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アルバはどうしたんだ?」
 隣の天幕の中からシュトリームのイラついた声が聞こえた。
 アルバを先頭に敵陣へ切り込んでいく作戦は早々に頓挫している。
 数はこちらの方が多いし、こちらの方が訓練された精鋭が多いはずなのに、地の利があるのかルナリ側が次第に押してきていた。
 しかも午後になって援軍が到着したらしく、投石器などが投入され始めている。
 敵側に潜り込ませている者の報告によると、魔術師も何人かいるようだった。


「アルバ、前に出てよ!」
「……ああ」
 休憩の為に後方へ戻って来たフロンが声を掛けてきたがアルバは生返事だ。
 もう完全に戦意消失してしまったアルバは、戦線に復帰したものの、後方を歩き回っているだけだった。
 そんな時、敵陣の方から砂煙が近付いて来るのが見える。
 魔法を使っている者がいると思ったアルバは自分の回りに結界を張り、フロンも周辺に結界を張った。

「ねぇ、あれ何!」
 フロンの指す方を見ると遠くに鳥のようなものが見える。
 それは段々近付いて来て、数秒後には砂色の竜だと言う事が分かった。

「りゅ、竜だぁ!」
 誰かがそう叫んだ。
 他の者も一斉にそちらを見たが、すでに遅く、竜は羽ばたきの暴風で地面を抉り、天幕を吹き飛ばす。防御の手段が無い者は次々に吹き飛ばされて行く。


 竜。
 竜族にとって竜とは始祖である。
 かつて竜は他種族と交わり、生まれたのが竜人ドラゴンニュート、それが竜族の始まりと言われている。
 よって竜族には始祖である竜を決して傷付けてはいけないと言う掟があるのだ。
(この戦い、引き分けかこちらの負けだな)
 結界の影でアルバがそう考えていた時である。
 竜はこちらの陣営を粗方吹き飛ばすと、迷わず司令部の方向へ向かって飛んで行った。

「サシャ!」
 アルバは竜を追って走り出した。
 司令部のある場所にはサシャがいる。
 風の様に走りながら結界を重ね掛けし、もしも結界が切れた時に埃を吸い込まない様に鼻と口を布で覆い、飛ばされた道具を除け、倒れた木を飛び越え、アルバは一直線にサシャのテントを目指した。
 突然現れた竜に、司令部付近もパニックになっていた。
 アルバは今度は逃げ惑う人をかき分け、サシャのテントへ向かって行く。

「サシャ!」
 まだテントの中にサシャはいた。
「アルバ!」
 サシャが抱き着いて来たのでアルバは自分とサシャに結界を張り直すと間一髪、テントが風で吹き飛ばされてサシャとアルバは外へ放り出された。
「結界がある、大丈夫だ」
 アルバはサシャを抱き込み、飛んできた物からサシャを守るように身体を低くする。
 いくら結界があっても自分の上に物が落ちて来たら、結界が見えないサシャはパニックになってしまうだろう。

 竜の羽ばたきによって作り出される暴風の音が轟々と響き渡り、テントも小屋も資材も、人でさえ吹き飛ばされる。
 ガツン、ガツンと結界に物が当たる度にサシャはアルバの腕の中で身を縮めた。
 竜がブレスを吐いたのか、どこからか爆発音と焦げ臭い匂いもする。
「大丈夫だサシャ」
 サシャはアルバの胸の辺りの服を掴み目を瞑ってひたすら耐えた。



 どのくらい経っただろうか?
 辺りが静かになり、瓦礫をかき分けサシャとアルバはおもむろに立ち上がった。

 もう竜の姿は無い。
 そして司令部も綺麗さっぱり吹き飛ばされて、小屋の跡形も無い。
 森の一部の木々もなぎ倒されて、ただ瓦礫と怪我人が横たわるばかり。

 暫く呆然としていると、戦場の方から兵士たちが戻って来た。
 皆、服はボロボロで怪我をしていて、疲労の色が滲み出ている。
 その中には馬を牽いたフロンもいて、アルバとサシャを見つけると近付いて来た。

「どうなった?」
「どうなったって、先に逃げちゃうんだもん、何やってるんだよ?」
 フロンは怒り心頭である。
「すまない。 しかしサシャが」
「まただよ、アルバくらい役に立たない竜族っていないんじゃない?」
 フロンはそう言うと汚れた顔を顰めた。
 そしてアルバが止める間もなくサシャに近付くと、その首の鎖を引っ張った。
「それは」
 サシャが言いかけると、フロンは小さい声で何か呟いた。
 それから小さな鍵で鎖を三回叩くと、鎖がポロっと外れた。

「あ、あの、いいの? ありがとう!」
 サシャが向き直ってお礼を言うと、フロンは苦い顔をした。
「お前のせいでアルバが役立たずになったんだけど、どうしてくれるのさ?」
「ええ?」
「王子も怪我されて、エイム団長も命に別状はなさそうだけど意識不明。
 辺境伯には裏切られて援軍が来ないし、こっちは被害甚大で大変なんだよね。
 役立たずは早くどこかに行ってくれる?」
 フロンはアルバとサシャを順に睨むとさっさと何処かへ行ってしまった。

 それからサシャは辺りを見回したが、ポーションも持っていないし治療の魔法が使えない自分にできる事はなさそうだった。
 アルバはと言うと、近くを通った衛生兵に自分のポーションや軟膏を渡している。
 自分も何かできないかと思っていると突然、後ろから袖を引かれた。
 振り向くと、そこにはボロボロの服を着たバルドゥルがいつもの無表情で立っていた。

「お二人ともこちらへ」
 案内されて、森の端の木が残っている場所へ行くと、そこには馬を連れたヴェルナーが待っていた。
 この騒ぎの中、傷一つ無さそうなヴェルナーだったが、さすがに疲れているようで、珍しく目の下に隈が出来ている。
 だが、二人を見るといつものように「これからどうするんだい?」と胡散臭い笑みで話しかけてきた。

「……竜族の里へ戻る。
 サシャも連れて行く」
「え? でも……」
 サシャが戸惑った声を出すと、逃げる事は出来ないと言う風にアルバはサシャを腕に閉じ込める。
「ふーん。 僕も付いて行っていい? 役に立つと思うよ」
 ヴェルナーは少し思案した後にそう言った。
「は?」
 アルバが抗議しようとすると、バルドゥルも馬を連れてやって来る。

「混乱している今が脱出するチャンスだよ、行こう」
 笑いながらそう言うと、ヴェルナーは馬に飛び乗った。
 それから馬に乗った事がないというサシャを後ろに乗せ、もう一頭にはバルドゥルが乗った。

「構わないが道のりは辛いぞ」
 アルバはそう言うと先頭を走り出した。

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