BL
ある日、聞いていたシチュエーションCDの世界に転生してしまった主人公。推しの幼少期に出会い、魔王化へのルートを回避して健やかな成長をサポートしよう!と奮闘していく異世界転生BL 執着最強×人外美人BL
転生したらスパダリに囲われていました……え、違う?
米山のら
BL
王子悠里。苗字のせいで“王子さま”と呼ばれ、距離を置かれてきた、ぼっち新社会人。
ストーカーに追われ、車に轢かれ――気づけば豪奢なベッドで目を覚ましていた。
隣にいたのは、氷の騎士団長であり第二王子でもある、美しきスパダリ。
「愛してるよ、私のユリタン」
そう言って差し出されたのは、彼色の婚約指輪。
“最難関ルート”と恐れられる、甘さと狂気の狭間に立つ騎士団長。
成功すれば溺愛一直線、けれど一歩誤れば廃人コース。
怖いほどの執着と、甘すぎる愛の狭間で――悠里の新しい人生は、いったいどこへ向かうのか?
……え、違う?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる